7月28日 日曜日 

 今日は朝からシトシトと梅雨のような雨が降っている。キッチンで食事の支度をしながらテレビから流れるニュースを聞いると、台風がまた近づいていると言っていた。梅雨があけるのはこの台風が去ってからだと言う。まあ、気象庁の発表は正確性を重視するから、既にあけていても台風の影響で遅れているぐらいの発表はしそうなものだ。何時だったか、早々に宣言を出した次の日から雨が降り、梅雨に逆戻りした。それ以来、更に慎重になっている気がする。
 テーブルに食事が並び、珈琲を入れたところでルカが起きてきた。
 「お寝坊さん、おはよう」
 「良い匂いにつられて起きてきたわ。純のご飯は腹時計を鳴らしてくれるわね」
 「俺は目覚ましか?」
 「ごめんなさい」
 眠そうに目を擦っている。
 「良いから顔洗って着替えておいで」
 「は~い」

 おかしな女だな。妙に大人びた顔と少女のような顔が同居している。一緒にいるこっちまで大人になったり少年になったりしている。だが、それが嫌ではない。逆にルカの魅力なのだと思う。そして、俺はそんなルカに惹かれている・・・・・・
 「お待たせいたしました」
 ルカが席に着く。ご飯と味噌汁をよそってやる。
 「今日は、1日雨だそうだ。残りを早めに片付けてのんびりしよう」
 「雨か・・・チョットつまらないけれど、そうだわ、何か音楽掛けてやりましょうよ」
 「良いね、ルカはどんなジャンルが好みだ?俺は、オールデイズとかが好きだ」
 「私はJAZZとかBLUES系が好き」
 「JAZZか・・・ここにはないなぁ・・・そうだ、信の所ならあるかも知れない。あいつペットやっていて、NYにも行った事がある。あとで電話してみるよ」
 「ありがとう」
 「いいえ、どういたしまして。ルカのおかげで部屋が見違えたから、それ位構わないよ」
 ルカは嬉しそうに笑った。俺は、ルカの笑顔に見とれてしまった。ルカの笑顔はこちらまで幸せにしてくれる笑顔だ。
 「ごちそうさま」
 「お粗末さま」
 「何それ?」
 「何って?」
 「だって、変な言い方なんだもの」
 「ああ、コレは日本の社交辞令的物の言い方。ルカに理解できないかも知れないが、日本の文化だよ。俺は、変だと思わない。むしろ美しいと思うよ」
 「ふ~ん。そうなんだ」
 「珈琲飲むだろう」
 勝手にルカのカップにも注いだ。
 「俺は、キッチンを片付けるから、ルカは部屋を頼むな」
 「はい」

