8月5日 月曜日 

 翌朝、俺は爽快な気分で起きた。ベッドに腰掛け、背伸びをする。俺は『ルカに謝ろう』心に決め、隣のベッドを見ると、ルカの姿がない。俺の心臓は早鐘のように鳴った。急いでリビングへ飛び込む。すると、キッチンにルカはいた。
 「どうしたの?あ、おはよう。何を慌てていたの?ビックリした」
 「ごめん、驚かせて。あ、おはよう。ルカ、いなくなっちゃったかと思って」
ルカが不思議そうに俺を見た。
 「あ、ほら、昨日、俺、ルカを傷つけること言っちゃっただろう。なのに、俺、謝りもしないで・・・ごめん。俺・・・」
 「な~んだ、気にしていないのに。私もあれこれ、言い過ぎたかなとは思ったけど、でも、だからといって出てゆくほどのこともないでしょう」
 「ありがとう」
 俺は、嬉しさのあまり、ルカを抱きしめていた。
 「大丈夫よ。私はここにいるから」
ルカは囁き、
 「ほら、早くしないと遅れるわよ」
と元気に言った。
 俺は、このままルカを抱きしめていたいと思った。が、ルカに促され出かける準備を始めた。そして、ルカの作ってくれたご飯を大事にかみ締めながら、食べた。誰かが俺のために食ことを作ったり、親身になって看病してくれることが、これほどありがたいことだとは思わなかった。10年以上気侭なひとり暮らしを、さしたる不自由も感じずに過ごして来たし、病気もせずに来た。俺は、ルカの優しさと大きさに前に己の狭さを痛感していた。歳は俺の方が、大分行っているのに。

 「明日は、ルカの誕生日だな」
 「そうね。また1つ歳を重ねるんだわ」
 「え?年って、取るんじゃないのか?」
 「そうとも言うわね。でも、私は60歳までは、歳を重ねて行くものだと思っているの。人としての積み重ね。女の子から女性へ、そして、母として、人間として成長を続けて行くのだと。60歳で折り返し。61歳になったら、それこそ1つずつ逆戻りよ。歳は、増えるけどね」
 「なるほど」
 「60歳になったら、可愛いおばあちゃんの道を歩きたいのよ。人間味のある。それでいて年寄り臭くない、可愛いおばあちゃん」
 「ルカなら、きっとなれるよ。俺は、俺はどうかな?どんなじいさんになれるのかな?」
 「そうねぇ・・・・・頑固じじいかもよ」
 「何だよ、それ」
 「うそうそ、素敵なおじいちゃまよ。きっと」
 「そうか?それも嘘臭くないか?」
 俺は、思わず笑った。ルカもつられて笑いながら
 「どうかな?ふたりで、可愛いおじいちゃんとおばあちゃんになれたら良いわね」
 「ああ、そうだな。そうなりたいな。ごちそうさま、美味しかったよ」
 俺は、ドキッとした。ルカが俺との未来を語った・・・・・そのことが嬉しくもあり驚きでもあった。俺の我侭も受け入れてくれたルカ、そして、未来を見てくれた。『大事にしたい』俺は心を新たにした。
 出がけ、玄関に来たルカは
 「はい、今日は、お弁当を作ったから持って行ってね。それと、薬飲むのを忘れないでね」
と微笑んだ。
 「ありがとう。めちゃくちゃ嬉しいよ」
 俺は、ルカの頬にキスをし、ルカの作った弁当を抱えるように持ち、何時ものように出社した。

 その日の昼は、ちょっとした騒ぎだった。俺が手作りの弁当を広げて食べていたのだから、当然と言えば当然なのだが・・・・冷やかされる、冷やかされる。夕方には、俺の知っている奴の殆どからやっかみの声を聞かされた。いちいち説明するのも面倒なので、言われるままにしておいた。
 そして、俺は、何年間かに渡って捨ててきた有給を取得するべく、ある方法を思いついた。明日は、ルカの誕生日。俺は、一緒に過ごしたかった。仕事に忙殺される日々は目に見えて迫っている。その前に、ゆっくりルカと過ごしたいと思ったのだ。

