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カテゴリ:第二章 鬼灯( 11 )

鬼灯(ほおずき)

鬼灯の青い実
朝露に濡れて
夏の景色はじまる
硬きその中に
守られる
君の意志にも似て

鬼灯の赤い実
夕闇に揺れて
夏の盛りへむかう
妙なる調べ
懐かしく
君の思い出となりぬ
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by karura1204 | 2004-12-01 02:00 | 第二章 鬼灯

7月27日 土曜日

 約束の休みの日。俺たちは部屋の模よう替えをした。ルカは、丁寧に図面を引いていたので、俺はその図面に従って家具を動かせば良いだけになっていた。俺に心配や余計な事をさせないというルカの心使いが嬉しかった。そして、ルカがメジャーないかと聞いてきた日の事を思い出した。

 「ねぇ、純、メジャーある?」
 「メジャー?あの寸法とか測るやつ?」
 「そう、それ、あるかなぁ?」
 「さあ、ここにはないと思うけど・・・何に使うの?洋裁でもする気」
 「ううん、違う。ないなら良いわ」
 「気になるな。教えろよ」
 「ふふ、ナイショ」
 「秘密か?」
 「そう、ヒ・ミ・ツ」
 「う~ん、教えて、お願い」
 「だめ。その時までお預けよ」
 「コイツ!」

 俺が、仕事の間、ルカはひとりでこの日の為に頑張ったのだろう。俺は、ルカがますます愛しくなった。
 寝室だった部屋は、ルカの部屋にしたつもりだったのだが、図面では中央を本棚で仕切りを作り、ふたりのベッドが置けるようになっていた。
 「これなら、どちら側からでも本が取れるでしょう」
とルカが説明した。
 今までリビングにあったソファを寝室へ運んだ。ソファベッドの後には、大きなクッションが2つ並んだ。
キッチンにも工夫が凝らされ、作業のしやすいカウンターが作られた。何処かのリサイクルショップで手に入れてきたものだと言う。そのカウンターとテーブルを付け、今風の感じに仕上がっている。食器棚の位置も変え、より作業がしやすくなっている。
 寝室は狭くなったが、リビングは本棚とソファベッドが移動したおかげで広くなり、機能的になった。テレビ台も低くなり、カーテンを明るい色に変えたので威圧感のない仕上がりだ。
 俺はルカの才能を認めた。こういう部分を見ると26と言うのも疑問に思えてきた。が、今日はこの作業を終わらせなければならない。思考は後回し。昼は、冷凍庫で凍らせておいたご飯とパンで空腹を満たし作業を続けた。

 寝室のクローゼットにもよう々な工夫が見られた。収納が少ない古いつくりだから大変だったと思うが、ルカは事も無げにやって見せた。会社努めの俺に気を使い、俺をクローゼット側にしてくれ、機能的な収納技術で何が何処にあるのかをひと目で解るようにしてくれていた。慣れない場所に変えるのだ。俺がいちいち探さなくても済むようになっているのだった。
 ルカは頭が良い。俺はそう思った。そして、ルカが偉いと思うのはそれをひけらかしたりしない点に有ると俺は感じた。

 16時頃、夕立が来た。その音で俺たちは手を休め珈琲タイムにした。
 「ルカ、ありがとう。レイアウトは変わったけど俺の好みの感じだよ」
俺は素直に言った。
 「そう言ってもらえて嬉しいわ」
 「向こうの生活が長いせいなのかな、所々にリサイクル品が入っているのにそれを感じさせない。こういう仕事をしていたのかと思うよ」
 「海外では当たり前のことよ。郊外の方は日曜大工で作るのよ。都市部に近いアパルトマンの人たちは、リサイクル品を上手に活用しているわ。私も市場には随分お世話になったもの」
 「そうか、日本より向こうは徹底しているな」
 「う~ん、徹底って言うのとは違うかもしれないけれど、価値観なのかな?海外の人は、結構質素に暮らしているの。でも、心のゆとりの持ち方が上手なの。日本はそう言う所、下手だと思うのよ」
 「心のゆとりか。解る気がするな」
窓に目を映すと雨は上がり虹が出ていた。
 「ルカ、虹だ」
 俺たちはベランダへ出た。空には、くっきりとした大きな虹がかかっていた。俺たちはまた何も言わなかった。そっと手を繋ぐと虹を見ていた。虹が茜色の空に隠れるまで見続けた。虹が隠れた瞬間「ふー」っと息を漏らした。感嘆の表現には充分だった。そしてそれが俺たちの会話だと思った。

 俺は、普段やりなれないことをしたせいか、休憩が長すぎたせいか片付ける気が失せていた・・・
 「なあ、今日は、外へ食べに行かないか?明日も片付けるだろう。少し休まないか?」
 「そうね。それも良いわね」
 「あ、そうだ、ラーメン食いに行かないか?今ならまだ混んでいない時間だ。結構有名な所で、1時間待ちもざらなんだ」
 「良いわね。そこ行きましょう」
 財布と鍵を掴むと俺たちは夕焼けの街へ飛び出した。
 「餃子も頼もう。春巻きも良いよ」
 「私シュウマイが良い」
 「ああ、それも良い。ザーサイチャーハンもつけよう」
 「ええ、楽しみ」

 俺たちは食い意地が張っているのか、食べ物のことになるとテンションが変わる。それに、労働の後の飯は何よりも美味い。
 だが、ラーメン屋にはもう人が並んでいた。30分待ちだと言う。『どうする?』お互い目で話し合って『待とう』の結論に達した。他へ行く時間があるなら待っていても同じだと思ったからだ。30分ぐらいなら直ぐ順番が来る。俺たちは最後尾に並んだ。その後も次々と人が並ぶ。
 「本当、人気なのね」
 ルカが耳元で囁いた。
 「ああ、人気だね。ここ一年ぐらいで急成長した所だよ」
 そうこうしているうちに順番が来た。カウンターに腰掛けると、
 「半チャンラーメン、ザーサイでね。それから餃子と春巻き」
 「私も半チャンラーメンとシュウマイ」
 「ザーサイは入れますか?」
 「お願いします」
 次々に運ばれる品。ルカはその大きさに驚いたようだがペロっと食べてしまった。店の人が、
 「良い食べっぷりだね。またおいで」
 とルカに割引券をくれた。ルカは喜んでポケットに仕舞った。
 俺たちは腹ごなしに散歩をした。夏の風物鬼灯の鉢や朝顔の鉢が置いてある家があった。
 「鬼灯か・・・市は終わっているか。ルカ、今から鬼灯買いに行かないか?」
 「鬼灯?」
 「ルカ知らないの?」
 「ええ、知らないわ」
 「ほら、これだよ」
と鉢を指差した。
 「これはまだ青いけど、だけど、こっちは赤いだろう。こうなったら、中に有る実を潰して遊ぶんだ。買いに行こう。ルカに日本の事教えたい」
 「ええ」
 鬼灯を求め、花屋を探して歩いた。だが、なかなか鉢で置いてあるところが無かった。切り取られたものだけが売っている所ばかりだった。
 店の人に聞きまくり、ディスカウントセンターの園芸コーナーならあるのではないかと教えてもらった。その情報を頼りに国道沿いのディスカウントセンターへ行く。園芸コーナーには、大小の鉢が並んでいた。目指す鬼灯の鉢もあった。俺たちは、実の沢山付いた鉢を2鉢買い込むと、大急ぎで帰った。
 家に帰ると、一鉢をベランダに置いて、もう一鉢をリビングに置いた。そして、早速と遊び方をルカに教えた。

 鬼灯の実をゆっくりと揉み、種を出す。袋が割れたり、破けたりしないように種を出さないと音が出ない。夢中になって種を出した。幾つかの失敗の後、やっと綺麗に取り出せたもので音を出す。しかし、上手く音が出ない。試行錯誤の後、少しずつ音が出せるようになった。
 「子供の頃は、綺麗に音が出せたんだけど、出来なくなっている。駄目だな~」
 「駄目じゃないわ。とても面白い。こういう遊びがあったのね」
 「ああ、昔よくやったのは、笹笛もあるよ。笹の葉をクチビルに当てて音を出す。上手なやつがいたっけな~。誰だったかな?そうだ、ミッチーだ。光彦って言う奴で、高校の時、北海道に転校したんだ。アイツどうしてるかな~?」
 「純は、友達が多いのね」
 「まあな」
 その時、ルカの鬼灯が、綺麗な音色を出した。
 「お、良いね」
 「そう?」
 「ああ、上手いよ」
 俺は、ルカの肩に寄りかかり、その音色に聞き入った。ルカが奏でた鬼灯は、静かに夏風と共に響き渡り、ベランダに出した鬼灯が、小さく揺れた。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:59 | 第二章 鬼灯

