7月21日 土曜日 3

 車に戻った時、俺は良い事を思いつき言った。
 「そうだ、また質問するけど、誕生日って何時だ?」
 キョトンとするルカ。俺の突然の質問にビックリしていた。
 「俺は、4月13日、おひつじ座だ。13日なんて縁起悪いだろう。金曜日に重なる年は最悪だ」
 「私は8月6日、しし座よ。日本に初めて原爆が落とされた日だわ。でも、急にどうしたの?」
 「いや、別に、8月6日、まだだな。じゃあ、バースデープレゼントもプラスされていると思って、心おきなく受け取ってくれよ」
 簡単なリボンのついたプレゼント用の袋に入った服をルカに渡した。
 「純、ありがとう、嬉しいわ。大事にするからね」
 俺は、くすぐったい気持ちになった。
 「さあ、帰ったら早速料理作るぞ。ルカも手伝えよ」
 「ええ。でも、期待しないでね」
 「お前もしかして、料理苦手なのか?」
 「あんまり得意じゃないわ」
ペロッと舌を出すルカ。
 「まあ、お手並み拝見と行きますか」
 車は、直ぐマンションへと着いた。
 荷物をキッチンに運び入れると、ルカはベッドルームに服を仕舞いに行った。暫く出てこないと思ったら、プレゼントした服を一着着てきた。
 「どう?似合う」
 髪をアップにして淡い色の口紅をつけている。俺は、ドキっとした。
 「似合うよ。さっき見た時と印象も違うしね。綺麗だよ」
 言って、俺は照れた。フフフ、とルカが笑う。『抱きたい』と思った。手を伸ばせば届く距離なのだ、抱きしめて・・・・・だが、今は抱けない。危うい、この不安定な関係が、俺の気持ちをいつもと違う気持ちに駆り立てているだけかもしれないが、ルカにずっと此処に居て欲しいと思っている俺がいるのだった。だから、その確信が持てるまでは、この想いは封印しようと何故だかわからないがそう思ったのだ・・・・・
 「着替えておいで、料理したら汚れるよ」
 俺は冷蔵庫に首を突っ込んで、食材を入れる振りをして頭を冷やした。動きやすい服に着替えて来たルカが、
 「純、電話光っているわ。何かメッセージ入っているみたい。どうする?」
 「再生してくれ、構わないから」
 ピーっと音がして、〔純平、俺だ、俺、お前やっと結婚する気になったのだって。尊から聞いたよ。幸せにな!〕〔オイ!純平、やったな、俺も来月にはふたり目のオヤジだ。お前も頑張れよ〕〔純平、聞いたぞ、何だよ、水臭いな。俺の所にも寄ってくれよ。彼女に合わせろ。じゃあな〕
 自分の名前など言う奴は誰ひとりも居ない。しかし言わなくても解る。馬鹿をやっていた頃の仲間だ。尊の話でこうやってメッセージを入れてくれる気持ちが嬉しかった。
 冷やかしややっかみも入っている。でも、硬派時代の仲間はこしてメッセージを残してくれる。俺は胸が熱くなった。
 だが、俺とルカは何も始まってはいない。それどころか、どうなるかさえ解ってはいない、先の見えない関係なのだ。
 「あいつら・・・・・」
 「良い人達ね。羨ましいわ。私には、こんな風に喜んでくる人はいないもの」
 「どうして?」
 言葉に詰まるルカ。
 「そんなことより、魚焦げてない?」
 「ア!」
 慌ててコンロを引く。
 「あ~あ、皮が焦げた。身は・・・身は大丈夫だ。食えるぞ。そこの皿取ってくれ」
 「これ?」
 「そう、それ」
 2枚の干物を皿に乗せ、
 「大根おろし作ってくれる?」
 剥いて水に晒しておいた大根とおろし金を渡す。
 「これくらい私にだって出来るわよ。子供じゃないのだから」
 拗ねたようにおろし始めたルカ。だが、力任せにおろしてゆく、手が滑って指を擦ってしまった。
 「痛ッ」
 「大丈夫か?そんな力入れるからだ。水で流しておいで」
 俺は絆創膏をとりだしルカの指に貼ってやろうと、
 「どれ、どの指?」
 ルカが中指を出す。
 「これで大丈夫。大根は力任せにおろすと辛味が出るから、こうして円を描くように擦るんだ。これなら指をする事もない」
 俺は、もう一度ルカに渡した。
 「へー、本当に色々知っているのね」
 感心したように声を出すルカ。そして不思議そうに、
 「ねぇ、純、どうしてお店をやらないの?あんなに美味しい珈琲を淹れられるし、ご飯も美味しいのに」
