翌朝、光のVEILが開け放たれた窓から差し込んでいた。俺は、「眩しい」と言うルカの声で目覚めた。外は、やわらかな朝日が海面をキラキラ照らしている。犬の散歩やジョギングをする人々の声も聞こえてきた。
「気持ち良いわね」 「ああ、気持ち良いな」 伸びをしながら朝の空気を胸いっぱいに吸い込む。朝がこんなに気持ち良いのは何年ぶりだろう。ルカに目をやれば、同じように感じているのであろう。ふたりで笑った。俺は、ルカといると笑顔になれる。楽しいと感じる。そう思った。まだ出逢ったばかりなのに、ずっと前からいるような錯覚に陥った。実際は、お互いの事は何も知らなくて、一瞬、一瞬新しい発見をしているのだが・・・。そして、俺たちは、いつの間にか名前で呼んでいることに気付いた。 ルカは、素足のまま浜へ歩き出した。下ろした髪が光に透け溶け合う。眩しそうに手をかざしている姿は、どことなくヴィーナスだと思った。 ルカが浜へ行っている間に俺はシートを直した。 やがて、駆け足でルカが戻ってきた。何かと思っていると、 「お腹空いちゃった」 と子供のように言う。 「お前、食いしん坊だな」 「ふふ、でも空いちゃうものは仕方ないでしょう。何でかな?」 「しょうがない、それが人間さ。この先に結構イケルモーニングを出す所がある。そこで良いか?」 「勿論!でも、純は色々なこと知っているのね」 「いや、知っているって程じゃない。昔この辺に住んでいただけさ。突っ張っていたガキの頃に」 車を発進させると俺は続けた。 「その頃のダチがやっている店だ。夜はビストロ、昼は定食、そして、朝は喫茶店でモーニング。オヤジの跡を継いで手広くやっている。そこなら俺が飲める珈琲も置いてある」 「そう、じゃあ楽しみだわ」 店には直ぐに着いた。店内は此処のモーニング目当ての客で一杯だった。 「よお!尊、繁盛しているな」 「おお、純平、久しぶり、で、悪いけど」 「解ったよ」 俺はルカを連れて厨房へ行くと、珈琲を注ぎ始めた。 ルカは、驚いて、 「何をしているの?」 と、聞いた。 「手伝いだよ」 俺は、詳しい説明もせず、伝票を見ながら次々に客の珈琲を注ぎ入れる。そして、俺とルカの分も。 「飲んでなよ、尊が淹れた珈琲もイケルだろ」 30分あまり経った頃から客が減り始め、1時間後には最後の客が帰った。尊は、クローズドの札を下げると、 「悪いな、何時も。でも、随分と久しぶりじゃないか、純平。あれ、彼女?」 と小指を立てる。 「違うよ。まだだよ。それより美紀ちゃんは?」 「あいつ、3人目の出産で実家だ」 口と手が一緒に動き、あっという間に、3人分の食事を厨房のテーブルに並べた。俺は、珈琲サーバーを持ち、席につく。 「紹介するよ。こいつが、俺の悪友、林(はやし)尊(たける)、今は居ないけど、美紀ちゃんって奥さんがいる。もう直ぐ3人目が生まれるそうだ」 「俺の事は良いよ、それより・・・」 「悪い、こちらは、佐伯ルカさん」 「ルカ、珍しい名前ですねぇ、純平とは何処で?」 「おい、尊、腹が減っているんだ、先に食わせろ」 俺は食べ始めた。 「ルカさんも、冷めないうちにどうぞ、食べて下さい」 ルカは、テーブルに並んだ食事をみて 「これ、純一先輩が作ってくれた朝食と同じですよね?」 「ああ、俺が此処でバイトしていた時、コイツのオヤジさんから教わった」 「純平は、俺よりコックの資質があった。センスが違う。なのに、お前さっさと就職しやがって。オヤジお前に期待していたんだぞ」 「そうだったのか?!」 「な~にが、そうだったのかだ、この大歩危が」 尊との久しぶりの会話。ガキの頃から、一緒に馬鹿をやってきた奴とは、心を一瞬で通わせる事が出来る。特に尊はその中でも一番だ。そして、尊の能天気とも言える性格は、俺が躊躇(ちゅうちょ)してルカに聞けないでいる事をさり気なく聞いてしまうのではないかと期待していた。 「ところで、純平、お前、ルカさんに飯を作ってやったのか。それも朝食を。お前、彼女じゃないなんて言いやがって、この野郎」 「いや、本当に違うんだ・・・」 俺は、どう言って良いのか判らずルカを見た。すると、ルカが 「私、3ヶ月前にNYから戻って来て、今、純一先輩の会社で英語と仏蘭西語のマニュアル本を訳しています。日本に居た事が少ないから、無理を言って案内をして貰っているんです」 と言ってくれた。 「そうなのか?純平。それにしちゃあ、お前が朝飯を作ってやるか?それに、ルカさんが着ている服は純平のじゃないか」 「参ったな、尊には敵わないよ。