カテゴリ:第二章 鬼灯( 11 )

8月2日 金曜日 3

 全くルカは、俺の度肝を抜かす事を平気で言ってのける。俺が何処かで期待していることを見透かしたかのような言動を自然にやってくれる。
 「ごめんなさい、余計な事言っちゃったね」
 「いや、良いよ。あいつの性格だ。あれくらい言わないと納得しないだろう」
 ルカのそういった、相手の元みたいな部分を見抜く力は、天性のものなのだろう。
 俺たちはまた酒を注文し、歌姫の歌に耳を傾けた。信が言った通り澄んだ歌声は聞く者の心を捉えた。
 「確かに上手いな」
 「ええ」
 店内は静かになっていた。声高に話す者は居なかった。皆ひそやかに話している。今この時間ここに来ている人間は、この歌姫が目当てなのだろうと思った。
 歌い終わった時、割れんばかりの拍手が起こった。売れるに違いない。いずれ、テレビを賑わす存在になるだろうと思った。
 やがて店内はざわめき始めた。俺は時計を見た。針は0時を指している。
 「ルカ、終電に間に合わなくなると困るから、もう出よう」
 「お友達のステージは良いの?」
 「ああ、構わないよ。あいつに付き合っていたら何時になるか分からないよ。電車がなくなったら、そこのホテルくらいしか眠れる所はないし、途中で降ろされたら駅で寝るか、歩くかだ。それでも良いか?」
ルカは何時もの考えるポーズを取り、
 「じゃあ、帰りましょう」
と言った。
 レジへ行き会計をしようとしたらボーイが、
「信さんから先にいただいていますので、御代は結構です」
と言われた。
 レジで押し問答をするのも嫌なので、伝言を書くと店を出た。
 「信、サンキュー。最後までいられなくてごめん。また、ルカと一緒に来るよ。今度は俺が奢る。じゃあ、純一」

 「悪かったわね、奢らせちゃって」
 「良いのさ。俺たちは昔から奢ったり奢られたりしている。だから、ルカが気にすることはない」
 「純の友達って、皆良い人なのね」
 「まあな。自分でいうのも変だけれど、あいつらみんな良い奴等だよ。だから、今でも付き合っていられる」
俺はちょっと自慢げに言った。
 「男の人って、そう言う所羨ましいと思うわ。私、何で男に生まれてこなかったのかなー」
 「それは困る」
 「え?!」
 「ルカが男なら、きっとマブダチになれたと思うよ。俺。だけど、女であるルカだから俺たちは出会えた。さっき、信に言ってくれた言葉、嬉しかったよ、俺・・・・」
突然歩みを止めた。俺の目をルカは覗き込んでキョトンとした。
 「好きだ。ひとりの女性として、俺はルカの事を愛しいと思っている」
 俺は、ルカを抱き寄せると囁いた。ルカの瞳が揺れる。だが、俺の手を取ると、「ありがとう」とそっと呟き、黙って駅までの道をルカは、俺の手を引いて歩いた。
券売機へ行こうとすると、財布から切符を取り出し手渡してくれた。
 「買っておいてくれたんだ。ありがとう」
 俺は受け取ると改札を通ろうとした。ところが、自動改札は大きな音を立てた。駅員が飛んでくる。後から入ろうとしたルカは、俺にぶつかる格好になった。不思議そうにする俺たち。駅員に切符を見せると、買った時間が昨日だったので通れないと言われた。正規に買っているのだから駄目なのか?と聞くと、自動改札ではなく、駅員のいる所を通ってくれと言われた。機会は、馬鹿なのか利口なのか分からない所がある。融通が利かない。仕方なく、駅員の所を通ってホームに行った。そんなアクシデントもあったが、俺たちは、それすらも楽しんだ。

 電車に乗ると、ルカは、チークを踊った時みたいに、俺の肩に身体を持たせかけている。ルカの温もりが伝わってくる。幸せな気分だったが、俺の心は複雑な押し問答をしていた。答えが出せないまま、駅に着いた。いつもなら私鉄線に乗り換えるのだが、俺たちはマンションまでぶらぶらと歩いて帰った。何を話すわけでもなく、ただ、手を繋いで歩いた。手から伝わる温もりが心地良かったから、マンションの玄関まで手を繋いだままだった。鍵を開ける時、ようやく手を離した。
 「ただいま」
 「ただいま」
 ふたりして言うと風呂を湧かし、珈琲で一息ついた。風呂が沸く音がした。
 「先に入って良いよ」
 「ありがとう」
 俺はルカを先に入らせた。
 ルカが風呂に入っている時、いや、渋谷で好きだと告げた時から、自分の気持ちはもう抑え切れないと思っていた。あの時、戻ってでもホテルへつれて行きたかった。此処へ歩いて来る間にだってホテルはあるのだから、引っ張ってゆくことも出来た。しかし、出来なかった。繋いだ手が、俺の邪まな心をかろうじて押し留めていたのだ。
 「あー、気持ち良い。歩いていたから、足がパンパンね。お風呂でマッサージしてきたわ」
 陽気にルカが言う。
 「髪を短くしたから楽だわ」
 バスタオルで髪を拭き椅子に座った。
 「純も入っておいでよ。気持ち良いわよ」
 「ああ」
ぶっきらぼうに言った。
 「珈琲、サーバーに入っているから、好きに飲んでいな」
 俺は、風呂へ行き、シャワーを勢い良く出す。熱い湯が身体を打つ。シャンプーを取り、頭をごしごしと洗う。ボディーブラシで身体も洗う。シャワーの湯は俺を打ち続けている。泡を流しながら、自分の想いも流そうとしていた。俺はシャワーを水に変え、頭からかけた。ルカを抱きたい。その想いを冷たい水をかけることで冷ましたかった。ルカが来て2週間目。持て余した気持ちを、俺はどうして良いのか分からなくなっていたのだ。水のシャワーを浴び暫く立ち尽くしていた。身体が冷え、くしゃみが出た。慌ててシャワーを止めると、湯に浸かった。が、すぐ上がった。寝てしまおうと思ったのだ。風呂から上がり、
 「ルカ、先に寝るよ」
声を掛けた。