 珈琲を飲み干すと早速、行動を開始した。俺は曲を選び流した。リズムに動きが乗り、見る間に部屋は片付いて行った。
 分別ゴミをベランダに出し終え、綺麗になった部屋を玄関から順番にトイレ・洗面所・風呂場・キッチン・リビング、最後に寝室と丁寧にひとつ、ひとつ見て回った。
そうして、リビングに戻り俺たちは顔を見合わせ『やったね!』と言いあった。心地良い疲労感・達成感をかみしめていたら、腹時計が鳴った。俺たちは笑ってしまった。
 「俺たちの腹時計はよく鳴るなぁ~」
 「本当ね」
 時計を見ると15時を過ぎていた。確かに腹が鳴る筈だ。朝ご飯の残りでおにぎりを作り、味噌汁を温め腹に押し込んだ。珈琲と小さなマフィンも楽しみ、信に電話をした。
 「あいついるかな?」
 コール音が聞こえる。受話器の外れる音がした。
 「おう、信、俺だ、あん?なんだ、留守電か・・・・信、帰ったら電話くれ、借りたい物が有る。よろしく」
電話を切ると、
 「ルカ、ごめん。信の奴ライブだとかでいなかった」
 「ライブ?何処でやっているの?」
 「さあ、解らないな。ルカ、行きたいのか?」
 「ええ、ライブ好きなの。私」
 「じゃあ、今度行こう。何処でやっているか聞いておくよ」
 「楽しみにしているわ。NYじゃ毎晩色々な所でやっていたの。ストリートライブやJAZZバーはよく行ったもの」
 「そうか、俺はホコ天で踊っている奴を冷やかしに行ったことはあるぐらいで、ライブはないな」
 「ふ~ん、純って遊んでいたって尊さんが言っていたから、ライブとかにも行っていると思ったけれど、違うのね」
 「そうだな、ツッパリ時代の方が長いからな。尊が言っていたナンパ師の時代は、俺に取っちゃ不安から逃れたくて、でも本当は、どうして良いか解らなくて、快楽に浸っていただけだから・・・・」
 「快楽?」
 「そう、その場しのぎの遊びだよ。だから、就職が決まった時に飽きてしまった」
 「飽きるほど自分を追い込んでいたって事?」
 「そんなカッコいいものじゃないよ。今だって俺は迷っているし、求めていると思うんだ」
 「何を?」
 「何かって?それが解れば苦労しないよ。わからないから不安になるんだ」
 俺は少し、苛立った。
 「羨ましい」
 「何で?」
 「求められるって良い事だと思うから」
 「そうか?」
 「そうよ」
 ルカは、確信を持って言った。だが、俺は、反論するように話し始めた。
 「そんなもんかなぁ。でも、辛いぜ。ダチは馬鹿やりながらも自分なりの夢とか目標を持っていたんだ。でも、俺には何も無かった。ただ、何となく生きて行くことは嫌だったし、親父みたいなサラリーマンにだけはなりたくないとは、漠然と思っていた。だけど、じゃあ、具体的に何かと聞かれたら、俺は答えを持っていなかった」
 「で、馬鹿やっていたの?」
 「行動は、な。学業って言うのは、コツさえ解れば必死に勉強しなくても出来るもんさ。だから、喧嘩やバイクに夢中になっていても、そこそこ出来た。大学だって浪人も落第もせずに来た。周りはそんな俺を羨ましがっていたし、やっかんで裏工作しているんじゃないかとまで言っていた。だが、俺はそんな事はどうでも良かった。反対に、自分の夢を見つけて大学を辞めてゆく奴等の方が羨ましかったよ」
 俺は、やけっぱちのように言い放った。ルカは一瞬たじろいだように見えた。だが、瞳を外へ向けゆっくりと「私の夢ってなんだったのかな?私、何も考えていなかった気がする」と言った。
 「良いのさ、それはそれで。俺の問題だ。でも絶対なりたくないと思っていたサラリーマン生活をもう、12年もやっている。住めば都って言うけれど、この生活も悪くはないよ。今じゃチームリーダーとして部下を抱え、それなりの責任もあるからな」
 と、今度は、なげやりに、強がって言った。しかし、その瞬間、俺は俺自身の中で何かがカタリと音を立てた気がした。心の箍が外れたような・・・・・・・

