1月6日 月曜日 2

 俺たちは、ホテルの最上階へ向かった。其々の想いを込めて・・・・・
 ドアの前には恭一さんが待っていてくれた。
 「純一君、そちらは?」
 「立会人として来てくれた私の友人たちです。彼は医者で、深大寺(じんだいじ)碧(みどり)、こっちは弁護士の丸山(まるやま)真二(しんじ)、彼は刑事をやっている高木(たかぎ)峻(しゅん)、そしてこっちはビストロ沙紗(さしゃ)のオーナーシェフ林尊です」
 「そうですか。解りました。では、どうぞお入り下さい」
 恭一さんに肩書きを言った事は効果的だった。仕事人間には、肩書きが物を言う。だが、この場合、彼らの職業に大きな意味を持つことを、恭一さんは受け取ってくれたのだ。
 俺たちは、恭一さんの後に続き中へ入った。
 「父さん、純一君です」
 「そうか・・・・・おや、これはまた大勢でお見えとは、力に任せルカを連れ戻しに来ましたかな?」
 「はい、連れ戻しに来ました。それ以外はありません」
 「と言うと、判を押す気はないと言う事かね?」
 「はい」
 「君の会社がどうなっても良いのかな?」
 「はい」
 「ほほ・・・・君が今まで手がけてきた仕事も、途中で投げ出してもルカを選ぶと言われるのかな?」
 「はい」
俺は、西園寺家の頭首を睨み付け、きっぱりと言った。
 「許しを得ないで、勝手に入籍しておいてもか?」
 「はい、その点は申し訳ないと思っています」
 「純平、謝る事はないわ。お父様は、例え許しを貰いに来たとしても、誰にもルカを嫁がせる気はないのだから」
 「美里、お前か、ルカを唆(そそのか)したのは」
 「そうよ」
 「まあ、良い。それで君も、美里に唆されて、ルカと入籍したのだろう」
 「いいえ、違います。私はルカを愛しているから一緒になりました。私の意志でルカをこの家から解き放ってやりたいと思ったから一緒になりました。いけませんか」
 「ふん、小ざかしい。ルカはこの恭一と結婚して秀樹を助け、西園寺家を護るのだ」
 「いいえ、父さん。僕はルカと一緒にはなりません」
 「恭一何を言う」
 「今日、はっきりさせましょう。僕はこの家を出ます。後は秀樹と杏子と仁で良いでしょう。僕は純一君とルカが一緒になった事を心から喜んでいます。父さん、ふたりを裂くためにあなたがしている事は犯罪だ。僕はもう、あなたには着いて行けない。さあルカ、おいで」
恭一さんは続き部屋を空けるとルカを中へ招き入れた。
 西園寺家の頭首、一馬氏はわなわなと身体を震わせ、怒りのために声も出せないでいた。
 「純一君、すまなかったね。さあ、ルカを連れて帰ってくれ。君の会社の事は僕が責任をもって処理しよう。安心してくれ」
 「ありがとうございます」
 「この書類は意味がない。父さん、破棄するよ」
そう言うと恭一さんは書類を破り捨てた。
 「さあ、早くここから帰りなさい」
 「はい」
俺たちは、全員気抜けし、帰ろうとドアに向かった。その時だった。怒りに震えていた一馬氏が
 「待て!勝手な事はさせん」
 そう叫び、近くにあった花瓶を取ると振り上げ恭一さん目掛けて振り下ろした。恭一さんは一瞬よろけたが、その手を払いのけた。体制を崩した一馬氏だったが、今度は、俺の腕を掴み、何処にそんな力があったのかと思う力で引き倒し、花瓶を投げつけた。
 周りの誰もが慌てた。緊張が解け油断をしていたために判断が一歩遅れたのだ。投げつけられた花瓶を俺は避けたが、慌てたルカが、俺に覆いかぶさるように前に飛び出してしまったのだ。そして、間の悪い事に、ルカのお腹目掛けて一馬氏の蹴りが入ってしまった。
