「ほっ」と。キャンペーン

カテゴリ:第五章 時の狭間( 13 )

時の狭間

時は残酷に刻まれ
君との想い出は深く
地上に残される者の悲しみを
知ってか知らずか
天は巡る 休む事無く
漆黒の闇に宝石を散りばめ

悠久の時を刻む天宮
君との想い出もまた
そのひとつの物語のように
空に輝くのか
ゼウスによって星へと
昇華した者たちとともに

夜の帳を引き裂いて
明けの明星輝く時
新しい物語が始まる
[PR]
by karura1204 | 2004-12-01 01:35 | 第五章 時の狭間

9月23日 月曜日 1

 俺たちは、冷気を感じて目を覚ました。車に積んであった毛布はかけていたが、ルーフを開けっ放しで寝てしまったのだった。俺は、ルーフを閉め、エンジンをかけヒーターを点ける。すると、直ぐに窓が曇った。ルカは、窓を手で拭いたが、良く見えなかったようで、それが気に入らなかったのか、車を降りた。
 「寒いだろう」
声を掛け俺も車を降りる。
 「ええ、でも気持ち良いわ。あ、見て、富士山」
 ルカの声に目をやれば、朝日を浴びて輝く富士山が目の前に迫っていた。吹く風が清々しく澄み渡り、初秋の河口湖は、その面に富士の山を映し、鏡の如き清らかさをもって存在していた。
 俺たちは、寒さは感じたが、富士の霊気を受けたように厳かな気分になった。
 「来られて良かった」
ルカはポツリと呟き俺の肩にもたれた。
 「ああ」
 俺も同じ思いでルカの肩を抱いた。そうして暫く、富士を仰ぎ見ていた。やがて、朝の風が少し強く吹き過ぎて行き、水の面を波立たせていった。ルカの身体が微かに震えたのを感じ、俺は、毛布を取り出すと、ルカをくるんだ。そうして、シートを直した。
 「ルカ、風邪引くから、中へ入りな」
 「ええ、でも、もう少しだけ、此処でこうして見ていたいの」
 「わかった。じゃあ、俺も、入れて」
 エンジンが温まる間、俺たちは毛布に包まって、富士山を見ていた。暫くすると、俺の腹が鳴って、次にルカの腹が鳴った。
 「嫌ね、私たちったら、折角素敵なものを見ていたのに」
 「そうだな、でも、富士山を見ていても腹はいっぱいにならないからな」
 「しょうがないか」
 「ああ、来る途中にあったファミレス行こう。24時間だったと思うから」
 「そうね」
こうして、連休最後の一日が始まった。
 この日俺たちは、予定通りボートに乗り、猿のショーを観て、地元で評判の料理の店で食事をして帰途に着いた。
 その時、俺は不審な車を発見した。ルカには言わなかったが、小型のベンツが、ずっと俺たちのゆく所に現れていた。色は白。最初は、偶然かと思った。しかし、俺たちが行く先々に、その車が見え隠れしているのだ。俺は、ナンバーをルカに気付かれないようにメモした。後で、峻に調べてもらおうと思った。峻は、刑事になっていた。
 ルカは、紅葉の中央高速を走るのが気にいって、かなりのスピードを出していた。
 「おいおい、気をつけろよ。免停になったら困るだろう」
 「大丈夫よ。100キロぐらいだもん」
 「嘘付け、140は出ているぞ」
 「え?本当?」
 「白々しい奴だな」
 「ばれたか」
 「ばれたかじゃないの。少しは、紅葉も楽しんだらどうだ」
 「は~い」
首をすくめるルカだったが、相変わらず気持ちよく車を飛ばしていた。
 「そうだ、談合坂のサービスエリアへ寄って、おみあげを買って帰ろう。果物とか置いてあるし、美味しいソフトクリームもある」
 「わかったわ」
