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12月6日 金曜日

 魔物の正体に気付かぬまま、季節は、12月に入り、クリスマスムード一色になった。俺の仕事も佳境を向かえ、家に帰れない日が続いた。ただ、美里達が、隠密裏でずっと動いていてくれたお陰で、クリスマスイブの日に、婚姻届を提出する予定になった。ルカは喜んでいた。入籍もさることながら、キリスト縁の日に重なる事が嬉しかったようだ。俺は、やはりクリスチャンなのだなと思っていた。

 俺は、会議室に皆を集めていた。稼動日に向け、気を引き締めようと思った。
 「みんな、12月26日の稼働日まで、あともう少しだ。ここからの追い込みがきついが、フォローしあっていこう」
 「はい」
 「新人のみんなは、どうだったかな?研修や何かと違って、大変だったと思うが、誰か感想を言ってくれ」
中西と言う新人が挙手をし、話し始めた。
 「チーフ、今回は良い勉強でした」
 「そうか。でも、勉強だと思っておしまいにするなよ。次期システムも、あと一歩で、落とせる。そうしたら、それこそ実践して、また更に次のシステムへ繋げて欲しい」
 「はい」
 「他には?」
誰も言わなかった。
 「まあ、良い。だが、こういう場でも発言ができる様にならないと、次のステップに進めないぞ。ところで、クリスマスの予定は、みんなどうなっている?」
 「チーフったら、仕事でしょう?」
その時、おずおずと手を上げ、新人が言いにくそうに
 「すみません。僕、一年前から、彼女と約束してあって・・・・」
 「良いよ、三橋。彼女とゆっくり過ごせ」
 「本当ですか?」
三橋と飛ばれた新人は目を輝かせた。
 「ああ、他にも、彼女や彼氏との約束があるものは、ちゃんと申告しろ。神保君に言っておけ。スケジュールの調整をするから」
 「チーフ、話がわかる」
 「チーフも、デートでしょう?」
 「だからか」
 「こら伊藤チャチャを入れるな。まあ、デートはするが、仕事には支障のないようにちゃんとするよ。だから、その時期、障害が出ないように、祈っていろよ」
 「はい」
 「よし、今週は終りだ。来週もまた頑張ろう。じゃあ解散」
 俺は、冗談交じりに言うと、顧客の所へ行き、次期システムの最終打診をしてきた。良い感じの手応えに満足しながら、帰途に着いた。

 「ただいま」
 「おかえりなさい。寒かったでしょう?」
 「そうだね。でも、心は暖かだよ」
 「何か良い事あったの?」
 「ああ、次期システムも契約が取れそうなんだ」
 「それは良かったわね。そうそう、昼間、尊さんから電話があったわ」
 「何だって?」
 「元気か?ですって」
 「それだけか?」
 「ええ、それだけ」
 「何なんだ、それは・・・・」
 「心配してくれているのよ。変わったことはないかって」
 「そうか、まあアイツらしいか」
 「ええ、ご飯出来たわよ。今日はお鍋です」
 「良いねぇー」
 「日本酒、飲む?」
 「飲む、ルカも付き合えよ」
 「ええ」
 「いただきます」
 「どうぞ、めしあがれ」
 「ルカも、日本的な言葉使うようになったね」
 「そうかな?」
 「ああ」
 「美味いなー。鍋は最高だね」
 俺は、鍋と酒に舌包みを打っていた。ところが、ルカは、箸も付けず俺をじっと見ていた。
 「どうした?食べないのか?」
 「食べるわよ。純が美味しそうに食べるのを見ていたら、出会った頃を思い出したの。ほら、純は、私が食べる所を良く見ていたでしょう。だから」
 「そうだったな。ルカの食べっぷりは気持が良かった。今でもだけどな」
 「そう?」
 「ああ。ルカの食べている姿は良いよ」
 「ふふ・・・・・。幸せだな。こうして純とご飯食べるの」
 「そうだな」
 俺は、ルカの杯に酒を注いだ。本当にそうだ。ルカとこうして食事が出来る。何気ないことかも知れない。その何気ない幸せが、俺たちには何にもかえがたいものだった。何時までもこの平穏無事な生活が続く事を信じていた。だが、その生活が根底から脅かされる日が、足音を忍ばせ近づいていることをまだ知らなかった。
 「明日は、休みだから、少し夜更かししようか」
 「夜更かし?」
 「うん、夜更かし」
 「いいよ。でも、何をするの?」
 「何でも良いよ。ルカと一緒なら。あー、食った。食った。美味しかった。ごちそうさま」
 「良かった。ごちそうさま」
 「よし、珈琲淹れよう」
 「何だか、純の珈琲久しぶりって気がするわ」
 「そうだな。ここ2週間まともに帰っていなかったから淹れてないしな」
俺は、珈琲を淹れにキッチンへ立った。ルカは、食べ終わった食器を流しに入れている。
 「あ、俺が洗い物するよ。流しに入れて置くだけで良いよ」
 「ありがとう」
 「ゆっくり座っていな」
 「うん」
俺は、珈琲が落ちる間、急いで洗い物を済ませた。
 「お待たせ。はい」
 「ありがとう」
ルカは、カップを大事そうに抱えひと口飲むとしみじみ言った。
 「う~ん、純の珈琲美味しい。やっぱり、純の珈琲は良いわ」
 「そうか?」
 「ええ。どんな珈琲も敵わないわ」
 「お褒めにあずかり、光栄です」
 珈琲の香りは、心までゆったりさせてくれた。それから俺たちは、笑い合い、時間を忘れて夜更かしを楽しんだ。
by karura1204 | 2004-12-01 01:30 | 第五章 時の狭間
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