 「福永部長、ご相談が有るのですが、お時間宜しいでしょうか?」
 「何だ、構わんぞ」
 デスク横の会議用テーブルに座る。
 「珍しいな。お前から相談とは。で、一体何だね?」
 「今度のプロジェクトでの休暇のことなのです」
 「休みか」
 「ええ、もう直ぐ、連日連夜の作業は確実だと思うのです」
 「そうだろうな」
 「そこで、今の内に一日か二日、お盆休みを避けて、順繰りに取っておきたいのです。代休を取れと、総務や組合から言って来るでしょう。しかし、現実には無理です。なら、お盆休みの期間、名前だけの休みにするよりも、今の内に取った方が良いと思うのです」
 「それもそうだな」
 「セクションごとの連携が取れるように、毎回連絡網は作成していますが、同時に公平に休みが取れるように今から始めたいのです」
 「良い考えだな。構わんよ、手配してくれ」
 「ありがとうございます。今日中に行います。で、申し訳ありませんが、私が明日、先頭を切って休みます。そうすれば、皆も取得しやすいと思います」
 「わかった。明日は、ゆっくり休みたまえ。報告は、休み明けで良いぞ」
 「はい」
 俺は、福永部長と別れ、自分のデスクに戻ると、高橋嬢を呼んだ。福永部長との話を伝え、
 「スケジュール調整を頼む。新人ひとりと後ひとり、君がコイツだと思う3人で、他のセクション、総務への手続きをしてくれ。新人は必ず入れるように。良いね」
 「わかりました」
 キビキビとした答えが返ってくる。
 「俺は、明日、先頭を切って休みを取る。今日中に大まかなものを作って欲しい。各セクションはリーダーに頼めば良いだろう。念のために依頼レポートは書いておく」
 「はい。新人は、生方君、もうひとりは4年目の神保さんにしたいと思います」
即座に答えた。
 「わかった。じゃあ、頼んだよ」
 高橋嬢は、スケジュール調整の為の行動を起こした。俺は、依頼レポートを作り、ルカにメールを入れた。
 「ルカ、今日は遅くなる。ひとりで夕飯を食べて、先に寝ていて欲しい。明日は、休暇が取れたから、ルカの誕生日を一緒に祝おう。君に見せたいものが有る。純一」
直ぐに返事が来た。
 「わかったわ。そうする。純、ありがとう。楽しみにしているわ。ルカ」

 俺は、横浜MM21の夜景を見せてやりたいと思った時のことを実行に移すべく、計画を立て、店の予約も行った。そして、明日、俺がいない間、滞りなく動くように手配をした。高橋嬢は、晩くまで駆けずり回って各セクションに説明をしてくれた。25時過ぎ、今現在の状況を報告に来た。俺は目を通すと、質問をした。
 「ソフトハウスへは確認したか?」
 「まだです。すみません」
 「いや、良い、明日やっておいて欲しい。総務の担当者は誰だ?」
 「飯島係長です」
 「あいつか、うん。今日は遅くまでありがとう。だがもう、電車はないだろう。大丈夫か?」
 「お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫です。同期の美和がこの近くにマンション借りているので、今日は、そこに泊めてもらいます」
 「美和さんと言うと、受付の綿野さんのことかな?」
 「ええ、そうです。チーフご存知でしたか?」
 「いや、知っていると言っても名前だけだ。計画に同期がいてね、そいつが話していた。前に、受付に美人が入社した。今もって高値の華だとね」
 「そうなんですか?言っちゃえば良いのに。美和フリーですよ。彼氏募集中です」
 「そうか、ヤツに言っておくよ。今日は、ありがとう」
 俺は書類を引き出しにしまい鍵をかけた。
 「君も早く帰って休むと良い。じゃあ、失礼」
 「お疲れ様です」
 家に帰るとテーブルに書置きがあった。
 「純、おかえりなさい。お仕ことご苦労様。疲れていて珈琲が飲みたいだろうけれど、我慢してね。薬が効かなくなるから。夜食に何か食べたかったら冷蔵庫に夕飯の残りが有るから食べて下さい。明日、楽しみにしています。ルカ」
 俺はキッチンへ行くと、水を一杯飲み、弁当箱を洗い桶の中に水を張って入れた。冷蔵庫を開けてみる。肉ジャガが入っていた。俺は取り出すと、コロッケを作った。保温器を覗く。ご飯は無かった。冷凍庫を開ける。ご飯があった。『よし』と呟く。そこで、ひき肉を発見。冷蔵庫へ移す。人参、玉葱を取り出し、みじん切りにして炒め、冷蔵庫へ入れた。俺はそこまでやるとシャワーを浴び、ベッドに潜り込んだ。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:49 | 第三章 黒点
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