9月23日 月曜日 2



 
 車が、東京都に入った時、またあの小ベンツの姿が見えた。俺は、一瞬躊躇ったが、もう隠し事は嫌だと思い
 「なぁ、ルカ、白の小ベンツが、さっきからうろちょろ、俺たちの車にまとわりついている。言うのは、やめようと思っていたけれど、あの車、西園寺家のものか?」
と素直に聞いた。
 「え?」
 「キョロキョロ見るな。ちょっと待っていろ」
俺は、車を環七方向ではなく、新宿方向に車を走らせた。
 「何処へ行くの?」
 「新宿」
 「何しに?」
 「後ろを着いて来る小ベンツを引き寄せる」
 俺は、都庁近くのホテルへ車を入れ、シートを斜めに倒すと、ルカにも同じようにさせた。暫くすると、俺の後から着いて来た小ベンツが、怪しい動きでホテルの駐車場に入ってきた。
 「ほら、あれだよ」
言われた先を見たルカは、顔色を変え、言った。
 「加納だわ」
 「やっぱり、西園寺家の人だね」
 「ええ、加納と言う、執事。西園寺家の事なら、あの人が一番良く知っているの」
 不安そうにルカ外に目をやり「純、どうしようか、これから?」と俺を申し訳なさそうに見つめた。俺は、ルカの心配顔を安心させてやりたくて
 「別にどうすることもないさ。どうせ、向こうは、俺の家も知っているのだろう」
と明るく言った。
 「ええ、この間、母と加納が来たもの」
 「なら、逃げ隠れしてもしょうがない。仲良く帰ろう。そうだ、ちょっと、見せ付けてやろうか」
俺は、シートを戻すと、加納と言う男が此方を見ていることを確認して、ルカにキスをした。
 「慌てているわ」
 俺たちは、いたずらっ子のように笑い、車を発進させると、そのまま家に帰った。そして、いつものように食事を済ませ、珈琲を淹れて飲んだ。が、ルカは、ベランダから外を気にしていた。

 「加納、居ないわ」
 「今日は、もう来ないだろう。俺たちが、何処かへ逃げる事を恐れたんじゃないか」
 「そうね・・・でも、監視されているのは嫌よね」
 「そうだな。その辺は何か考えなくちゃいけない」
 「純、ごめんなさい」
 「謝ることはない。気にするな」
 「でも」
ルカの声は、沈んだ。見る間に、涙が零れ落ちる。
 「ルカ、泣くな。泣かなくて良い」
 「でも・・・・」
 「しょうがないな。おいで」
俺は、カップを置くと、クッションにルカを座らせた。
 「なあ、ルカ、俺、美里から話を聞いた時は、正直言って驚いた。迷いもしたよ。だけど、ルカはルカ。ルカでしかない。西園寺家の人間だから好きになったんじゃない。そのことだけは忘れないで欲しい。良いね」
ルカは涙で潤んだ瞳で俺を見た。
 「じゃあ、涙はなしだ。俺は、笑顔のルカが一番綺麗だと思う。どんなに辛くても、明るく振舞うルカの姿に俺は勇気を貰っている。会社での俺は変わったと、みんなから言われるようになった。それもルカのお陰だ。ありがとう。俺は、ルカが居ないと、もう駄目だ。俺は、ルカを守る。ずっと一緒だ。だから、さあ、笑って」
 「無理だよ」
 「どうして?」
 「だって、純・・・・私、嬉しくて・・・」
 「笑えない?」
ルカは言葉にならず、頷いた。
 「じゃあ、こうしちゃおうかな」
俺は、ルカの事をくすぐった。
 「きゃ、ずるい、もう」
 「ずるくても良い、笑わないと・・・」
ルカが、反撃してきた。
 「やめろ、そこは俺も弱い。つつくな、こら」
 「純が先にやったんだよ」
 「よーし、ここはどうだ?」
俺は、ルカの脚の裏をくすぐった。
 「あ~、駄目。ぞわ~っとする」
 「ハハハハハハ・・・・・」
 「純の意地悪」
そっぽを向いてしまった。
 「あ、ごめん」
 俺は、ルカを振り向かせると謝った。そこには、泣き笑いのルカの顔があった。その時、風呂の沸く音がした。
 「ルカ、一緒に、風呂に入ろう。背中洗ってやる」
 「パジャマ取ってくるわ」