7月28日 日曜日 

 今日は朝からシトシトと梅雨のような雨が降っている。キッチンで食事の支度をしながらテレビから流れるニュースを聞いると、台風がまた近づいていると言っていた。梅雨があけるのはこの台風が去ってからだと言う。まあ、気象庁の発表は正確性を重視するから、既にあけていても台風の影響で遅れているぐらいの発表はしそうなものだ。何時だったか、早々に宣言を出した次の日から雨が降り、梅雨に逆戻りした。それ以来、更に慎重になっている気がする。
 テーブルに食事が並び、珈琲を入れたところでルカが起きてきた。
 「お寝坊さん、おはよう」
 「良い匂いにつられて起きてきたわ。純のご飯は腹時計を鳴らしてくれるわね」
 「俺は目覚ましか?」
 「ごめんなさい」
 眠そうに目を擦っている。
 「良いから顔洗って着替えておいで」
 「は~い」

 おかしな女だな。妙に大人びた顔と少女のような顔が同居している。一緒にいるこっちまで大人になったり少年になったりしている。だが、それが嫌ではない。逆にルカの魅力なのだと思う。そして、俺はそんなルカに惹かれている・・・・・・
 「お待たせいたしました」
 ルカが席に着く。ご飯と味噌汁をよそってやる。
 「今日は、1日雨だそうだ。残りを早めに片付けてのんびりしよう」
 「雨か・・・チョットつまらないけれど、そうだわ、何か音楽掛けてやりましょうよ」
 「良いね、ルカはどんなジャンルが好みだ?俺は、オールデイズとかが好きだ」
 「私はJAZZとかBLUES系が好き」
 「JAZZか・・・ここにはないなぁ・・・そうだ、信の所ならあるかも知れない。あいつペットやっていて、NYにも行った事がある。あとで電話してみるよ」
 「ありがとう」
 「いいえ、どういたしまして。ルカのおかげで部屋が見違えたから、それ位構わないよ」
 ルカは嬉しそうに笑った。俺は、ルカの笑顔に見とれてしまった。ルカの笑顔はこちらまで幸せにしてくれる笑顔だ。
 「ごちそうさま」
 「お粗末さま」
 「何それ?」
 「何って?」
 「だって、変な言い方なんだもの」
 「ああ、コレは日本の社交辞令的物の言い方。ルカに理解できないかも知れないが、日本の文化だよ。俺は、変だと思わない。むしろ美しいと思うよ」
 「ふ~ん。そうなんだ」
 「珈琲飲むだろう」
 勝手にルカのカップにも注いだ。
 「俺は、キッチンを片付けるから、ルカは部屋を頼むな」
 「はい」

 珈琲を飲み干すと早速、行動を開始した。俺は曲を選び流した。リズムに動きが乗り、見る間に部屋は片付いて行った。
 分別ゴミをベランダに出し終え、綺麗になった部屋を玄関から順番にトイレ・洗面所・風呂場・キッチン・リビング、最後に寝室と丁寧にひとつ、ひとつ見て回った。
そうして、リビングに戻り俺たちは顔を見合わせ『やったね!』と言いあった。心地良い疲労感・達成感をかみしめていたら、腹時計が鳴った。俺たちは笑ってしまった。
 「俺たちの腹時計はよく鳴るなぁ~」
 「本当ね」
 時計を見ると15時を過ぎていた。確かに腹が鳴る筈だ。朝ご飯の残りでおにぎりを作り、味噌汁を温め腹に押し込んだ。珈琲と小さなマフィンも楽しみ、信に電話をした。
 「あいついるかな?」
 コール音が聞こえる。受話器の外れる音がした。
 「おう、信、俺だ、あん?なんだ、留守電か・・・・信、帰ったら電話くれ、借りたい物が有る。よろしく」
電話を切ると、
 「ルカ、ごめん。信の奴ライブだとかでいなかった」
 「ライブ?何処でやっているの?」
 「さあ、解らないな。ルカ、行きたいのか?」
 「ええ、ライブ好きなの。私」
 「じゃあ、今度行こう。何処でやっているか聞いておくよ」
 「楽しみにしているわ。NYじゃ毎晩色々な所でやっていたの。ストリートライブやJAZZバーはよく行ったもの」
 「そうか、俺はホコ天で踊っている奴を冷やかしに行ったことはあるぐらいで、ライブはないな」
 「ふ~ん、純って遊んでいたって尊さんが言っていたから、ライブとかにも行っていると思ったけれど、違うのね」
 「そうだな、ツッパリ時代の方が長いからな。尊が言っていたナンパ師の時代は、俺に取っちゃ不安から逃れたくて、でも本当は、どうして良いか解らなくて、快楽に浸っていただけだから・・・・」
 「快楽?」
 「そう、その場しのぎの遊びだよ。だから、就職が決まった時に飽きてしまった」
 「飽きるほど自分を追い込んでいたって事?」
 「そんなカッコいいものじゃないよ。今だって俺は迷っているし、求めていると思うんだ」
 「何を?」
 「何かって?それが解れば苦労しないよ。わからないから不安になるんだ」
 俺は少し、苛立った。
 「羨ましい」
 「何で?」
 「求められるって良い事だと思うから」
 「そうか?」
 「そうよ」
 ルカは、確信を持って言った。だが、俺は、反論するように話し始めた。
 「そんなもんかなぁ。でも、辛いぜ。ダチは馬鹿やりながらも自分なりの夢とか目標を持っていたんだ。でも、俺には何も無かった。ただ、何となく生きて行くことは嫌だったし、親父みたいなサラリーマンにだけはなりたくないとは、漠然と思っていた。だけど、じゃあ、具体的に何かと聞かれたら、俺は答えを持っていなかった」
 「で、馬鹿やっていたの?」
 「行動は、な。学業って言うのは、コツさえ解れば必死に勉強しなくても出来るもんさ。だから、喧嘩やバイクに夢中になっていても、そこそこ出来た。大学だって浪人も落第もせずに来た。周りはそんな俺を羨ましがっていたし、やっかんで裏工作しているんじゃないかとまで言っていた。だが、俺はそんな事はどうでも良かった。反対に、自分の夢を見つけて大学を辞めてゆく奴等の方が羨ましかったよ」
 俺は、やけっぱちのように言い放った。ルカは一瞬たじろいだように見えた。だが、瞳を外へ向けゆっくりと「私の夢ってなんだったのかな?私、何も考えていなかった気がする」と言った。
 「良いのさ、それはそれで。俺の問題だ。でも絶対なりたくないと思っていたサラリーマン生活をもう、12年もやっている。住めば都って言うけれど、この生活も悪くはないよ。今じゃチームリーダーとして部下を抱え、それなりの責任もあるからな」
 と、今度は、なげやりに、強がって言った。しかし、その瞬間、俺は俺自身の中で何かがカタリと音を立てた気がした。心の箍が外れたような・・・・・・・

 「どうしてサラリーマンになったの?」
 俺は言葉に詰まった。俺は、話すべきなのか・・・?話したいのか・・・?ルカの瞳は、真っ直ぐに俺を見ていた。その瞳を避けるように天上を見上げた。そして、心を決め目を閉じるとポツリポツリと話し始めた。
 「親父が死んだんだ。交通事故だった。道路に飛び出した女の子を助けようとしたそうだ。女の子はかすり傷で済んだ。だが、親父はその子の代わりに死んだ」
 ルカの顔は歪んでいたかも知れない。だが、俺はその表情を見るのが嫌で、キッチンへ行くと珈琲を淹れた。部屋には珈琲の落ちる音が響き芳香が広がる。俺は、カップに注ぎ入れると何も言わずテーブルに置いた。ルカは、手をつけようとしなかった。ただ黙って俺を見詰めている。俺は、ルカに見詰められながらひとり珈琲を飲んだ。そして、また俺は静かに話し始めた。
 「このマンションは親父がお袋と俺に残した物だ。これからは、経営の時代だと言って、俺が高校の頃、このオンボロマンションを建てた。土地は先祖からのものがあったから建物代だけで済むと言って・・・・。
 親父は、自分たちの老後の事も考え、また自分が死んでも、お袋や俺が、家賃収入で生活できるように建てたんだ。確かに親父が死んでも俺たちは食うに困らなかった。 
 だが、お袋は、親父の死のショックで寝込んでしまった。俺は、そんなお袋を安心させてやりたくて就職したが、親父の一周忌を待たず、お袋も親父の元へ行っちまった」
 ルカは俺の手を強く握った。もう話さなくても良いよと言うように。それでも俺は、一呼吸置いてまた淡々と喋った。
 「お袋も逝っちまったから、俺は会社を辞めてマンションのオーナーとして自由に暮らそうと思えば出来たけれど、嫌だった。ダチからは勿体ないと言われたが、管理会社に任せた。俺が暮らせる部屋と、熱光熱費、管理費を管理会社が負担する。将来俺が結婚して家族が増えた場合、最上階の3部屋をぶち抜いてリフォームする事を約束させた。
 その代わり、他の部屋の家賃収入は管理会社の利益にさせた。年何%かは俺の収入になるが、親父の残した財産の全てに頼らず生活する事に決めた。それに、会社の仕事も面白かったから、サラリーマンを続けたよ」
 ルカの手を離すと、俺は窓の所へ行き、雨に煙る街を眺めた。そして、煙草を1本取り出し、ルカの前で初めて吸った。何も言わず見守ってくれているルカの視線を感じながら雨の音を聞いた。