 そう言うと、ルカはニッコリ微笑み、またスピードを上げた。俺は、言うのも馬鹿らしくなったので、そのままにした。だが、そのお陰で、小ベンツの姿は見えなくなった。もしかすると、ルカは、その車を知っていて、巻きたかったのかも知れないと思えた。 
 談合坂に入ると、売店を見て回り、葡萄や梨等の果物にワイン、葡萄で出来たお菓子に生そば、信玄餅までも買い込んだ。そして、巨峰ソフト舌包みを打ちつつ車に戻ったルカ。
 「俺が運転するよ。ソフト食べていて良いから」
 「ありがとう」
 俺は、車を出した。ルカは確かに運転が上手だ。だが、荒っぽい。このまま運転して、事故でも起こされたら・・・・俺は内心、ヒヤヒヤしていたのだった。ふとルカを見ると、ソフトを舐めながらご満悦の顔だった。俺は思わずその顔を見て笑ってしまった。
 「良いねぇ、ルカのそう言う顔」
 「え?」
 「ついてるよ、ソフト」
全く子供みたいに、鼻の頭にソフトをくっつけている。
 「感じなかったの?冷たいでしょうに」
 「テヘヘ・・・・」
 ルカは笑った。俺もつられて笑ったが、内心は複雑だった。ルカは、どうしてこんなに無邪気でいられるのだろうかと。俺なら、きっと耐えられないだろう。やはり、強い。この強さは、何処から湧いてくるものなのだろう?俺は、その源を知りたいと思った。ルカの強さの元。
 「ねぇ、純、夕べから何を考えているの?」
ルカが突然聞いた。
 「え?あ、いや」
俺は口ごもった。
 「何だか、ずっと変だわ、純。私の事、邪魔?」
 「いや、違う。そんな事は絶対にない。昨日も言ったけれど、俺はルカの事を真剣に考えていて、ルカのために何をしてやる事が一番良いのかな?って」
 「何もしてくれなくて良いよ。純が側にいてくれさえすれば、私は良いのに・・・今の純は、私を見ているようで見ていない・・・・・」
俺は、はっとした。
 「ねぇ、何か隠している事があるんじゃない?」
 ルカの問い掛けに、俺は何を言って良いのかわからなくなって黙り込んでしまった。心と頭は思考が空回りしていた。ルカに隠し事をしている事はとても心苦しかった。しかし、言ってしまったら・・・・言わずに抱えるか・・・・全部話して一緒に悩んだ方が良いのか?隣のルカを見ると、しょんぼりとして外をじっと見つめている。何かを考えているようだった。やがて、独り言のように
 「言いたくないなら、仕方ないけれど、何だか淋しいわ、私」
と呟いた。その言葉に触発されたように俺は心を決めた。『全て話そう・・・・』
 「ごめん、俺、一昨日飲みに行っただろう」
 「ええ」
力なくルカは答えた。
 「あの時、美里と飲んでいた」
ルカの表情が変わった。
 「全部聞いたよ」
 「それで?」
 「それでって?」
 「やっぱり、嫌になった・・・・・」
 「馬鹿な!俺は、美里に約束してきた。俺が、お前を守ると。どんな事があっても、ルカを離さないと」
 「本当?」
 「嘘で言えるかよ、こんな大事なこと」
 「ありがとう」
 ルカの瞳からは、大粒の雫が溢れ出しそれ以上、声にならなかった。俺はルカの涙が納まるのを待って言った。
 「悪かった、美里と会った事黙っていて。でも、隠すつもりはなかった。結果的に、ルカに心配かけただけったけどな。美里、心配しているぞ」
 「そうね、美里姉には、いつも心配かけちゃっているわ」
 「頼りないかもしれないが、俺について来いよ。良いな」
 「ええ。ありがとう・・・嬉しいわ・・・」
 それから、俺たちは暫く黙った。 ルカは、想いが溢れてまた涙を零した。俺も何を言って良いのか、判らなくなっていた。
[PR]
by karura1204 | 2004-12-01 01:35 | 第五章 時の狭間

