8月2日 金曜日 2

 俺は軽く手を上げると桜木町駅へ急いだ。ほろ酔い加減に夜風が気持ち良かった。ルカとの約束が有るので、酒は控えたつもりだったが結構飲んでいたようだった。駅の売店でスポーツドリンクを買い、俺は一気に飲み干した。電車がホームに入線するアナウンスが聞こえた。慌てて階段を駆け上がる。発車を知らせるベルが鳴る。俺はすんでの所で電車に飛び乗った。
 流れる景色。MM21の観覧車が光を放つ。桟橋に続く道をライトが彩っている。『ああ、この景色をルカにも見せてやりたい』俺は思った。光のページェントが遠のくと街の明かりだけになり、暗闇も所々現れてくる。俺は目をつぶり、ドアに背もたれウトウトした。ふいに光を感じて目を開けた。電車は品川駅に入っていた。と言うより、ドアが閉まりかけている。俺はドアに手を掛けた。ドアが軋んだ音を出す。笛の音が鳴りドアが開く。俺は身体を滑り込ませるように降りた。危うく乗り過ごす所だった。
 山手線のホームへ行くと、タイミングよく電車が入線した。今度は余裕で乗れた。乗り過ごすのは嫌なので、俺は目をつぶらず車内を見渡した。すると、新型車両で有る事がわかった。行き先掲示板はテレビ型で、現在何処へ向かっているのかを表示していない時は、CMが動画で映されている。これは飽きない。満員電車で見るのは辛いかもしれないが、昼間なら結構時間つぶしには良い。これを開発したのは何処の会社だろう?と思った。ここに食い込めれば、また大きな仕事になる、うつらうつら考えていたら、渋谷に着いた。ハチ公まで走った。時計を見ると、21時25分。俺はあたりを見渡した。ルカは・・・・いた。
 「純!」
 ルカは、俺を見つけたようで手を振りながら駆け寄ってきた。
 「ジャスト!私も今着いたのよ」
 ルカは白のノースリーブシャツに赤のサブリナパンツ、同系色のミュールを履いていた。小さめのショルダーバックは、少し光沢のある感じだ。そして、ふと気付く事があった。俺は「アッ!」と声に出した。
 「フフ、暑いから切っちゃった。似合う?」
 「勿論、ショートも良いよ」
 ルカの長かった髪は、なんと言うのか解らないが、品の良いショートになっていた。顔立ちがハッキリして、大人っぽい雰囲気になっている。薄っすらとした化粧が色っぽい。アクセサリーは、左手のリングだけ。
 「今日は、一段と綺麗だ」
 俺は素直に、いや酒の力を充分借りて言った。
 「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいわ」
 ルカは、俺の腕に絡みついた。
 「行こう」
 俺たちは、丸9の信号を渡りライブハウスまでの道をそぞろ歩きした。
 ライブハウスに着くと、信を呼んでもらった。店内は若者で埋め尽くされ、アマチュアバンドが演奏していた。親衛隊らしき集団が見える。アマチュアでも人気のバンドなのだろう。
 「よう、純平、よく来たな」
 「おう」
 信は、俺に耳打ちした。
 「この人か、彼女。良いじゃん。何処で知り合ったんだ?」
 「ああ、紹介するよ。佐伯ルカさんだ」
 「よろしく」
 「よろしく。お綺麗ですね。純平には勿体ない」
 「良いから案内しろよ」
 俺は今にもルカの手を取りそうな信に言った。
 「まあ、せかすなよ。席2つリザーブして有るから」
 バンドの演奏が終わった。人の流れが外へと向かう。俺たちは流れに逆らって席へ着いた。ステージに近い良い席だった。
 「ロックバンドは今の連中で最後だ、ゆっくり俺の演奏聴いて行ってくれよ。じゃあ、また後でな」
信は楽屋へ引っ込んだ。ボーイが来てメニューを置いてゆく。