 と聞いて聞いてきた。
 俺は、テーブルに料理を並べながら、素直な思いを言った。
 「俺、料理を作るのは好きだよ。だけど、自分や自分の家族の為に作りたいと思っている。俺にとっての料理は趣味で良い。仕事にしたいとは思わないし、俺の淹れる珈琲を飲んで欲しいのはこの人って決めた人で良い」
 ルカの手が止まった。考え込んでしまいそうな気配を感じ「貸して」と、明るく言った。すりおろされた大根の搾り汁を味噌汁に入れ、手に残った大根を魚の隣に置いた。
 「ルカ、出来たよ。冷めないうちに食べよう」
 ルカが座り俺はご飯をよそった。
 「あ、そうだ、ルカ、箸を買うのを忘れたな。割り箸でごめんな」
 「良いのよ、気にしないで」
 「いっただきま~す。さあ、食うぞ!」
 「いただきます」
 「うん、美味い!やっぱりスーパーで買う魚より美味いな」
 「そうね」
 「この練り梅をおろしに混ぜて魚食ってみな。醤油かけなくてもイケル」
 俺は自慢の食べ方をルカに教えた。
 「なぁ、ルカ、休みの日に、料理教えてやろうか?お前が嫌でなければの話しだけど」
 「ええ、教えて。料理ぐらい出来なきゃ」
 「よし、じゃあ俺がみっちり教えてやる。何処へ行っても恥ずかしくないように」
 何気なく言った言葉にルカは強く反応した。
 「私、何処へも行きたくない・・・・・ここにずっと居たい」
ルカの瞳から雫が零れ落ちた。俺は慌てた。
 「いや、そう言う意味じゃなくて、あ、その、良いんだ、ここにずっと居ていいんだ。ルカが居たいだけ居て。俺は、俺はルカにどこへも行って欲しくない。ここに居てくれ」
 ルカの顔が泣き笑いになった。それから俺は何を食べているのか解らない状態になった。料理を丸呑みしているようで、胃がおかしい。  
 早々に後片付けを済ませ珈琲を淹れた。一刻も早く気分を落ち着かせたかった。ルカに出逢ってから、自分のペースがつかめない。ルカに振り回されている。決して悪い気分ではないのだが・・・・・
ルカの珈琲も淹れ渡す。突然ルカが、
 「ねぇ、バイクで事故起したのって高校の時なの?」
と聴いた。
 「ああ、高3。もう、20年近くにもなるよ」
 「ふ~ん、じゃあ、純は38歳ぐらいなのかな?」
 「いや、まだ36だよ」
 「でも、四捨五入したら40じゃない。へ~、おじさんなんだ」
 「おいおい、おじさんはないだろう。ルカだって30だろう?」
 「違うよ」
 「え?だって、さっき」
 「あれは嘘。四捨五入したら30だけどね」
 「やっぱりな」
 「何で驚かないの?」
 「何でって、30だって言う方が信じられないからね。で、本当は幾つなの?」
 「26」
 「まあ、そんな所か、でも、俺は22ぐらいだと思ったよ」
 「どのへんで思ったの?」
 「う~ん、ルカの態度かな。妙に子供っぽいところがあったから、おじさんの目に狂いは無かったわけだ」
 「御見それいたしました」
 「調子に乗るな」
 「フフフフフ・・・・」
 ルカは、子供みたいに笑った。俺もつられて笑った。その笑いが切れた時ルカの瞳と出合った。俺は、抱きたい衝動にかられた。しかしその思いを封じ込めるように言った。
 「ルカ、悪いが、明日は仕事だ。俺は寝るよ。あっちの部屋はルカ、君に進呈する。好きに使ってくれ。休みの日にレイアウトを変えよう。良いね?」
 「はい」
 「じゃあ、おやすみ」
 「おやすみなさい」
 ルカがドアから見えなくなると、俺は珈琲を口に含んでソファに寝転んだ。月明かりが淡い光を放っている。ルカとは10年離れているのか・・・今時、10や20の歳の差は珍しくもない。だが、何かが引っ掛かった。小さな棘が刺さったそんな気分だった。しかし、ルカがここに居たいと言ったことに安心した。安心すると俺は眠くなってきた。目覚ましを何時もより30分早くセットすると、俺は夢の住人になった。
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by karura1204 | 2004-12-01 02:01 | 第一章 夏の嵐
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