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9月23日 月曜日 1

 俺たちは、冷気を感じて目を覚ました。車に積んであった毛布はかけていたが、ルーフを開けっ放しで寝てしまったのだった。俺は、ルーフを閉め、エンジンをかけヒーターを点ける。すると、直ぐに窓が曇った。ルカは、窓を手で拭いたが、良く見えなかったようで、それが気に入らなかったのか、車を降りた。
 「寒いだろう」
声を掛け俺も車を降りる。
 「ええ、でも気持ち良いわ。あ、見て、富士山」
 ルカの声に目をやれば、朝日を浴びて輝く富士山が目の前に迫っていた。吹く風が清々しく澄み渡り、初秋の河口湖は、その面に富士の山を映し、鏡の如き清らかさをもって存在していた。
 俺たちは、寒さは感じたが、富士の霊気を受けたように厳かな気分になった。
 「来られて良かった」
ルカはポツリと呟き俺の肩にもたれた。
 「ああ」
 俺も同じ思いでルカの肩を抱いた。そうして暫く、富士を仰ぎ見ていた。やがて、朝の風が少し強く吹き過ぎて行き、水の面を波立たせていった。ルカの身体が微かに震えたのを感じ、俺は、毛布を取り出すと、ルカをくるんだ。そうして、シートを直した。
 「ルカ、風邪引くから、中へ入りな」
 「ええ、でも、もう少しだけ、此処でこうして見ていたいの」
 「わかった。じゃあ、俺も、入れて」
 エンジンが温まる間、俺たちは毛布に包まって、富士山を見ていた。暫くすると、俺の腹が鳴って、次にルカの腹が鳴った。
 「嫌ね、私たちったら、折角素敵なものを見ていたのに」
 「そうだな、でも、富士山を見ていても腹はいっぱいにならないからな」
 「しょうがないか」
 「ああ、来る途中にあったファミレス行こう。24時間だったと思うから」
 「そうね」
こうして、連休最後の一日が始まった。
 この日俺たちは、予定通りボートに乗り、猿のショーを観て、地元で評判の料理の店で食事をして帰途に着いた。
 その時、俺は不審な車を発見した。ルカには言わなかったが、小型のベンツが、ずっと俺たちのゆく所に現れていた。色は白。最初は、偶然かと思った。しかし、俺たちが行く先々に、その車が見え隠れしているのだ。俺は、ナンバーをルカに気付かれないようにメモした。後で、峻に調べてもらおうと思った。峻は、刑事になっていた。
 ルカは、紅葉の中央高速を走るのが気にいって、かなりのスピードを出していた。
 「おいおい、気をつけろよ。免停になったら困るだろう」
 「大丈夫よ。100キロぐらいだもん」
 「嘘付け、140は出ているぞ」
 「え?本当?」
 「白々しい奴だな」
 「ばれたか」
 「ばれたかじゃないの。少しは、紅葉も楽しんだらどうだ」
 「は~い」
首をすくめるルカだったが、相変わらず気持ちよく車を飛ばしていた。
 「そうだ、談合坂のサービスエリアへ寄って、おみあげを買って帰ろう。果物とか置いてあるし、美味しいソフトクリームもある」
 「わかったわ」
 そう言うと、ルカはニッコリ微笑み、またスピードを上げた。俺は、言うのも馬鹿らしくなったので、そのままにした。だが、そのお陰で、小ベンツの姿は見えなくなった。もしかすると、ルカは、その車を知っていて、巻きたかったのかも知れないと思えた。 
 談合坂に入ると、売店を見て回り、葡萄や梨等の果物にワイン、葡萄で出来たお菓子に生そば、信玄餅までも買い込んだ。そして、巨峰ソフト舌包みを打ちつつ車に戻ったルカ。
 「俺が運転するよ。ソフト食べていて良いから」
 「ありがとう」
 俺は、車を出した。ルカは確かに運転が上手だ。だが、荒っぽい。このまま運転して、事故でも起こされたら・・・・俺は内心、ヒヤヒヤしていたのだった。ふとルカを見ると、ソフトを舐めながらご満悦の顔だった。俺は思わずその顔を見て笑ってしまった。
 「良いねぇ、ルカのそう言う顔」
 「え?」
 「ついてるよ、ソフト」
全く子供みたいに、鼻の頭にソフトをくっつけている。
 「感じなかったの?冷たいでしょうに」
 「テヘヘ・・・・」
 ルカは笑った。俺もつられて笑ったが、内心は複雑だった。ルカは、どうしてこんなに無邪気でいられるのだろうかと。俺なら、きっと耐えられないだろう。やはり、強い。この強さは、何処から湧いてくるものなのだろう?俺は、その源を知りたいと思った。ルカの強さの元。
 「ねぇ、純、夕べから何を考えているの?」
ルカが突然聞いた。
 「え?あ、いや」
俺は口ごもった。
 「何だか、ずっと変だわ、純。私の事、邪魔?」
 「いや、違う。そんな事は絶対にない。昨日も言ったけれど、俺はルカの事を真剣に考えていて、ルカのために何をしてやる事が一番良いのかな?って」
 「何もしてくれなくて良いよ。純が側にいてくれさえすれば、私は良いのに・・・今の純は、私を見ているようで見ていない・・・・・」
俺は、はっとした。
 「ねぇ、何か隠している事があるんじゃない?」
 ルカの問い掛けに、俺は何を言って良いのかわからなくなって黙り込んでしまった。心と頭は思考が空回りしていた。ルカに隠し事をしている事はとても心苦しかった。しかし、言ってしまったら・・・・言わずに抱えるか・・・・全部話して一緒に悩んだ方が良いのか?隣のルカを見ると、しょんぼりとして外をじっと見つめている。何かを考えているようだった。やがて、独り言のように
 「言いたくないなら、仕方ないけれど、何だか淋しいわ、私」
と呟いた。その言葉に触発されたように俺は心を決めた。『全て話そう・・・・』
 「ごめん、俺、一昨日飲みに行っただろう」
 「ええ」
力なくルカは答えた。
 「あの時、美里と飲んでいた」
ルカの表情が変わった。
 「全部聞いたよ」
 「それで?」
 「それでって?」
 「やっぱり、嫌になった・・・・・」
 「馬鹿な!俺は、美里に約束してきた。俺が、お前を守ると。どんな事があっても、ルカを離さないと」
 「本当?」
 「嘘で言えるかよ、こんな大事なこと」
 「ありがとう」
 ルカの瞳からは、大粒の雫が溢れ出しそれ以上、声にならなかった。俺はルカの涙が納まるのを待って言った。
 「悪かった、美里と会った事黙っていて。でも、隠すつもりはなかった。結果的に、ルカに心配かけただけったけどな。美里、心配しているぞ」
 「そうね、美里姉には、いつも心配かけちゃっているわ」
 「頼りないかもしれないが、俺について来いよ。良いな」
 「ええ。ありがとう・・・嬉しいわ・・・」
 それから、俺たちは暫く黙った。 ルカは、想いが溢れてまた涙を零した。俺も何を言って良いのか、判らなくなっていた。
by karura1204 | 2004-12-01 01:35 | 第五章 時の狭間
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