「ほっ」と。キャンペーン

9月24日 火曜日

 目覚ましが鳴った。ルカの声が聞こえる。朝の匂いが鼻と腹を刺激していた。
 「おはよう。朝ですよ~」
俺は、目を擦りながら、キッチンへ行った。
「おはよう。最近は、ルカに起こされてばかりだな」
「そうね。でも、良いじゃない」
「ああ。悪くない」
「さあ、着替えて、ご飯ですよ」
いつの間にか、ルカはしっかりして、俺に起こされることがなくなった。今朝も、鼻歌交じりに、食事の支度や俺の支度をしていてくれる。逆に、俺が、ルカに甘えている。そんな気がする。
「今日は、純の好きな蜆の味噌汁だからね」
「良いね」
「いただきます」
「いただきます」
「うん、美味しい。また、上手くなったよ、ルカ」
「本当?」
「ああ。今日、管理会社に電話しておくから、後は、ルカがやっておいてくれ」
「わかったわ」
「美里にも電話しておくよ。ルカを連れ去られないようにな。アイツの店、確か、今日は休みだろう」
「そうね、でも、美里姉に迷惑じゃないかな?」
「大丈夫だよ。アイツはそんな事気にする奴じゃないだろう」
「ええ、そうね。私からも電話してみるわ」
「それが良い。ごちそうさま。珈琲淹れて置くよ」
「ごちそうさま。頼むわ」
ルカは、食器を片付けに行った。俺は、珈琲を淹れると、ビジネススーツに着替えた。そこには、いつもの朝の風景がそこにあった。俺は、この風景がいつまでも続くことを願った。ルカも同じ想いだと思ってやまなかった。
 「じゃあ、行って来るよ。くれぐれも注意して欲しい」
 「ええ、大丈夫、充分注意するわ」
 「頼むよ、後で電話する、じゃあ、いってきます」
 「いってらっしゃい」

 俺は、会社に着くと、机にある書類を確認し、管理会社に電話をしオートロックの件を話した。そして、土曜の昼に来てもらうことに決め、ルカに、すべてを任せたい旨を話した。
俺は、電話を切ると、直ぐルカに電話をした。
「はい、佐藤です」
「ルカ、俺だ」
「ああ、純」
「今週の土曜日、業者と会うことにしたよ。ルカも一緒にいて欲しいと言うので、土曜日の昼、俺と、会社に来てくれ」
「28日の土曜日ね」
「ああ、そうだ」
「わかったわ。予定に書いておくわ」
「頼むよ。業者としても、最初は俺が一緒じゃないと駄目みたいだ」
「それは、そうよね」
「仕方ないな」
「ええ、もう、お仕事でしょう」
「ああ、じゃあ、何かあったらメールするよ」
「わかった、じゃあね」
「うん」

俺は、名残惜しみながら電話を切ると、美里にも電話をした。
 「おはよう、美里」
 「あら、こんな早くから、どうしたの?」
 「いや、ちょっとね、法事、ありがとう」
 「いいのよ、それより、何か良くないこと?」
 「まあ、良くはない」
 「ルカ、そこを出たとか?」
 「まさか、そうじゃない。昨日、加納とか言う執事が、俺たちの車をつけていたんだ。たぶん、法事に出掛けた時から、俺たちの後をつけていたのだと思う。気付いたのは、昨日。河口湖からの帰りだ。家に帰ったら、加納の車はいなくなっていた」
「そう・・・・・とうとう動き出したのね」
「ああ、でも、俺たちが何処かへ逃げると思ったんじゃないかな?」
「多分ね」
「ルカの事、頼むよ。俺、仕事空ける訳にいかないし、何かあれば、家にも帰れないからな」
「わかったわ。後で、ルカに電話してみる。それで、あの子、どう?」
「ああ、ちょっと落ち込んでいるけれど、頑張っている。今は、気が張っているから、そう見えるのかも知れないけれどな」
「強がりだから、あの子。私に似て・・・・・血、繋がってないのに」
「血は、関係ないよ。じゃあ、頼んだぜ」
「わかった。何かあったら直ぐ電話してね」
「ああ」

