9月22日 日曜日 3

 俺は、食券を買いに行き、カウンターに出した。その間に、ルカは、2本のペットボトルを買ってきて座っていた。
 「純、こっち、こっち」
俺に手を振ったルカ。席へ行き
 「71・72番だって、呼ばれるのを待っていて」
 「お腹空きすぎちゃったよ」
 「おやおや、今日のルカはお子様みたいですねぇ」
 「あら、嫌だ。私ったら」
 「良いよ、たまには、そう言うルカも」
 「そう?」
アナウンスが入り、俺たちの番号が呼ばれた。
 「良いよ、ルカ、そこに居て、俺が取ってくるから」
 「ありがとう」
トレイに、どんぶりとたこ焼・お好み焼きを乗せて、ルカの元へ行く。
 「わ~、美味しそう、いただきます」
 目の前で、美味しそうに、無邪気に食べているルカを見ていると、俺の胸は締め付けられた。心の中は、辛い事を経験して、ぐちゃぐちゃなはず。しかし、明るく振舞っている。俺は、ルカが、健気だと思った。
 「純、食べないの?」
俺は、ルカをボンヤリみていたので、どんぶりに箸をつけていなかったのだ。
 「ああ、食べるよ。ルカが食べるのを見ていたら、面白いな~と思ってね」
 「何それ?」
 「え、美味しそうに食べるだろう、ルカは。俺、ルカがそうやって美味しそうに食事をしている姿が好きなんだよ」
 「変なの」
 「変でも良い。俺、ルカが俺の珈琲を褒めてくれた事が嬉しかったし、俺の作った食事を美味そうに食べてくれた事がめちゃくちゃ嬉しかったよ」
 「だって、純の料理は美味しいもの」
 「ありがとう」
 「どうしたの?何だか変」
 「まあ、良いじゃないか」
 俺は、気をそらすように言うと、どんぶりをかき込むようにして食べた。結構美味い味だった。でも、これなら、家でも作れそうな気がした。食事を終えると、俺は展望台にルカを誘った。
 展望台からは、ライトアップされた橋。夜の海、沖を走る船、街の明かりが見えた。幻想的な世界が目の前に広がっていた。それぞれに照らす灯りは違っているが、目の前に見える世界が、一枚の絵のように調和していた。ライトは星のように輝き、まるでスターダスト。風が潮風を仄かに運んで香った。俺は、ルカの肩を抱いて、その風景を眺めた。永遠に時が止まったかに思えた。俺たち自身が、絵の中の風景のように。
 暫くそうしていた。風が強くひと吹きしたのを合図に、俺たちは下へ降りた。
 「綺麗だったね」
ルカがポツリと言った。俺は、強くルカの肩を抱いて車に戻った。

 「ルカ、運転変わるよ、少し休め。今日は色々気を使っただろう。ルカは、気を使いすぎる所あるから」
 「ありがとう。でも、別に嫌じゃないし、純の事を考えたら、自然にそうした方が良いかな?って、思えるだけだよ」
 「評判、良すぎだな、ルカ」
 「そんな事はないと思うけど」
 「いや、みんな、俺に言って行ったよ。お前のこと。良い人を見つけたって。大事にしろ、お前には勿体ないとな」
 「純の友達、良い人だね。羨ましい」
ルカは少し遠い目をした。
 「ルカも、もう、あいつらの仲間だ。俺だけの仲間じゃない」
 俺は、ルカの瞳を見て言った。ルカも俺を見詰めながら、「そうだよね」と言った。俺はしっかりと頷いた。
 「ルカ、少し寝て良いよ」
 「ありがとう、眠くなったら寝るわ」
俺は、家まで走らせた。連休の中日と言う事もあり、30分足らずで家に着いた。
 その間、ルカは、何かを考え込んだように外を見ていた。さっきの夜景を惜しんでいたのかもしれない。だが、俺は、綺麗さとは裏腹に、儚さをみていた。ルカが、いつか俺の前から消えてしまうのではないかと言った不安と共に、風景がルカと重なっていた。