確かに、俺の服だ。だが、あんまり勘繰るなよ」 「あら、純一先輩、私の事、嫌いですか?」 「ルカ・・・」 「照れるな、照れるな、純平。ルカさんはお前を気に入っているんだぞ」 「いや、あのな、参ったな・・・」 俺は狼狽した。ルカがドキっとさせる事を言うから言葉に詰まってしまった。 「あ、ほら、俺の部屋の隣のオバハン、お前も知っているだろう」 珈琲を注ぎながら苦し紛れに言った。 「ああ、あのサザエさん頭のオバンか?」 「そう、そのオバンが、朝も早くから水をやっていた。朝の4時だぜ、それでルカ頭から水浸しになったんだ」 「そう、酷かったわよねぇ。謝りもしないのよ、その人」 と、ルカは話しを合わせてきた。 「だから、俺の服を貸した」 「お前が迎えに行ってやれば良かったんじゃないの?」 「残業で、爆睡しているんだぜ。何か有ったら大変だろう。また昔の繰り返しは嫌だからな。俺ひとりならまだしも、人を乗せるんだ」 「まあ、そう言えばそうだ」 俺たちの会話に入りながら、ルカはクスクスと笑っていた。本当は大笑いをしたいのだろうが、堪えているのが判った。 「可笑しかった?詰まらなかったんじゃない?」 商売人らしい気遣いで尊はルカに聞いた。 「いいえ、つまらなくも可笑しくもないですよ。ただ、良いな~って思って聞いていました。男の方って、幾つになっても子供みたいに話が出来るんだって。おふたりが羨ましいです」 男ふたり、顔を見合わせ、照れた。 「それより、あのー、昔の繰り返しって、事故か何かを?」 「ああ、コイツね、高校の頃、バイクで壁と相撲を取ったんですよ。バイクはグシャグシャ、投げ出されたコイツは海へドボン。バイクを見た人は全員コイツの黒枠写真を思い浮かべた。ところが、コイツはピンピンしていやがった。その後、純平のオヤジと俺のオヤジふたりで、延々と説教です。それ以後、バイクとは縁を切っちゃったんだよね。勿体ない気はするけどなー」 「そんな事があったんですか・・・」 ルカは俺を心配したような表情で見詰めた。 「尊、ペラペラ喋るな。お前、昔から放送局だからな、男のくせに」 「うるせぇ、ところで、ルカさん、女の人に年を聞くなって言うけど、聞いても良いかな?」 「馬鹿、尊」 「構いませんよ。もう、結構行っちゃって、30になります」 「え?!」 「おかしいですか?」 「いえ、まだ25~6に見えた。うちの美紀と同じ年だと思うけど、えらい違いだ」 「結婚できないから、ひとり気侭なんです。私の友達も後輩も結婚している人は落ち着いていますよ。私ぐらいかな、浮ついているの」 俺は、ルカの言葉には真実味が感じられなかった。と言うよりも〝何か〟を隠すために嘘をついていると思えた。30と言う年が本当かどうか疑わしかった。ただ、海外が長いと言うのは信じられる気がしていた。ルカの不思議な感覚は、現在の日本文化を知らない事から頷けた。 「それにしても、硬派から一転、華麗にナンパ師へ変身したお前が、IT産業界の最先端で仕事している有望株だ、ルカさんコイツ離しちゃ駄目だよ。コイツが朝食を作ってやった女は、絶対ルカさんだけだから」 「おい、尊、俺だって誰かに何かしてやりたいって思う事だってあるんだ。尊、お前だって美紀ちゃんに対してそう思ったから結婚したんだろう?」 「ま、そうだけど、お前の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。やっぱり、決まりだな。ルカさんを大事にしろよ。結婚式には友人代表で悪事全部ばらしてやるから」 「おい、俺たちは・・・」 「良いじゃない、先輩。先輩の淹れる珈琲をずっと飲めたら幸せでしょうねぇ」 『え?今なんて?』俺の頭は混乱した。顔が紅くなる。身体が熱い。尊の冷やかし顔がニタニタと『熱いねぇ~』と言っていた。俺は、諦めた。明日にはこのニュースが仲間内に広まっている。複雑な思いでルカを見ると、いたずらっ子の瞳をクルクルとさせていた。 話は、尊の好奇心と思い込みによって思わぬ方向に展開していた。 「お、9時半過ぎた。悪い、昼の仕込みが少しあるんだ。また、来てくれよ」 「ああ、解った」 「尊さん、またね」 俺たちは店を出た。尊の日焼けした笑顔が夏の陽に照らされていた。
by karura1204
| 2004-12-01 02:03
| 第一章 夏の嵐
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