9月28日 木曜日 2

 俺たちは、マンションへ行く間、誰ひとり言葉を発しなかった。と言うより、発したら何を言い出すか解らない気がしたのだ。ルカは俺の腕をしっかりと掴み、何かをじっと考えているようだった。
マンションへ着くと、俺はルカに頼んで、お茶を入れてもらった。とりあえず、皆の気持を落ち着かせたいと思った。
 籍を入れる。紙に記入して役所に出す。たったそれだけの事だが、俺には、もっと重大な事のように思えていたのだ。甘チャンかも知れないが、やはりルカの両親に報告しないまま勝手にしてしまうことに躊躇いを感じた。だったら、一緒に暮らす事だって同じだと言われてしまえばそれまでなのだが・・・・・
 マンションへ着いてからの美里は、さっきまでの剣幕は消え、勢いで言ってしまった事を少し後悔しているように思えた。だが、それは、尊が来るまでの間だとわかった。一時間後、尊がバイクを飛ばしてやって来た。
 「どうなっているんだ?純平!」
挨拶抜きで、尊は言った。
 「悪かったな、まだ、仕事だったろう。それに、明日だって」
 「そんなことは良い。それより、お前、美里が電話で言った事は本当なのか?」
 「ああ、本当だよ」
 「それで、籍だけ入れてしまうのか?」
 「解らない」
 「解らないって、どういうことよ、純平は、ルカを守るって言ったでしょう。私はその言葉を信じたから、全てを話したのよ。そうでなければ、話さないわ。ルカをもっと早く、ここから連れ出しているわ」
 「守るよ。それは本当だ。嘘じゃない。だけど、勝手に籍だけ入れるなんて・・・・・」
 「尊も、美里も落ち着けよ。純平だって、ルカさんだって籍を入れることは、嫌だと思っていない筈だと思うよ。だけど、そんなに急かしたら、ふたりが戸惑うのは当然だよ」
 「何よ、峻、あんたが言いだしっぺでしょう」
 「それはそうだけど・・・純平の性格を考えると、性急過ぎたかな?と思うよ。悪かった。純平は、ここでの生活をしながら、ルカさんの両親に認めてもらいたいんだろう?」
 「ああ、そうだな」
 「無理よ。それは出来ない話だわ。ルカだって解るでしょう」
 「それは・・・・・」
 「あんたたち、そんなんじゃ、何時まで経っても、逃げているだけになるわよ」
 「純平、俺は、保証人になる事は構わん。だが、お前、どうして俺に言ってくれなかった?一緒に暮らしていることも、複雑な事情が有ることも・・・・・・」
 「尊さん、ごめんなさい。私たち、隠すつもりはなかったの。私が・・・・・」
 「いや、俺が悪かった。何処かで、俺がルカに甘えていたからなんだ。尊、頼むよ、保証人になってくれ。美里、お前にもとばっちりが行くかも知れないけれどな、頼むよ」
俺は、頭を下げた。ルカもそれに倣(なら)った。
 「解った。俺に任せな。美里、入籍するって言うのは、簡単な様で面倒なんだ。まず、ルカさんの戸籍を移す準備をする。それには、ルカさんの現在の戸籍謄本・住民票、その他諸々必要なんだ。美里、取って来てくれるか?ご両親にばれないようにだ」
 「ええ、いいわ」
 「それから、入籍したら、会社にも届けを出さないと、扶養控除だのの書類に不備が出る。純平、その辺上手くやれるか?」
 「ああ」
 「全て、ばれないようにするんだ。すぐに届けを出して下手にばれたら元も子もない。美里、良いな、焦り過ぎるなよ」
 「解ったわ」
 「じゃあ、月曜日から行動開始だ。良いな?純平、ルカさん」
 「ああ」
 「ええ」
 「そうだ、美里、お前の家が所有している車のNoと車種を全部教えてくれ」
 峻が言った。
 「どうして?」
 「その車がこの変をうろついていたら、報告してもらうようにするよ」
 「わかったわ。明日峻の所へFAXしておくわ」
こうして、俺たちの入籍プロジェクト?は始動した。

 尊たちが帰ったあと、俺たちは、ベランダで月を見ていた。眠れそうになかったのだ。ルカは、俺の肩に寄りかかり、「これで本当に良いのかな?」と呟いた。
 俺は、頷くとルカの肩を抱いた。だが、俺の中でも、ルカと同じ呟きがあった。皆の気持が嬉しくて、そう言ってしまったが、内心は戸惑いのほうが大きかったのだった。
 「ルカ、そろそろ寝よう」
 「ええ」
 俺たちは、寝る支度をしてベッドに入った。仕事の日は、別々のベッドで寝るが、ふたりでいられる時は、同じベッドで寝ようと決めていた。ルカを抱き寄せながら、俺はもう、何も考えまい、前に進む事を考えようと、ふたりの時間を楽しむことにした。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:32 | 第五章 時の狭間
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