8月2日 金曜日 1

 最近、寝ぼすけだったルカがちゃんと起きてくる。まだ、数人とは言え生徒が来るせいも有るのだろう。準備でバタバタしているようだ。そんな微妙な変化にも慣れてきた俺たち。それでも変わらない朝の珈琲の香りの中で、
 「今日は計画していた新人歓迎会がある。夕飯はいらないよ」
と言った。
 「わかったわ」
 「あのさ・・・・」
 「何?」
 「俺は二次会には付き合わない。良かったら出てこないか?信のライブが今夜有るんだ。渋谷で待ち合わせしないか?ルカが良ければ」
 ちょっと回りくどい言い方でルカを誘った。ルカは微笑み、
 「良いわね、それ。渋谷の何処へ行けば良いの?」と言ってくれた。
 「歓迎会は20時30分には終わる。桜木町からだから、1時間ちょっとで行けると思う。そうだな、21時30、渋谷のハチ公前にしよう。ここなら直ぐ分かる」
 「21時30分ハチ公前ね。楽しみにしているから遅れないでよ」
 「解った。じゃあ、夜に。行ってくるよ」
 「行ってらっしゃい」
 俺は、今日もルカが買ってくれたネクタイを締め出社した。

 今週と来週は当初予定のシステム計画に何か問題点・疑問点がないかということの洗い出し作業を依頼したソフトハウスのリーダーたちを含め検討する。だから、比較的に時間に融通が利く。歓迎会の時間までに、仕事の配分を間違えなければ余裕で飲み会が楽しめる。
 俺は、今日のスケジュールを確認した。18時までに今日の予定をこなす。楽しみにしている新人のためにもスケジュールを狂わせるわけには行かない。伸びそうな会議の時間を頭の中でシュミレーションし資料に目を通す。俺は、これなら大丈夫だと思った。果たして・・・若干のズレはあったが、無事予定時間には終わった。