 「ルカ、早く、着替えて行こうぜ」
 「ええ。あ、そうだわ、ねぇ、珈琲淹れて行きましょうよ」
 「おお、そうだな。俺淹れるから、着替え用意してくれ」
 「わかったわ」
それから、俺たちはバタバタと用意をし、再び車に乗った。
 「何処へ行こうか?」
 「そういえば、決めていなかったね」
 「ルカ、行きたい所ある?」
 「う~ん・・・・・富士山が見たい」
 「富士山か」
 「駄目?」
 「いや、駄目じゃない。この時間だと、何も見えないから、日が昇ったら河口湖辺りで、のんびり富士山を見よう」
 「ええ」
 俺は地図を広げた。高速は何処を通っても暗い。東名を使って行く事にした。帰りは、中央高速で紅葉が見られたら良いと俺は思った。
 「よし、出発だ」
 一気に、川口湖畔まで走り、その日は、そこで眠ることに決めた。車を走らせたところで、俺は気になっていた事を聞いてみた。俺の中では漠然とだが、ルカが結婚披露の話をOKする確信があった。だが、あまりにも唐突な言い方だし、正式なプロポーズさえしていないのだから、俺のひとりよがりなのではないかと不安だったのだ。それに・・・・・・
 「ルカ、さっき尊の所で言った事だけど・・・」
 「何?」
 「尊のところで、結婚披露して良いのか?本当に」
 「良いわよ」
 「でも、俺たちはまだ」
 「純、私の事嫌いになった?」
 「馬鹿な、益々惹かれているよ」
 「なら、問題はないでしょう?それに、何処で披露宴をしようと結婚式をしようと、関係はないわ」
 「ああ、ごめんよ」
 「純があやまることはないのに、何だか、昨日からの純は、少し変よ」
 「そうかな?」
 「うん。変。何かあったの?」
 「いや、ないよ」
 俺は、口でそう言ったものの、美里の話が気になっていたのだった。だから、ルカの名前を俺の名前にしてしまいたかったし、なにより西園寺の家から解き放ってやりたかった。どこかで佐伯と言う男に対する嫉妬と、父親から俺が守ってやると言う焦りがあるのだった。
 「ごめんよ、仕事の事を考えていた。今回は、大きなプロジェクトだろう。俺ひとりで仕事をしているわけではないが色々気負う事があってね・・・
 実は、この仕事がうまく行けば、俺は部長に昇進する予定なんだ。そんな事もあって、今までは、俺ひとりで抱えてきたことも、ルカに甘えているようだ。時々、変な言動を取るかも知れない。その時は、黙って見守ってくれるかい?」
 俺は、今の気持ちを誤魔化すため、半分は本当で半分は言い訳を言った。
 ルカにとっては、自分の事で精一杯だというのに・・・・ルカは、俺の手に、白く柔らかい手を重ね、ギュッと握りしめた。その手のぬくもりは、無言の返事だと、俺は勝手に理解した。
 「ありがとう」
 「ねぇ、湖でボートに乗らない?」
 「良いねぇ、乗ろう。そうだ、河口湖に、お猿さんのショーをやっているところがある。観て行くか?」
 「観たい」
 「決まり!明日は、ボートに乗って、猿のショーを観る」
 「何か、美味しいものはないの?」
 「食い気か」
 「へへへ」
 「わかったよ、明日地元の人に聞いてみよう」
 「嬉しい」
 俺たちは、笑い合った。ルカの気持ちに俺は何時も助けられている。この明るさが、俺には何にも変えがたいものだ。
 河口湖畔に車を留めた。シートを倒していると、
 「車で寝るの、2回目だね」
ルカが声を掛けてきた。
 「そうだな」
 「今日も、星が綺麗だぞ。秋の星座だ」
ルカは、空を見上げた。
 「出来たぞ。ルーフ、開けようか?」
 「ええ」
俺は、ルーフを開けた。ルカは車に乗り込むと、すぐ、寝転んだ。
 「綺麗。夏とは微妙に違うのね」
