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カテゴリ:第四章 パンドラ( 10 )

パンドラ

あなたの優しい眼差しが 
私にそっと向けられる時
私の心は 高鳴り 
あなたを愛しいと強く思う

あなたのやわらかな唇に 
そっと触れるとき
私の心は 至福を感じ 
あなたへの愛しさで溢れる

あなたの滑らかな肌の温もりで 
私の肌が高揚する時
私の心は 熱くなり 
あなたの愛しさに溺れる



あなたの両の手が春の息吹で
私の手を包み込む時
私の心は 雪のよに溶かされ 
あなたへの愛しさに酔いしれる

あなたの心が トックントックン
私に流れ込んでくる時
私の心は 穏やかな海
あなたの愛しさ深く感じる

愛しい あなた
ずっと私の側に・・・・・・・
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by karura1204 | 2004-12-01 01:43 | 第四章 パンドラ

9月2日 月曜日 



 ルカの誕生日をふたりで過ごして以来、俺たちの会話は、メールが多くなっていった。家に帰る時間と、出かける時間がルカと合わない。ある程度までは、ルカも起きているようだったが、流石に、2時、3時までが続くと、毎日が大変のようだった。だが、俺は仕事に充実感を感じ、毎日があっという間に過ぎていった。
 言い訳になるのかも知れないが、ルカに俺は甘え、ルカの辛さを思いやる余裕がなくなっていた。だから、ルカに襲い掛かった魔の手を俺は見逃したのだった。 
 ルカのメールからは、実際、辛さまでは読み取れなかった。ただ、統括部長から出た話しを、忙しさにかまけて、ルカにしないでいた。それは、次第に俺の中でわだかまりとなり、最初は小さな黒点だったものが、次第に広がってゆく気配は感じていた。その気配を解決しないまま、秋の風を迎えた。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:43 | 第四章 パンドラ

9月6日 金曜日

 9月に入り、仕事で帰れない日が続いていた時、家の電話が珍しく鳴っていた。
 「はい、佐藤です」
 「元気、ルカ」
 「美里姉」
 「純平の所は、い心地良さそうだね」
 「ええ、とても」
 「そう・・・・。でも、何時までもいられる訳じゃないよ。解っているでしょう」
 「勿論それは解っているわよ。美里姉に言われなくても。でも、美里姉、指輪作ったの、美里姉でしょう。 何で断らなかったの」
 「それは、純平の顔を見ればねぇ。それに、あんただって、尊達の前で、純平に色々言って、あいつをのぼせ上がらせちゃっているでしょう」
 「だって・・・・・」
私は言葉に詰まった・・・・。
 「まあ、良いよ。それでね、言いたくないけれど、ルカが純平の所にいる事、ばれたからね。加納が近いうち行くと思うから覚悟はしておきなよ」
恐れていた日が来た。私の心は乱れはじめた。

 「加納、ひとりで来るかな?」
 「さあ・・・お母様も一緒だとは思うけれどね」
 「いい加減、私を放って置いてくれれば良いのに」
 「それは無理だね。お父様はあんたを探し続けるよ。それに、お母様は、あんたを不憫だと思うから、手元に置いておきたと思っているのだから」
 「それが困るのに」
 「まあ、仕方ないよ」
 「そうだ、この間は、ありがとうね。純が倒れた時、美里姉しか頼れなくて。御礼も言えずにいたわ」
私は、話を変えたくて、明るく言ったけれど、
 「礼なんて良いのよ。純平は、めちゃくちゃ良い奴だから、私としては、あいつなんか早く忘れて欲しいのよ。本当は純平と幸せになってもらいたいのよ」
 「ありがとう。私もそうだったらどんなに良いか・・・・でも、無理よ。お父様は、私に勝手な縁談を持って来ているのだし、家に帰れば、嫌でも杏子お姉さまと仁の姿を見るわ」
 「お父様の悪趣味にも困ったものね」
 「美里姉は良いわ。ひとりで勝手に何をやってもお父様は何も言わない。放任主義そのものですもの」
 「そうなんだよね。私とあんたが、逆の立場だったら良かったのにね」
 「美里姉・・・・・」
 「ごめん。言っても始まらないことだけどね」
 「そうね。仕方ないわ」
 「じゃあ、気をつけてね。私には、それくらいしか言えないけれど、何かあったら、何時でも電話しておいでよ」
 「解った。ありがとう、美里姉」

『見つかった。加納とお母様が来る。純、私どうしたら良い・・・・・・』
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by karura1204 | 2004-12-01 01:42 | 第四章 パンドラ

9月13日 金曜日 1

 ルカの不安を知らぬまま、幾日か過ぎた頃、珍しく美里からの電話を貰った。
 「純平、久しぶり。その後どう、彼女とは上手くいっているの?」
 「まあね。でも、此処の所忙しくて、家にも帰っていないよ」
 「そう、じゃあ、寂しがっているんじゃない?」
 「ああ、きっとな」
 「まあ、ごちそうさま。でも、そんなに忙しいんじゃ、会うのは無理かな?」
 「美里と?」
 「そうよ。全く、会うのは、彼女だけだと思っているところが凄いわね。かつてのマドンナを差し置いて」
電話の向こうで美里が笑った。
 「わかったよ。ちょっと待って」
俺はスケジュール帳を開き
 「うーん、昼でも良いかな?」
 「昼は、ちょっと無理だわ。夜にゆっくり話したい事があるのよ」
 「じゃあ、来週の土曜日は?何とか空けるよ」
 「良いわ。来週の土曜日。20時にお店に来てくれる?」
 「20時だね。解った。じゃあ、その時に」
 「ええ。じゃあ」

 俺は、電話を切った。だが、妙な胸騒ぎを覚えた。まるで、パンドラの箱が開かれる鍵を美里が握っているような、とでも言ったら良いのだろうか。電話の向こうで美里の声は笑っていた。しかし、断れない気迫を持って俺に迫って響いてきたのだった。『何故だろう?』
 俺は、窓の外に目を向けMM21の街を見下ろした。眼下には、親子連れや観光客の姿が・・・・・ふと、遊園地が目に留まる。ルカの笑顔が浮んだ。『楽しかったな・・・・』俺は、ルカの誕生日を祝った日を思い出していた。だが、同時に頭の中のスクリーンには夢の映像がリアルに浮んだ。俺の心は、不安に押し潰されそうになった。迷宮へ落ち込み、田中の「チーフ」と言う呼びかけにも、気付かないほど考え込んでいた。

 「チーフ、大丈夫ですか?」
 「ああ、田中か。悪い。考え事をしていた。どうした」
 「すみません、セキュリティーの事で、ご意見を伺いたいのです。今、三島と冴島とソフトハウスの連中とで意見が食い違っているのです」
 「何処のソフトハウスだ?」
 「ミューズです」
 「すると、うちのリーダーは冴島か」
 「はい」
 「わかった。行こう」
 「お願いします。第二会議室です」
俺は、システム計画書を持つと、田中と一緒に会議室へ向かった。
 日本のシステムは、海外に比べて引けを取らないと俺は思っている。しかし、セキュリュティの意識レベルは低い。どんなにセキュリュティを強化しても足りないのが事実なのに、島国と言う安心感なのか?その意識レベルは笑ってしまうほどだ。ハッカーと呼ばれる連中は、2重、3重のセキュリティシステムを平気で突破してくる。だから、俺たちSEは、それに対応するシステムを構築しなければならない。俺は、このシステム予算の大半をセキュリティシステムの強化に費やして顧客に提案した。
会議室に入ると、男4人が渋い顔をして睨み合っていた。