 「尊のところでバイトしていた頃、尊の親父さんに随分可愛がってもらった。親父が事故で死んだ時、祭壇の前で号泣したのも、尊の親父さんだった。尊の親父と俺の親父も同級生で、馬鹿をやってきた仲間だったそうだ。通夜の席でその話を聞かされた俺は、因縁めいたものを感じ感動したよ。
 尊は、店のオーナーとして親父として自分の夢を持っている。俺はそんな尊が羨ましくてバイトを辞めたよ。あいつ、出来ちゃった結婚で大学を辞めて店を継いだんだ。
 信はJAZZトランペッターになりたくて、NYへ行った。音大を受けるって言った時、親も教師も皆反対したんだ。だが、あいつの決心は固かった。一年間バイトして学費を貯めて受験したんだ。見事合格しやがった。だから、親も折れて4年間学費を出した。あいつは、自分が貯めた金でNYへ自費留学した。が、才能がない事を思い知らされて音楽の教師になった。才能はないけれど、音楽から離れて暮らせないと言って、ライブをやっている。
 誠もデザイナーへの夢を驀進中だし、貴司は自分でベンチャー企業を興し業績を伸ばしてきている。馬鹿をやっていた連中が、夢を実現させているんだ。それに引き換え、俺は・・・・・・・」
 ルカがそっと後ろに立っていた。華奢な腕が絡みつき、ルカの胸が背中を押した。俺の中の何かがはじけ溢れ出して、ルカの腕を伝った。
 ルカは俺を座らせると、俺の肩に頭を乗せた。ただ黙って俺の手を包み込む。今日は、俺が子供だった。母親に甘える子供のようにルカの懐に心を委ねた。出逢った日、ルカの言った言葉の意味を俺は理解した。そうだ、俺はこうしてくれる人を、こんな日を待ち望んでいたのだと・・・
 ルカの温もりが心に支えていた塊を溶かす。不安も羨望も、ルカに話したことで消えてゆく。
 俺は、素直に話せた事が不思議でもあった。今まで誰にも話した事のないこの想いを、ルカに話した。いや、話さなければいけないと思えた。俺自身の中にある弱い部部をルカになら託せると感じた・・・・
 「ルカ、俺の傍に、ずっと居てくれ」
 ルカは黙って頷いた。さっきまで聞こえていた雨音が静かになって薄日が夕焼け空を連れて来た。窓を透かして雨粒が光っている。光を感じながらルカの温もりに包まれ、俺は何時しか眠りについていた。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:58 | 第二章 鬼灯

7月29日 月曜日 1

 その夜、俺はやわらかな夢を見ていた。暖かな日の光を浴びながら俺とルカの傍らに、小さな女の子と男の子がはしゃいでいた。その子供たちを見詰め微笑みあう俺たち。ルカの腕には、まだ生まれたばかりの赤ちゃん。薄い黄色の服を着ていた。ルカが何か言おうとして、赤ちゃんを俺に渡そうとした時、その光景は闇の中に沈みこんだ。俺は不安にかられ、ルカの名を呼び目が覚めた。
 タオルケットがかけられている。時計を見ると、朝の5時だった。隣ではルカが寝息を立てている。『ずっとここに居てくれたのか』昨日の事を思い出す。ルカの寝顔を見ながら、俺は照れた。どんな顔をしたら良いのか?まあ、なるようにしかならないのだから、考えても仕方がないと気持ちを切り替えた。だが、夢が気になった。不思議な夢・・・

 腹っ減らしのルカの為に食事を用意してやろうと、キッチンへ行った。冷蔵庫には、卵が二つとスライスチーズ、蒲鉾しかなかった。冷凍庫には鰯の丸干しが4本あった。小分けしておいた、ほうれん草もあった。まあ、これなら何とかなると思い、作り始めた。スライスチーズと蒲鉾を四角く切り、醤油マヨネーズで和えた。卵は、解凍したほうれん草を入れて厚焼き風にした。丸干しはそのまま焼き、ご飯はおかゆにした。塩を少し多めにしてほうれん草を加える。残りのほうれん草は味噌汁に入れた。
 我ながらひとり暮らしの賜物だと思う。ひとり暮らしだと外食ばかりだと言う奴もいるが、俺は損だなと思う。面倒だというが、こんな楽しみを知らない方が可哀想だと思うのだ。
 食事の支度を終えると、会社への準備を始めた。ビジネススーツに身を包み、ネクタイを結ぶ。書類鞄を玄関に置く。ハンカチだのティッシュだのをポケットへ入れて準備完了。
 ルカの寝顔を見ながら、ひとり食事を取った。それにしても、良く寝るな。こんなに音がしているのに。この分じゃ、地震が来ても起きないんじゃないだろうか?俺はそんなことを想いながら食事をしていた。ふいに目覚ましの音が鳴った。慌てて止めに行く。危ない、危ない。
 しかし、ルカは起きなかった。やっぱり地震でも寝ているタイプだな、ルカは。そして俺は、少し早いが会社に行くことにした。あれこれ想いを巡らせながら書置きをして・・

『ルカ、おはよう。昨日はありがとう。もう、出かけるよ。朝は用意しておいた。昼は適当に食べて欲しい。昼間、何かあったら、この番号に電話をくれれば良い。090―××××―××××、メールならjunpei―s@×××××.comだ。会議中は留守電になっているからメッセージでもメールでも入れておいて欲しい。じゃあ、いってきます。純一』

 今日は、何年かぶりに電車で行こうと思った。朝も早い事だし、電車も混まないだろう。小銭を出して切符を買う。満員電車が好きな奴はそうそう居ないとは思うが、満員電車で通勤するのが嫌で仕方がなかった入社当時。セクションが変わって、車通勤が許されたときは、嬉しかった。最近は社外研修にも行っていないから、電車を利用する機会も少なくなった。少しは勉強もしなけりゃ、秒進日歩のこの業界では井の中の蛙になってしまう。そんなことを考えながら、何年かぶりに電車で会社へ行った。
 途中、別なセクションの同期にあった。
 「よお、純平、珍しいな。お前が電車だなんて。どうした?車検か?」
 「いや、そう言う訳じゃない。何となく気分転換だ。それに、今日は、早帰りしたいしな」
 「仕事人間のお前が早帰りか。どこか具合でも悪いのか?」
 「おいおい、なんだよ、その言い草。俺だって早く帰りたい時もあるさ。この間まで連日午前ようだったんだぜ。やっと、会社泊まりからも開放されたんだ。早く帰りたくもなるさ」
 「あのプロジェクトは、きつかったみたいだな。俺のところは直接関係ないが、噂には聞いていたよ」
 「新規プロジェクトも契約が取れそうだ。だから、その前に骨休めだよ。このプロジェクトが決まれば、また休日返上だよ」
 「まあ、頑張れや。部署は違うが何かあったら言えよ。愚痴ぐらいは聞いてやるよ」
 「サンキュー」
 会社の玄関ロビーで、左右別々のエレベーターに乗り分かれた。奴のセクションは、事業管理部。会社内のインフラ整備や工数管理と言って、SEがどれだけの仕事をしているのかをはじき出す所にいる。プロジェクト予算が予定通り使われているか?他のソフトハウスへの依頼に不正がないか?正しく契約されているのか?等のチェックをする。契約書が交わされていなければ、督促したりする所でもある。俺も、研修を終えると、ここに配属された。しかし、俺の性分に合わない気がして、今のセクションに転属を希望していたのだった。
 入社3年目にして願いが叶い、晴れて移動となった。システム事業本部第一システム統括部第一システム部。やたら長くて数字で表されたこの部署は、会社の中心だ。顧客の要望を聞き、それに見合ったシステムを立案、提供してゆく。その中でも、新聞や雑誌のシステムを担当するチームに配属された。
 そして、入社10年を超え、俺はリーダーになっていた。同期入社の中では早い昇進だ。だから、先輩や同期からは少なからず妬まれた。表立った嫌がらせこそないが、影で色々言われているのは知っていた。事業管理部に残ったあいつが、俺以上に噂に腹を立てた、めちゃめちゃ気の良い奴だ。苦味を噛み潰していた俺を心配してくれていた。俺の仕事が忙しくなると、付き合いも自然に減った。なのに、今朝、変わらない態度で話しかけてくれた。俺はデスクで、ボンヤリと奴の事を考えていた。
 「おはようございます」と、声がした。
 今年入社したばかりの女性スタッフがふたり出社してきた。
 「やあ、おはよう」
 「チーフ、今日は随分早いですね」
 「今日の会議の資料で確認したい事があったからね」
 ひとりのスタッフが「お茶入れてきます」言うが早いか給湯室へ行った。残されたひとりも後を追って行く。『新人に対して、俺の有ることない事伝わっているのか?』少し心配になった。避けていた飲み会だが、ひとつ企画でもするかと思っていた所に、ふたりがお茶を運んできた。
 「ありがとう。そこに置いておいてくれ」
 席へ戻ろうとした新人を呼び止める。
 「チョット良いかな?」
 ふたりの新人は失敗したのかと不安そうな顔をした。
 「少し、仕事にはなれたか?」
 新人の顔を交互に見る。ふたりは頷きあった。
 「そう、ところで、君たち新人は5人居たよね。歓迎会はちゃんとやってくれたかい?君たちが来た頃は目一杯忙しかったから、歓迎会まだなんじゃないかと思ってね。まだなら、直ぐに企画させるよ」
 ふたりの顔に笑みが生まれた。
 「まだだったようだね。悪かった」
 ふたりを席に帰すと、次々に部下が出社し始めた。何時もは遅い俺が、もうデスクにいるのを見ると驚いた顔をしていた。「おはよう」俺から声を掛ける。慌てて「おはようございます」と返事を返してよこした。最後に出社した、入社2年目の小橋を呼ぶと、歓迎会の企画・幹事を任せた。
 「小橋が一緒にやりたい奴をパートナーに選べ。会費は一律6000円。男女で会費の差をつけるな。足りない分は俺が出す。だからといって俺の財布を当てにするな。良いな。じゃあ、任せたぞ」
 小橋はキョトンとしていた。がその顔を尻目に俺はチーム会を始めた。
 昼休み、ルカからメールが入った。
 「純、朝ごはん美味しかった。ありがとう。あのね、お願いが有るの。昼間、純が居ないとき、パソコンを使わせて欲しいの。駄目かな?ルカ」
 俺は直ぐ返事を返した。
 「構わないよ。俺、新しいのに変えるつもりだったから壊しても良いぞ。純一」
 「ありがとう。大事に使うわ。壊したりしないからね。ルカ」
 昼を食いながらニタニタとメールをしていると女性スタッフが冷やかしに来た。
 「チーフ、嬉しそうですね。彼女でしょう?」
 「何でだ?」
 「だって、その携帯会社のじゃないもの。チーフの個人用でしょう」
 「参ったな。そんな細かい所見られたんじゃ・・・・」
 俺は笑った。笑って誤魔化したが、内心観察眼に舌を巻いた。人は俺の事を見ているんだなぁ~と。会社から支給されているものと同機種を選び個人用にしていたのにどうして分かったんだ・・・?気をつけなければと思った。
 食事を終え、俺は行き先ボードに顧客名を貼り付け帰社なしと書き添えると「伊藤、後は頼む。三枝行くぞ」と言い残し社を出た。 
 行き先は新規プロジェクト予定の会社。三枝という奴は言う事は突飛だが、確実なプランニングをする。だから、プロジェクトに起用し原案を任せた。
 今日は、最終的なデモだ。こちらからは、家田統括部長も一緒に値段交渉に参加する。果たして・・・・決まる時には決まるものだ。2時間弱の間に20億の商談がまとまり契約書を交わした。統括部長は、別な顧客の所へ行く事になっているので、顧客の所で分かれた。俺は、書類を三枝に渡し、『後の手続きは新人も入れて行う事』と注意事項を付け、帰社させた。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:58 | 第二章 鬼灯

