9月22日 日曜日 1

俺はルカの声で起こされた。
 「純、もう時間よ、起きて。遅れるわよ」
 「ああ、何時だ」
 「8時よ。ご飯食べて行かないと、困るでしょう」
ちょっと頭が痛かった。
 「悪い、ルカ。水をくれないか。頭が痛い」
 「二日酔いね。しょうがないわね。お父様とお母様悲しむわよ」
俺は、首を振り振り、リビングへ行った。
 「顔洗って。はい、お水」
 「ありがとう」
 完全にルカのペースだった。ただ、頭が痛いのは、酒のせいだけではなかった。昨夜の話が俺の頭にこびりついているのだ。ルカの顔を見るのは、正直辛かった。
 「ご飯、食べられる?」
 「何とか食べるよ。ルカが作ったんだろう」
俺は欠伸をしながらテーブルに着いた。
 「胃に負担の掛からない物にしておいたからね」
 「重ね重ねすみません」
 「良いのよ」
お粥に、中華スープだった。胃が生き返る気がした。しかし、頭は冴えない。
 「ありがとう。美味しいよ」
 ルカの笑顔が眩しすぎる。俺は食べることに専念しようとしたが、思ったほど食は進まなかった。
 「ルカ、ゴメン。飲みすぎだ。あんまり食べられない」
 「いいわよ、気にしないで、もう少し横になっていたら?喪服は、そこに用意してあるからね。片付けたら行きましょう」
 「ああ」
 俺は、橋を置くとクッションを枕に横になった。横になりながら、眠るでもなく何をするわけでもなく、ただぼんやりルカを見つめ、ルカの生きてきた人生を思っていた。すると何だか、今日はルカを人目に晒したくない気持になった。
 「ああ、そうだ。車で行こう」
 「え、良いの?みんな飲むんでしょう」
 「良いよ、昨日飲んだし」
 「じゃあ、帰りは、私が運転するわ」
 「出来るのか?」
 「出来ますよ、運転ぐらい」
 「怪しい~?」
 「酷い」
ルカは口を尖らせた。
 「はい、はい、じゃあ、後で頼みますよ」
 「任せておいて」
 ルカは、胸を叩いた。俺が、車で行きたかったのは、ルカのことを誰かが、どこかで見ている気がしたのだ。その事が不気味だったのだ。着替えを済ませ、車に乗り込んだ。
 「車、久しぶりだろ」
 「そうね。出逢った時以来よね」
 「もう、あれから2ヶ月か」
 「何だか早いわね」
 「そうだな」
 俺たちは、少し感傷的な気分になったが、ルカは、久しぶりの車に何も知らずはしゃいでいた。俺が、事実を知っているとわかったら・・・・俺は昨夜の事が頭から離れず、平静を保つのに何処か精一杯だった。
鎌倉まで二時間。昼には着いた。法要まで、少し時間がある。俺たちは、海岸へ行ってみた。穏やかな海が目の前に広がった。いつ来ても海は、その雄大な姿で迎えてくれる。風が気持ちよく頬を撫でた。潮の香りが心地良い。
 海を見ていたら、少し心にゆとりが生まれた。この広さや深さに比べたら、俺がいくら考えてもなるようにしかならない。ただ、目の前のルカを幸せにしてやれる事を考えようと思った。
 ひとしきり、海を眺めたあと、ルカが作ってくれたおにぎりを車の中で食べ、寺へ向かった。

 「此処が、俺の家の菩提寺だ。名前は『清(せい)龍寺(りょうじ)』。確か真言宗だった」
門前で説明した。
 「日本のお寺って良いわよね。心が落ち着く。私、クリスチャンだけど、本当は仏教の方が好きよ」
俺は、その言葉を聞き、以外だと思った。
 「そうなんだ」
 ルカは、寺の静けさと言うか、荘厳な佇まいの中に溶け込んでいた。俺は、またひとつルカの魅力を発見した気がした。寺に吹く、清浄な風を感じながら俺たちは、庫裏へ行き、和尚へ、今日のお礼とお布施を渡した。
 「今日は、お願いします」
 「おや?奥様かね?」
 「はあ、まだですが、婚約しました」
 「そうか、今日は、ご両親への報告も兼ねているわけだな」
ルカが、隣で頭を下げる。
 「よろしくお願いします」
 「結構、結構。良い方を見つけなさった」
そう言うと、豪快に笑い奥へ引っ込んだ。と思ったら、直ぐに出てきて、
 「これは、わしからの贈り物じゃ。ふたりが上手く行くようにな」
そう言って、掛け軸の様なものをくれた。
 「これには、真言が書いてある。大事にしなさい。み仏さまが必ず守ってくれる」
 「嬉しい。ありがとうございます。大事にしますわ」
 と、ルカがそつなく言ったものだから、和尚はまた、満足気に笑った。『普段は少し偏屈な和尚が笑っている』その姿を見て、俺はルカの不思議さを感じた。『ルカは本当に、誰でも味方にしてしまう・・・・』