 「おい、どうしたというのだ」
声を掛けると冴島が、
 「チーフ。すみません。ミューズさん側が」
 「冴島、ちょっと待て。新藤さん、何時もありがとうございます。で、どうしました?打ち合わせの時から何か疑問点や問題、変更等がありましたか?」
 「佐藤さん、良い所へ来てくれました。いやね、打ち合わせの時、私が来られなくて、この三木本を寄こしていたのです。その時点では、問題がなさそう見思えたのです。ところが、今日来て見て、計画書を見たら、セキュリティーがいまひとつ足りないのではないかと思いまして、それで、その辺はどうお考えなのかを冴島さんに伺っていた所です。折角、コレだけのセキュリティシステムです。もう一歩踏み込んだ強化をかけたらと言っていたのです」
 「具体的にはどう言った形でしょうか?」
俺は、計画書を広げて聞いた。
 「それはですね・・・・・」
 俺は、じっくりと新藤の話を聞いた。新藤の説明はもっともだった。ただ、冴島が危惧したのは、特許権の問題だろうと思った。
 「ですから、このセキュリティシステムでは、特許も取得済みです。三木本が開発したセキュリティシステムは、ハッカーの侵入を防ぐだけではなく、侵入経路を突き止め、逆にハッカー側のシステムを攻撃します。是非、コレを採用して頂きたいのですよ。他には売りません。このシステムは佐藤さんならと思いましてね」
 「成る程、お話は解りました。確かに、そこまで徹底したシステムなら顧客は安心ですね。しかし、今直ぐ、ここの話だけで即答は出来ませんので、暫くお時間をいただけませんか?福永部長や家田統括部長とも相談の上、採用させていただくか、見送るかを決定させてください。予算の建て直しや、特許料の話も検討しなければなりませんのでね。それで宜しいでしょうか?」
 「はあ、前向きにご検討願えるのであれば、佐藤さんの顔を立ててそうします」
 「ありがとうございます。では、そちらのシステム計画書を何部か頂きたいのですが、今、お持ちですか?」
新藤の隣にいた三木本が鞄から角封筒を出し、
 「此処にあります。是非、よろしくお願いします」
と深々と頭を下げた。俺は、その封筒を受け取ると、
 「では新藤さん、失礼します。冴島、ちょっと」
 冴島を部屋から出し、指示を与え、その足で家田統括部長の所へ行った。新藤との話をし、俺は一番大事な事を、告げた。
 「家田統括部長、すみません、お彼岸の連休なのですが、3連休取らせていただいてよろしいでしょうか?」
 「どうした?」
 「今年、両親の13回忌を迎えます。3回忌も7回忌も何もしてやれませんでしたので、今年ぐらいはと・・・」
 「いいぞ、気にするな。何か有ったら、私が陣頭指揮を取る。ご両親の所へ行ってやりなさい」
 「ありがとうございます」
 「少し、気負いすぎているぞ。ゆったり構えんと、精神が持たん。新藤の話は、私も直接話を聞いてみよう。それからでも遅くは無かろう。常務とも相談したいし」
 「はい」
 「明日からの連休も休んで良いぞ。私も、最近現場に行くのが楽しくてね」
 「ありがとうございます。でも、今週は出ます」
 「ほらほら、そう言う生真面目さは、時として辛いぞ。無理はするな。良いな」
 「はい」
 「じゃあ、これは預かっておくよ」
 俺は頭を下げた。

 その頃、家には、招かれざる客がふたり、パンドラの箱から沸いてきたようにやってきていた。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:41 | 第四章 パンドラ

9月13日 金曜日 2

ブザーが鳴った。
 「はーい。何方?」
 私はマジックアイを覗き込んだ。その先に写った人影に、うんざりする。一番逢いたくない人がとうとう、やって来た。『純、助けて』心の中で呟く。返事をしてしまった手前開けない訳にはいかない。チェーンロックを掛けたまま、ドアを開ける。
 「伽瑠羅、良かった。いたのね」
 「帰って。私は家には帰らないのだから。いくらお母様たちが来ても無駄よ。また、場所を変えるわ」
 「いいえ、伽瑠羅お嬢様、何処まででも探して帰っていただきます。旦那様がお待ちです」
 「伽瑠羅、兎に角中へ入れてちょうだい」
 「嫌よ」
 「お嬢様」
 「大声を出さないで。警察を呼ぶわ」
 「なんて言う事を言うの」
 「本気よ」
 私のいつもとは違うきつい一言に言葉を失うふたりの訪問者。暫く沈黙が続く。沈黙に耐えられなかったのは母だった。
 「加納、今日のところは帰りましょう。伽瑠羅のい場所がわかったのだから、無理する事はないわ」
 「奥様」
 「良いのよ」
 「はい、では帰りましょう。伽瑠羅お嬢様、今日のところは帰ります。でも、何度でも参りますからね」
 「二度と来ないで。来たら、私ここから飛び降りるから」
 「お嬢様、困らせないで下さい」
 「さあ、加納、帰りましょう。伽瑠羅、また来ます。その時は、中へ入れてちょうだいね」
 ふたりが帰る足音を聞きながら、ドアを閉め、鍵を掛けると、私はその場に崩れるようにしゃがみこみ、暫く呆然としていた。涙が一筋伝う・・・・『次の場所を探さなきゃ』純に迷惑を掛ける。純を巻き込みたくない。必死で寝室に這いつくばって行くと、荷物を纏めようとした。でも・・・・・溢れる涙は、純の笑顔を想い焦がれ、胸の痛みに押し潰されそうで、私は声を上げて泣いた。純のベッドに顔を伏せ、泣いた。ただ、自分の運命を呪うように泣く事しか出来なかった。
 どれくらいそうしていただろう。声を出して泣いたおかげで、心に落ち着きが取り戻せたような気がした。私は、自分の意思を確認したくて、美里姉に電話を掛けた。ダイアルを押す指がかすかに震えているのが解った。
 「はい、西園寺」
 「美里姉」
 「ああ、ルカ。どうした?」
 「今、来たわ」
 「そう、それで」
 「門前払いにした。また来るって言ったけど、来たら飛び降りるって言っておいたわ」
 「また、過激な事を言ったわね。お母様ビックリしていたでしょう」
 「良いのよ。私の中には過激な血が流れているのですもの」
 「ルカ」
 「ごめん。でも、本当の事よ。普段、お母様は何もおっしゃらないけれど、あの人の心の中には、炎が渦巻いているの。私にも、あの人と同じ血が流れている。美里姉、私、ここにいるわ。もう、逃げない。お父様と戦うわ」
 「そう、あんたは、一度言い出したら聞かないからね、昔から。好きにしなさいよ。出来るだけの応援はするから」
 「ありがとう、美里姉」
 「良いのよ、ルカが気にすることはないわ。それより、何時でも電話してきなさいね。思いつめて変な事しないうちに」
 「ええ」

 美里姉と話した事で、私の中の何かがはじけた気がした。過激な情熱。何故、仁の時にその情熱が出なかったのだろうと思った。そして、取り乱した部屋を片付けながら考えた。そうだ、仁に裏切られたと知った時は、お父様のやりそうな事だと怒りの方が先に立ったのだわ。けれど、純と別れる事は、辛さの方が大きい。純の優しさが、それまでの痛みを癒してくれた。その分、私は純に甘える事が出来ていた。短いけれど、楽しい純との暮らし。私は、この生活を守りたいと願っている。なら、逃げる事はやめよう。負けるなら負けるでも良い。とことん戦おうと私は決めた。

