1月13日 月曜日

 それから、一週間、結局ルカは眠り続けた。それは、まるで目覚めるのを拒否しているかのようだった。
8日目の朝、ルカは目を開けた。だが、その目覚めは完全ではなく、俺に最後の言葉を残す、ただその為だけに目覚めたと言ってよかった。
 「純、いる?」
 「ルカ、気付いた?ああ、俺だよ」
 「純、私・・・夢を、夢を見ていたわ。とても温かい夢。純、手を握って」
 「ああ、握っているよ」
 「ありがとう。ねぇ、純、私を許してね。そしてお父様も」
 「ああ」
 「本当?」
 「ああ、本当だ」
 「良かった。純、覚えている?星を見たこと」
 「ああ」
 「また、見たいな」
 「見られるよ。連れて行くよ」
 「ありがとう。純の話してくれた星の話し、楽しかった。純、そう言うお仕事すれば良いのにね」
 「そうだな」
 「純、キスしてくれる?」
 「ああ」
俺は、ルカに軽くキスをし抱き寄せた。
 「ありがとう。純。ごめんなさいね。許して・・・・」
 「ルカ?ルカ?・・・・・ルカ!ルカ!碧、来てくれ、ルカがおかしい」
俺は、必死でナースコールを押し叫んだ。ナースと医者が飛んでくる。
 「どうしました?」
 「今、目を開けて、話したのに。話したのに・・・・・」
 医者は、脈を取り、瞳孔を調べ、心臓マッサージをしている。だが、心臓の音が段々小さくなっていっていた。回りは急に慌しくなった。美里が朝食を持ってやってきた。
 「純平、どうしたの?」
 「美里、今、話したんだ。ルカと。なのに、いきなり、何も喋らなくなった。ああ、ルカ。返事をしてくれ。今、話したじゃないか、ルカ、ルカ!」
俺は完全にパニックになり、ルカに縋った。医者は、首を横に振った。
 「純平、しっかりして。ルカは、今、天国へ旅立ったわ」
 「嘘だ!」
 「純平、しっかりして。お願い」
 「嘘だ!俺は信じない」
 「急変か」
碧が来た。
 「碧、ルカが、ルカ、今話したんだ。なのに、どうして天国へ行くんだ?な、碧、教えてくれ」
 「柏木、どうしたんだ?」
 「いや、わからない、彼が、患者と話したと言っている。が、俺が来た時にはもう・・」
 「純平、しっかりしろ。ルカさんは、最後にお前の所に会いに来たんだ。ルカさんもお前に会いたかったんだよ」
 「嘘だ、嘘だ!!」
 俺の声は、病室に木霊しては吸収された。叫んでも、叫んでもルカは、起きない。開けた筈の瞳を硬く閉ざし、微笑だけを残しそこに横たわっていた。
 美里が、あちこちに電話をしている中、俺は病室の隅で、膝を抱えるようにしていた。碧は、俺が自殺でもするのではないかと恐れ、側にいてくれた。
 やがて、尊と美紀ちゃんが来て、美里と一緒に事後処理を始めた。死亡診断書・埋葬許可証を受け取り、鎌倉の俺の菩提寺へルカを運ぶ手配をしている。そのふたりをぼんやりと俺は見ていた。ルカを失い脱け殻の様な俺だった。
 ルカの母親が恭一さんと来た。俺に目礼だけすると、美里達と一緒に手伝いを始めた。我が娘の死に際して、母は気丈に振舞うのだった。だが、それに引き換え、俺は・・・・
 みんなは、尊と美里の指示で、通夜の準備をするため、病院と寺へそれぞれに集まって来ているらしかった。病院へ来た者は、俺の憔悴しきった姿を見ると、声も掛けられずに尊の指示を仰いでいた。
 ルカを寺に運ぶ時間が来た。俺は、尊に言われるまま車に乗り、美紀ちゃんに付き添われ鎌倉へ向かった。
 物言わぬルカを乗せた車は、ふたりの思い出の道を通って行った。その道を通りながら、俺は、ルカと不思議な出会いをしたあの日からの、楽しかった日々の出来事が次々と映画のスクリーンを観るように蘇り、涙を止める事が出来なかった。だが、それは泣いていると言うより、ただ流れてくる何かをどうする事も出来ないでいると言った方が正しいのかも知れない。
 その同じ頃、警察に拘留されていた一馬氏の罪状が、過失傷害から過失致死になっていた。峻の話によると、過失とは言え、わが娘を殺した罪の意識が芽生えたのか、拘置所で泣き崩れたらしい。だが、遅すぎた。ルカも子供も、もう二度とこの手に戻ってこないのだ。
 俺は、寺に着き、和尚の顔を見た頃から、少しずつ落ち着きを取り戻していた。車の中で、なす術もなく流した涙の為だろうか・・・・
 「美紀ちゃん、悪かったね。子供たち、実家に預けているんだろう。もう、良いよ」
 「何言っているの。純平さん、そんな事気にしちゃ駄目。母もあなたの側にいてあげなさいって言ってくれているの。純平さんは、ルカさんの側についていてあげてちょうだい。細々したことは、尊がやるから。ね」
 「ありがとう。でも、俺も何かしなきゃ」
 「純平さんのすることは、ルカさんの側についていてあげることよ」
 そう言うと、仕出しや生花の手配をしに行った。そこへ入れ替わりのように和尚がやってきた。俺は、和尚を見上げながら何か言おうとしたが、言葉にはならなかった。
 「・・・・・・・」
 「うむ、何も言うな。生まれてこられなかった子供の分まで供養してやるからな。心置きなくそこに座っていなさい」
俺は黙って頭を下げた。
 「御仏は、無慈悲の慈悲をおぬしに与えておられるようじゃ。辛いかも知れぬが、乗り越えられよ」
それだけ言うと、和尚は庫裏へ戻った。
 俺は考えていた。ルカと話した事を・・・・あれは、俺の夢物語だったのだろうか?それにしては、あまりにもリアルな夢だ。今も、ルカの唇のぬくもりが残っている。一言一句思い出せる。
 祭壇に飾られたルカの写真を見詰め、俺は、心の中で問い掛けていた。『ルカ、君は、最後に俺の所だけに現れてくれたのかい』『ルカ、君は何を伝えたかったのだ?』
 俺の方が、君に許しを乞わなければならないのに・・・・俺は君を守れなかった。責められるのは俺だ。なのに・・・・・