 「ルカ!」叫んだ俺の声に驚き、尊が一馬氏にタックルをしたが遅かった。ルカはお腹を押さえ、蹲る。
 「碧、ルカは妊娠しているんだ」
 「まずい、救急車、いや間に合わん。美里、あいつ等に電話だ」
俺は、一馬氏に殴りかかった。
 「純平、殴るな!お前も障害で逮捕されたいか。尊、純平を押さえていろ。西園寺一馬、障害の現行犯で逮捕する」
 峻は警察手帳を見せ、一馬氏に手錠をかけた。驚いたのは一馬氏だった。まさか、警察がいるとは思わなかったのだから。
 「恭一さん、フロントに電話して担架を借りてください。それから、美里シーツでも何でも良いから取って来てくれ」
 大急ぎでフロントに電話をして、恭一さんは担架を頼んでくれた。その間、碧は、病院に電話をし、緊急手術と輸血の準備を頼んでいた。
 「純平、ルカさんの血液型は何型だ?」
戸惑う俺に美里が叫ぶ。
 「碧、O型よ」
 「解った。そうか・・・美里、仲間に声を掛けてO型を集めろ。病院の輸血用が足りないらしい」
 「解った」
 「担架が来ました」
恭一さんが声を掛ける。
 「そっと乗せて。なるべく動かさないように」
 碧の指示で、下へ運ぶ。その間も美里は仲間に電話を掛けている。だが、俺はルカの手を握ってやる事しか出来なかった。エレベーターが、下に付くのももどかしく、俺は次第に苛立って来た。隣に尊がいなければ、俺は、一馬氏をボコボコに殴りに行っていただろう。
 下で待っていた誠たちの車に乗せ碧の病院へ運ぶ。途中、渋滞も予想されたが、峻が手配してくれたようで、パトカーに先導され、病院までスムーズに行けた。しかし、ルカの出血はかなり酷いようだった。美里は、あれからずっと仲間に電話を掛けてくれている。下で待機していた仲間も一緒に電話を掛けてくれていたらしい。病院に着いた時には、かなりの仲間が待っていてくれた。
 ルカは、すぐに手術室に運ばれた。扉が閉まり赤いランプが点く。俺は、その前で祈った。祈る事しか出来なかったのだ。時を刻む音だけが妙に響いた。普段気にならない時計の音が、殊更大きく感じられたのだ。仲間が声を掛ける。尊が、代わって答えてくれる。その間、美里は恭一さんに電話をし、その後の事を聞いていたらしい。
 「純平、お披露目は中止。父は警察の留置所にいるわ。天罰よ。母がこっちへ向かっている。兄貴ももうすぐ来るわ。しっかりしてね」
 「ああ」
その時だ、看護婦が慌てたように
 「すみません、O型の人はいませんか?輸血用の血液が足りないようなので、協力できる方はお願いします」
集まってくれた連中が一斉に立つ。俺も立ち上がる。
 「俺もだ、俺の血を全部やって良い、だからルカを助けてくれ」
看護婦にしがみつくように言った。
 「とりあえずこちらへ」
と案内され、ベッドに横になる。
 「お気持ちは解ります。しかし、400CCまでしか取れないの。先生も患者さんも頑張っているし、他の方も大勢いるみたいだから、気をしっかり持って下さいね。あなたがしっかりしないでどうするの」
 看護婦に諭され、俺は頷くしかなかった。俺と仲間たちの採血が次々と手術室に運ばれてゆく。俺がそれを見届け、採血室を出るのと入れ替わりに恭一さんが入って行った。すれ違いざま、恭一さんは、無言で俺の肩を叩いた。何故だろう、その時、緊張の糸が途切れたように涙が零れた。頑張れよと言ってくれたのだが、言い様のない深い悲しみ、絶望、砂がすべる落ちる瞬間の様な寂寥感、切なさが身体中を支配したのだ。俺は、手術室の扉の前に駆け出し叫んだ。
 「ルカ!ルカ!ルカ!」
