8月4日 日曜日 1

 翌朝、俺はキッチンからの良い匂いで目覚めた。まだ、ふらつくが、トイレへ立った。
 「おはよう」
 「純、おはよう。もう熱は下がっているわ」
 キッチンから声がする。トイレから出ると俺はクッションの所へ横になろうとした。すると
 「純、辛いだろうけれど、顔を洗って。口ゆすいできて。少しで良いから食べてね」
 「食欲ないよ」
 「しょうがないわね。じゃあ、着替えてベッドに行っていて。ソファベッドは駄目よ。お日様に干すから」
 俺は言われた通りにした。ベッドに横になると、ルカの香りがした。俺はルカの香りに包まれ、一昨日の夜を思い出し反応してしまった。何もこんな時にとも思うのだが・・・・身体は正直だ。
 「純、ちゃんと寝た?」
 ルカが熱いタオルと水の入ったコップに洗面器を持ってきた。俺は、慌てた。
 「はい、身体拭いてね。顔もよ。コップ置いておくから口もゆすいで、ここに出してね」
 そう言うとキッチンへ行った。俺は、ホッとして、また言われた通りにした。熱いタオルのおかげで身体は元に戻った。
 次にルカが入ってきた時は、お盆におじやと野菜スープが乗っていた。
 「少しベッドに腰掛けて待っていてね」
 使い終わったタオルやコップを下げに行った。俺はベッドに座り、ルカを待った。
 「お待たせ」
 取り皿と蓮華を持って来て、よそってくれた。
 「はい、あ~んして」
 「おいおい、子供じゃないんだからひとりで食えるよ」
 「駄目よ。ひとりじゃ、ひと口ふた口しか食べないでしょう。はい、口開けて」
 俺は、ちょっと困った顔をした。しかし、ルカに見つめられ覚悟を決めた。『もう、こうなったら自棄(やけ)だ』ルカの言う通りにするしかない。俺はルカに食べさせてもらった。気恥ずかしかったが、何も食べなかった胃に、おじやが染み入るように入って行った。野菜も柔らかく煮てあって美味しい。なんだかんだ言って、半分以上食べてしまった。
 「ルカは、良い奥さんになるな」
俺はボソッと言った。
 「そうかな?」
 「ああ、俺が保証する」
 「じゃあ、純のところへ行くわ」
ニッコリ笑った。
 「頼むよ」
 俺はマジに言った。嘘や冗談なんかじゃなく、ルカが側にいてくれることで俺は安心していられたのだ。見守られているという安心感に俺は酔っていた。
 「さあ、少し眠って。眠れなくても、横になっていてね」
 「わかった」
 ルカは、食事を下げると、ソファベッドをベランダへ運んで行った。ここの最上階はテラスタイプのベランダだから、余裕でソファベッドが置ける。今日の日差しもきつそうだ。これなら半日も干せばふかふかになる。布団は丸洗いできるタイプだから、今頃は洗濯されている頃だろう。
 俺は、隣で細々働くルカのことをあれこれと思い巡らせていた。だが、余程疲れていたのだろう。考えている間に俺は眠っていた。
 そして、俺はまた夢を見ていた。この間見た、不思議な夢とそっくりだった。海辺を散歩していた。ルカの腕には、また赤ちゃんが抱かれている。微笑みながら俺に手渡そうとした瞬間、ルカは赤ちゃんと共に闇に消えたのだ。俺は、必死でルカの名前を何度も叫んだ。俺のうなされた声に、ルカが驚いて来てくれていた。俺の名を呼び揺り起こした。
 「純、純?どうしたの?起きて・・・純」
 「ああ、ルカ・・・・・」
 「嫌な夢でも見たの?うなされていたみたいだけど」
 「大丈夫だよ」
 「そう、ならいいけれど・・・・」
 まさか、ルカが消える夢だとは言えない。俺は、笑顔を作ると
 「仕ことの夢だ。システムが上手く行かなくて青くなっていたよ。気を引き締めろってことだろうな」
 と嘘を付いた。ルカは、不安げな表情を見せたが、
 「ちょうど良いわ。もう、お昼だし、夜きちんと寝るために、今からは起きていないと駄目なのだってお医者言っていたから、起きましょうね」
と、キッチンへ行った。
 俺は、ホッとしたが、ルカに嘘を付いたことが引っ掛かった。それにしても、ご丁寧な医者が来てくれた。生活面まで指示していったとは・・・・・
 「ところで、誰に聞いた?」
 寝ぼけ顔でリビングへ行くと聞いた。
 「え~っと、安東さん。安東誠さん。一番上にあったから」
 「そっか。誠か。でも、あいつよく家にいたな」
 「何でも、ショーが終わって、丁度家に帰った所だったんですって。私、どうしようと思ったけれど、純のことが心配で、上から順番に掛けるしかないと思っていたのよ」
 「それは迷惑掛けたな」
 「ううん、それは良いのよ。それより、安東さん、私のことを奥さんだと思っているわ。説明していると長くなるから、家内ですって言っちゃった。で、当直明けのお医者様を連れて来てくれたの」
 俺は、目を丸くした。とっさに家内ですだなんてよく言えたと思う。何か言おうかと思ったが、ルカのことだ。言っても無駄だと思い、言うのをやめた。
 「誰かな・・・?後で礼を言わなきゃ」
 「今日は家にいないそうよ。何か有れば携帯にしてくれって言っていたわ」
 「わかった」
 俺は席についた。テーブルには薬膳粥の具が並び始めていた。
 「栄養取らないと駄目よ」
 白粥がテーブルに置かれた。
 「苦い物が有るかも知れないけれど、食べてね。お医者様が、今日のレシピをFAXで送ってくれたから色々 作れたわ。夜も期待していてね」
 「ありがとう。何度礼を行っても言い足りないくらいだ」
 「良いのよ。さあ、冷めないうちに食べて」
 「ああ、いただきます」
 「いただきます」
 俺たちは、白粥にトッピングの具をあれこれ入れて食べた。
 「粥も、こう具が多いと楽しめるな。粥って言ったら、七草か梅干やオカカがポピュラーだけれど、これなら食欲も刺激される」
 「ええ、お医者様もそう言っていたわ。中国では白粥ではなく、漢方薬入りですって。でも、それだと日本人には馴染めないから、白粥で構わないって」
 「成る程ね」
 「干し椎茸を戻して甘く煮たり、白子(しらす)に刻みねぎを混ぜたものにお醤油や味噌を加えたり、朝鮮人参の代わりに、人参をすりおろしてそこへ、粉末のウコンを混ぜても良いそうよ。勿論、たらこやシャケ、サッパリした梅干も。梅干には、オカカや紫蘇の葉を混ぜても美味しいんですって。今度作ってみるわ」
 ルカは楽しそうに話している。俺はルカの話を聞きながらいつしか元気になってゆくのを感じていた。そして、ただ元気が出ると言う単純なことではなく、心に暖かいものを感じていた。ルカからもたらされるあたたかさ・・・・穏やかな気持でいられる自分が不思議でもあった。何か張り詰めていた様々なものが癒されている。俺は、ルカに感謝してもしきれない想いが溢れた。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:51 | 第三章 黒点
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