 「どうしてサラリーマンになったの?」
 俺は言葉に詰まった。俺は、話すべきなのか・・・?話したいのか・・・?ルカの瞳は、真っ直ぐに俺を見ていた。その瞳を避けるように天上を見上げた。そして、心を決め目を閉じるとポツリポツリと話し始めた。
 「親父が死んだんだ。交通事故だった。道路に飛び出した女の子を助けようとしたそうだ。女の子はかすり傷で済んだ。だが、親父はその子の代わりに死んだ」
 ルカの顔は歪んでいたかも知れない。だが、俺はその表情を見るのが嫌で、キッチンへ行くと珈琲を淹れた。部屋には珈琲の落ちる音が響き芳香が広がる。俺は、カップに注ぎ入れると何も言わずテーブルに置いた。ルカは、手をつけようとしなかった。ただ黙って俺を見詰めている。俺は、ルカに見詰められながらひとり珈琲を飲んだ。そして、また俺は静かに話し始めた。
 「このマンションは親父がお袋と俺に残した物だ。これからは、経営の時代だと言って、俺が高校の頃、このオンボロマンションを建てた。土地は先祖からのものがあったから建物代だけで済むと言って・・・・。
 親父は、自分たちの老後の事も考え、また自分が死んでも、お袋や俺が、家賃収入で生活できるように建てたんだ。確かに親父が死んでも俺たちは食うに困らなかった。 
 だが、お袋は、親父の死のショックで寝込んでしまった。俺は、そんなお袋を安心させてやりたくて就職したが、親父の一周忌を待たず、お袋も親父の元へ行っちまった」
 ルカは俺の手を強く握った。もう話さなくても良いよと言うように。それでも俺は、一呼吸置いてまた淡々と喋った。
 「お袋も逝っちまったから、俺は会社を辞めてマンションのオーナーとして自由に暮らそうと思えば出来たけれど、嫌だった。ダチからは勿体ないと言われたが、管理会社に任せた。俺が暮らせる部屋と、熱光熱費、管理費を管理会社が負担する。将来俺が結婚して家族が増えた場合、最上階の3部屋をぶち抜いてリフォームする事を約束させた。
 その代わり、他の部屋の家賃収入は管理会社の利益にさせた。年何%かは俺の収入になるが、親父の残した財産の全てに頼らず生活する事に決めた。それに、会社の仕事も面白かったから、サラリーマンを続けたよ」
 ルカの手を離すと、俺は窓の所へ行き、雨に煙る街を眺めた。そして、煙草を1本取り出し、ルカの前で初めて吸った。何も言わず見守ってくれているルカの視線を感じながら雨の音を聞いた。

 「尊のところでバイトしていた頃、尊の親父さんに随分可愛がってもらった。親父が事故で死んだ時、祭壇の前で号泣したのも、尊の親父さんだった。尊の親父と俺の親父も同級生で、馬鹿をやってきた仲間だったそうだ。通夜の席でその話を聞かされた俺は、因縁めいたものを感じ感動したよ。
 尊は、店のオーナーとして親父として自分の夢を持っている。俺はそんな尊が羨ましくてバイトを辞めたよ。あいつ、出来ちゃった結婚で大学を辞めて店を継いだんだ。
 信はJAZZトランペッターになりたくて、NYへ行った。音大を受けるって言った時、親も教師も皆反対したんだ。だが、あいつの決心は固かった。一年間バイトして学費を貯めて受験したんだ。見事合格しやがった。だから、親も折れて4年間学費を出した。あいつは、自分が貯めた金でNYへ自費留学した。が、才能がない事を思い知らされて音楽の教師になった。才能はないけれど、音楽から離れて暮らせないと言って、ライブをやっている。
 誠もデザイナーへの夢を驀進中だし、貴司は自分でベンチャー企業を興し業績を伸ばしてきている。馬鹿をやっていた連中が、夢を実現させているんだ。それに引き換え、俺は・・・・・・・」
 ルカがそっと後ろに立っていた。華奢な腕が絡みつき、ルカの胸が背中を押した。俺の中の何かがはじけ溢れ出して、ルカの腕を伝った。
 ルカは俺を座らせると、俺の肩に頭を乗せた。ただ黙って俺の手を包み込む。今日は、俺が子供だった。母親に甘える子供のようにルカの懐に心を委ねた。出逢った日、ルカの言った言葉の意味を俺は理解した。そうだ、俺はこうしてくれる人を、こんな日を待ち望んでいたのだと・・・
 ルカの温もりが心に支えていた塊を溶かす。不安も羨望も、ルカに話したことで消えてゆく。
 俺は、素直に話せた事が不思議でもあった。今まで誰にも話した事のないこの想いを、ルカに話した。いや、話さなければいけないと思えた。俺自身の中にある弱い部部をルカになら託せると感じた・・・・
 「ルカ、俺の傍に、ずっと居てくれ」
 ルカは黙って頷いた。さっきまで聞こえていた雨音が静かになって薄日が夕焼け空を連れて来た。窓を透かして雨粒が光っている。光を感じながらルカの温もりに包まれ、俺は何時しか眠りについていた。
[PR]
by karura1204 | 2004-12-01 01:58 | 第二章 鬼灯
<< 7月27日 土曜日 7月29日 月曜日 1 >>