 その夜、俺は遅くに帰宅した。明日から、いや、今日から世間は3連休。しかも二週続きの3連休だった。今週は仕事だが、来週は法事も兼ねて、ルカと久しぶりにゆっくりする。勝手に予定をあれこれ考えながらエレベーターを上がった。玄関を開けると、リビングに灯りが付いていた。ドアを開けると、ルカは起きていた。
 「何だ、寝ていなかったのか?」
 「純、お帰り」
ルカは、そう言うと俺に抱きついた。俺は、ビックリした。こんな事は今までに一度もない。
 「何かあったのか?」
心配になって聞いた。
 「ううん、そうじゃない。純の顔をちゃんと見て話がしたかったからかな」
ルカの微笑が、俺の疲れた心と身体をいっぺんに元気にした。
 「そうか・・・俺もだ」
そう言うと、ルカにキスをする。
 「私、寂しかったの。最近、純とちゃんと話をしていないでしょう」
 「そうだな」
俺は、愛しさで溢れた。だが、ルカの温もりの中に、言い知れぬ不安がよぎった。
 「こうしていると安心するわ」
 「俺もだよ」
 「本当?」
 「ああ、本当だよ。あ、そうだ、ルカ、来週の連休、俺に付き合ってくれないか。両親の13回忌法要を鎌倉で行うんだ。尊達も来てくれる事になっている。出来れば、皆に紹介したいと思っているんだ。駄目かな?」
ルカの返事を聞きたくて、顔を向けて俺はハッとした。
 「どうした?」
 「嬉しいのよ、だって、皆に紹介してくれるのでしょう。勿論、一緒に行くわ」
 「ルカ、泣き虫になった?」
 「そうね。ちょっとだけ」
俺は、ルカの涙を拭うと、少し長いキスをした。
 「ルカ、シャワー浴びてくるよ」
 俺はルカの身体を離した。その時、ルカの瞳が俺を誘っているように感じた。今まで見せたことのない表情だった。どうしたのだろう?俺はその事が気になった。が、聞くことは出来ない雰囲気があった。
 「お風呂も沸いているからね。良かったら入って。その方が疲れ取れるでしょう。着替え用意してあげるから、シャワー行って良いわよ」
 「ありがとう」
 俺は、ルカの言葉に逆らわず、風呂に行った。やはり今日のルカは何処かおかしいと思った。不安は募った。だが、そぶりは見せないようにした。そして、 「ルカ、良かったら一緒に風呂に入らないか?」
と誘ってみた。
 「どうしようかな、一回入っちゃっているから・・・・・」
 「無理は言わないよ」
 「ええ・・・・」
 声が聞こえなくなった。どうしたのかと思い、声を掛けようとした時、ドアが開いて、ルカが入ってきた。
 「温まって寝ようと思って、来ちゃった」
 「ああ、良いよ。おいで」
ふたりで、湯船に浸かった。並んで入ると、少し窮屈だけれど、入れないことはない。
 「リフォームしたら、ふたりでゆっくり入れる風呂にしよう、な」
 ルカは黙って頷いた。俺は、ルカの肩を抱いた。俺の肩にもたれかかったルカだが、すぐ顔を上げた。ルカの唇が何かを言いかけた。俺は、どうしようもない不安に襲われ、ルカの唇に、指を当てた。瞳が出逢う。どちらからともなくキスを交わす。ルカのしなやかな曲線が、俺の理性を超えた瞬間、俺はもう、止まれない。ルカを抱き上げ、ベッドに運ぶ。部屋もベッドもびしょびしょになった。しかし、今の頭には、どうでも良い事だった。ただ、ルカの肢体に俺の身体が吸い寄せられてゆくだけだ。ふくよかな胸のふくらみも、緩いカーブ描く腰の線も、俺を虜にして離さない。消化不良だった胃が、物凄いスピードで消化されてゆく感じだ。ルカの吐息は俺の耳をかすめ、くすぐってゆく。潤んだ、ルカの瞳は、俺の中心を更に興奮させた。絡みつくようにしがみつくルカ。俺は舞い上がり、全ての不安も何もかも、この至福の前には敵わないと悟った。上言のように俺の名前を何度も呼ぶルカ。いつしか、シーツの海に、ふたりは溺れる難破船になった。その波の中に、幾度ももぐり、浮上し、頂点に達すると、やがて潮が引くように静かになった。お互いの身体を愛しんだ後の心地良い疲れは、不安を安心に変え、静かな凪の海は、俺たちに眠りをもたらした。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:41 | 第四章 パンドラ

9月21日 土曜日 1

 今週は、俺も3連休。久しぶりにルカと、ゆったりとした時間を朝から過ごした。ベッドで楽しみ、食事を作り、散歩をし、穏やかな日常がそこにあった。
 ただ、気になる事がひとつ増えた事を除けば・・・・・・
先週、俺たちは、ひとつに結ばれた。あの日、俺が居ない間、ルカの中で、何かしら変化があった筈なのだ。その変化が、俺とひとつになる事で、あの不安に満ちた瞳が消え、それまでと何ら変わらないように見えるようになった。
 いや、正確に言えば、一切の不安が取り払われたように落ち着きが増した。と言った表現が当てはまる。何故だろう。俺の心には、家田統括部長が言った、西園寺財閥令嬢の事と、美里の電話によって生じた黒点とがごちゃ混ぜになっていた。
ルカと、ベッドでの楽しみを共有できる事は、幸せな事なのだが・・・・・・
 「ルカ、じゃあ出かけてくるよ。明日は、法事よろしくな」
 「ええ、行ってらっしゃい。久しぶりのお友達と楽しんできてね」
 「なるべく早く帰るよ」
 「いいわよ、ゆっくりしてきて」
 「ありがとう。でも、明日の事があるから、遅くはなりたくないよ」
 「そうね。じゃあ、明日に響かない所で帰って来て下さい」
 「ああ」
玄関でキスをして俺は出かけた。

 5分前に着くよう調整をしながら出掛けて行った。途中、タイピンのお礼に花束を買った。店に着くと、美里はもう、店じまいをして、シャッターの前にいた。
 「早いじゃない。流石ね」
 「いや、そんなことはない。あいつが、時間に間に合うよう送り出してくれたからね」
 「まあ、ごちそうさま」
俺は、ちょっと照れて頭をかいた。
 「あ、これ、タイピンのお礼」
 「良いのに。でも、ありがとう。嬉しいわ」
 「何処へ行く?」
 「私の馴染みの店があるのよ。小さいけれど、良い店よ」

 美里は先に立って歩き出した。俺は後からくっついて行く格好になった。美里が案内してくれた店は、地下にあった。確かに小さいが、雰囲気が良く、俺好みだった。
 「ね、良いでしょう」
 「ああ」
 「如何いたしましょう」
店の雰囲気にマッチしたマスターが注文を取りにきた。
 「私は、ソルティードッグをお願い。純平は?」
 「俺は、ジンライム」
 「マスター、つまみは適当に頂戴」
無口そうなマスターが、承知ですと言わんばかりに頷いた。
 「で、話って何?」
 「そんなに急かさなくても良いでしょう」
 「まあな。そう、明日来てくれるだろう?親父たちの13回忌」
 「ええ、ちょっと遅れるかもしれないけれど行くわ。みんな来るんでしょう?」
 「ああ、殆ど来てくれる予定だよ。あいつら、義理堅いからな」
 「ホント、ちょっと時代遅れの連中だからね」
 「まあな」
 飲み物が目の前にスッと置かれた。俺らは、グラスを傾けた。ひと口飲むと、俺はどうしても早く聞きたくて、急かすように言った。
 「なあ、いきなりで悪いんだけど、聞きたい事が有るんだ」
 「何かしら?」
 「西園寺財閥のお嬢さんだったよな、美里は」
 「お嬢さんと呼べるかどうか分からないけれど、まあ一族の人間だわ。それがどうかしたの?」
 「ああ」
いざ、聞くとなると躊躇いが生じた。それに、何をどう聞いて良いのか、言葉を捜していた。
 「どうしたの?」
 「いやね、家田統括部長から変な事を言われてね・・・」
 「変な事?」
 「ああ」
 俺は、心を落ち着けるためにグラスをあけ、一呼吸おいてから言葉を発した。
 「実は、うちの常務が、俺とルカがデートしている所を見たと言うんだが・・・その相手が、君だとね」
 「え、私?ありえっこないじゃない」
 「ああ、俺もそう言っておいた。だが、西園寺財閥のお嬢さんだったと確信を持って言ったそうだ。君とルカでは、雰囲気が違いすぎるだろう」
美里は、思案する目を宙に向け、独り言のように言った。
 「ふ~ん、それでか、それで居場所が解っちゃったのね」
 「え?何それ?」
 「うーん・・・・」
 「何だよ、はっきり言えよ」
 「私とルカ、血は繋がっていないけれど姉妹なのよ」
ゥヘーと、俺は口に含んだ酒を吐き出してしまった。美里は、平然とダスターでカウンターを拭き、ハンカチを俺に渡した。
 「マスター、ごめん、もう1枚ダスターくれる」
 「良いですよ」
 「何なんだよ、それ」
俺は、声を荒げていた。他の客がビックリした目を向けた。
 「ごめんなさい。隠すつもりは無かったの……でも、私も驚いているのよ。あの子があなたの所にいたこと」
 「いや、そうじゃなくて、何でお前たちが姉妹なんだ?」
 「ややこしい話なの。今日、純平を呼び出したのは、実はその事でね・・・・」
 「話せよ、早く」
俺は少しきつく言った。だが、美里はそれをかわす様に聞いた。
 「純平、ルカの事、どう思っているの?」
 「何だよ、いきなり」
 「聞かせて」
 「それが、お前たちが姉妹だって事と何の関係があるんだ?」
 「あるのよ。ルカの事どうなの?」
美里の物言いに不満を感じながら、
 「好きだよ。大事だと想っている」
美里は、満足気に頷き、
 「西園寺の家には、父しか跡継ぎが居なかったのね」
 「は?それが?」
俺は苛立った。
 「まあ、待ちなさいよ。落ち着いてって言っても難しいかもしれないけれど、ちゃんと話すから」
 「ああ」
俺は、無理に落ち着こうとした。
 「父は、自分の跡継ぎがどうしても欲しかったのだけれど、私の母は、女の子しか産めなかったの。病弱でね、私と、直ぐ下の杏子を産むと亡くなったわ」
 「え、お前そんなに姉妹がいたの?」
 「そう、杏子は母に似て繊細で病弱だから、あまり外には出ないのよ。だから、杏子の事を知っている人は少ないわ」
 「そうか、それで?」
 「父は、仕方なく養子を取る事にした。それが、恭一兄貴よ」
 「恭一さんは、養子だったのか」
 「ええ、私がまだ幼稚園の頃だったわ」
 「確かにややこしそうだな」
俺の頭は混乱し始めた。
 「そうでしょう。でね、ルカは、父の再婚相手の子なのだけれど、父の血は入っていないの」
ますます訳が解らない。俺が不思議そうな顔をしていると、
 「私も、何をどう話して良いのか考えながらだから、質問はあとにしてね」
 「ああ」
 「ルカの母親は、パリで日本文化を紹介する仕事をしていて、向こうで父と出会ったの。父は一目ぼれをしたそうよ。でも、ルカの母親には付き合っている人がいたから、父の事は何とも思っていなかった。いくら父がアプローチしても知らん顔だったらしいわ」
 「もしかして、君のお父さんは、ルカの母親を無理矢理?」
 「そうみたい。情けないけどね。ルカの母親は、それでも良いと言ってくれる相手と、逃げたそうよ、父からね」
 「勇気あるな」
 「そう、強い人だった」
 「だった?」
 「ええ、今は父の言いなりだもの」
 「何で?」
 「さあ、ルカを守っているつもりだとは思うけれどね」
美里は、グラスを開けると、次を注文した。
 「ねぇ純平、もう一度確認しておきたいの、良いかな?」
 「ああ」
美里は、俺の眼を見て。
 「あんたの決意はどうなの?ルカを幸せにする気持ちある。どんな事が起こっても守れる?その決意がないなら、これ以上の話はしない。今、少しでも揺らいでいる気持ちがあるなら、あの子をあなたの所から追い出して欲しいの。これは、あの子の姉としての想いよ。純平に迷いがあるなら、あの子のためにもそうして欲しい」

