2月4日 火曜日

 翌朝、俺は散らかした部屋に戻った。答えは出なかった・・・いや、出るはずもないのだが、濡れた身体をシャワーで温め、ベッドに寝転んだ。ルカの香り残るベッドに体を横たえるとルカの想いが流れ込んでくる気がした。そして俺は、ひとつの方向性を見出した。
 『ルカ、君の親を許す事は、今の俺には出来そうもない。許そうと思えば思うほど、憎しみの炎が身体を包み込んでしまう。だが、君の親を否定する事は、君自身をも否定してしまう。君の喜び俺との暮らしをこれ以上穢したくない。だから、時間は掛かっても許せるようになりたいと思うよ。それだけは誓うよ、ルカ・・・・・これからも、俺の心を波立たせる事はいくらでも起こるだろう。けれど、俺を見守っていて欲しい』 
 この結論を導き出し、俺はいつの間にか眠っていた。ブザーの音で起こされるまで眠っていた事に気付かなかった。寝ぼけ眼でインターフォンを覗く。美里と恭一さんだった。
 「純平、時間よ」
 「時間・・・?待って、今開けるから。上がって来いよ」
 俺は一瞬なんの事だか判らなかったが、ふたりが上がってくる間に思い出した。そうか公判だ。昨日のショックで俺は今日が初公判だと言う事を忘れていた。美里は、上がってくるなり、
 「何この部屋!どうしたの?泥棒でも入ったみたいじゃない」
と呆れたように言った。
 「ああ、昨日、チョット・・・・・」
 「物に当ったわけ?」
 「ああ、当った。その辺避けて座っていてくれよ。着替えてくるから」
俺は、顔を洗って寝室へ行くと着替え始めた。リビングに戻ると、部屋は少し片付けられていた。
 「悪いね」
 「良いわよ、これくらい」
 「珈琲淹れるよ。まだ、それくらい時間有るだろう?」
 「そうね。でも、私たちが来るまで忘れていたんじゃないでしょうね?」
 「忘れていた」
 俺は、珈琲を淹れにキッチンへ行った。その俺にむかって美里は少しの非難と少しの心配を込めたように言った。
 「昨日、話したのに、何で忘れちゃうわけ?あの後何か有ったの?」
 俺は言葉を捜した。だが、見つからなかった。
 「いや・・・ん・・・あったと言えばあったかな」
 「何それ?」
 隠してもいずればれるだろうと思い、正直に言った。
 「昨夜、ルカの母親が来たんだ」
 「母が?」
美里と恭一さんは顔を見合わせ言った。
 「ああ。ひとりで来たよ。ルカの最後の手紙を持ってな。美里が届けたやつだ」
 「ああ、あれ。で、何て書いてあったの?」
 「それは勘弁してくれないか・・・話す時が来たら話すからさ」
 「判ったわ」
 「母とはどんな話をされたのですか?」
恭一さんが聞いた。
 「ショックな真実を告げられたよ・・・」
俺が煙草に火をつけ、最初の煙を吐き出すのを待って、恭一さんが再び聞いた。
 「ショックですか?」
 「ああ、一馬氏は、全て知っていたようだ。俺たちが入籍し、子供が出来た事も知った上で強行に及んだと思うね。何て言っても、興信所を使って俺たちの周辺を監視していたのだから・・・」
 「母は、その事を裁判で証言するつもりだとかは言っていませんでしたか?」
 「いいや、俺の気持ちが混乱して、すぐに帰ってもらったよ。だから、それ以上のことは聞かなかった。あのまま話していたら、俺の方が犯罪者になりそうでね・・・・・」
 「そうですか・・・」
 「ええ、それじゃあ、そろそろ行きます?」
俺はふたりに同意を求めた。
 「行きましょう」
 恭一さんは言うと、コーヒーカップを流しへ持って行った。そして俺たちは、連れ立って裁判所へ向かった。

 裁判所で、ルカの母親に会った時、俺は驚いた。それは、驚きを通り越し、感動ですらあった。その思いは俺だけではなく、美里も恭一さんも同じだったと思う。ルカの母親は、出家僧の服を着用し、頭を丸めていたのだった。
 最初に声を掛けたのは、恭一さんだった。
 「母さん、どうしたの?」
 「恭一さん、ごめんなさい。勝手に決めてしまって。私ね、ルカの事を弔うために出家致しました。暫くは、西園寺の家には帰りません。西園寺の事は秀樹と話し合って決めてください。あなた方にお任せいたします。西園寺を継ぐも良し、其々がひとりで生きるも良し、秀樹には、そう伝えてありますから、どうしようと構いませんよ」
 「杏子と仁の事はどうするのですか?」
 「仁は、出てゆきましたよ。杏子との婚約を破棄してね。西園寺の将来に見切りをつけたのでしょう。一馬が失脚したも同然なのですから・・・杏子の事は美里さんに頼んでおきました。あの子には迷惑をかけるけれど、それでも良いと言ってくれたから、甘える事にしました」
ルカの母親は、俺の所へ静かに歩み寄ると、
 「佐藤さん、私のけじめのつけ方です。一生かけて弔ってまいります。あなたはあなたの道をお歩きくださいませね。ルカのこと、本当にありがとうございました」
深々と頭を下げきっぱりと言った。俺は、黙って頷いた。
 
 その日の裁判は、ルカの母親の証言もあり、一馬氏のしてきたことが次々に明らかになって行った。俺は、傍聴席で胸糞が悪くなる思いがして途中で席を立ちたくなった。だが、ルカの母親の態度に、俺はそれも出来ず、目を閉じ、じっとその様子を聞いていた。
[PR]
by karura1204 | 2004-12-01 00:03 | エピローグ
<< 2月3日 月曜日 2 2月15日 金曜日 >>