7月22日 月曜日

 翌朝、俺はルカのための朝食と昼食を用意、書置きをして出かけた。

『おはよう、ルカ。テーブルに朝食、冷蔵庫に昼が用意してある。レンジで暖めなおして食べてくれ。それから、箸と合鍵を夜に持って帰る。退屈だろうがルカ、今日は1日家に居て欲しい。宅配は来ないと思うし、来ても受け取らなくて良い。それじゃあ、行って来るよ。 純一』
 
 俺が、玄関へ向かったとき、雨の雫が落ちてきた。ラッキーと心で呟く。駐車場へ急いだ。一昨日から潮風に当たっている。洗車しなければと思っていた。これで潮は洗い流される。俺は、天の恵に感謝し車を走らせた。
 今日の俺は、ウキウキしていた。その想いは会社の仲間にも伝わったようだった。
 「佐藤、今日は何か良い事でもあったのか?」
 「表情が明るいな、どうした?」
 口々に言われた。
 俺は、普段そんなに暗い表情だったのか?周りからそう見られていた事に少し、ショックを感じた。まあ、それ程の付き合いをしていたわけでもない。むしろ避けてきていたのだから仕方がない。それに、これからも無理して付き合いをしようとも思わないのだ。ただ、残業だけは極力避けようと思う。そう、ルカの為に。
 今日は、1日会議ばかりだ。いつも苦い顔で煙草を吸っていたのに、一本の煙草も手にしていない。下らないと思っていた部下の提案も素直に聞ける。だから、前向きに良いプランが次々と出てくる。仕事も久しぶりに楽しいと感じていた。午前の会議が終わった時
「チーフ、今度時間を取っていただけませんか?相談したい事が有るんです」
と声を掛けられた。俺は少し躊躇ったが、
「構わない」
と言ってしまった。
 ルカの為に残業は避けようと思っていたから、昼なら良いかと気持ちが切り替わったのだ。俺は今まで、昼ぐらいひとりで食べたいと思っていた。だから、気侭に昼を過ごした。トラブルがない限り、残業はどうしたって仲間と食べる。煩わしさを感じながら・・・・その俺が部下からの相談事を受けた。自分自身驚きを感じていた。
 会社の帰り、昼に近くの鍵屋で合鍵を頼んでおいた鍵を受け取ると、ルカに電話をした。留守電になった。
「ルカ?いるだろう、ルカ、居ないのか?ルカ」
心にチクリと痛みを感じた時、ルカの明るい声が響いた。
 「ごめんなさい、ベランダに出ていたの。ここから夕焼けを見ていたわ。沈んでゆく夕日って良いわよね。うっとりしちゃった」
 「そっか、これから帰るよ。一緒に箸を買いに行かないか?」
 「ええ、行くわ!」
 「30分ぐらいで着くと思う。渋滞があると少し遅れるかも知れないけど、やっぱり自分で気に入った物の方が良いと思って」
 「ありがとう。待っているわ」
 電話を切ると車をスタートさせた。いつもなら平日でも20~30分もあれば着いてしまうのだが、今日は連休明けの月曜日だった。5・10日もずれ込んでいる。すっかり忘れていた。車の中で俺はイラついた。今日初めての煙草に火を点けた。ルカといると、煙草を吸わなくても気持ちが落ち着いていた。会議でも吸わずに済んでいた。今までの女と居てもこんな事は無かった。やはり、ルカは俺にとって特別な女なのだと感じた。車が駐車場に着いたのは、会社を出てから1時間近く経過していた。俺はエレベーターを待っていられなくて、階段を駆け上がった。玄関の前に誰かいる。ルカだ。ドアの前でボンヤリしていた。
 「ルカ、ごめん。遅くなった」
 俺は駆け寄るとルカを抱きしめていた。身体が風に吹かれていたようで少し冷たかった。
 「ここで待っていたんだろう。悪かった。俺が電話したから」
 「大丈夫よ。雨上がりの空が気持ちよくて見ていたの。純のせいじゃないわ」
 ここがマンションの廊下じゃなかったら俺は・・・玄関に鞄を放り投げ、
 「箸を買いに行こう。この先の雑貨屋がインテリアを多く扱っているんだ。そこなら良いのが有るよ」
 鍵を掛けると、作ったばかりの合鍵をルカに渡し、手を取ると歩き出した。ルカは俺の手を強く握り返した。江ノ島で俺に手を引かれた時握り返した手の弱さから考えると、今日は、はっきりと意志を持って俺と手を繋いでいると思った。