9月23日 月曜日 2



 
 車が、東京都に入った時、またあの小ベンツの姿が見えた。俺は、一瞬躊躇ったが、もう隠し事は嫌だと思い
 「なぁ、ルカ、白の小ベンツが、さっきからうろちょろ、俺たちの車にまとわりついている。言うのは、やめようと思っていたけれど、あの車、西園寺家のものか?」
と素直に聞いた。
 「え?」
 「キョロキョロ見るな。ちょっと待っていろ」
俺は、車を環七方向ではなく、新宿方向に車を走らせた。
 「何処へ行くの?」
 「新宿」
 「何しに?」
 「後ろを着いて来る小ベンツを引き寄せる」
 俺は、都庁近くのホテルへ車を入れ、シートを斜めに倒すと、ルカにも同じようにさせた。暫くすると、俺の後から着いて来た小ベンツが、怪しい動きでホテルの駐車場に入ってきた。
 「ほら、あれだよ」
言われた先を見たルカは、顔色を変え、言った。
 「加納だわ」
 「やっぱり、西園寺家の人だね」
 「ええ、加納と言う、執事。西園寺家の事なら、あの人が一番良く知っているの」
 不安そうにルカ外に目をやり「純、どうしようか、これから?」と俺を申し訳なさそうに見つめた。俺は、ルカの心配顔を安心させてやりたくて
 「別にどうすることもないさ。どうせ、向こうは、俺の家も知っているのだろう」
と明るく言った。
 「ええ、この間、母と加納が来たもの」
 「なら、逃げ隠れしてもしょうがない。仲良く帰ろう。そうだ、ちょっと、見せ付けてやろうか」
俺は、シートを戻すと、加納と言う男が此方を見ていることを確認して、ルカにキスをした。
 「慌てているわ」
 俺たちは、いたずらっ子のように笑い、車を発進させると、そのまま家に帰った。そして、いつものように食事を済ませ、珈琲を淹れて飲んだ。が、ルカは、ベランダから外を気にしていた。

