1月15日 水曜日

 本通夜、葬儀を終えとうとう、火葬場に着いた。最後の別れの時だ。俺は和尚に貰った真言の書かれた巻物を入れてやった。クリスチャンだけど、日本の寺が好きだと言っていたルカのために最後の贈り物だ。そう、ふたりで撮った写真、俺が最初に買ったワンピースも入れた。そして、母子手帳。天国で、子供の成長を書く事が出来ないと可哀想だと思って、俺はそれを入れた。
 やがて、棺が釜の中に入れられ、鉄の扉が無常な音と共に閉められた。和尚の読経が始まると、すすり泣く声も聞こえていた。俺は、不思議と涙は出なかった。涸れてしまったわけではなく。泣けなかったのだ。
 骨が焼けるまで、少し時間があった。俺は、外へ出ると、火葬場の煙突を見上げた。煙立ち上る先には、綺麗な青空が広がっていた。冬の空は、澄み切って高い。
 この手の中すり抜けた、最後の砂が落ちる瞬間、俺たちが出会った時、神の手が返した砂時計。君の最後へ向かうだけのために・・・もう一度初めから、願う心虚しく、委ねられた運命を受け入れざるを得ず、もがき苦しむ胸のうちをどうすることも出来ず、俺は佇み、立ち昇る煙の先を見詰めるだけ・・・ああ、ルカの魂が昇ってゆく。空には、君の笑顔が浮び、君の言葉が胸に蘇るよ。 
 結局、俺は、ルカ、君を守れず、その命さえ失った。俺を助けようとした君は・・・・俺からふたつの命を奪った人間をきっと許すことは出来ないだろう。だが、君は言った。「許して」と・・・・・

 ルカの遺骨を抱いて斎場から戻る間、俺は、一言も口を聞かなかった。そんな俺を心配して、尊や美里達が付いてきてくれた。
 「純平、珈琲淹れるぞ」
 「頼む」
俺は努めて冷静を装った。
 「純平、お骨は此処で良いかしら?」
 「ああそこに置いてくれ。ルカが好きな場所だ。ここから見える空が綺麗だと、いつも眺めていたよ。悪いな、美里」
 「良いのよ」
 美里は、白い布を敷きつめ、棚の上にルカの遺骨と白木の位牌、遺影を置いてくれた。俺は、それらの事をまるで他人事のように眺めていた。そうしていないと、俺の心がどうにかなってしまいそうな気がしたのだ。だが、尊の淹れてくれた珈琲を見た途端、俺の中で耐えていたものが堰を切って溢れ出した。それは留まる事を知らず、回りに尊たちがいることすら忘れ、声を出して泣いた。親父やお袋が死んだ時は、いずれ訪れる事だからと思えた。しかし・・・・
 俺は、ふいに立ち上がり、ルカを乗せる筈だったバイクの鍵を掴むと外へ飛び出した。慌てて追いかけて来る尊たちを振り切り、俺はバイクを発進させた。何処へ行く当てもない。ただ走りたかった。いや、ルカを乗せて走り、そのままルカの所へ行こうとしたのかも知れない。スロットルを全開にしてスピードを上げる。涙で滲み前は良く見えない。だが、身体が覚えた道は、ある程度走る事が出来た。
 俺は、バイクを湘南へ走らせた。ルカを乗せて走りたかった海沿いのこの道。『ルカ、見ているか?どうだ、綺麗だろう』心の中で何度も叫んだ。叫んで、叫んで溢れる涙をはじきながら走り抜けた。そして、俺が自損事故を起こした場所まで来た時、見覚えのあるバイクと車がバックミラーに写った。俺は、それらを振り払うように加速をかけた。瞬間、俺の身体は宙を舞い、ひと回転すると、あの日と同じ様に海へと投げ出された。俺の耳には、尊たちが「純平!」と叫ぶ声が聞こえた気がした。
 俺の身体は、冬の海に叩きつけられる筈だった。だが、海面に叩きつけられる寸前だ、俺の身体は何かにふわっと抱きかかえられスーッと海へ沈んだのだ。叩きつけられると思っていた体は吸い込まれるように沈んで行く。冷たいはずの水が、風呂のように温かい。意識が遠くなる。気持ち良さに『ああ、これで俺もルカの所へ行ける』脳裏には親父とお袋の顔も浮んだ。『待っていてくれよ、親父、お袋、今そっちへ行くよ。そしたらさ、ルカと5人で暮らそう』そう言った時、ルカの声が聞こえた。『死んでは駄目。純は来ちゃいけない!お願い!死なないで!』『ルカ?』その瞬間俺の意識は戻り、海面へと浮かび上がった。始めて水の冷たさを感じた。
 俺の後を追ってきていた尊たちが、俺を助けようと海へ飛び込んでいたらしい。浮かび上がった俺を見つけると近寄り、岸へと運んだ。意識はあっても、生きようとする意志が無かった俺。岸に上がると、へたへたと座り込んだ。そんな俺を尊は殴りつけた。
[PR]
by karura1204 | 2004-12-01 00:16 | 第六章 冬の花火
<< 1月13日 月曜日 1月16日 木曜日 >>