 俺は、先週ルカが取った態度の意味を理解した。ルカはあの時、決意したのだ。俺と生きることを、母親の二の舞にならないように、逃げない事を・・・・・俺の胸は熱くなった。
 「美里、話してくれ。ルカはもう決心している。俺だけが逃げたのなら・・・・ほら、硬派の俺としては逃げるわけには行かないだろう」
 「ありがとう。でも、硬派の俺ってのは言い草としては変ね」
 「そうかな?」
美里は、笑った。だが、俺には笑って話せるゆとりなどは微塵もなかった。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:40 | 第四章 パンドラ

9月21日 土曜日 2

 「ルカ、決心しているって、あなたに何か話したの?」
 「いや、何も話さないよ。ただ、態度がね。微妙に違っている。おどおどした感じが無くなった」
 「ふ~ん。と言う事は、やっと結ばれたんだ。純平にしちゃ、時間掛かったわね」
 「おい、そんな言い方するなよ」
 「そうじゃないわ。ありがとう。大事にしてくれて。嬉しいわ」
美里は、まるで自分がルカの母親のように言い、頭を下げた。俺は、照れ隠しにグラスを開けた。
 「それで、話の続きは?」
 「そうね、マスターお代わり」
 「俺も」
 「ルカの母親は、逃げたけれど、半年後、父に連れ戻されてしまったわ。その頃母のお腹にはルカがいたの。父は、激怒した。私、その時の父の異常な行動を見ていたのよ。父は、人前では紳士面しているから、他の人は知らないけれどね。でも、父は、ルカを自分の子供として結婚したの。だから、戸籍上はれっきとした西園寺家の人間よ。内情を知っているのは、家族だけ。西園寺家に出入りする人は、ルカの事を父の本当の娘だと思っているわ。不思議な家族よ」
 「じゃあ、ルカの本名は、西園寺 伽瑠羅だね」
 「ええ、そうよ。でも、何で伽瑠羅の名前を知っているの?」
 「知っているわけじゃない。出逢った時、江ノ島へ行きたいと言うので連れて行った。そこにあった鍵に、仁&伽瑠羅の文字があった。ルカは、その鍵を見詰めて泣いていてね・・・・」
 「そう、アイツと決別しに行ったのね」
 「仁って奴は、ルカを裏切ったのか?」
 「ええ、見事にね。でも、アレは最初から仕組まれていたのではないかとも思えるわ。佐伯 仁(じん)、父の秘書のひとりよ」
 「佐伯?」
 「そう、ルカ、アイツの苗字名乗ったでしょう。尊から電話貰って驚いたのよ。ルカって、あの子の愛称だったしね・・・・辛いところね」
 俺は、胃の辺りがムカムカした。出会った日、ルカが流した涙の訳や、言葉の意味が俺の中でひとつに繋がった。だが、それは、繋がって欲しくない事だった。
 「マスター、ウォッカある?」
 「ありますよ」
 「じゃあ、それ」
美里は、横目で俺を見ていた。
 「母親の後を継いで、海外で生活していたルカに、仁は近づいたの。西園寺家の一員になりたくて。実力はあるけれど野心家で手に負えないわ。あの子じゃあね。でも、好きになったのよ。この気持ちばかりはどうしようもないわ」
 「そいつが、何故ルカを裏切った?」
 「杏子に乗り換えたからよ。まあ、乗り換えさせたのはお父様だけれどね。仁よりお父様の方が役者は上だもの。来年早々、杏子と仁は結婚するの。でもね、もっと酷いのは、ルカが生まれた2年後に、父とルカの母親の間に男の子が生まれた事よ。彼の名前は秀樹」
 「俺、会った事ないぞ」
 「そうね、アメリカで小さい頃から英才教育されていて、日本には居ないもの」
 「で、その秀樹君が後を継ぐって事?」
 「ええ、そう。父は、恭一兄貴を秀樹の後見人にする気よ。そして、ルカの夫にね。それを知ったルカは、家を飛び出したって訳。まあ、元々海外での暮らしが長いから、ひとりで暮らす事に抵抗はないみたいだけれど」
 「何て事だ!」
 そう呟き真っ白に成った頭を整理したかった。俺の頭は爆発寸前だった。ともすると、怒りでどうにかなってしまいそうな気もした。理解とかのレベルではなく、出来すぎたドラマが目の前に『現実だよ』と突きつけられている感じだった。
 「でも、美里の親父さんは、何だってそこまでルカに辛く当たる?自分の子供じゃないからって・・・・」
 「それが、あの人の異常性格者なところよ。伽瑠羅って名前だって、仏教のカルマから取っているのよ。母親が、自分に振りむかず、他の男と逃げて出来た子供だから、母親をそうやってなじっているの。私は、そんな父親に愛想つかして、早々と家を出たわ。
 もともと私は、昔から父親の言いなりにならない子供だったから、手を焼いていたんでしょうね。それに、私とルカは、昔から気が合って仲が良かったの。それも父には気に入らなかったのかもしれない」