7月29日 月曜日 2



 俺は、この喜びをルカと分かち合いたいと思った。直ぐ帰るとメールをいれ、家へ急いだ。帰ると、玄関に管理会社の人間が見える。俺は不審に思って、
 「ルカ、どうした」
 と少し大きな声を出した。
 「あ、佐藤さん、困りますよ。勝手に入居者連れてきちゃ。こっちを通して契約を」
 「ルカは俺の婚約者だ。文句が有るか」
 「婚約者ですか?」
 「ああ、そうだ」
 「しかし、内藤さんが・・・・」
 「隣のババアか。リフォームの為に出て行ってもらってくれ。そう言う契約だろう」
 可哀想にルカは小さくなっている。
 「はい、そう言う契約になっています。なっていますが、内藤さんは先払いで一年間分お預かりしている次第で・・・」
 「俺の知ったこっちゃない。出て行かせられないなら、ババアに何も言わせないことだ。もう、帰ってくれ」
 俺は、管理会社の人間を追い返すと、
 「ルカ、ごめん。びっくりしたろう」
 「大丈夫。それより、どうしたの?こんなに早く」
 「ああ、大口のプロジェクトが決まった!ルカと祝いたくて帰って来たんだ。実際の仕事が始まったら帰れなくなる。今日は一秒でも早く帰りたかった。それに冷蔵庫、空っぽだから、買出しもしたかったからね」
俺は早口でそう言った。
 「おめでとう。じゃあ、早速買い物行きましょう。着替えて来てね。待っているから」
 ルカの優しく元気な声を聞くとウキウキしてきた。管理会社の態度に怒りを覚えていたのが、嘘のように消えてしまった。

 俺たちが買い物に出ると、マンションの玄関で丁度、隣のババアに会った。俺は、
 「内藤さん、丁度良かった、紹介しますよ。こちらは、俺の婚約者です。ルカと言います。今後ともよろしく。では、失礼」
 少し下がった所でルカが軽く会釈した。が、笑いを堪えている。内藤のババアはあっけに取られている。自分がチクッた女が、名前だけとは言えオーナーの婚約者だと分かったのだから、内心慌てたに違いない。入居する時、俺が結婚するときは出てゆく約束で入っている。いくら一年分家賃を払っていたとしても、出てゆかなくてはならないのだ。俺はルカの手を取ると、急ぎ足でその場を離れた。内藤のババアが見えなくなった事を確認すると歩調を緩めた。
 「純たら」ルカは、俺の服を引っ張った。
 「ルカ、ごめんよ。あのババア五月蝿くてかなわないんだ。嫌かも知れないけど、俺の婚約者になっていてくれ。玄関ポストはそのままにするが、ドアの表札はルカの名前も書いておくよ。ルカだって、色々言われるのは面倒だろう」
 「ええ、そうね、その方が私も安心だわ」
 「よし、決まりだ」
 俺たちは顔を見合わせると内藤のババアの顔を思い出して笑ってしまった。道行く人が怪訝そうな、こいつ等頭おかしいんじゃないの?とでも言いたげに通り過ぎて行った。しかし、一度ツボに入った笑いと言うのは中々納まらないものらしい。
 酒屋でワインを買い。肉屋でステーキを奮発し、八百屋で何種類かの野菜を買い、ケーキ屋に寄り、小さいサイズのフルーツケーキも買った。俺たちの両手で持ち切れそうもない量になったが、それでもかぶらを引き抜くように掛け声をかけながら家に帰った。
 キッチンへ荷物を運び、一息ついた所で、堪えていた笑いが蘇った。腹がよじれるほど笑った。笑うことが気持ちよかった。声を出して、涙を浮かべて笑った。幸せな気分だ。笑うことがこれほど爽快な事だと始めて知った気がした。
 ひとしきり笑った後で料理を作った。ささやかだがご馳走だった。外で食事をした方が手間はかからない。しかし、俺はルカと、こうして過ごす事の方が贅沢に思えた。