 「加納、居ないわ」
 「今日は、もう来ないだろう。俺たちが、何処かへ逃げる事を恐れたんじゃないか」
 「そうね・・・でも、監視されているのは嫌よね」
 「そうだな。その辺は何か考えなくちゃいけない」
 「純、ごめんなさい」
 「謝ることはない。気にするな」
 「でも」
ルカの声は、沈んだ。見る間に、涙が零れ落ちる。
 「ルカ、泣くな。泣かなくて良い」
 「でも・・・・」
 「しょうがないな。おいで」
俺は、カップを置くと、クッションにルカを座らせた。
 「なあ、ルカ、俺、美里から話を聞いた時は、正直言って驚いた。迷いもしたよ。だけど、ルカはルカ。ルカでしかない。西園寺家の人間だから好きになったんじゃない。そのことだけは忘れないで欲しい。良いね」
ルカは涙で潤んだ瞳で俺を見た。
 「じゃあ、涙はなしだ。俺は、笑顔のルカが一番綺麗だと思う。どんなに辛くても、明るく振舞うルカの姿に俺は勇気を貰っている。会社での俺は変わったと、みんなから言われるようになった。それもルカのお陰だ。ありがとう。俺は、ルカが居ないと、もう駄目だ。俺は、ルカを守る。ずっと一緒だ。だから、さあ、笑って」
 「無理だよ」
 「どうして?」
 「だって、純・・・・私、嬉しくて・・・」
 「笑えない?」
ルカは言葉にならず、頷いた。
 「じゃあ、こうしちゃおうかな」
俺は、ルカの事をくすぐった。
 「きゃ、ずるい、もう」
 「ずるくても良い、笑わないと・・・」
ルカが、反撃してきた。
 「やめろ、そこは俺も弱い。つつくな、こら」
 「純が先にやったんだよ」
 「よーし、ここはどうだ?」
俺は、ルカの脚の裏をくすぐった。
 「あ~、駄目。ぞわ~っとする」
 「ハハハハハハ・・・・・」
 「純の意地悪」
そっぽを向いてしまった。
 「あ、ごめん」
 俺は、ルカを振り向かせると謝った。そこには、泣き笑いのルカの顔があった。その時、風呂の沸く音がした。
 「ルカ、一緒に、風呂に入ろう。背中洗ってやる」
 「パジャマ取ってくるわ」
 「良いよ、後で、バスタオル巻いて取りに行けば良いさ、おいで」
 強引に風呂場へルカを誘い、じゃれあいながら服を脱がせた。ルカの気持ちは少しずつほぐれているようだった。背中を流し合い、ふたりで少しきつい湯船に浸かった。そして俺は、前から気になっていたことを少しずつ質問した。
 「なあ、ルカ、聞いてはいけないことかもしれないけれど・・・良いかな? 」
 「良いわよ、聞いて。本当の事、純に聞いてもらいたいわ」
 「ありがとう、ルカの本当のお父さんは、日本人なのか?」
 「半分ね。父は、フランス人と日本人のハーフ。だから、私はクォーターになるわ。瞳がブルーなのはその為。西園寺の父が、私を嫌うのは、私がブルーの瞳を持って生まれてしまったからだわ」
 「そうか。ルカのお母さんは、何故、西園寺家にいるのかなぁ?」
 「弟の事もあるし、怖いのよ。西園寺の父は、母を殴るから・・・・・」
 「ドメステックバイオレンスか・・・・」
 「警察は取り合わないわ。卑しくも西園寺家の頭首が・・・って。美里姉、何か言っていなかった?」
 「性格異常者だとは言っていたよ。でも、DVとは、はっきり言わなかった」
 ルカは淋しげに笑うと「そうね、言えないわね。実の父ですもの」と言った。俺は、ルカの辛さが心に広がった気がして、そっと肩を抱いた。少し語気が荒くなりながら、ルカは言葉をつないだ。
 「母は・・・・・・母は、私を守ってくれているわ。でも、私はもう、そう言う守られ方が嫌。あの人は、何かにすがる事で、私を守っている気になっているの。逃げれば良いのに、逃げ出せないの。同じことの繰り返しは嫌だと言って、いつも不満を抱え義父が死ぬのを待ちながら、西園寺家にいるわ。でも、私は違う。母の様にはなりたくないの。好きでもない人の所へ無理やり嫁がされるのはごめんだわ」
 「わかった」
俺は、強くルカを抱きしめた。
 「大丈夫だ、俺がいるから。そうだ、ここのマンション、ちょっと手を加えよう」
 「どうするの?」
 「前々から言われていた事なんだが、マンションの入り口をオートロックに変えようと思う。オートロックにして、テレビインターフォンにする。どうかな?」
 「良いわね。防犯上も、良い事だと思うわ」
 「明日、管理会社に電話してみるよ。俺が居ない間に、ルカがさらわれたら困るからな」
 「でも、出費はかなりでしょう?」
 「そのために、管理費とか積み立てているんだ。文句は言わせないよ。もし、工事が入る時は、ルカが色々面倒を見てやってくれな、悪いけれど」
 「ええ、任せておいて」
 「頼むよ。そうだ、買い物だけれど、俺が居ないときは、生協とかの宅配を頼めよ。ちょっとストレスは溜まるかも知れないけれど、下手に外に出るよりは良い。ここのマンションでも取っている人はいると思うし、主婦の人達に聴いてみると良いよ」
 「ええ、そうするわ。純、ありがとう」
 「のぼせたな~。あがるか?」
 「ええ」
 俺の頭の中は、ルカを守ることでいっぱいになっていた。オートロックにしたからといって完全ではない。そうだ、バイクを買おう。車では小回りが利かないが、バイクなら露地にも入れる。
 「ルカ、バイク買うよ」
 「どうして?」
 「ルカを乗せてやりたいから」
 「私を?」
 「ああ、ルカの走りを見ていたら、乗せて走りたくなったよ」
 「大丈夫?」
 「大丈夫だよ。無茶な走りはしないよ。ルカは乗りたくないのかい?」
 「ううん、乗りたいわ」
 「決まりだな。良いのを探してくるよ」
 「楽しみにしているわ」
[PR]
by karura1204 | 2004-12-01 01:34 | 第五章 時の狭間