 「ああ、冬に向かうに従って、星座は綺麗に見える。ほら、あれはペガサスの大四辺形。天馬ペガサスを象った星座だよ。こっちにゆくと、アンドロメダ座、そして、ペルセウス座にくじら座がある」
 「純、詳しいのね」
 「大学の時、天文学同好会にいたんだ」
 「そう、ロマンチックなのね」
 「まあね。俺、昔から神秘的な物事に関心があったんだ。そう、星座には神話が沢山ある。星占いとかあるだろう」
 「ええ」
 「その星占いも、神話の世界からの要素が大きいんだ」
 「そうなの?」
 「ああ、俺、牡羊座だろう。牡羊の神話から考えると、牡羊座の性格そのものなんだ」
 「どんな神話なの?」
 「うん、昔、継母に殺されそうになったテッサリアの王子プリクソスと、その妹ヘレの助けを大神ゼウスに兄妹の産みの母親ネペレーが求めた。ゼウスはヘルメスにいいつけ金色に輝く牡羊を兄妹のところにやった。兄妹がこの羊の背にのると牡羊は空高く舞い上がり、コーカサスの山に近いコルキスの国を目指して飛び続けた。所が、途中牡羊があまり速く駆けるので、ヘレは目がくらみ、ヨーロッパとアジアを隔てている海峡に落ちて死んでしまった。それでこの海はヘレースポントスと呼ばれたそうだ。兄のプリクソスは無事にコルキスに運ばれその国の王に保護されることになった。この牡羊はコルキスに着いたとき生け贄としてゼウスに捧げられ、その金色の皮はコルキスの神殿に飾られ、決して眠る事がない竜に守られることになった。で、この賢く勇敢な牡羊が星に変身した姿が牡羊座になった。と言われている。牡羊は、ヘレが海に落ちてしまった事を悲しんで、後ろを振り返り振り返り、コルキス国へ戻った。牡羊の星座は、後ろを振り返りながらも、前に進む事しか出来ない部分がある。俺も、迷いながらも前に進んでいる。考えて行動するよりも、行動しながら考えている方だ」
 「ふ~~ん。じゃあ、しし座は?」
 「しし座は、夏の星じゃないんだ。知っていた?」
 「え?そうなの?」
 「うん。実は、星座と実際の星が昇るのは違っていね。暦が出来た時はそうなのかも知れない。けれど、違うんだ。7月半ばから8月の半ばまでがしし座だけれど、天球でよく見える時期は春なんだ」
 「面白いのね」
 「ああ、それとね、昔は、獅子(ライオン)はギリシアにはいなかった。しし座も他の黄道星座とともに5000年以上も昔にバビロニアで生まれ、そこから伝わってきたものと考えられる。しし座のアルファ星レグルスは21個ある1等星の中で唯一、黄道の上にある星だよ。レグルスというのは『小さな王』という意味があって、昔から王者の星とされ、古代の星占いではこの星で王の運命を占ったと言われている。しし座が気高いのは、その為かな」
 「そんなに気高くないけれどね。私は」
 「そうかな?俺は、ルカ、気高いと思うよ。心がね」
 「え、それって、嫌な女みたいじゃない?」
 「違うよ。どんな事があっても、自分の誇りを失わない強さ。良い事だと思うよ」
 「強いかな?」
 「ああ、良い意味でね。しし座は、太陽を守護星にしているから、人々を照らす明るさがある。牡羊座は、火星だ。獅子も牡羊も、同じ火の宮と言う中に属している仲間だよ」
 「そうなの?」
 「ああ」
 「嬉しい。純と一緒で」
 「おいで」

俺は、ルカを抱き寄せ、夜空を彩る星座を見ながら、悠久の星の話しを続けた。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:37 | 第四章 パンドラ
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