 小さな食卓にキャンドルを灯し、ワインで乾杯する。静かな時が流れる。穏やかな時の流れは心を満たしてゆく。仕事に入ってしまえば、暫くはこの贅沢な時を共有出来なくなるだろう。俺は今、ルカと過ごしている時間を楽しんだ。ルカがケーキを俺が珈琲を運んだ時、
 「純、お願いが有るの」
 と真剣な顔で言う。
 「またお願いかい?俺で出来ることなら良いけど、何かな?」
 俺は、その真剣な顔つきに複雑な思いを感じながらも笑顔で答えた。
 「あのね、ここで語学の教室を開きたいの。昼間、純が居ない時、部屋を使わせてもらえたらと思って」
 「何でまた?」
 「純が昼間居ないと、私ひとりでしょう。バイトでもしようかと思ったけれど、出来そうな仕事がないの。何時までも純に甘えているのも辛いしね。私には、ほら、英語とフランス語があるから、それを教えられたら良いな~と思って」
 ルカは一枚の紙を差し出した。見ると、スケジュール表だった。
 「パソコンが使いたいって言うのはコレを作る為か?」
 ルカは頷いた。
 「午前中は、近くの奥さん達を対象に、英語で料理を作ろう!と言うのを計画しているの。料金はひとり500円。その代わり、食材を決めて持って来てもらって、料理を作りながら英語に親しんでもらうの。そうすれば、私も料理を覚えられるし、良いでしょう」
 ルカの瞳が、クルっと俺を見た。
 「続けて」
 思わず俺は、仕事口調になる。
 「午後は、学生さんを対象にするの。2時間5000円。堅苦しくなく英会話をして行きたいの。おやつ教室とかも考えているわ。時間は14時から16時。月・水・金で始めたいと思っているの。それでね、水曜の午後だけフランス語を教えたいわ。たまに使わないと錆びちゃうでしょう」
 「それで、人数の制限とかは?」
 「3人から5人ぐらい。それ以上にだと難しいわ」
 「月・水・金意外の要望があった場合は?」
 「増やすと思うわ。でも、始めて見なければ分からないし、土日は絶対に入れない。純一と一緒にいたいから」
 俺は、最後の台詞にドキッとした。嘘でも嬉しい言葉が聞けて、
 「分かった。許そう。下の伝言板に張り紙をしよう。管理会社に電話しておくから。パン屋にも頼んでみよう。あの店はお得意ようだからな」
 「ありがとう」
 ルカは、俺に抱きついてきた。そして、少女がする仕草みたいに手を胸の前で組むと、
 「良かった。ひとりで空を見ているのも飽きちゃうから、何かしたかったの。ひとりって寂しいものね」
 と言った。俺は、昼間この部屋でさほどする事もなくひとりでポツンとしているルカの姿を思った。ルカの寂しさが伝わってくる気がした。
 「そうだな。俺はルカ来てから、寂しいって気持ちがわかったよ。俺、なるべくやりくりして帰るけれど、帰れない日が続くと思う」
 「良いのよ、仕事ですもの。寂しいって言ったら我侭でしょう。だから、大丈夫。プロジェクト、成功しますように」
 ルカは祈っていた。
 「ルカ、クリスチャンなのか?」
 「ええ」
 「ルカって名前はクリスチャンネーム?」
 ルカはチョット困った顔をして、
 「違う、クリスチャンネームは、シエル・ド・マリア、マリアの空って意味」
 「何だか、カッコイイな」
 「でも、変だよ。日本人なのに。それにさ、仏蘭西で生まれたからって、フランス語のネームなのよ。20歳迄は、どっちでも国籍が取れる資格持っていたの。外国暮らしが長いから、仏蘭西国籍でも良かったけれど、日本人だからね。やっぱり」
 「凄いね。日本語は何処で習ったんだい?綺麗な日本語だよ」
 「母よ、父は変な人であまり日本語を使わなかったの。ちゃんとしたって言うのも変だけど、日本人よ。仕事柄だったのね。英語のほかに、フランス語とドイツ語を使っていたわ」
 「それが今役に立っているわけだ。親に感謝しなくっちゃ」
 「感謝・・・・そうね」
 そう言ったルカの表情は何処か淋しげで遠い目をしていた。俺はその表情が気になったが、気付かない振りをした。
 「じゃあ、ビラ作らなきゃ」
 「手伝うよ」
 俺たちはその夜遅くまで、試行錯誤しながらビラを作った。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:57 | 第二章 鬼灯

7月30日 火曜日 1

 翌朝、できたてのビラを掲示板に貼った。俺たちは満足げに貼りたてのビラを見た。「行ってらっしゃい」ルカが手を振って見送ってくれた。俺の姿が見えなくなるまで手を振っていたようだった。ルカの視線を感じながらパン屋へ行った。ビラを貼らせて貰いたい趣旨を話し、快く承知してもらった。ビラを預けると会社へ向かった。
 今日は、新規プロジェクトの編成に一日を費やした。外注先の選択から、社内での応援、サポート体制までを仔細に決めた。外注選びには神経を使う。不公平にならないよう、また社内ブラックリストに上げた社は外してゆく。その作業に半日かかった。応援は、2つの部、4つの課に決めた。こうして無事稼動するまで100人あまりの人間が動く。それぞれの役割に応じたリーダーを立てる。俺は、その一番上で現場を仕切る重要なポストだ。無論俺の直属の上司と統括部長が最終的な決定をするのだが、現場の指揮は俺だ。
 このプロジェクトが成功すれば、俺は昇進する。チームリーダーからシステム部長に成る。30代の部長は何人かいるが、多くはない。その中のひとりになると、統括部長から言われていた。その話を聞いたときは信じられなかったが、人事会でお前を推薦しておいたと言われ、社内の空気や、このプロジェクトの事を思えば、否がをでも真実味を持ってきたのである。
 様々なプレッシャーが俺にのしかかったと思う。回りから、何を言われるのは構わない。しかし、トラブルなく稼動させる事が重要だ。それが出来なくてはプロジェクトに関わった人たちに迷惑が掛かる。まして、会社の損失は大になる。昇進も見送られるだろう。そういった全ての物事が、俺にいらぬプレッシャーとなろうとしていた。『初日からこんな気持ちでどうする』俺は自分に活を入れたくて、ルカにメールをした。
 「何しているの?誰かから連絡は来たかい?時間があったら電話してくれ。純一」
 直ぐ携帯が鳴った。
 「純、どうしたの?」
 「いや、ルカの、声が聞きたかった」
 「嬉しいわ、実は、私も純の声が聞きたかったの。そうそう、ビラの効果って、凄いのよ。もう、3人も問い合わせがあったの。明日会うことにしたわ。学生さんよ」
ルカのはしゃいだ声が電話を通して伝わってくる。ルカの笑顔を思い俺も嬉しくなった。
 「良かったな、このペースでゆけばあっという間に一杯だ」
 「そうだと良いわ。純も仕事頑張ってね」
 「ああ、ありがとう。じゃあ、切るよ」
 「ええ、後でね」
 俺は電話を切った。デスクに目を移す。今日の決定事項を纏めた資料が束になっている。手に取り、ペラペラとめくったが、俺は昨日の事が気になっていた。俺がいない間、ルカが嫌な思いをしないようにするには・・・・俺は決心したように資料を引き出しにしまうと、鍵をかけ帰社した。

 帰り道、俺は家に降りる駅を通り越し有楽町で降り、銀座通りから路地に入ると、一軒の小さな宝石店に入った。
 「いらっしゃいませ」
 「美里、いるかな?」
 「はい。店長、お客ようです」
 店員が声を掛ける。奥から、店長と呼ばれた女が出てきた。
 「おう、美里。久しぶり」
 「いらっしゃい、純平!聞いたわよ。いつか来ると思っていたけれど、早かったわね」
 「尊だろ」
 「そうよ。で、今日は何?彼女の自慢でも言いに来たのかしら」
 「いや、指輪をみせて欲しくて・・・」
 「あら、純平が貴金属をプレゼントなんて、婚約でもしようって言うの?」
 「ああ、そうだよ」
 「ふ~ん・・・・・」
 「何だよ、悪いか?」
 「そうじゃないけど・・・で、どんなタイプが良いの?」
 「あんまりごてごて、していないものを頼むよ」
 「分かったわ。で、彼女、誕生日は何時なの?」
 「8月」
 美里は、ここのオーナーだ。宝石が好きで、自分の店を持つのが夢だった。去年、銀座の裏通りに、念願の店をオープンした。ここに来るのは、オープン記念の時以来だった。美里は、品の良いものをいくつか出してきてくれた。
 「ベリドット、8月の誕生石よ。この石を古代人は『太陽の宝石』と呼んでいたの。意味はね、『魔力を解き放ち、悪霊を追い払う力があると信じられ、物事をはっきりと見据え、問題を解決させる力がある。持ち主の色欲を和らげ精神的に落ち着かせる。戦いでは勇気を与え、夫婦の絆を強力にする』どう?」
 「へ~、そんな意味が有るのか」
 「宝石にはちゃんと意味があって、それを持っていると、個人の力が増すと言われているのよ」
 「そうか、石はそれが良い。あと、もう少し、細いタイプのリングが良いな。つけている感じがしないものが」
 「分かったわ。こっちのプラチナはどう?ベリベットと良く合うわ。石の大きさもバランスが良いと思うし」
 「ああ、良い。名前彫れるかな?」
 「ギリギリね。文字はどのタイプが良い?」
 美里はイニシャルの文字タイプの表を持ってきた。俺は、よくわからないから、美里に任せると言った。
 「じゃあ、ここに名前を書いて。それから、一番大事な事、指のサイズは?」
 「9号だと思う」
 「思うって、純平、聞いてこなかったの?」
 「ああ、ナイショだから・・・」
 「ナイショねぇ、彼女細いの?」
 「さあ、普通だと思うよ。でも、指は細めだな」
 「だったら、9号でも、良いかな。何処の指でも良いからね。それで入らないとかあったら直してあげる」
俺はルカの名前を書き渡した。30分ほど待つと、イニシャル入りの指輪が小さな箱に入ってきた。
 「綺麗でしょう」
 「ああ」
 俺は、ルカの指に光るリングを想像していた。その顔が可笑しかったと見えて、美里が茶化すように言った。
 「まあ、純平らしくないわね」
 「俺らしくないって?」
 「いつもニヒルな純平がって事よ」
 「俺がニヒル?」
 「あら、そうじゃないの?」
 「分からないよ。ところで、いくら?」
 「大盤振る舞い。3万で良いわ」
 「悪いね、はい、3万」
 「お買い上げありがとうございます」
 「また、来るよ」
 「ちょっと待って」
 「何?」
 「これ、私からのプレゼント」
 美里はネクタイピンを差し出した。
 「ふたりが上手くゆくように祈っているわ。純平の誕生石、ダイヤモンドよ。『屈服しない、不屈なもの、侵し難い、征服しえない力のあるもの』と云う意味よ。頑張って」
 「あ、ありがとう。良いの?」
 「良いのよ。気にしないで」
 美里の心遣いに感謝して店をでた。俺の頭の中には、ルカの顔が浮んでいた。ルカの指に、光る指輪を想像すると、どうしても、我知らずにやけてしまう。美里の言った意味を理解する事も出来ずに。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:56 | 第二章 鬼灯