9月24日 火曜日

 目覚ましが鳴った。ルカの声が聞こえる。朝の匂いが鼻と腹を刺激していた。
 「おはよう。朝ですよ~」
俺は、目を擦りながら、キッチンへ行った。
「おはよう。最近は、ルカに起こされてばかりだな」
「そうね。でも、良いじゃない」
「ああ。悪くない」
「さあ、着替えて、ご飯ですよ」
いつの間にか、ルカはしっかりして、俺に起こされることがなくなった。今朝も、鼻歌交じりに、食事の支度や俺の支度をしていてくれる。逆に、俺が、ルカに甘えている。そんな気がする。
「今日は、純の好きな蜆の味噌汁だからね」
「良いね」
「いただきます」
「いただきます」
「うん、美味しい。また、上手くなったよ、ルカ」
「本当?」
「ああ。今日、管理会社に電話しておくから、後は、ルカがやっておいてくれ」
「わかったわ」
「美里にも電話しておくよ。ルカを連れ去られないようにな。アイツの店、確か、今日は休みだろう」
「そうね、でも、美里姉に迷惑じゃないかな?」
「大丈夫だよ。アイツはそんな事気にする奴じゃないだろう」
「ええ、そうね。私からも電話してみるわ」
「それが良い。ごちそうさま。珈琲淹れて置くよ」
「ごちそうさま。頼むわ」
ルカは、食器を片付けに行った。俺は、珈琲を淹れると、ビジネススーツに着替えた。そこには、いつもの朝の風景がそこにあった。俺は、この風景がいつまでも続くことを願った。ルカも同じ想いだと思ってやまなかった。
 「じゃあ、行って来るよ。くれぐれも注意して欲しい」
 「ええ、大丈夫、充分注意するわ」
 「頼むよ、後で電話する、じゃあ、いってきます」
 「いってらっしゃい」

 俺は、会社に着くと、机にある書類を確認し、管理会社に電話をしオートロックの件を話した。そして、土曜の昼に来てもらうことに決め、ルカに、すべてを任せたい旨を話した。
俺は、電話を切ると、直ぐルカに電話をした。
「はい、佐藤です」
「ルカ、俺だ」
「ああ、純」
「今週の土曜日、業者と会うことにしたよ。ルカも一緒にいて欲しいと言うので、土曜日の昼、俺と、会社に来てくれ」
「28日の土曜日ね」
「ああ、そうだ」
「わかったわ。予定に書いておくわ」
「頼むよ。業者としても、最初は俺が一緒じゃないと駄目みたいだ」
「それは、そうよね」
「仕方ないな」
「ええ、もう、お仕事でしょう」
「ああ、じゃあ、何かあったらメールするよ」
「わかった、じゃあね」
「うん」

俺は、名残惜しみながら電話を切ると、美里にも電話をした。
 「おはよう、美里」
 「あら、こんな早くから、どうしたの?」
 「いや、ちょっとね、法事、ありがとう」
 「いいのよ、それより、何か良くないこと?」
 「まあ、良くはない」
 「ルカ、そこを出たとか?」
 「まさか、そうじゃない。昨日、加納とか言う執事が、俺たちの車をつけていたんだ。たぶん、法事に出掛けた時から、俺たちの後をつけていたのだと思う。気付いたのは、昨日。河口湖からの帰りだ。家に帰ったら、加納の車はいなくなっていた」
「そう・・・・・とうとう動き出したのね」
「ああ、でも、俺たちが何処かへ逃げると思ったんじゃないかな?」
「多分ね」
「ルカの事、頼むよ。俺、仕事空ける訳にいかないし、何かあれば、家にも帰れないからな」
「わかったわ。後で、ルカに電話してみる。それで、あの子、どう?」
「ああ、ちょっと落ち込んでいるけれど、頑張っている。今は、気が張っているから、そう見えるのかも知れないけれどな」
「強がりだから、あの子。私に似て・・・・・血、繋がってないのに」
「血は、関係ないよ。じゃあ、頼んだぜ」
「わかった。何かあったら直ぐ電話してね」
「ああ」