 ルカは深夜のお笑いを見ていた。俺が上がったことに気付かないのか、テレビに夢中だったのか返事が無かった。仕方がないので、ルカの肩を叩き、
 「先に寝るよ」
ともう一度言った。
 「あ、ごめん。気がつかなくて。これ、面白いわよ」
 「そう、見ていて良いよ」
俺のよう子が少し違うことを感じたのか
 「何か変。私、何か気に入らないこと言った?」
 「いいや、違うよ。俺、ちょっと疲れているだけだ」
 「本当?」
 「ああ、本当だ」
 「じゃ、私も寝るわ」
 「いいよ、ルカはテレビ観ていなよ。面白いんだろう」
 「でも・・・・純の方が心配」
 ルカの心配顔が俺の顔を覗き込んだ。ブルーの瞳に見詰められた俺は、コントロール不能に陥り、シャワーに流してきたはずの思いは溢れ出し、ルカを抱きしめていた。
 「ルカ、俺はお前が好きだ。だから、大事にしたいと思っている。さっき、渋谷でも言ったが俺は、ドンドンお前に惹かれている。昔の俺なら、出会ったその日に抱いて終わりさ。だが、どうしてだか分からないが、そうはしたくなかった。お前を抱いてしまったら、何か大事なものが壊れてしまいそうな気がして、抱きたいのに抱けない。この気持ちをどうして良いのか分からないんだ」
 理性は感情に屈した。激情のままに喋った。
 「昔の俺を知っている奴が今の俺を見たら信じられないというよ。俺だってそうだ。お前の笑顔は、俺に今まで欠けていたもの全てを与え、輝かせてくれている。その上お前を抱きたいと思うのは、俺の業だ。男としての本能だなんて言い訳さ」
 俺はルカを突き放し、背を向けベッドルームへ行くと布団を頭からかぶった。まるで駄々子だ。
 暫くしてルカが入ってくる気配がした。布団を被ったままそっぽを向いた。

 「純、純一」
 「用は明日にしてくれ」
 「純、お願い、私を見て」
 「嫌だ」
 「私を困らせないで」
 「困らせるつもりはない」
 俺は駄々っ子のように言った。
 「だったら・・・・」
 そう言うと、ルカは黙ったままになった。俺は不安になりルカを見ようとした。その時、ルカは俺のソファベッドに潜り込むと、唇を重ねてきた。俺は驚いてルカを離す。
 「駄目、さっき見てくれなかった。だから」
身体を寄せてくる。
 俺は、反射的に抱きしめた。ルカのふくよかな膨らみ、しなやかな身体のラインがダイレクトに伝わってくる。ルカは何もつけていないのだ。
 俺の身体は反応しルカを求めた。抱きしめると、欲望のままキスを何度も交わし、膨らみを愛しむ。無造作にパジャマを脱ぎ捨てると、ルカの肢体に手を這わせる。薄暗い部屋に月明かりが柔らかく差し込んで、ルカの顔を照らした。その瞬間、俺の手は止まった。ルカの身体が小刻みに震えているのを感じたからだ。閉じた瞳には涙が滲んでいる。
 「ルカ、やっぱりよそう」
俺の理性がルカの涙で戻った。
 「純、ごめんなさい・・・・・」
消え入る声で言った。
 「いや、俺が焦りすぎた。謝るのは俺だ。ゴメンな」
俺はルカをそっと抱き寄せ頭をなでた。
 「ルカ、今夜はこのまま眠ろう。駄目かな?」
 「良いわ」
 「ありがとう」
 俺はルカの額にキスをした。ルカは俺の胸の中で静かに眠った。俺もルカの心の中に抱かれ眠りについた。
[PR]
by karura1204 | 2004-12-01 01:53 | 第二章 鬼灯