 俺たちが、本道に行くと、もう何人かが来ていた。次々仲間に声を掛けられ、その度に短く言葉を交わした。ルカの事を冷やかすやつばかりだったが、久しぶりに会う仲間の顔が、俺を学生時代へ戻して行った。と同時に心が少し軽くなった。
 定刻、五分前、美里を残して全員が揃った。和尚の息子さんが、司会をしてくれた。
 「それでは皆さま、席にご着座下さい。ただいまから、導師様がご入道なさいます」
と厳かに言った。
 俺たちは、神妙な顔をして本道に並べられた椅子に座った。鐘の音と共に、和尚が入ってくる。導師席に着座すると、低音を響かせながら読経を始めた。
 俺は、和尚の読経する声を聞きながら、親父とお袋に、ルカの事を報告した。そして、俺たちの事を守ってくれるように頼んだ。迷惑を掛けてばかりの俺、親父たちが死んでも、願い事をしている自分が情けないが、くじけてしまいそうな心に渇を入れて欲しかったのだ。
 和尚の読経は、高く低く、俺の心に響きわたり、不覚にも涙が零れ落ちた。そっとルカがハンカチを差し出した。その光景を見ていた奴等から、後で冷やかされる事になるのだが、素直に受け取ると涙を拭いた。
 読経が終わり、息子さんの司会で焼香を済ませると、和尚は、退道した。
 俺は、前に出ると、挨拶した。

 「みんな、今日はありがとう。親父もお袋も、きっと喜んでいるよ。ホント、サンキューな」
 「おいおい、堅苦しい事言うなよ」
 「そうだ、そんな間柄じゃないだろう」
尊が前に来て、
 「じゃあ、早速俺の店に行くか。美味いもん用意してあるからな」
 歓声が上がり、それぞれ、車に分乗すると、尊の店に行った。俺は、和尚と奥さん、息子さんを一緒の車に乗せて向かった。
 尊の店に着くと、美紀ちゃんが、塩を持って待って出迎えてくれた。みんなに塩を振り、陽気な笑顔で、
 「おかえり、みんな。さあ、席に着いてね。純平さん、今日はそっちに行かれなくて、ごめんなさいね。まだ、生まれたばかりのがいるから」
と言った。
 「良いよ、こうやって俺たちを出迎えてくれているんだから」
いつの間にか尊は、着替えて、厨房にいた。
 「純平、手伝え!」
 「おお、今行く」
俺は、ルカに和尚の相手を任せ厨房に行った。
 「美紀、来いや」
 「何?」
 「ルカさんを頼むぞ。あいつらの肴にされないように」
 「わかったわ」
 「ありがとな、尊。美紀ちゃんも悪いね」
 「気にしないで。可愛い人見つけたわね。純平さん」
 「こら、美紀」
 俺たちは、料理に手を加え温めなおすと、テーブルに並べた。その頃には、ルカも美紀ちゃんも、手伝いに来た。料理が並び、酒が注がれ俺は再び挨拶に立とうとした。ところが、
 「純平、早く紹介しろ!」
 「そうだ、そっちの方が気になって仕方がない」
やじが飛んだ。
 「参ったな・・・・」
照れる俺だったが、ルカはクスクス笑い、すっと立った。
 「始めまして。ルカです」
 「ヨォ!良いね~」
 「早く、結婚して赤ちゃん産めよ」
 「純平には勿体ないぞ」
 「お前らな~」
 「良いじゃない。どうぞよろしくお願いします」
ぴょこっと、ルカが頭を下げた。
 「可愛い~」
 「俺んちと取り替えようぜ」
 「嫌だよ」
 「本音吐いたな」
拍手が起こった。その時、美里が入ってきた。
 「ゴメン、遅くなって。契約が中々決まらなくて」
 「遅いぞ、美里」
 「今、純平の彼女を紹介してもらった所だ」
 「そう、始めまして、西園寺美里です。よろしく」
 「こちらこそよろしくお願いします。ルカと言います」
 俺は、ふたりの会話にちょっと白けた。『お前ら、良く白々しく言えるな~』美里を見た。目が合ってしまった。『演技しなさいよ』そう、美里の目が言っていたので、『はい、はい。わかりました』と返しておいた。
 その日は、ルカの事で、俺は質問攻めにあった。その都度、ルカの機転と美里のフォローに助けられて、笑いの中に、親父たちの13回忌は無事に終わった。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:39 | 第四章 パンドラ
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