 「小橋、ちゃんと予約は取れているのか?過不足ないだろうな」
 「チーフ、大丈夫ですよ。宴会男の水野としっかり者の高橋さんと一緒に計画しましたから」
 「じゃあ、10分後に一階ロビーに集合して行こう」
 「はい!」
 俺は一足早くロビーへ行った。小橋は慌てたように皆の所へ行くと10分とかからず全員を連れて降りてきた。
 「チーフ、揃いました」
 「早かったな、上出来、上出来。小橋、お前先頭で案内しろ」
 会社から20数人の人の群れが流れ出すと、ぞろぞろとMM21の洋風居酒屋へ移動した。テーブルにはコップや取り皿などがすでに並べられていた。小橋が俺を奥の真ん中へ案内しようとしたので、
 「馬鹿、主賓は新人だぞ。俺じゃない」
 俺は、新人を真ん中に座らせ、その前に座った。他の連中は想い想いの席に着き、小橋・水野・高橋の3人はインターフォンの近くに陣取った。
店に入る時飲み物を注文してあったのだろう、直ぐ冷たいBEERやジュースが運ばれてきた。俺は新人にBEERを注いでやった。高橋嬢が驚いて俺のところに来ると俺のグラスにBEERを注いだ。注がれた新人達も恐縮しているようだったが、こういう席では上司も部下もない。俺が新人として配属された時、今の統括部長が同じ事をしてくれた。気さくな良い人だ。その後、酒の付き合いをしなくなった俺だが、統括部長となら飲みたいと思う。酒が各々に行き渡ると小橋が立ち上がった。俺は、
 「立ち上がらなくて良いぞ。今日は無礼講で行こう」
と言った。
 「では、チーフのお言葉に甘えまして座らせていただきます。え~、新人のみなさん、遅くなったけど、これからの活躍を期待しまして、乾杯!」
 「乾杯!」
 グラスのぶつかる音があちこちで聞こえた。高橋嬢が、
 「飲み放題ですから、好きなものを頼んでください。遠慮しないでね」
と叫んだ。
 料理が次々に運ばれてくる。若い連中はよく飲み、よく食べた。これからの事を思うとこれくらいじゃないと体が付いて行かない。俺は、こいつ等を頼もしく思った。
 酒も大分回ってきた頃、結城嬢が、
 「そう言えば、チーフ、最近そのネクタイお気に入りですね」
と言ったのを皮切りに俺は酒の肴にされた。
 「チーフ、彼女からのプレゼントでしょう」
 「そうだ」
 「きゃ~、はっきり言う」
 「彼女居たんですか?ショック」
 「何だ、加藤、チーフのこと狙っていたのか?」
 「嫌だ、水野さん、そんなんじゃないですよぉ~。ただ、ちょっと憧れていただけですよ」
 「加藤、俺は?」
 「杉田君?う~ん、どうかな」
 「チーフ、彼女と結婚するんですか?」
 「ダイレクトに聞くね」
 「どうなんですか?」
 興味津々と言った感じの視線が集まる。俺はどうしたものかと考えたが、酒も手伝って素直な気持ちを言った。
 「まだ、解らないよ。ただ、いずれはしたいと思うよ。俺にとって一番大切な人だから」
 「ウァ~、チーフ惚気(のろけ)ちゃって」
 「チーフの口からそんな言葉が聞けるなんて」
 「意外だな~、チーフは結婚しないで遊んでいると思っていましたよ」
 「でも、昔はそうだったんでしょう。手が早くて有名だったって、大学の先輩が言っていました」
 「参ったな~、そんな噂が流れているの?」
 俺は内心驚いた。そして、酒の勢いでルカの事を言ってしまった事が俺の気持ちに何か火を付けた感じになった。それと、部下にまで俺の昔の事が伝わっているのかと思うと恐ろしい気がした。
 「ええ、大学の先輩から言われていました。チーフの名前を言って、同じ部署にはなるなよって。でも、それって酷いですよね。チーフは良い人ですよ。仕事の時は怖いけれど。ねぇ」
 「そうよねぇ」
 女性たちは同意しあい、男性連中はニタニタしている。
 「言いたい奴には言わせておけ。俺はなんとも思って いない」
 「チーフ、カッコイイ!」
 「今度、自慢の彼女紹介して下さい」
 「チーフ、何処で彼女と知り合ったんですか?」
 「歳はいくつですか?」
 あちらこちらから質問が飛んできた。
 「おいおい、いちいち答えていられるか。ナイショだ。お前らには勿体ない。まあ、結婚って事になったら、式の時に会わせてやるよ」
 大歓声が上がった。俺はルカの居ないところで、ありえない事を話していることが後ろめたくもあり、辛くなった。が、一縷(いちる)の望みがない訳ではない。また、質問が飛びそうになった時、店の人が時間を告げてきた。お開きの時間である。
 「皆さん、盛り上がっている所、申し訳ありませんが時間です。2次会も予定していますので、飲み足りない人は参加して下さい。チーフ、最後に一言お願いします」
 高橋嬢が言った。それを受ける形で、
 「え~、新人の皆さん。これからが君たちの力を試す時です。忙しくなります。でも、その忙しさに負けないで。弱音を吐きたくなったら、何時でも俺は話を聞く。だから、何でも良い。話しをしてくれ。プロジェクトを成功させ、君たちが一回りも二回りも大きくなって行く事を期待している。それは何も新人だけじゃない。ここにいる全員へのエールだ。月曜日からまた頑張ろう」
ちょっとした演説になった。それまで俺を肴にしていた連中が静かに耳を傾け聴いてくれた。俺はひとり感動し、嬉しく思った。
 水野が、
 「それでは、気合を入れるために1本締めを行いたいと思います。皆さん、ご起立願います。では、ハー、パン」
 景気の良い音が響いた。
 店を出ると、高橋嬢が2次会の参加者を募っていた。カラオケに行くという。
 「チーフ、行きますよね?」
 「悪い、これから約束が有る」
 俺は財布から2万取り出すと、
 「これで足りない分に当ててくれ。じゃあ、俺はここで失礼するよ」
と言った。高橋嬢・小橋・水野が
 「ごちそうさまです」
と頭を下げた。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:55 | 第二章 鬼灯
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