 今にも扉を叩き壊しそうな勢いで、扉を叩きながら叫んだ。いや、尊に止められなければ、壊していたに違いない。
 ふいに扉が開き、碧が出てきた。その顔は沈痛に歪んでいる。みんなの視線が集まる中、
 「碧、ルカは?」
 「純平、すまん、子供は駄目だった」
側にいた人間の嘆きの声が漏れた。
 「ルカさんもまだ、危険な状態だ。これからICUに移す」
 碧はそれだけ言うと、ICUへ向かった。俺は、その場にへたり込んだ。悔しさでどうにかなってしまいそうな気がした。そこへ麻酔で眠り、機械を付けられたルカが手術室から出てきた。俺は、ルカにしがみつこうとした。それを制したのは看護婦だった。
 「すみません。ご家族の方ですね」
 「はい」
 「すみませんが、事務処理をしていただきたいので、センターへ行ってもらえませんか?」
 「今ですか?」
 「ええ、なるべく。あなただけですか?他に何方かいらっしゃいませんか?」
 俺は、美里を手招くと、看護婦の相手をしてもらった。そして俺は、ICUへ向かった。集まってくれた仲間の対応は、尊がしてくれた。ICUに移った頃、峻はルカの母親を連れて病院へやってきた。
 「母さん、遅かったね」
 「ごめんなさい。警察の方へ呼ばれて行っていたの。恭一さん、それで伽瑠羅は?」
 「ICUに入った。子供がお腹にいたそうだが駄目だった。ルカ自身も、まだわからない」
 「そう」
 「純一君、ちょっと」
俺は声を掛けられた。
 「母さん、こちらルカのご主人だよ」
 「初めまして、佐藤です」
 「伽瑠羅の母です」
 俺と伽瑠羅の母親はそれだけ言うと黙った。お互い言わなければならないことはある筈なのだが、口を開けば罵り合いになってしまいそうな気がしたのだ。
 「純平、部屋の鍵を貸して。母子手帳と判子が必要なの。私取ってくるから」
美里が言って来た。俺は、鍵を渡した。
 「頼む。ルカの鞄にも、鍵はある筈だから、それも持って来て、それは、美里お前が預かっていてくれ」
 「解ったわ。じゃあ、急いで行って来る」
 「誰かに送ってもらえよ」
 「ええ、真二に行ってもらうわ」

 俺は、ICUの前でただひたすらルカが元気で目覚めてくれる事を祈った。ルカの笑顔が俺の支えなのだ。あの笑顔を取り戻せるなら、俺は何だってする。悪魔にだって心を売れると思っていた。
 「純平」
 「尊」
 「皆には帰ってもらった。全員でここに居ても仕方ないから、何かあったらすぐ来られる様にはしてある」
 「ありがとう」
 「いいさ、それよりお前も少し横になれ。看護婦さんが、ICUの隣の部屋を空けてくれた。今、恭一さんにも、声を掛けてきた」
 「ああ、ありがとう。でも、もう少しここにいるよ」
 「無理するなよ。お前が倒れたら、ルカさんが、一番悲しむからな」
 「解っている」
 「純平、尊」
 「峻」
 「俺、一度署に戻るよ。それで、真二が帰ってきたら、署に来てくれと言ってくれ。アイツにも証言してもらわなきゃならないからな。お前たちも来て貰うぞ」
 「ああ、解った。言っておくよ」
 「純平、辛いだろうが、頑張れ。俺が西園寺を極刑にしてもらうようにするから。だから・・・・・」
 「ありがとう、峻・・・・」
 「尊、後はよろしくな」
 「ああ」
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by karura1204 | 2004-12-01 00:23 | 第六章 冬の花火
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