 俺は、その後、出社してきた連中からの報告を受けると、家田統括部長に休みの礼を言いに行った。
「統括部長、おはようございます」
「やあ、おはよう。法事はどうだった?」
「はい、おかげさまで、みんな集まってくれまして良い法事になりました。ありがとうございます」
「それは良かった。システムの方も、無事進んでいるよ」
「はい」
「そう、それで、この間のミューズの件だがね」
「どうなりましたか?」
「うん、全面採用とは行かないが、一部取り入れようと言うことになってね、君や向こうの連中と話し合いをしたいと思っているよ」
「そうですか。で、どの辺りを・・・・・」
「まあ、そんなに急がなくても良い。ミューズ側には連絡してある。金曜日に打ち合わせだ。その前に、こちら側の最終決定をしたい。木曜の午後、会議室を押さえておいてもらった。資料は神保君に渡してある。受け取っておいてくれ」
「はい、わかりました」
「神保君、頑張っているようだね」
「そうですね。高橋君の目は確かです」
「ああ、そのようだ。すまんが、私は、これから蛭田常務のお供で、九州の事業所へ行って来る。木曜の会議までには戻る予定だ」
「わかりました。お気をつけて」
「ああ、じゃあ、失礼する」
俺は、頭をさげ、家田統括部長を見送った。

 デスクに戻り、神保君から書類を受け取ると、ざっと目を通し、ミューズ関連の人数分、コピーをとり冴島たちに渡して置くように頼むと、峻の所へ電話をした。
「はい、高木」
「よお、峻」
「純平」
「元気か?」
「ああ、元気だよ。そうだ、法事行かれなくて、すまんな」
「良いよ、お前の仕事は休むの大変だろう」
「まあな、それよりどうしたんだ。純平が電話掛けてよこすなんて」
「いや、お前にちょっと頼みたい事があるんだ。会えないか?」
「構わないぞ、それで何時だ」
「なるべく早い方が良いんだ。いつ非番だ?」
「土曜だな」
「ああ、解った」
「じゃあ、夕飯でも食いながら、どうだ?」
「そうだな、20時、横浜のチャオは?」
「良いね、久しぶりにマーコの顔も見たいしな」
「それで、美里も一緒に連れてゆくかもしれない」
「美里?」
「ああ、アイツの予定次第だが」
「何で美里もなんだ?」
「会った時話すよ」
「ああ、わかった」
「じゃあ、土曜日」
「OK!」

電話を切ると、直ぐ美里にまた電話をした。
「美里」
「どうしたの?」
「土曜の晩、チャオに来られないか?峻と会う」
「峻に?」
「ああ、アイツにちょっと聞いてみようと思って」
「まさか、護衛?」
「その、まさかだ」
「う~ん・・・・・・そこまでしなくても、命を取る訳じゃないのよ」
「それは判っている。でも、心配なんだ。家に帰ったとき、ルカがいなくなっていることが」
「まあ、判らなくはないけど・・・・・・」
「俺、ルカに約束したし、美里とも約束したろう。ルカを守るって」
美里は、電話の向こうで何か考えているようだったが
「まあ、いいわ。ゆくわよ。で、何時?」
「20時。チャオ」
「判った」
「悪い、我侭言って」

 その後、俺は事務処理を済ませ、顧客の所へ行った。だが、心のどこかにルカの事が引っ掛かっていた。仕事をしているのだが、時折上の空になっている事があった。また、何かに追われるような不安な気持ちで心が急いていた。ちょっとしたことに苛つき、部下を責めてしまっていた。これではいけないと思うのだが・・・・・この手に初めて感じた幸福を、どんなことがあっても離したくない。その思いだけで俺の胸はいっぱいになっていた。だが、頭の片隅にチラチラと浮かんでは消える夢のことが気になって仕方がなかった。
それでも、木曜、金曜の会議を無事に終え、ミューズ側の一部採用と、新たな契約書を交わし、次の作業に移った。計画変更に伴う仕様書を金曜の晩に作り終え、帰宅した。
[PR]
by karura1204 | 2004-12-01 01:33 | 第五章 時の狭間