 「ルカ、何飲む?」
 「う~ん、どうしようかな」
 「酔っ払っても良いぞ、俺が担いで行ってやるから」
 「嫌ね、そんなにはなりません。でも、お言葉に甘えて、ブラディマリーをいただきましょうか」
 「お、いけるんじゃん。俺はマティーニだ。つまみは?」
 「ソーセージの盛り合わせとコロッケが良いな」
 「コロッケ?」
 「ええ、おつまみに合うのよ」
 「ふ~ん」
俺はボーイを呼んだ。
 「ブラディマリーとマティーニ。ソーセージの盛り合わせとコロッケ、あと、シーフードサラダもね」
メニューを閉じボーイに渡す。
 「夕飯、ちゃんと食ったのか?」
 「ええ、軽く」
 「軽く?食いしん坊のルカが?」
 「もう、純ったら。私だって食べてばっかりじゃありませんよ~だ」
 子供のようにふくれ面をしたルカ。俺は可笑しくてからかおうとしたとき、ドリンクが運ばれてきた。俺たちは、グラスを合わせた。
 「良い雰囲気のお店ね」
 「そうだな」
 暫くすると、ステージの明かりが点きバンドが入って来る。ステージ衣装に着替えた信が最後に派手な振りで入ってきた。すぐに、軽快なJAZZが演奏された。俺は良く解らないが良い感じの曲だ。
 ルカが曲名を教えてくれる。そして、JAZZの音に身を任せている。途中途中、ソロパートが入ったり、オールデイズの曲をジャズ風にアレンジした曲があったりと飽きさせない。なかなか楽しいと思った。たまには生で音楽を聴きながら酒を飲むのも悪くない。
 「ルカ、時々は、こうして飲みに来るのも良いな」
 「そうね、時々、来ましょう」
 「ああ、そうしよう。ところで、ルカ、生徒さんはどうだい?授業の方は順調?」
 「まだ、今は説明で終わっているの。本格的に出来るようになるのはもう少し先になりそうだわ」
 「そうか、良く話を聞いた方が長続きするし、相性も有るからな」
 「相性ねぇ。やっぱり有るのかしら?」
 「そりゃ、あるよ。仕事をしていても、コイツとは合わないなって思うヤツはいるよ。まあ、選り好みは出来ないがね」
 「ええ、選り好みはいけないと思うから、本人がどうやる気が有るのかを聞いているわ」
 「やる気は大事だ。親が言ったから、言われたからと言うのは駄目だ」
 「ええ、ただ、主婦の方はやる気があっても、小さいお子さん連れはお断りしたわ。他の方に迷惑が掛かるでしょう」
 「そうだな。難しい所だ」
ルカは頷いた。
 「でも、私の時間のある時、個人的にと言うなら構いませんって言っておいたわ。本人のやる気を無駄にしたくないから」
 「ルカは、やっぱり優しいな」
 俺はルカの瞳を見詰めた。薄暗い店内、周りの喧騒が俺には聞こえなかった。ただ、黙って、ルカを見詰めたのだった。ルカの瞳も俺を見詰め返していた。一分、二分、三分・・・・俺は息苦しくなって視線を外した。ステージから信の声が聞こえ、
 「え~、これからスタンダードナンバーをお送りします。ご自由にチークダンスでも踊って下さい。では、サマータイムから」
 それまでの曲調が変わった。昔、ディスコで聞いたような甘ったるい雰囲気だった。こんな音楽に乗って、女を口説いていたり、逆ナンされたりしていた事を思い出した。ルカが不意に席を立った。
 「ごめん、ちょっと」
俺はルカに目で、『行っておいで』と言った。
 ステージへ目を移すと、信と目が合った。その目は、
『バーカ、折角ムードの良い曲をやっているのに、何で誘わないんだ』
と言っていた。が、俺は無視して酒の注文をした。
 ルカは戻ってくると「背広貸して」と言うが早いか、ふたりのバックに掛け、俺の腕を取った。驚く俺を尻目に「踊りましょう」とフロアに出た。
