魔物の正体に気付かぬまま、季節は、12月に入り、クリスマスムード一色になった。俺の仕事も佳境を向かえ、家に帰れない日が続いた。ただ、美里達が、隠密裏でずっと動いていてくれたお陰で、クリスマスイブの日に、婚姻届を提出する予定になった。ルカは喜んでいた。入籍もさることながら、キリスト縁の日に重なる事が嬉しかったようだ。俺は、やはりクリスチャンなのだなと思っていた。
俺は、会議室に皆を集めていた。稼動日に向け、気を引き締めようと思った。 「みんな、12月26日の稼働日まで、あともう少しだ。ここからの追い込みがきついが、フォローしあっていこう」 「はい」 「新人のみんなは、どうだったかな?研修や何かと違って、大変だったと思うが、誰か感想を言ってくれ」 中西と言う新人が挙手をし、話し始めた。 「チーフ、今回は良い勉強でした」 「そうか。でも、勉強だと思っておしまいにするなよ。次期システムも、あと一歩で、落とせる。そうしたら、それこそ実践して、また更に次のシステムへ繋げて欲しい」 「はい」 「他には?」 誰も言わなかった。 「まあ、良い。だが、こういう場でも発言ができる様にならないと、次のステップに進めないぞ。ところで、クリスマスの予定は、みんなどうなっている?」 「チーフったら、仕事でしょう?」 その時、おずおずと手を上げ、新人が言いにくそうに 「すみません。僕、一年前から、彼女と約束してあって・・・・」 「良いよ、三橋。彼女とゆっくり過ごせ」 「本当ですか?」 三橋と飛ばれた新人は目を輝かせた。 「ああ、他にも、彼女や彼氏との約束があるものは、ちゃんと申告しろ。神保君に言っておけ。スケジュールの調整をするから」 「チーフ、話がわかる」 「チーフも、デートでしょう?」 「だからか」 「こら伊藤チャチャを入れるな。まあ、デートはするが、仕事には支障のないようにちゃんとするよ。だから、その時期、障害が出ないように、祈っていろよ」 「はい」 「よし、今週は終りだ。来週もまた頑張ろう。じゃあ解散」 俺は、冗談交じりに言うと、顧客の所へ行き、次期システムの最終打診をしてきた。良い感じの手応えに満足しながら、帰途に着いた。 「ただいま」 「おかえりなさい。寒かったでしょう?」 「そうだね。でも、心は暖かだよ」 「何か良い事あったの?」 「ああ、次期システムも契約が取れそうなんだ」 「それは良かったわね。そうそう、昼間、尊さんから電話があったわ」 「何だって?」 「元気か?ですって」 「それだけか?」 「ええ、それだけ」 「何なんだ、それは・・・・」 「心配してくれているのよ。変わったことはないかって」 「そうか、まあアイツらしいか」 「ええ、ご飯出来たわよ。今日はお鍋です」 「良いねぇー」 「日本酒、飲む?」 「飲む、ルカも付き合えよ」 「ええ」 「いただきます」 「どうぞ、めしあがれ」 「ルカも、日本的な言葉使うようになったね」 「そうかな?」 「ああ」 「美味いなー。鍋は最高だね」 俺は、鍋と酒に舌包みを打っていた。ところが、ルカは、箸も付けず俺をじっと見ていた。 「どうした?食べないのか?」 「食べるわよ。純が美味しそうに食べるのを見ていたら、出会った頃を思い出したの。ほら、純は、私が食べる所を良く見ていたでしょう。だから」 「そうだったな。ルカの食べっぷりは気持が良かった。今でもだけどな」 「そう?」 「ああ。ルカの食べている姿は良いよ」 「ふふ・・・・・。幸せだな。こうして純とご飯食べるの」 「そうだな」 俺は、ルカの杯に酒を注いだ。本当にそうだ。ルカとこうして食事が出来る。何気ないことかも知れない。その何気ない幸せが、俺たちには何にもかえがたいものだった。何時までもこの平穏無事な生活が続く事を信じていた。だが、その生活が根底から脅かされる日が、足音を忍ばせ近づいていることをまだ知らなかった。 「明日は、休みだから、少し夜更かししようか」 「夜更かし?」 「うん、夜更かし」 「いいよ。でも、何をするの?」 「何でも良いよ。ルカと一緒なら。あー、食った。食った。美味しかった。ごちそうさま」 「良かった。ごちそうさま」 「よし、珈琲淹れよう」 「何だか、純の珈琲久しぶりって気がするわ」 「そうだな。ここ2週間まともに帰っていなかったから淹れてないしな」 俺は、珈琲を淹れにキッチンへ立った。ルカは、食べ終わった食器を流しに入れている。 「あ、俺が洗い物するよ。流しに入れて置くだけで良いよ」 「ありがとう」 「ゆっくり座っていな」 「うん」 俺は、珈琲が落ちる間、急いで洗い物を済ませた。 「お待たせ。はい」 「ありがとう」 ルカは、カップを大事そうに抱えひと口飲むとしみじみ言った。 「う~ん、純の珈琲美味しい。やっぱり、純の珈琲は良いわ」 「そうか?」 「ええ。どんな珈琲も敵わないわ」 「お褒めにあずかり、光栄です」 珈琲の香りは、心までゆったりさせてくれた。それから俺たちは、笑い合い、時間を忘れて夜更かしを楽しんだ。
by karura1204
| 2004-12-01 01:30
| 第五章 時の狭間
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