 道すがら俺は、街のあちこちを案内して歩いた。行きつけのパン屋。家庭菜園のおばちゃん家。店構えは冴えないけど美味しい豆腐屋。クリーニング屋等々。ルカは楽しそうに聞いているし、街中を覚えようとしていた。
 俺たちは、小ぢんまりとした一軒の雑貨屋に入る。ここが目指す店だ。大小の食器からナイフ・フォークに至るまで所狭し並んでいる。しかし、雑駁感を感じさせないレイアウトが心地良い。和食器のコーナーへ行き箸を探す。ここにはプラスチックス製の箸から木の箸まで様な種類が揃っている。デザインや長さ、太さまで自分の手に合った物が選べる。ルカは、その中から木製のシンプルなデザインのものを選んだ。使いやすそうだ。毎日使うものだから、使い勝手の良い方が良い。
そしてそこの店員に歯ブラシがないか聞いていた。流石にそれはないと言われ、俺たちはドラッグストアへ行った。色も形も様な歯ブラシが並んでいた。俺は、磨ければなんでも良いと思っていたので、種類の多さにビックリした。そのことをルカに告げると
 「自分に合った物を選ばないと駄目なのよ。歯医者さんが言っていたわ。私には、このタイプが良いんですって」
と小さ目のヘッドにストレートの柄の青色のものを取ろうとした。
 「違う色にしてくれないかな、俺の青なんだ」
 「わかったわ。じゃあ、このオレンジ色にするわ」
 「ありがとう」
 「お金払ってくるわね」
 「ああ」
 それらの買い物を終えると、来た道ではなく遠回りをして帰った。外は、帳が下りていた。俺たちは、街に灯った明かりの下をゆっくりと歩いた。ふたりの歩調は呼吸と同じリズムを刻み、無言の会話を楽しんだ。家に帰り着くとルカは、
 「ただいま」
と先に入ってゆく。俺は釣られて
 「ただいま」
と玄関を入る。すると、ルカは、俺の方に向き直り、ニッコリ微笑んで、
 「お帰りなさい」
と俺を迎え入れた。
 俺の心はふんわりとした、言葉に表せないくすぐったい気持になった。
 「よし、箸も買ったし飯の支度をするか」
 「出来ているわよ」
 「え?」
 「今日、1日掛けて作ってみたの。自信は全然ないけど・・・・」
 テーブルの上にはいくつかの皿が並んでいた。
 「ご飯、炊飯器が無くて、どう焚いて良いのか解らないからパンなんだけど・・・」
不安気に俺を見上げた。
 「凄いじゃないか。ありがとう。着替えてくる。待ってて」
 ルカの気持ちが俺に流れ込んでくる。部屋着に速攻で着替えテーブルに着くと、湯気の立ったスープが出ていた。見た目は美味しそうだ。ワクワクしながら
 「いただきます。何から食べようかな・・・・スープから行ってみよう」
ひと口運ぶ。
 「うん、美味い。コレはいける。次はスクランブルエッグ」
 「本当はオムレツにしたかったのだけれど、失敗しちゃったの」
 「大丈夫だよ。味は良いよ。オムレツはちょっとしたコツを覚えれば簡単なんだ。伝授してやるよ」
 「ありがとう、お願い」
 「コレは貝のサラダだね。大根の千切りも入っているね。うん、うん、これも良いよ。料理、上手いじゃない」
 「あのね、そこの本棚にあった本を見ながら作ってみたの。一番簡単に出来そうなものを選んでみたわ」
 「そっか、感心、感心。そうだ、俺、炊飯器が嫌いでね、ご飯はお釜で炊いているんだ。炊き方教えてやるよ、簡単だから」
 「ええ」
こうして俺たちの共同生活はスタートした。

 ルカは、次の日から近所をひとりで散策しながら、パジャマやら下着を買ってきたようだ。箸を買った店で、カーテンやベッドカバーと言ったものを自分の好みに買い揃え、殺風景だった食器も次第に華やかに物に変わって行った。
 ルカが選ぶものは俺の趣味に合っていた。まるで俺の趣味を知っているかのようだった。本当にそう言うものを選んで買ってくる。だから、俺はストレスを感じることなく、ルカがいる事が自然になっていた。
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by karura1204 | 2004-12-01 02:01 | 第一章 夏の嵐
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