 信がニヤニヤしている。ルカは、信のメッセージを受信したらしい。俺の肩に頭をもたせ、身体をあずけている。ルカとの、こんなシーンは何度かあった筈なのに、俺はドキドキと心臓が高鳴っていた。音が聞こえてしまうのではないかと思うほどだ。体が熱い。ルカの顔は見えない。それが救いのような気がした。
 酒を飲んでもあまり顔に出ない俺だが、真っ赤になっているに違いない。この俺が、昔の俺を知っている女どもが見たら、笑っちゃうだろうと思った。それ程俺は動揺していた。信のヤツも調子に乗って、長いことスタンダードやらを演奏している。早く終われと思う気持ちと、このままでいたいと思う心の余裕が生まれた頃、演奏が終わった。
 そして、信の声が聞こえた。
「10分間の休憩をいただきます。その後、歌姫YUKIMIの登場です。暫くお待ち下さい」
ステージ上の信はおどけて言った。
 俺たちは席に戻った。ルカが悪戯っ子ぽく瞳を輝かせ俺の目を覗き込んだ。
 「驚いた」
 「ああ、驚いたよ」
 「向こうじゃ、おじいちゃんもおばあちゃんも陽気に歌って踊って、仲良くチークを踊るのよ」
 「そうか。まあ、俺もディスコ全盛の頃は踊っていたからな」
そこへ信がやってきた。
 「よう、朴念仁。彼女の方が察し良いぞ」
 「悪かったな。彼女は俺なんかと違って、海外が長いんだよ」
 「へー、何処にいたの?」
 「NYとパリにいました」
 「NYに居たの。俺も居たんだ。どの辺りに居たの?俺は、ハーレムに近いところ。金がないからボロボロな格好でいたよ。現地人みたいにね。そうしないと危なくて」信は早口に喋った。
 「そうね。でも、私パリの方が長いの。NYは3ヶ月ぐらいかな。セントラルパークに近いところよ」
 「じゃあ、ルカはもしかして、テロの時NYに居たのかい?」
 「いいえ、その時はパリに居たわ。今年になってNYへ行って、それから日本に戻ったの」
 「な、俺たちと違うだろう」
 「それが、何で純平と付き合っているんだ?お、その指に光っているのは、ベリドットじゃないか。お前がプレゼントしたのか?」
 「まあな、でも、お前、良く石の名前知っているな。俺、美里に聞いて始めて知ったくらいだ」
 「美里のところで買ったのか」
 「ああ」
 「そうか、美里も8月生まれだよ。昔あいつが言っていたよ」
 「なんだ、お前ら付き合っていたのか?」
 「昔だよ。俺の事は良いよ。それより、お前結婚するのか?」
ストレートに聞いてくる。言葉に詰まっていると、
 「そうか、そうか、尊から聞いていたけど、お前に合うまでは信じられなかった。でも、ルカさんを見て、お前の態度を見たら確信したよ。で、式は何時だ?ペット吹いてやるよ」
 「あのなー」
 「良いじゃない」
ふいにルカが言った。
 「まだ先のことはわからないの。でも、今、純一さんが、私を大事にしてくれているから、いずれは結婚するかもしれません」
俺はルカを見た。
 「熱いねぇ、純平、お前もう実権彼女に握られているぞ。まあ、頑張れや」
 ステージでは、信が歌姫だと言った、YUKIMIと言う女性ボーカルの歌が始まった。
 「あいつ、歌上手いだろう。俺、あいつを口説いている最中なんだ。上手く行くよう祈ってくれよな。じゃあ、俺行くわ。もうワンステージ残っている。ゆっくりしてゆけよ」
信は楽屋へ行った。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:54 | 第二章 鬼灯
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