 「良いよ、後で、バスタオル巻いて取りに行けば良いさ、おいで」
 強引に風呂場へルカを誘い、じゃれあいながら服を脱がせた。ルカの気持ちは少しずつほぐれているようだった。背中を流し合い、ふたりで少しきつい湯船に浸かった。そして俺は、前から気になっていたことを少しずつ質問した。
 「なあ、ルカ、聞いてはいけないことかもしれないけれど・・・良いかな? 」
 「良いわよ、聞いて。本当の事、純に聞いてもらいたいわ」
 「ありがとう、ルカの本当のお父さんは、日本人なのか?」
 「半分ね。父は、フランス人と日本人のハーフ。だから、私はクォーターになるわ。瞳がブルーなのはその為。西園寺の父が、私を嫌うのは、私がブルーの瞳を持って生まれてしまったからだわ」
 「そうか。ルカのお母さんは、何故、西園寺家にいるのかなぁ?」
 「弟の事もあるし、怖いのよ。西園寺の父は、母を殴るから・・・・・」
 「ドメステックバイオレンスか・・・・」
 「警察は取り合わないわ。卑しくも西園寺家の頭首が・・・って。美里姉、何か言っていなかった?」
 「性格異常者だとは言っていたよ。でも、DVとは、はっきり言わなかった」
 ルカは淋しげに笑うと「そうね、言えないわね。実の父ですもの」と言った。俺は、ルカの辛さが心に広がった気がして、そっと肩を抱いた。少し語気が荒くなりながら、ルカは言葉をつないだ。
 「母は・・・・・・母は、私を守ってくれているわ。でも、私はもう、そう言う守られ方が嫌。あの人は、何かにすがる事で、私を守っている気になっているの。逃げれば良いのに、逃げ出せないの。同じことの繰り返しは嫌だと言って、いつも不満を抱え義父が死ぬのを待ちながら、西園寺家にいるわ。でも、私は違う。母の様にはなりたくないの。好きでもない人の所へ無理やり嫁がされるのはごめんだわ」
 「わかった」
俺は、強くルカを抱きしめた。
 「大丈夫だ、俺がいるから。そうだ、ここのマンション、ちょっと手を加えよう」
 「どうするの?」
 「前々から言われていた事なんだが、マンションの入り口をオートロックに変えようと思う。オートロックにして、テレビインターフォンにする。どうかな?」
 「良いわね。防犯上も、良い事だと思うわ」
 「明日、管理会社に電話してみるよ。俺が居ない間に、ルカがさらわれたら困るからな」
 「でも、出費はかなりでしょう?」
 「そのために、管理費とか積み立てているんだ。文句は言わせないよ。もし、工事が入る時は、ルカが色々面倒を見てやってくれな、悪いけれど」
 「ええ、任せておいて」
 「頼むよ。そうだ、買い物だけれど、俺が居ないときは、生協とかの宅配を頼めよ。ちょっとストレスは溜まるかも知れないけれど、下手に外に出るよりは良い。ここのマンションでも取っている人はいると思うし、主婦の人達に聴いてみると良いよ」
 「ええ、そうするわ。純、ありがとう」
 「のぼせたな~。あがるか?」
 「ええ」
 俺の頭の中は、ルカを守ることでいっぱいになっていた。オートロックにしたからといって完全ではない。そうだ、バイクを買おう。車では小回りが利かないが、バイクなら露地にも入れる。
 「ルカ、バイク買うよ」
 「どうして?」
 「ルカを乗せてやりたいから」
 「私を?」
 「ああ、ルカの走りを見ていたら、乗せて走りたくなったよ」
 「大丈夫?」
 「大丈夫だよ。無茶な走りはしないよ。ルカは乗りたくないのかい?」
 「ううん、乗りたいわ」
 「決まりだな。良いのを探してくるよ」
 「楽しみにしているわ」
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by karura1204 | 2004-12-01 01:34 | 第五章 時の狭間
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