7月30日 火曜日 2

 「ただいま」
 「お帰り」
 ルカはキッチンにいた。
 「ルカ、ちょっと」
 「何?」
 俺はポケットから買ったばかりの指輪を取り出すと、ルカに見せた。
 「はい、プレゼント」
 「え、私に?」
 「そうだよ。ルカは俺の婚約者だから、指輪がないのはおかしいだろう」
 「でも・・・」
 そう言ったきり指輪を見つめ黙ってしまったルカ。やはり、底までは重かったのか・・・俺はルカが気にしないように勤めて明るく言った。
 「良いんだ。俺が、ルカにしていて欲しいだけだ。それに、今までの俺たちの生活を変える必要はなし。俺もその方が良い」
 「本当に?」
 俺を見詰めるルカ。
 「ああ」
 俺はルカの指に、指輪をした。左手の薬指にピタリと入った。
 「凄い!ピッタリ」
 「似合うよ」
 「ありがとう」
 「婚約指輪って、中指らしいけれど、ルカの指をみたら、薬指の方が良さそうだと思った。ちょっと小さかったな」
 「大丈夫よ。ここが良いわ」
 そう言うと、手をかざして指輪を見ていたが
 「私、何て言ったら・・・・」
 ふいに涙が零れ落ちた。俺はそっとルカを抱きしめ、
 「ルカが気にする事は何もない。俺が、ルカに居て欲しいと思っているのだから」
 抱きしめていた手を離そうとした時、
 「お願い、もう少しこうしていて」
 ルカが囁いた。俺は強く抱きしめた。ルカの髪の香りが鼻をくすぐる。理性が揺らぐ。このままルカを抱きたいと強く思った。今ならルカも俺を受け入れるかもしれない。想いがよぎる。
 しかし、俺はルカを抱いてしまうことが怖かった。何かが音を立てて崩れ去ってしまう気がした。
 男と女の関係になるのは、いたって簡単だ。だが、その後が問題なのだ。俺が今まで一夜限りの関係で女と寝てきたのは後腐れなく別れる為だ。夜が明ければ他人になる卑怯な関係。
 その俺が、ルカを大事にしたいと思っている。もし、永遠と言う言葉が有るのなら、それはルカと過ごす時間だと確信したのだ。だから、セックスの頼る関係は作りたくなかった。お互いの機が熟した時、愛し合えば良い。今のルカはまだ、心から俺に心を許しては居ない。許してくれるその時まで俺は待とうと思った。
 「ありがとう」
 「いいえ、どういたしまして」
 「純、ご飯は?」
 「まだだ」
 「良かった、今日ね、英語を習いたいって来てくれた方が、お料理を持って来てくださったの。助かっちゃったわ。一緒に食べましょう」
 「ああ、着替えてくるよ」

 その日、食後の珈琲を淹れながら、
 「そうだ、表札作ろう」
 と提案した。
 「良いわよ」
 パソコンの前に移動すると、ああでもないこうでもないと言いながら、夜遅くまで時間を過ごした。プリントアウトして、夜中だと言うのに、玄関に出ると、それまで俺ひとりの名前だった紙を取り除き、ふたりの名前の書かれた紙を入れた。
 「佐藤純一
     ルカ」
 外電気に照らされた俺たちの名前が照れくさく、直ぐに部屋へ入った。
 「なかなか、良い出来だよな」
 「そうね」
 ふたりともテレと同時に、心が、興奮していた。眠れない気分だ。珈琲を淹れる。時計は夜中の2時を回っている。
 「ちょっと、お腹空かない?」
 「そうだな~。よし、胃にもたれないような、軽くてお腹が満足するもの作るよ。ルカも手伝って」
 「ええ」
 ふたりでキッチンに立つと、パンを取り出して、あまり甘くないフレンチトーストを作った。
 そして、ついでに翌日の分まで作ってしまった。大根とツナのサラダ。ゆで卵の黄身を取り除き、白身の部分に挽肉を詰めたものを揚げた。残りの黄身をマヨネーズとチーズで和え、肉詰め卵のソースにする。赤・黄・緑のパプリカを軽く炒め、塩・胡椒で味付け、カレー粉を振り掛ける。カレー粉は便利な物で、塩や胡椒に深みを出してくれる。何かちょっと物足りない時にカレー粉を一振りすれば、味も気分も変わるし、食欲も出る。ブイヨンスープを作り、人参・ブロッコリー・エリンギを具にする。
 テーブルにセッティングをして、俺たちは満足げに食べ始めた。
 「美味しい!この時間に揚げ物心配だったけれど、しつこい感じがしないわ」
 「腕が良いからね」
 「まあ」
ルカは笑った。
 「昨夜、ルカ何か作ろうとしてたろう。その野菜があったから早くできたよ」
 「そうなの?」
 「そりゃあそうさ。皮むいたり、切ったりする手間が省けるからね。かなりの時間短縮だよ。少し仮眠を取ってから、会社へ行くよ」
 「今日は遅くなるの?」
 「解らないな。遅くなるようなら電話かメールで連絡するよ。そうそう、珈琲が呑みたいときは、冷蔵庫の専用ポットに入れて有るからそれを飲むと良い。ホットなら、それをレンジで暖めれば良いよ。味は少し落ちるけど、誰か来るなら、それを出せば楽だ」
 「そうするわ。今日も希望者から連絡あるかな?」
 「有るよ、きっと。そうだ、俺の夕飯の心配はしなくて良いから、希望者とゆっくり話をしなよ。長続きするように」
 「そうね。長続きしないと身につかないものね」
 俺たちは取りとめもない事を話した。
 「純、そろそろ、少し横になった方が良いと思うわ。仕事でしょう。私、片付けておくから」
 「ありがとう。じゃあ、そうするよ」
 俺は仮眠を取りにベッドルームへ行った。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:56 | 第二章 鬼灯

7月31日 水曜日 

 朝7時。俺はルカに起こされた。
 「ルカ、寝なかったのか?」
 「寝たわよ」
 「そうか?それなら良いが・・・」
 「早くしないと、遅れちゃうわよ」
 「ああ」
 俺は、シャワーを浴び、身支度を整える。流石に腹は減らなかったので、珈琲だけを飲んだ。新聞に目を通していると、ルカがハンカチと一緒に細長い包みを持ってきた。
 「昨日渡そうと思っていたけれど、純からのプレゼントが嬉しくて渡しそびれちゃった」
 「あけて良い?」
 「勿論」
 俺は包みを開けた。そこには一本のネクタイとポケットチーフがセットになっていた。
 「気に入ると良いけど・・・・・」
 「ありがとう。早速締めてゆくよ」
 俺は鏡の前に立ちネクタイを結んだ。きゅっと締まる音がする。ルカに向き直り、
 「どうかな?」
 「似合うわよ。渋いわ」
 ルカは背広を着せ、ポケットチーフも挿した。
 「気障に見えないか?」
 「大丈夫よ。渋めの色にしたから、何にでも合うわ」
ルカは満足気に微笑んだ。俺は照れた。大いに照れまくった。
 「じゃあ、行ってくる」
 照れ隠しに言って、俺は玄関を出る。玄関先まで見送りに来ルカが「ファイト!」と声を掛けた。気分がシャンとした。昨夜付け替えた表札をチラッと見て俺は「よし!」とガッツポーズを取った。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:55 | 第二章 鬼灯

8月2日 金曜日 1

 最近、寝ぼすけだったルカがちゃんと起きてくる。まだ、数人とは言え生徒が来るせいも有るのだろう。準備でバタバタしているようだ。そんな微妙な変化にも慣れてきた俺たち。それでも変わらない朝の珈琲の香りの中で、
 「今日は計画していた新人歓迎会がある。夕飯はいらないよ」
と言った。
 「わかったわ」
 「あのさ・・・・」
 「何?」
 「俺は二次会には付き合わない。良かったら出てこないか?信のライブが今夜有るんだ。渋谷で待ち合わせしないか?ルカが良ければ」
 ちょっと回りくどい言い方でルカを誘った。ルカは微笑み、
 「良いわね、それ。渋谷の何処へ行けば良いの?」と言ってくれた。
 「歓迎会は20時30分には終わる。桜木町からだから、1時間ちょっとで行けると思う。そうだな、21時30、渋谷のハチ公前にしよう。ここなら直ぐ分かる」
 「21時30分ハチ公前ね。楽しみにしているから遅れないでよ」
 「解った。じゃあ、夜に。行ってくるよ」
 「行ってらっしゃい」
 俺は、今日もルカが買ってくれたネクタイを締め出社した。