俺は、酒を煽った。煽る事しか出来ない気分だった。
 「これで、純も、西園寺家のお家騒動に巻き込まれた一員よ、覚悟が揺らぎましたでは、ルカをまた辛い目にあわせるだけだから、頼んだわよ」
 「ああ」
 それから、美里は西園寺家の事をいろいろ話してくれた。だが、何一つ耳には届いていなかった。ただ、相槌を打つことで精一杯だった。だから、俺は、何杯もウォッカを煽った。酔えない酒を流し込んで・・・・。
結局、何だかんだ言って、店のラストまで美里と飲んだ。ルカに早く帰ると言っておきながら・・・店を出た所で俺はふらついた。今頃酒が効いて来た。
 「純平、大丈夫?」
 「大丈夫だよ」
 「でも、足元ふらついているわよ」
 「平気さ」
俺は強がって言ったが、平衡感覚を失ってまたよろけた。
 「心配だな。送ってゆくわ。大丈夫、マンションの前までにするから」
 こうして、俺は美里に送られて、マンションに帰り着いた。美里に送られながら、俺の頭の中は少しずつ落ち着いてきた。送ってもらえなければ俺は、家には帰らずに居ただろう。
 美里は、帰り際、俺の心を見透かしたように言った。
 「純平、ルカや私の事を可哀想だとは思わないでね。それはそれで仕方のない事だし、その中で好き放題やっているのだから」
 「ああ、それより、悪かったな。今度埋め合わせするよ」
 「いいわよ。ルカが世話になっていることだしね。本当は会って行きたいけれど、ルカ、嫌がるでしょうから、此処で帰るわ」
 「電車有るのか?」
 「ええ、まだ大丈夫。無かったら、碧を呼ぶから」
 「え、アイツと付き合っているのか?」
 「ええ、あ、そうそう、純平、あんたが倒れた時、私、碧と一緒だったのよ。ルカったら、慌てて私に電話してきたの。だから、誠の電話を教えて、碧と一緒に行くようにしたのよ」
 「そうか、誠の奴何も言わないから」
 「誠らしいでしょう」
 「そうだな」
 「じゃあね」
 「ああ、じゃあ」

 俺は、玄関前の廊下で、煙草を1本吸った。吸いながら、考えていた。美里には、偉そうに言ったが、ルカの置かれた立場を考えると、俺は、ルカにどうしてやれるのだろうかと思っていた。それに、俺は、美里と会っていた事をルカに言って居ないし、まさか、美里から事実を聞いているとは思ってはいないルカの顔を見るのが辛かった。
 最後の煙を吐き出すと、空を見上げた。月が綺麗だった。『そうだ、今日は15夜だ』俺は、酔い覚ましと後ろめたさを隠すために、ルカと散歩でもしようと、玄関のドアを開けた。
 「ただいま」
 「あ、おかえり。どうだった、楽しかった?」
 「楽しかったよ、月が綺麗だから散歩しないか?今日は、15夜なんだ」
 「良いわね。でも、まず、着替えたら、そこの椅子に掛けてあるでしょう」
 「ああ、ありがとう」
 俺は、洗面所で着替えると、鏡を見た。動揺が顔に出ていないか心配だったのだ。水で顔を叩くようにしてリビングに行った。ルカはキッチンで何かをしていた。
 「何しているの?」
 「うん、明日の朝の準備」
 「いい心がけだね」
 「でしょう」
 「ああ」
俺もキッチンへ行く。ルカの姿が儚げで、愛しくて抱きついた。
 「あ、危ない、包丁持っているのに」
 「ゴメン、でも、こうしたい」
 「あら、月見の散歩は?」
 「それは、もういい。ルカ」
 「何?」
 俺は、ルカを抱きたくなった。美里との話が気になっていた。俺は、仁と言う男をルカから追い出してしまいたいと言う衝動に駆られたのだ。ルカが、相手の男の苗字を名乗ったことを知った事で、見えないもの対する嫉妬が生まれた。酔えない酔いに任せ、求めた。
 「ルカ、君を抱きたい」
 キスをし、腕を取ると、そのままベッドへ行った。そして、貪るようにルカの身体を求めた。求めながら、俺は何故か泣いていた。
 「純、どうしたの?」
 「わからない。わからないが、泣けてくるんだ」
 「そう」
いつしか、俺のほうがルカに抱かれていた。優しく、温かく、俺は包み込まれて・・・・
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by karura1204 | 2004-12-01 01:40 | 第四章 パンドラ

9月22日 日曜日 1

俺はルカの声で起こされた。
 「純、もう時間よ、起きて。遅れるわよ」
 「ああ、何時だ」
 「8時よ。ご飯食べて行かないと、困るでしょう」
ちょっと頭が痛かった。
 「悪い、ルカ。水をくれないか。頭が痛い」
 「二日酔いね。しょうがないわね。お父様とお母様悲しむわよ」
俺は、首を振り振り、リビングへ行った。
 「顔洗って。はい、お水」
 「ありがとう」
 完全にルカのペースだった。ただ、頭が痛いのは、酒のせいだけではなかった。昨夜の話が俺の頭にこびりついているのだ。ルカの顔を見るのは、正直辛かった。
 「ご飯、食べられる?」
 「何とか食べるよ。ルカが作ったんだろう」
俺は欠伸をしながらテーブルに着いた。
 「胃に負担の掛からない物にしておいたからね」
 「重ね重ねすみません」
 「良いのよ」
お粥に、中華スープだった。胃が生き返る気がした。しかし、頭は冴えない。
 「ありがとう。美味しいよ」
 ルカの笑顔が眩しすぎる。俺は食べることに専念しようとしたが、思ったほど食は進まなかった。
 「ルカ、ゴメン。飲みすぎだ。あんまり食べられない」
 「いいわよ、気にしないで、もう少し横になっていたら?喪服は、そこに用意してあるからね。片付けたら行きましょう」
 「ああ」
 俺は、橋を置くとクッションを枕に横になった。横になりながら、眠るでもなく何をするわけでもなく、ただぼんやりルカを見つめ、ルカの生きてきた人生を思っていた。すると何だか、今日はルカを人目に晒したくない気持になった。
 「ああ、そうだ。車で行こう」
 「え、良いの?みんな飲むんでしょう」
 「良いよ、昨日飲んだし」
 「じゃあ、帰りは、私が運転するわ」
 「出来るのか?」
 「出来ますよ、運転ぐらい」
 「怪しい~?」
 「酷い」
ルカは口を尖らせた。
 「はい、はい、じゃあ、後で頼みますよ」
 「任せておいて」
 ルカは、胸を叩いた。俺が、車で行きたかったのは、ルカのことを誰かが、どこかで見ている気がしたのだ。その事が不気味だったのだ。着替えを済ませ、車に乗り込んだ。
 「車、久しぶりだろ」
 「そうね。出逢った時以来よね」
 「もう、あれから2ヶ月か」
 「何だか早いわね」
 「そうだな」
 俺たちは、少し感傷的な気分になったが、ルカは、久しぶりの車に何も知らずはしゃいでいた。俺が、事実を知っているとわかったら・・・・俺は昨夜の事が頭から離れず、平静を保つのに何処か精一杯だった。
鎌倉まで二時間。昼には着いた。法要まで、少し時間がある。俺たちは、海岸へ行ってみた。穏やかな海が目の前に広がった。いつ来ても海は、その雄大な姿で迎えてくれる。風が気持ちよく頬を撫でた。潮の香りが心地良い。
 海を見ていたら、少し心にゆとりが生まれた。この広さや深さに比べたら、俺がいくら考えてもなるようにしかならない。ただ、目の前のルカを幸せにしてやれる事を考えようと思った。
 ひとしきり、海を眺めたあと、ルカが作ってくれたおにぎりを車の中で食べ、寺へ向かった。

 「此処が、俺の家の菩提寺だ。名前は『清(せい)龍寺(りょうじ)』。確か真言宗だった」
門前で説明した。
 「日本のお寺って良いわよね。心が落ち着く。私、クリスチャンだけど、本当は仏教の方が好きよ」
俺は、その言葉を聞き、以外だと思った。
 「そうなんだ」
 ルカは、寺の静けさと言うか、荘厳な佇まいの中に溶け込んでいた。俺は、またひとつルカの魅力を発見した気がした。寺に吹く、清浄な風を感じながら俺たちは、庫裏へ行き、和尚へ、今日のお礼とお布施を渡した。
 「今日は、お願いします」
 「おや?奥様かね?」
 「はあ、まだですが、婚約しました」
 「そうか、今日は、ご両親への報告も兼ねているわけだな」
ルカが、隣で頭を下げる。
 「よろしくお願いします」
 「結構、結構。良い方を見つけなさった」
そう言うと、豪快に笑い奥へ引っ込んだ。と思ったら、直ぐに出てきて、
 「これは、わしからの贈り物じゃ。ふたりが上手く行くようにな」
そう言って、掛け軸の様なものをくれた。
 「これには、真言が書いてある。大事にしなさい。み仏さまが必ず守ってくれる」
 「嬉しい。ありがとうございます。大事にしますわ」
 と、ルカがそつなく言ったものだから、和尚はまた、満足気に笑った。『普段は少し偏屈な和尚が笑っている』その姿を見て、俺はルカの不思議さを感じた。『ルカは本当に、誰でも味方にしてしまう・・・・』