 俺は、その後、出社してきた連中からの報告を受けると、家田統括部長に休みの礼を言いに行った。
「統括部長、おはようございます」
「やあ、おはよう。法事はどうだった?」
「はい、おかげさまで、みんな集まってくれまして良い法事になりました。ありがとうございます」
「それは良かった。システムの方も、無事進んでいるよ」
「はい」
「そう、それで、この間のミューズの件だがね」
「どうなりましたか?」
「うん、全面採用とは行かないが、一部取り入れようと言うことになってね、君や向こうの連中と話し合いをしたいと思っているよ」
「そうですか。で、どの辺りを・・・・・」
「まあ、そんなに急がなくても良い。ミューズ側には連絡してある。金曜日に打ち合わせだ。その前に、こちら側の最終決定をしたい。木曜の午後、会議室を押さえておいてもらった。資料は神保君に渡してある。受け取っておいてくれ」
「はい、わかりました」
「神保君、頑張っているようだね」
「そうですね。高橋君の目は確かです」
「ああ、そのようだ。すまんが、私は、これから蛭田常務のお供で、九州の事業所へ行って来る。木曜の会議までには戻る予定だ」
「わかりました。お気をつけて」
「ああ、じゃあ、失礼する」
俺は、頭をさげ、家田統括部長を見送った。

 デスクに戻り、神保君から書類を受け取ると、ざっと目を通し、ミューズ関連の人数分、コピーをとり冴島たちに渡して置くように頼むと、峻の所へ電話をした。
「はい、高木」
「よお、峻」
「純平」
「元気か?」
「ああ、元気だよ。そうだ、法事行かれなくて、すまんな」
「良いよ、お前の仕事は休むの大変だろう」
「まあな、それよりどうしたんだ。純平が電話掛けてよこすなんて」
「いや、お前にちょっと頼みたい事があるんだ。会えないか?」
「構わないぞ、それで何時だ」
「なるべく早い方が良いんだ。いつ非番だ?」
「土曜だな」
「ああ、解った」
「じゃあ、夕飯でも食いながら、どうだ?」
「そうだな、20時、横浜のチャオは?」
「良いね、久しぶりにマーコの顔も見たいしな」
「それで、美里も一緒に連れてゆくかもしれない」
「美里?」
「ああ、アイツの予定次第だが」
「何で美里もなんだ?」
「会った時話すよ」
「ああ、わかった」
「じゃあ、土曜日」
「OK!」

電話を切ると、直ぐ美里にまた電話をした。
「美里」
「どうしたの?」
「土曜の晩、チャオに来られないか?峻と会う」
「峻に?」
「ああ、アイツにちょっと聞いてみようと思って」
「まさか、護衛?」
「その、まさかだ」
「う~ん・・・・・・そこまでしなくても、命を取る訳じゃないのよ」
「それは判っている。でも、心配なんだ。家に帰ったとき、ルカがいなくなっていることが」
「まあ、判らなくはないけど・・・・・・」
「俺、ルカに約束したし、美里とも約束したろう。ルカを守るって」
美里は、電話の向こうで何か考えているようだったが
「まあ、いいわ。ゆくわよ。で、何時?」
「20時。チャオ」
「判った」
「悪い、我侭言って」

 その後、俺は事務処理を済ませ、顧客の所へ行った。だが、心のどこかにルカの事が引っ掛かっていた。仕事をしているのだが、時折上の空になっている事があった。また、何かに追われるような不安な気持ちで心が急いていた。ちょっとしたことに苛つき、部下を責めてしまっていた。これではいけないと思うのだが・・・・・この手に初めて感じた幸福を、どんなことがあっても離したくない。その思いだけで俺の胸はいっぱいになっていた。だが、頭の片隅にチラチラと浮かんでは消える夢のことが気になって仕方がなかった。
それでも、木曜、金曜の会議を無事に終え、ミューズ側の一部採用と、新たな契約書を交わし、次の作業に移った。計画変更に伴う仕様書を金曜の晩に作り終え、帰宅した。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:33 | 第五章 時の狭間
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