 今週と来週は当初予定のシステム計画に何か問題点・疑問点がないかということの洗い出し作業を依頼したソフトハウスのリーダーたちを含め検討する。だから、比較的に時間に融通が利く。歓迎会の時間までに、仕事の配分を間違えなければ余裕で飲み会が楽しめる。
 俺は、今日のスケジュールを確認した。18時までに今日の予定をこなす。楽しみにしている新人のためにもスケジュールを狂わせるわけには行かない。伸びそうな会議の時間を頭の中でシュミレーションし資料に目を通す。俺は、これなら大丈夫だと思った。果たして・・・若干のズレはあったが、無事予定時間には終わった。

 「小橋、ちゃんと予約は取れているのか?過不足ないだろうな」
 「チーフ、大丈夫ですよ。宴会男の水野としっかり者の高橋さんと一緒に計画しましたから」
 「じゃあ、10分後に一階ロビーに集合して行こう」
 「はい!」
 俺は一足早くロビーへ行った。小橋は慌てたように皆の所へ行くと10分とかからず全員を連れて降りてきた。
 「チーフ、揃いました」
 「早かったな、上出来、上出来。小橋、お前先頭で案内しろ」
 会社から20数人の人の群れが流れ出すと、ぞろぞろとMM21の洋風居酒屋へ移動した。テーブルにはコップや取り皿などがすでに並べられていた。小橋が俺を奥の真ん中へ案内しようとしたので、
 「馬鹿、主賓は新人だぞ。俺じゃない」
 俺は、新人を真ん中に座らせ、その前に座った。他の連中は想い想いの席に着き、小橋・水野・高橋の3人はインターフォンの近くに陣取った。
店に入る時飲み物を注文してあったのだろう、直ぐ冷たいBEERやジュースが運ばれてきた。俺は新人にBEERを注いでやった。高橋嬢が驚いて俺のところに来ると俺のグラスにBEERを注いだ。注がれた新人達も恐縮しているようだったが、こういう席では上司も部下もない。俺が新人として配属された時、今の統括部長が同じ事をしてくれた。気さくな良い人だ。その後、酒の付き合いをしなくなった俺だが、統括部長となら飲みたいと思う。酒が各々に行き渡ると小橋が立ち上がった。俺は、
 「立ち上がらなくて良いぞ。今日は無礼講で行こう」
と言った。
 「では、チーフのお言葉に甘えまして座らせていただきます。え~、新人のみなさん、遅くなったけど、これからの活躍を期待しまして、乾杯!」
 「乾杯!」
 グラスのぶつかる音があちこちで聞こえた。高橋嬢が、
 「飲み放題ですから、好きなものを頼んでください。遠慮しないでね」
と叫んだ。
 料理が次々に運ばれてくる。若い連中はよく飲み、よく食べた。これからの事を思うとこれくらいじゃないと体が付いて行かない。俺は、こいつ等を頼もしく思った。
 酒も大分回ってきた頃、結城嬢が、
 「そう言えば、チーフ、最近そのネクタイお気に入りですね」
と言ったのを皮切りに俺は酒の肴にされた。
 「チーフ、彼女からのプレゼントでしょう」
 「そうだ」
 「きゃ~、はっきり言う」
 「彼女居たんですか?ショック」
 「何だ、加藤、チーフのこと狙っていたのか?」
 「嫌だ、水野さん、そんなんじゃないですよぉ~。ただ、ちょっと憧れていただけですよ」
 「加藤、俺は?」
 「杉田君?う~ん、どうかな」
 「チーフ、彼女と結婚するんですか?」
 「ダイレクトに聞くね」
 「どうなんですか?」
 興味津々と言った感じの視線が集まる。俺はどうしたものかと考えたが、酒も手伝って素直な気持ちを言った。
 「まだ、解らないよ。ただ、いずれはしたいと思うよ。俺にとって一番大切な人だから」
 「ウァ~、チーフ惚気(のろけ)ちゃって」
 「チーフの口からそんな言葉が聞けるなんて」
 「意外だな~、チーフは結婚しないで遊んでいると思っていましたよ」
 「でも、昔はそうだったんでしょう。手が早くて有名だったって、大学の先輩が言っていました」
 「参ったな~、そんな噂が流れているの?」
 俺は内心驚いた。そして、酒の勢いでルカの事を言ってしまった事が俺の気持ちに何か火を付けた感じになった。それと、部下にまで俺の昔の事が伝わっているのかと思うと恐ろしい気がした。
 「ええ、大学の先輩から言われていました。チーフの名前を言って、同じ部署にはなるなよって。でも、それって酷いですよね。チーフは良い人ですよ。仕事の時は怖いけれど。ねぇ」
 「そうよねぇ」
 女性たちは同意しあい、男性連中はニタニタしている。
 「言いたい奴には言わせておけ。俺はなんとも思って いない」
 「チーフ、カッコイイ!」
 「今度、自慢の彼女紹介して下さい」
 「チーフ、何処で彼女と知り合ったんですか?」
 「歳はいくつですか?」
 あちらこちらから質問が飛んできた。
 「おいおい、いちいち答えていられるか。ナイショだ。お前らには勿体ない。まあ、結婚って事になったら、式の時に会わせてやるよ」
 大歓声が上がった。俺はルカの居ないところで、ありえない事を話していることが後ろめたくもあり、辛くなった。が、一縷(いちる)の望みがない訳ではない。また、質問が飛びそうになった時、店の人が時間を告げてきた。お開きの時間である。
 「皆さん、盛り上がっている所、申し訳ありませんが時間です。2次会も予定していますので、飲み足りない人は参加して下さい。チーフ、最後に一言お願いします」
 高橋嬢が言った。それを受ける形で、
 「え~、新人の皆さん。これからが君たちの力を試す時です。忙しくなります。でも、その忙しさに負けないで。弱音を吐きたくなったら、何時でも俺は話を聞く。だから、何でも良い。話しをしてくれ。プロジェクトを成功させ、君たちが一回りも二回りも大きくなって行く事を期待している。それは何も新人だけじゃない。ここにいる全員へのエールだ。月曜日からまた頑張ろう」
ちょっとした演説になった。それまで俺を肴にしていた連中が静かに耳を傾け聴いてくれた。俺はひとり感動し、嬉しく思った。
 水野が、
 「それでは、気合を入れるために1本締めを行いたいと思います。皆さん、ご起立願います。では、ハー、パン」
 景気の良い音が響いた。
 店を出ると、高橋嬢が2次会の参加者を募っていた。カラオケに行くという。
 「チーフ、行きますよね?」
 「悪い、これから約束が有る」
 俺は財布から2万取り出すと、
 「これで足りない分に当ててくれ。じゃあ、俺はここで失礼するよ」
と言った。高橋嬢・小橋・水野が
 「ごちそうさまです」
と頭を下げた。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:55 | 第二章 鬼灯