 俺たちが、本道に行くと、もう何人かが来ていた。次々仲間に声を掛けられ、その度に短く言葉を交わした。ルカの事を冷やかすやつばかりだったが、久しぶりに会う仲間の顔が、俺を学生時代へ戻して行った。と同時に心が少し軽くなった。
 定刻、五分前、美里を残して全員が揃った。和尚の息子さんが、司会をしてくれた。
 「それでは皆さま、席にご着座下さい。ただいまから、導師様がご入道なさいます」
と厳かに言った。
 俺たちは、神妙な顔をして本道に並べられた椅子に座った。鐘の音と共に、和尚が入ってくる。導師席に着座すると、低音を響かせながら読経を始めた。
 俺は、和尚の読経する声を聞きながら、親父とお袋に、ルカの事を報告した。そして、俺たちの事を守ってくれるように頼んだ。迷惑を掛けてばかりの俺、親父たちが死んでも、願い事をしている自分が情けないが、くじけてしまいそうな心に渇を入れて欲しかったのだ。
 和尚の読経は、高く低く、俺の心に響きわたり、不覚にも涙が零れ落ちた。そっとルカがハンカチを差し出した。その光景を見ていた奴等から、後で冷やかされる事になるのだが、素直に受け取ると涙を拭いた。
 読経が終わり、息子さんの司会で焼香を済ませると、和尚は、退道した。
 俺は、前に出ると、挨拶した。

 「みんな、今日はありがとう。親父もお袋も、きっと喜んでいるよ。ホント、サンキューな」
 「おいおい、堅苦しい事言うなよ」
 「そうだ、そんな間柄じゃないだろう」
尊が前に来て、
 「じゃあ、早速俺の店に行くか。美味いもん用意してあるからな」
 歓声が上がり、それぞれ、車に分乗すると、尊の店に行った。俺は、和尚と奥さん、息子さんを一緒の車に乗せて向かった。
 尊の店に着くと、美紀ちゃんが、塩を持って待って出迎えてくれた。みんなに塩を振り、陽気な笑顔で、
 「おかえり、みんな。さあ、席に着いてね。純平さん、今日はそっちに行かれなくて、ごめんなさいね。まだ、生まれたばかりのがいるから」
と言った。
 「良いよ、こうやって俺たちを出迎えてくれているんだから」
いつの間にか尊は、着替えて、厨房にいた。
 「純平、手伝え!」
 「おお、今行く」
俺は、ルカに和尚の相手を任せ厨房に行った。
 「美紀、来いや」
 「何?」
 「ルカさんを頼むぞ。あいつらの肴にされないように」
 「わかったわ」
 「ありがとな、尊。美紀ちゃんも悪いね」
 「気にしないで。可愛い人見つけたわね。純平さん」
 「こら、美紀」
 俺たちは、料理に手を加え温めなおすと、テーブルに並べた。その頃には、ルカも美紀ちゃんも、手伝いに来た。料理が並び、酒が注がれ俺は再び挨拶に立とうとした。ところが、
 「純平、早く紹介しろ!」
 「そうだ、そっちの方が気になって仕方がない」
やじが飛んだ。
 「参ったな・・・・」
照れる俺だったが、ルカはクスクス笑い、すっと立った。
 「始めまして。ルカです」
 「ヨォ!良いね~」
 「早く、結婚して赤ちゃん産めよ」
 「純平には勿体ないぞ」
 「お前らな~」
 「良いじゃない。どうぞよろしくお願いします」
ぴょこっと、ルカが頭を下げた。
 「可愛い~」
 「俺んちと取り替えようぜ」
 「嫌だよ」
 「本音吐いたな」
拍手が起こった。その時、美里が入ってきた。
 「ゴメン、遅くなって。契約が中々決まらなくて」
 「遅いぞ、美里」
 「今、純平の彼女を紹介してもらった所だ」
 「そう、始めまして、西園寺美里です。よろしく」
 「こちらこそよろしくお願いします。ルカと言います」
 俺は、ふたりの会話にちょっと白けた。『お前ら、良く白々しく言えるな~』美里を見た。目が合ってしまった。『演技しなさいよ』そう、美里の目が言っていたので、『はい、はい。わかりました』と返しておいた。
 その日は、ルカの事で、俺は質問攻めにあった。その都度、ルカの機転と美里のフォローに助けられて、笑いの中に、親父たちの13回忌は無事に終わった。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:39 | 第四章 パンドラ

9月22日 日曜日 2

 ルカが、和尚たちを寺まで送り届けてくれている間に、俺は尊と片付け物をした。
 「純平、お前、ルカさんと結婚するのか?」
 「ああ、決めたよ」
 「そうか」
 「何でだ?」
 「いや、めでたい。俺は嬉しいよ。ちょっとばかり感慨ひとしおって感じなんだ」
 「何だ、そりゃあ?」
 「お前が、結婚もせずひとりでいたろ。気侭なお前が羨ましかったが、やはり落ち着いた暮らしをして欲しかったんだよ」
 「そうか、俺は、尊、お前が羨ましかったぞ」
 「ない物ねだりだな。で、何時結婚式するんだ」
 「わからん。俺はいつでも良い。そうだ、此処でやらせてくれないか?あいつの家複雑だから、親族は来ないと思うんだ」
 「ふ~ん。別に構わないが、良いのか?」
 「何が?」
 「女って生き物は、結婚式とか披露宴とかに異常に固執というか憧れがあって大変だぞ」
 「ルカに聞いてみるよ。でも、俺の方は、親戚らしい親戚も居ないから、会社の連中とお前らだけだ。出来れば、大袈裟にしたくない」
 「何か理由でもあるのか?」
 「いや、そう言うわけじゃないが・・・・・」
 俺は口ごもった。どう話して良いかわからなかった事もあるが、尊に対して素直に言えなかった後ろめたさみたいなものも感じたのだった。
 「言いたくないなら無理するな。言いたくなったら言えよ」
 「ああ」
 尊の気遣いが嬉しかった。俺も、出来る事なら、ルカに結婚式や披露宴をやってやりたい、だが、許されないだろう。親が決めた相手ならば、それこそ盛大な結婚披露宴になるだろう。ルカが望むと望まざるとは関係なく・・・・
 「ただいま」
ルカが帰って来た。
 「ルカさん、お帰り、純平さん、厨房よ」
 「ありがとうございます」
俺は厨房から顔を出すと声を掛けた。
 「お帰り、珈琲入っているよ。美紀ちゃんもおいで」
 「純平さん、ごめんなさい。今母乳をやっているから珈琲は飲めないの。ココアを牛乳で入れてくれます?」
 「良いですよ」
 「美紀さん、赤ちゃん抱っこして良いですか?」
 「ええ、良いわよ」
 「名前、なんて言うんですか?」
 「龍哉よ、良い名前でしょう」
 「ええ」
厨房に、ルカが赤ちゃんを抱っこして来た。
 「純平さん、早くあなたたちの赤ちゃんをルカさんに抱かせてあげてね」
 「可愛い、ねぇ、純」
ルカの笑顔は、天使のように輝いていた。
 「ああ」
俺は、突然
 「ルカ、此処で結婚式と披露宴しないか?」
と聞いた。
驚いたのは尊と美紀ちゃんだった。
 「純平、いきなりこんな所で」と尊は俺に言ったが、「良いわね」とルカがあっさり言ったので、ふたりは更に驚いた。だが、俺にはルカが『良いわよ』と言う気がしていた。
 「お前たち、良いコンビだ。俺は何にも言えん。まあ、此処は好きに使え。なあ、美紀」
 「ええ、いつでもどうぞ」
 「ありがとう」
ルカも頭を下げた。
 そして、俺たちは珈琲を飲み、親父やお袋の思い出話をした。夕飯を一緒にと勧められたが、俺たちは帰る事にした。
 「また、来るよ。今度は、俺の所へも来てくれ」
 「そうだ、お正月に、パーティーしましょう」
美紀ちゃんが言った。
 「それ、良いな。純平、みんなを集めて正月にパーティーやろうぜ」
 「ああ、そうだな。俺も久しぶりに、本格的な料理をしたいところだ。お前と一緒に作るよ」
 「楽しみにしている。みんなには、俺から連絡しておくよ」
 「ああ、頼む」
 「じゃあ、お邪魔しました」
 「いえいえ、何のお構いも出来なくて」
 「じゃあ、また」
俺たちは、尊の家を後にした。