 「純平」
 「尊、ありがとう。早かったな、着くの」
 「少しは落ち着いたか?」
 「ああ、少しな」
 「そうか。じゃあ、ちょっと良いか?」
 「ああ」
 「お前の会社から、誰か手伝いは頼むのか?」
 「いや、良い。誰にも頼まなくて。ルカの事を知っている者はいないからな。通夜と葬儀の日程だけ知らせてやってくれれば良い。総務の飯島と言う係長に伝えれば、後は流れる」
 「解った。通夜は明日、葬儀は明後日だ。葬儀の時の挨拶、考えておいてくれ。頼む。お前はそれだけやってくれれば良い」
 「ああ。ルカの母親、どうしている?」
 「今日は、帰ってもらったよ。してもらうこともないからな。かと言って、お前とここでふたりいるのも辛いだろう」
 「そうだな」
 「明日の午前中、ここへ恭一さんと一緒に来るよ」
 「解った。今日は、仮通夜だ。後で、ここへみんな集まってくれ。酒飲もう」
 「ああ」

 19時になった時、和尚が略袈裟を着けて本道へ来た。その頃には、殆ど作業も終わり、仲間もやって来た。和尚が、誰に聴かすでもなくゆっくりと、厳かに経をあげ始めた。すると、その場にいた人間は、みな、和尚の経に聴き入った。じっと、その場に座り、ルカの死を悼(いた)んでくれていた。俺は、ルカの遺影に向かって語りかけた。『ルカ、君の仲間だ。こんなに沢山。俺は、もっと、もっと仲間との思い出を作ってやりたかったのに。出来なくてごめんよ。ルカ』
 和尚の経は、闇の中に静かに響き渡っていった。やがて、経が終わると、和尚は祭壇に向かって深々と頭を下げた。そして、おもむろに、俺たちの方に向き直ると、また同じように頭を下げた。この和尚も、ルカを気に入っていた人だ。俺はまた、胸が熱くなった。
 和尚は、静かに庫裏へと帰って行った。それを潮に、美里達が酒の用意を始めた。
 「純平、あんた、朝から食べてないでしょう。少しで良いから、食べなよ」
そう言うと、美里が、俺の前に弁当を置いた。
 「ああ、解った。ありがとう」
 俺は、あまり食欲はなかったが、少しでも食べないとみんなに心配をさせてしまうと思う余裕が生まれ、箸をつけた。それを見た連中は、ほっとした様子で、俺の所へ来ると、酒を注いで行った。
俺は、ぽつりぽつりと、みんなに言いはじめた。
 「みんな、ありがとう。ルカのために・・・ルカは、この仲間に入れたことを喜んでいた。自分も仲間になれた事が、宝なのだと思っていた。ルカの身体は亡くなったかもしれない。でも、忘れないでやって欲しい。頼む」
 「純平、解っている。だから、もう、言うな」
 尊が、俺の肩を叩いた。するとみんなも寄ってきてくれた。そうして、俺たちは青臭いガキの頃のように肩を叩きあい泣いた。
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by karura1204 | 2004-12-01 00:18 | 第六章 冬の花火
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