8月2日 金曜日 2

 俺は軽く手を上げると桜木町駅へ急いだ。ほろ酔い加減に夜風が気持ち良かった。ルカとの約束が有るので、酒は控えたつもりだったが結構飲んでいたようだった。駅の売店でスポーツドリンクを買い、俺は一気に飲み干した。電車がホームに入線するアナウンスが聞こえた。慌てて階段を駆け上がる。発車を知らせるベルが鳴る。俺はすんでの所で電車に飛び乗った。
 流れる景色。MM21の観覧車が光を放つ。桟橋に続く道をライトが彩っている。『ああ、この景色をルカにも見せてやりたい』俺は思った。光のページェントが遠のくと街の明かりだけになり、暗闇も所々現れてくる。俺は目をつぶり、ドアに背もたれウトウトした。ふいに光を感じて目を開けた。電車は品川駅に入っていた。と言うより、ドアが閉まりかけている。俺はドアに手を掛けた。ドアが軋んだ音を出す。笛の音が鳴りドアが開く。俺は身体を滑り込ませるように降りた。危うく乗り過ごす所だった。
 山手線のホームへ行くと、タイミングよく電車が入線した。今度は余裕で乗れた。乗り過ごすのは嫌なので、俺は目をつぶらず車内を見渡した。すると、新型車両で有る事がわかった。行き先掲示板はテレビ型で、現在何処へ向かっているのかを表示していない時は、CMが動画で映されている。これは飽きない。満員電車で見るのは辛いかもしれないが、昼間なら結構時間つぶしには良い。これを開発したのは何処の会社だろう?と思った。ここに食い込めれば、また大きな仕事になる、うつらうつら考えていたら、渋谷に着いた。ハチ公まで走った。時計を見ると、21時25分。俺はあたりを見渡した。ルカは・・・・いた。
 「純!」
 ルカは、俺を見つけたようで手を振りながら駆け寄ってきた。
 「ジャスト!私も今着いたのよ」
 ルカは白のノースリーブシャツに赤のサブリナパンツ、同系色のミュールを履いていた。小さめのショルダーバックは、少し光沢のある感じだ。そして、ふと気付く事があった。俺は「アッ!」と声に出した。
 「フフ、暑いから切っちゃった。似合う?」
 「勿論、ショートも良いよ」
 ルカの長かった髪は、なんと言うのか解らないが、品の良いショートになっていた。顔立ちがハッキリして、大人っぽい雰囲気になっている。薄っすらとした化粧が色っぽい。アクセサリーは、左手のリングだけ。
 「今日は、一段と綺麗だ」
 俺は素直に、いや酒の力を充分借りて言った。
 「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいわ」
 ルカは、俺の腕に絡みついた。
 「行こう」
 俺たちは、丸9の信号を渡りライブハウスまでの道をそぞろ歩きした。
 ライブハウスに着くと、信を呼んでもらった。店内は若者で埋め尽くされ、アマチュアバンドが演奏していた。親衛隊らしき集団が見える。アマチュアでも人気のバンドなのだろう。
 「よう、純平、よく来たな」
 「おう」
 信は、俺に耳打ちした。
 「この人か、彼女。良いじゃん。何処で知り合ったんだ?」
 「ああ、紹介するよ。佐伯ルカさんだ」
 「よろしく」
 「よろしく。お綺麗ですね。純平には勿体ない」
 「良いから案内しろよ」
 俺は今にもルカの手を取りそうな信に言った。
 「まあ、せかすなよ。席2つリザーブして有るから」
 バンドの演奏が終わった。人の流れが外へと向かう。俺たちは流れに逆らって席へ着いた。ステージに近い良い席だった。
 「ロックバンドは今の連中で最後だ、ゆっくり俺の演奏聴いて行ってくれよ。じゃあ、また後でな」
信は楽屋へ引っ込んだ。ボーイが来てメニューを置いてゆく。
 「ルカ、何飲む?」
 「う~ん、どうしようかな」
 「酔っ払っても良いぞ、俺が担いで行ってやるから」
 「嫌ね、そんなにはなりません。でも、お言葉に甘えて、ブラディマリーをいただきましょうか」
 「お、いけるんじゃん。俺はマティーニだ。つまみは?」
 「ソーセージの盛り合わせとコロッケが良いな」
 「コロッケ?」
 「ええ、おつまみに合うのよ」
 「ふ~ん」
俺はボーイを呼んだ。
 「ブラディマリーとマティーニ。ソーセージの盛り合わせとコロッケ、あと、シーフードサラダもね」
メニューを閉じボーイに渡す。
 「夕飯、ちゃんと食ったのか?」
 「ええ、軽く」
 「軽く?食いしん坊のルカが?」
 「もう、純ったら。私だって食べてばっかりじゃありませんよ~だ」
 子供のようにふくれ面をしたルカ。俺は可笑しくてからかおうとしたとき、ドリンクが運ばれてきた。俺たちは、グラスを合わせた。
 「良い雰囲気のお店ね」
 「そうだな」
 暫くすると、ステージの明かりが点きバンドが入って来る。ステージ衣装に着替えた信が最後に派手な振りで入ってきた。すぐに、軽快なJAZZが演奏された。俺は良く解らないが良い感じの曲だ。
 ルカが曲名を教えてくれる。そして、JAZZの音に身を任せている。途中途中、ソロパートが入ったり、オールデイズの曲をジャズ風にアレンジした曲があったりと飽きさせない。なかなか楽しいと思った。たまには生で音楽を聴きながら酒を飲むのも悪くない。
 「ルカ、時々は、こうして飲みに来るのも良いな」
 「そうね、時々、来ましょう」
 「ああ、そうしよう。ところで、ルカ、生徒さんはどうだい?授業の方は順調?」
 「まだ、今は説明で終わっているの。本格的に出来るようになるのはもう少し先になりそうだわ」
 「そうか、良く話を聞いた方が長続きするし、相性も有るからな」
 「相性ねぇ。やっぱり有るのかしら?」
 「そりゃ、あるよ。仕事をしていても、コイツとは合わないなって思うヤツはいるよ。まあ、選り好みは出来ないがね」
 「ええ、選り好みはいけないと思うから、本人がどうやる気が有るのかを聞いているわ」
 「やる気は大事だ。親が言ったから、言われたからと言うのは駄目だ」
 「ええ、ただ、主婦の方はやる気があっても、小さいお子さん連れはお断りしたわ。他の方に迷惑が掛かるでしょう」
 「そうだな。難しい所だ」
ルカは頷いた。
 「でも、私の時間のある時、個人的にと言うなら構いませんって言っておいたわ。本人のやる気を無駄にしたくないから」
 「ルカは、やっぱり優しいな」
 俺はルカの瞳を見詰めた。薄暗い店内、周りの喧騒が俺には聞こえなかった。ただ、黙って、ルカを見詰めたのだった。ルカの瞳も俺を見詰め返していた。一分、二分、三分・・・・俺は息苦しくなって視線を外した。ステージから信の声が聞こえ、
 「え~、これからスタンダードナンバーをお送りします。ご自由にチークダンスでも踊って下さい。では、サマータイムから」
 それまでの曲調が変わった。昔、ディスコで聞いたような甘ったるい雰囲気だった。こんな音楽に乗って、女を口説いていたり、逆ナンされたりしていた事を思い出した。ルカが不意に席を立った。
 「ごめん、ちょっと」
俺はルカに目で、『行っておいで』と言った。
 ステージへ目を移すと、信と目が合った。その目は、
『バーカ、折角ムードの良い曲をやっているのに、何で誘わないんだ』
と言っていた。が、俺は無視して酒の注文をした。
 ルカは戻ってくると「背広貸して」と言うが早いか、ふたりのバックに掛け、俺の腕を取った。驚く俺を尻目に「踊りましょう」とフロアに出た。
 信がニヤニヤしている。ルカは、信のメッセージを受信したらしい。俺の肩に頭をもたせ、身体をあずけている。ルカとの、こんなシーンは何度かあった筈なのに、俺はドキドキと心臓が高鳴っていた。音が聞こえてしまうのではないかと思うほどだ。体が熱い。ルカの顔は見えない。それが救いのような気がした。
 酒を飲んでもあまり顔に出ない俺だが、真っ赤になっているに違いない。この俺が、昔の俺を知っている女どもが見たら、笑っちゃうだろうと思った。それ程俺は動揺していた。信のヤツも調子に乗って、長いことスタンダードやらを演奏している。早く終われと思う気持ちと、このままでいたいと思う心の余裕が生まれた頃、演奏が終わった。
 そして、信の声が聞こえた。
「10分間の休憩をいただきます。その後、歌姫YUKIMIの登場です。暫くお待ち下さい」
ステージ上の信はおどけて言った。
 俺たちは席に戻った。ルカが悪戯っ子ぽく瞳を輝かせ俺の目を覗き込んだ。
 「驚いた」
 「ああ、驚いたよ」
 「向こうじゃ、おじいちゃんもおばあちゃんも陽気に歌って踊って、仲良くチークを踊るのよ」
 「そうか。まあ、俺もディスコ全盛の頃は踊っていたからな」
そこへ信がやってきた。
 「よう、朴念仁。彼女の方が察し良いぞ」
 「悪かったな。彼女は俺なんかと違って、海外が長いんだよ」
 「へー、何処にいたの?」
 「NYとパリにいました」
 「NYに居たの。俺も居たんだ。どの辺りに居たの?俺は、ハーレムに近いところ。金がないからボロボロな格好でいたよ。現地人みたいにね。そうしないと危なくて」信は早口に喋った。
 「そうね。でも、私パリの方が長いの。NYは3ヶ月ぐらいかな。セントラルパークに近いところよ」
 「じゃあ、ルカはもしかして、テロの時NYに居たのかい?」
 「いいえ、その時はパリに居たわ。今年になってNYへ行って、それから日本に戻ったの」
 「な、俺たちと違うだろう」
 「それが、何で純平と付き合っているんだ?お、その指に光っているのは、ベリドットじゃないか。お前がプレゼントしたのか?」
 「まあな、でも、お前、良く石の名前知っているな。俺、美里に聞いて始めて知ったくらいだ」
 「美里のところで買ったのか」
 「ああ」
 「そうか、美里も8月生まれだよ。昔あいつが言っていたよ」
 「なんだ、お前ら付き合っていたのか?」
 「昔だよ。俺の事は良いよ。それより、お前結婚するのか?」
ストレートに聞いてくる。言葉に詰まっていると、
 「そうか、そうか、尊から聞いていたけど、お前に合うまでは信じられなかった。でも、ルカさんを見て、お前の態度を見たら確信したよ。で、式は何時だ?ペット吹いてやるよ」
 「あのなー」
 「良いじゃない」
ふいにルカが言った。
 「まだ先のことはわからないの。でも、今、純一さんが、私を大事にしてくれているから、いずれは結婚するかもしれません」
俺はルカを見た。
 「熱いねぇ、純平、お前もう実権彼女に握られているぞ。まあ、頑張れや」
 ステージでは、信が歌姫だと言った、YUKIMIと言う女性ボーカルの歌が始まった。
 「あいつ、歌上手いだろう。俺、あいつを口説いている最中なんだ。上手く行くよう祈ってくれよな。じゃあ、俺行くわ。もうワンステージ残っている。ゆっくりしてゆけよ」
信は楽屋へ行った。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:54 | 第二章 鬼灯