 「さあ、ルカの走り、見せて頂きましょうか」
 「任せておいて」
 ルカは、車を走らせた。
 「ねぇ、上手でしょう」
 「そうだな」
ルカは、車の運転が楽しいようで、鼻歌交じりに転がしている。
 「日本で免許取ったのか?」
 「ええ、高校の時に取ったわ」
 「国際免許も持っているのか?」
 「ええ、向こうで免許がないと不便でしょう。大学の時に向こうへ行って直ぐに取得したわ」
 「じゃあ、ベテランなんだな」
 「そんな事はないわ。日本ではあまり運転していないから、ちょっと怖いわ。でも、運転するのは好き」
 「そっか・・・じゃあ、明日も休みだから、ドライブ行かないか?好きなだけ運転して良いぞ」
 「え、ホント?」
 「ああ」
 「でも、この服じゃ・・・」
 「それもそうだな。一度家に帰って着替えるか」
 「そうしましょう」
 「じゃあ、一気に高速で帰ろう。次の交差点、右折して二つ目を斜め左に入れば高速の入り口への近道だ」
 「OK!」
 ルカの運転は、安心だった。俺は、ここ数日の疲れも手伝い、少しウトウトとしていた。考えてみれば、そりゃあそうだ、仕事で残業続きの上、美里から聞かされた話に、俺の頭はパニック寸前だったのだから。気付くと、車は、知らない間に高速に乗っていた。
 「ああ、寝ちゃったな」
 「気持ち良さそうだったから、起こさなかったわ」
 「ありがとう。でも、道、良くわかったね」
 「標識見ればわかるわ」
 「そうか、まあそれもそうだよな」
俺は笑った。

 「ねぇ、ベイブリッジって、何処を走れば良いの?」
 「えーっと、ああ、次のところ、左側走っていて、分かれ道に来たら、そのまま左に行って」
 「通って見たかったんだ」
 「じゃあ、パーキング入る?」
 「良いの?」
 「ああ、構わないよ」
 「嬉しい」
ルカは、スピードを上げた。結構スピードを出し走る。
 「ルカ、スピード出すね」
 「そう?」
 「ああ」
 「だって、気持ち良いじゃない」
 「安全運転で頼むよ」
 「大丈夫よ、無茶はしないわ」
 俺の予想を遥かに超えたドライビングテクニックで、ベイブリッジの大黒パーキングに着いた。
 「早かったね。ルカは、スピード狂みたいだ。俺のバイクと良い勝負だよ。何だか、ルカを乗せて走りたい気分だよ」
 「もう乗っていないんでしょう?」
 「まあね。でも、ルカを乗せたい」
 「ありがとう。あ、ちょっと待っていて」
ルカは、バッグからルージュを取り出すと、きゅっと唇に引いた。
 「さあ、行きましょう。お腹空いちゃったわ」
 「何だ、そう言う事か」
 「純だって、空いているくせに」
 「はい、はい」
 俺はおかしくて、笑った。ルカもつられて笑った。昼間、仲間といてあまり食べられなかったのだろう。ルカは、気を使いすぎるところがあるから、昼間は疲れたはずだ。それに、何と言っても夕飯がまだだったからな。
 「何食べる?」
そう言いながら、俺の腕に絡みついた。
 「そうだな、何が良いかな・・・上のレストランに行って見よう」
俺たちはエスカレーターを昇り、レストランのショーケースを見た。
 「色々あるな」
 「そうね。あ、私このハイカラ丼って食べてみたい。サラダバーとハイカラ丼にアイスティーにするわ」
 「じゃあ、俺もサラダバー、あとチキンステーキにジンジャーエールにしよう」
中に入ると混んでいて、30分ぐらい待つといわれた。
 「30分か、どうする?下の方にするか?」
 「う~ん、そうね。下に行きましょうか?」
 「お腹空いているもんな」
 「ええ、でも、このハイカラ丼は、捨てがたいな~」
 「下にもあるかもよ、見てみよう」
 「そうね、行って見ましょう」
下に降り、売店を回ってみた。
 「あ、あった。純、ハイカラ丼、あったわよ。私、これね」
 「俺も、それにするよ。待っていて、食券買ってくる。他には何か食べる?」
 「お好み焼きかたこ焼が良いな」
 「わかった。ルカ、飲み物、買っておいてくれる?」
 「何が良い?」
 「アイスティー」
 「わかった」
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by karura1204 | 2004-12-01 01:38 | 第四章 パンドラ

9月22日 日曜日 3

 俺は、食券を買いに行き、カウンターに出した。その間に、ルカは、2本のペットボトルを買ってきて座っていた。
 「純、こっち、こっち」
俺に手を振ったルカ。席へ行き
 「71・72番だって、呼ばれるのを待っていて」
 「お腹空きすぎちゃったよ」
 「おやおや、今日のルカはお子様みたいですねぇ」
 「あら、嫌だ。私ったら」
 「良いよ、たまには、そう言うルカも」
 「そう?」
アナウンスが入り、俺たちの番号が呼ばれた。
 「良いよ、ルカ、そこに居て、俺が取ってくるから」
 「ありがとう」
トレイに、どんぶりとたこ焼・お好み焼きを乗せて、ルカの元へ行く。
 「わ~、美味しそう、いただきます」
 目の前で、美味しそうに、無邪気に食べているルカを見ていると、俺の胸は締め付けられた。心の中は、辛い事を経験して、ぐちゃぐちゃなはず。しかし、明るく振舞っている。俺は、ルカが、健気だと思った。
 「純、食べないの?」
俺は、ルカをボンヤリみていたので、どんぶりに箸をつけていなかったのだ。
 「ああ、食べるよ。ルカが食べるのを見ていたら、面白いな~と思ってね」
 「何それ?」
 「え、美味しそうに食べるだろう、ルカは。俺、ルカがそうやって美味しそうに食事をしている姿が好きなんだよ」
 「変なの」
 「変でも良い。俺、ルカが俺の珈琲を褒めてくれた事が嬉しかったし、俺の作った食事を美味そうに食べてくれた事がめちゃくちゃ嬉しかったよ」
 「だって、純の料理は美味しいもの」
 「ありがとう」
 「どうしたの?何だか変」
 「まあ、良いじゃないか」
 俺は、気をそらすように言うと、どんぶりをかき込むようにして食べた。結構美味い味だった。でも、これなら、家でも作れそうな気がした。食事を終えると、俺は展望台にルカを誘った。
 展望台からは、ライトアップされた橋。夜の海、沖を走る船、街の明かりが見えた。幻想的な世界が目の前に広がっていた。それぞれに照らす灯りは違っているが、目の前に見える世界が、一枚の絵のように調和していた。ライトは星のように輝き、まるでスターダスト。風が潮風を仄かに運んで香った。俺は、ルカの肩を抱いて、その風景を眺めた。永遠に時が止まったかに思えた。俺たち自身が、絵の中の風景のように。
 暫くそうしていた。風が強くひと吹きしたのを合図に、俺たちは下へ降りた。
 「綺麗だったね」
ルカがポツリと言った。俺は、強くルカの肩を抱いて車に戻った。

 「ルカ、運転変わるよ、少し休め。今日は色々気を使っただろう。ルカは、気を使いすぎる所あるから」
 「ありがとう。でも、別に嫌じゃないし、純の事を考えたら、自然にそうした方が良いかな?って、思えるだけだよ」
 「評判、良すぎだな、ルカ」
 「そんな事はないと思うけど」
 「いや、みんな、俺に言って行ったよ。お前のこと。良い人を見つけたって。大事にしろ、お前には勿体ないとな」
 「純の友達、良い人だね。羨ましい」
ルカは少し遠い目をした。
 「ルカも、もう、あいつらの仲間だ。俺だけの仲間じゃない」
 俺は、ルカの瞳を見て言った。ルカも俺を見詰めながら、「そうだよね」と言った。俺はしっかりと頷いた。
 「ルカ、少し寝て良いよ」
 「ありがとう、眠くなったら寝るわ」
俺は、家まで走らせた。連休の中日と言う事もあり、30分足らずで家に着いた。
 その間、ルカは、何かを考え込んだように外を見ていた。さっきの夜景を惜しんでいたのかもしれない。だが、俺は、綺麗さとは裏腹に、儚さをみていた。ルカが、いつか俺の前から消えてしまうのではないかと言った不安と共に、風景がルカと重なっていた。

