この日、俺は遅れて仕事へ行くことにした。ルカと区役所へ行くためだ。朝9時。役所が開くと同時に、俺たちは、尊や美里に立ち会ってもらい婚姻届を提出した。照れる俺たちを尊はからかい、美里は満足そうな顔をしていた。
「ルカ、おめでとう」 「美里姉、ありがとう」 「純平、ルカのこと、頼んだわよ」 「ああ」 「おめでとう、純平。これからが大変だが、ふたりで頑張れよ」 「ありがとう、尊。俺、何も出来なくて・・・」 「良いんだよ。お前がルカさんと幸せになってくれれば、それで良いよ。じゃあ、俺は夕方の仕込みがあるから、帰るよ」 「悪かったな、忙しい時に」 「気にするな。お前等の為だ」 「尊さん、ありがとうございます」 「ルカさん、じゃあ、またお正月にゆっくりと話しましょう。美紀もルカさんに逢うのを楽しみにしていますよ」 「はい。美紀さんによろしくお伝え下さい。私も楽しみにしていますと」 「ええ、伝えます。じゃ、これで。美里、あと頼んだぞ」 「わかっているわ、じゃあね」 尊を見送ると、俺たちは美里に気になった事を聞いた。 「俺たちが、ふたり揃って役所に来て大丈夫なのか?」 「ええ、今日は、秀樹のお披露目の為の準備と杏子達の結婚式の準備があるの。だから、みんなロイヤ ルホテルにいるわ。誰も、此処には来られないのよ」 「お前は良いのか?」 「私は良いのよ。居ても何もする事はないし、嫌がられるだけだから」 「そうか、お前もある意味大変だな」 「良いのよ、もう慣れっこだから。それに何だかんだ言って、店の資金を出してもらっているから、それで充分だわ」 「美里姉、本当にありがとうね」 「礼は良いのよ。ルカが幸せになってくれたら、私は満足なのよ」 「でもな、美里、お前の親父、ルカの事諦めていないんだろう?大丈夫なのか、ルカが今日の席に居なくても」 「大丈夫よ。もし、ルカの事を話すなら、お披露目当日か、杏子の結婚式当日だからね。その時に爆弾発言しようって魂胆なのよ」 「ところで、美里姉、それ誰の情報なの?」 「恭一兄貴」 「え!恭一さん?」 俺とルカは、顔を見合わせた。 「そう。恭一兄貴。ビックリした?」 「ええ」 「どういう事だ?美里」 「恭一兄貴、家を出るつもりなのよ。兄貴も嫌だったんでしょうね。あの家。今まで、恩があるからと黙っていたけれど、耐えられなかったんだと思うわ。何時だったか、兄貴が話してくれたのよ。いずれ出て行くって」 「そうだったの・・・・・」 「まあな、あとを継ぐために養子になったのに、跡継ぎが出来たから、お前は要らないよって宣告されてきたようなものだものな」 「恭一兄さんも可哀想ね」 「ああ、そうだな」 「気にしないの。兄貴は、兄貴で上手くやっているから」 「わかった。ごめん、俺も仕事に行くよ。明後日が稼働日で、一番忙しい時だから。美里、あと頼むよ。ルカ、ごめんな。一緒に居られなくて」 「良いのよ。仕事頑張って」 「ああ」 「純平、任せておきなさい」 「頼んだよ、じゃ」 「行ってらっしゃい」 俺はふたりに見送られ顧客の所へ行った。明後日の稼働日まで何もない事を俺は祈りながら。その頃、ルカと美里は、何やら俺に内緒の相談をしていた。 「美里姉、この後どうするの?」 「うん、仕事に出ようと思っているけれど、どうしたの?」 「もし、特に契約とかがないのなら付き合って欲しい所があるの?」 「良いわよ。特にないから、店に電話して、和ちゃんに頼んでおけば済む事よ。でも、何で?」 「あのね・・・・・」 「どうしたのよ?」 「ええ・・・あのね、病院に一緒に行って欲しいの」 「病院?」 「ええ」 「あ、まさか・・・ルカ、そうなの?」 「まだ、解らないの。だから・・・・駄目かな?」 「良いわよ。でも、純平には言ったの?」 「まだ。だって、解らないでしょう」 「そうか。じゃあ、早いところ行ってみよう。ね。何処か知っているの?」 「マンションの近所にあるわ」 「解った」 私たちは、マンションの近くにある個人病院へ向かった。病院へ行く間、美里姉は、ずっと手を握っていてくれた。私は、不安だったけれど、姉が握ってくれていた手に勇気を貰った気がした。 病院でみて貰う。ちょっと恥ずかしかったけれど、医者から告げられた答えは、妊娠2ヶ月だった。 待合室に行くと、 「どうだったの?」 「2ヵ月だって」 私は、母子手帳を姉に見せた。姉は自分事のように喜び抱きついた。 「ルカ、おめでとう。大事にしなさいよ。純平にすぐ知らせなさいよ」 「待って、帰ってきたら話す」 「馬鹿ね、何時帰ってこられるか解らない純平を待っていてもしょうがないでしょう。早く知らせてあげなさいよ」 「でも、そうしたら、純はきっと家に帰りたくなるでしょう。仕事の邪魔はしたくないの。だから、お願い。まだ黙っていて。私から話すから、ね。美里姉」 「もう、しょうがない娘ね。でも、まあルカの言う事も一理あるか。解ったわ。黙っていてあげる」 「美里姉、ありがとう」 「でも、早いところ話して、保健とかの手続きしてもらうのよ。良いわね」 「ええ、解っているわ」 私はその日、真新しい母子手帳を抱きしめる思いでマンションへ美里姉と帰った。心配した美里姉は、家に泊まると言ってくれたけれど、私は断った。ひとりで幸せをかみ締めたかったから・・・・・ 夕食を一緒にとり、美里姉が帰った後、私は祈った。この幸せが続くように、純の仕事が順調に運ぶように、神に祈った。
by karura1204
| 2004-12-01 01:29
| 第五章 時の狭間
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