 「ルカ、早く、着替えて行こうぜ」
 「ええ。あ、そうだわ、ねぇ、珈琲淹れて行きましょうよ」
 「おお、そうだな。俺淹れるから、着替え用意してくれ」
 「わかったわ」
それから、俺たちはバタバタと用意をし、再び車に乗った。
 「何処へ行こうか?」
 「そういえば、決めていなかったね」
 「ルカ、行きたい所ある?」
 「う~ん・・・・・富士山が見たい」
 「富士山か」
 「駄目?」
 「いや、駄目じゃない。この時間だと、何も見えないから、日が昇ったら河口湖辺りで、のんびり富士山を見よう」
 「ええ」
 俺は地図を広げた。高速は何処を通っても暗い。東名を使って行く事にした。帰りは、中央高速で紅葉が見られたら良いと俺は思った。
 「よし、出発だ」
 一気に、川口湖畔まで走り、その日は、そこで眠ることに決めた。車を走らせたところで、俺は気になっていた事を聞いてみた。俺の中では漠然とだが、ルカが結婚披露の話をOKする確信があった。だが、あまりにも唐突な言い方だし、正式なプロポーズさえしていないのだから、俺のひとりよがりなのではないかと不安だったのだ。それに・・・・・・
 「ルカ、さっき尊の所で言った事だけど・・・」
 「何?」
 「尊のところで、結婚披露して良いのか?本当に」
 「良いわよ」
 「でも、俺たちはまだ」
 「純、私の事嫌いになった?」
 「馬鹿な、益々惹かれているよ」
 「なら、問題はないでしょう?それに、何処で披露宴をしようと結婚式をしようと、関係はないわ」
 「ああ、ごめんよ」
 「純があやまることはないのに、何だか、昨日からの純は、少し変よ」
 「そうかな?」
 「うん。変。何かあったの?」
 「いや、ないよ」
 俺は、口でそう言ったものの、美里の話が気になっていたのだった。だから、ルカの名前を俺の名前にしてしまいたかったし、なにより西園寺の家から解き放ってやりたかった。どこかで佐伯と言う男に対する嫉妬と、父親から俺が守ってやると言う焦りがあるのだった。
 「ごめんよ、仕事の事を考えていた。今回は、大きなプロジェクトだろう。俺ひとりで仕事をしているわけではないが色々気負う事があってね・・・
 実は、この仕事がうまく行けば、俺は部長に昇進する予定なんだ。そんな事もあって、今までは、俺ひとりで抱えてきたことも、ルカに甘えているようだ。時々、変な言動を取るかも知れない。その時は、黙って見守ってくれるかい?」
 俺は、今の気持ちを誤魔化すため、半分は本当で半分は言い訳を言った。
 ルカにとっては、自分の事で精一杯だというのに・・・・ルカは、俺の手に、白く柔らかい手を重ね、ギュッと握りしめた。その手のぬくもりは、無言の返事だと、俺は勝手に理解した。
 「ありがとう」
 「ねぇ、湖でボートに乗らない?」
 「良いねぇ、乗ろう。そうだ、河口湖に、お猿さんのショーをやっているところがある。観て行くか?」
 「観たい」
 「決まり!明日は、ボートに乗って、猿のショーを観る」
 「何か、美味しいものはないの?」
 「食い気か」
 「へへへ」
 「わかったよ、明日地元の人に聞いてみよう」
 「嬉しい」
 俺たちは、笑い合った。ルカの気持ちに俺は何時も助けられている。この明るさが、俺には何にも変えがたいものだ。
 河口湖畔に車を留めた。シートを倒していると、
 「車で寝るの、2回目だね」
ルカが声を掛けてきた。
 「そうだな」
 「今日も、星が綺麗だぞ。秋の星座だ」
ルカは、空を見上げた。
 「出来たぞ。ルーフ、開けようか?」
 「ええ」
俺は、ルーフを開けた。ルカは車に乗り込むと、すぐ、寝転んだ。
 「綺麗。夏とは微妙に違うのね」
 「ああ、冬に向かうに従って、星座は綺麗に見える。ほら、あれはペガサスの大四辺形。天馬ペガサスを象った星座だよ。こっちにゆくと、アンドロメダ座、そして、ペルセウス座にくじら座がある」
 「純、詳しいのね」
 「大学の時、天文学同好会にいたんだ」
 「そう、ロマンチックなのね」
 「まあね。俺、昔から神秘的な物事に関心があったんだ。そう、星座には神話が沢山ある。星占いとかあるだろう」
 「ええ」
 「その星占いも、神話の世界からの要素が大きいんだ」
 「そうなの?」
 「ああ、俺、牡羊座だろう。牡羊の神話から考えると、牡羊座の性格そのものなんだ」
 「どんな神話なの?」
 「うん、昔、継母に殺されそうになったテッサリアの王子プリクソスと、その妹ヘレの助けを大神ゼウスに兄妹の産みの母親ネペレーが求めた。ゼウスはヘルメスにいいつけ金色に輝く牡羊を兄妹のところにやった。兄妹がこの羊の背にのると牡羊は空高く舞い上がり、コーカサスの山に近いコルキスの国を目指して飛び続けた。所が、途中牡羊があまり速く駆けるので、ヘレは目がくらみ、ヨーロッパとアジアを隔てている海峡に落ちて死んでしまった。それでこの海はヘレースポントスと呼ばれたそうだ。兄のプリクソスは無事にコルキスに運ばれその国の王に保護されることになった。この牡羊はコルキスに着いたとき生け贄としてゼウスに捧げられ、その金色の皮はコルキスの神殿に飾られ、決して眠る事がない竜に守られることになった。で、この賢く勇敢な牡羊が星に変身した姿が牡羊座になった。と言われている。牡羊は、ヘレが海に落ちてしまった事を悲しんで、後ろを振り返り振り返り、コルキス国へ戻った。牡羊の星座は、後ろを振り返りながらも、前に進む事しか出来ない部分がある。俺も、迷いながらも前に進んでいる。考えて行動するよりも、行動しながら考えている方だ」
 「ふ~~ん。じゃあ、しし座は?」
 「しし座は、夏の星じゃないんだ。知っていた?」
 「え?そうなの?」
 「うん。実は、星座と実際の星が昇るのは違っていね。暦が出来た時はそうなのかも知れない。けれど、違うんだ。7月半ばから8月の半ばまでがしし座だけれど、天球でよく見える時期は春なんだ」
 「面白いのね」
 「ああ、それとね、昔は、獅子(ライオン)はギリシアにはいなかった。しし座も他の黄道星座とともに5000年以上も昔にバビロニアで生まれ、そこから伝わってきたものと考えられる。しし座のアルファ星レグルスは21個ある1等星の中で唯一、黄道の上にある星だよ。レグルスというのは『小さな王』という意味があって、昔から王者の星とされ、古代の星占いではこの星で王の運命を占ったと言われている。しし座が気高いのは、その為かな」
 「そんなに気高くないけれどね。私は」
 「そうかな?俺は、ルカ、気高いと思うよ。心がね」
 「え、それって、嫌な女みたいじゃない?」
 「違うよ。どんな事があっても、自分の誇りを失わない強さ。良い事だと思うよ」
 「強いかな?」
 「ああ、良い意味でね。しし座は、太陽を守護星にしているから、人々を照らす明るさがある。牡羊座は、火星だ。獅子も牡羊も、同じ火の宮と言う中に属している仲間だよ」
 「そうなの?」
 「ああ」
 「嬉しい。純と一緒で」
 「おいで」

俺は、ルカを抱き寄せ、夜空を彩る星座を見ながら、悠久の星の話しを続けた。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:37 | 第四章 パンドラ