9月28日 木曜日 1

 今日は、会社で管理会社に会う予定にしていたが、夜、峻と会う約束も出来たので、家に来てもらうことに変えた。10時、管理会社の人間が、施工会社の人間を伴ってやってきた。俺は、ルカを紹介し、今後一切を任せたと説明をした。そして、直ぐにでも工事を始めて欲しいと頼んだ。オートロックとオートロックに伴う鍵の変更、テレビインターフォン、宅配ボックスの設置を積み立ててきた管理費で賄う。それ以上になる時は、俺が負担することに決め、来週の火曜までには、見積もりと、工期予定計画を持ってこさせることにした。
 それと、隣の部屋が出てゆくことになったと言うので、この部屋を広げてもらう計画も立てた。隣が空けば、ルカの仕事場にしても良いと思ったし、ふたりでゆっくり入れる風呂だけでもリフォームしてもらえればと思ったのだった。その計画を含めて、大体500万を俺は見ていた。もし、それ以上であれば、他の施工業者をあたるか、別な会社を呼んで、比較検討しようと思っていた。

 昼前には、管理会社と施工業者が帰った。俺は、ルカに、夜、美里や峻に会うことを告げた。
 「横浜で、美里達に会う事になっていてね、ルカも良かったら来ないか?」
 「美里姉に?何で?」
 「いや、美里って言うより、峻って言う奴に会いに行くんだ。そいつ、刑事やっている。まだ、新米だけれどな。交番勤務が終わって、刑事を希望したんだ。そいつに、身を守る方法とか教えてもらおうと思ってな」
 「そう・・・・・どうしようかな?」
 「無理しなくて良い。来たかったらおいで。ルカだってたまには美里と会うのも良いだろう?」
 「そうね、ここのところ、ずっと家に居たから、それもいいかもしれないわね」
 「じゃあ、決まりだ。早いけれど、横浜でぶらぶらしながら、何か食べよう」
 「それ、良いわね」
 俺たちは、用意をすると横浜に出た。大手デパートを見て回り、美味しい紅茶の店でお茶をしながら楽しんだ。

 20時、約束の店に行った。美里は、先に来て、店のママ、マーコと話していた。
 「ママ、久しぶり」
 「あら、純平ちゃん、いらっしゃい」そう言うなりマーコママは俺に抱きつき、早口で喋った。
 「峻ちゃんも来るんですって。ミサっチャンから聞いたわよ、懐かしいわね。タケちゃんは元気?」
よほど、俺たちに会うことが嬉しかったようだ。
 「ああ、峻ももう直ぐ来るよ。尊、元気だよ。3人目の男の子が生まれたよ。女の子が出来るまで頑張るつもりじゃないかな?」
 「そう、あら、純平ちゃん、そちらさんは?」
 「ああ、紹介するよママ、俺の婚約者で、ルカ」
 「ルカです。よろしくお願いします」
 「そうなの、まあー、それは良かったわ。おめでとう」
 「ありがとう」
 「素敵なお嬢さんじゃない」
 「純平、ちょっと」
美里が俺をつついた。
 「何でルカを連れて来たの?」
 「連れて来ちゃまずかった?」
 「まずくはないけれど、大丈夫なの?」
 「ああ」
そこへ峻がやってきた。
 「なんだ、ふたりとも早いな」
 「お前が遅いんだよ。10分は過ぎているぞ」
 「そうか?」
 「ああ、時計見てみろよ」
 「ん?あ、悪い、時計止まっていたよ」
 「峻、あんた刑事でしょう。そんな事で刑事務まるの?」
 「相変わらず、マドンナ殿は厳しいね」
 「峻ちゃん、いらっしゃい」
 「お、マーコママ、久しぶり。元気だった?」
 「元気よ。今日は、あんた達に会えて、嬉しいわ」
 マーコママは、峻にも抱きついて再会を喜んでいた。
 「ママ、いつもの頼むよ。で、ちょっと話があるから、隅を使わせてもらうよ」
 「良いわよ、純平ちゃん。何かの相談なんでしょう。仕切り作ってあげるから、ゆっくり話しなさい」
 「ありがとう。マーコママ」
俺たちは、隅に陣取った。
 「峻、紹介するよ。俺の婚約者、ルカだ」
 「あなたが、ルカさん。尊から噂は聞いていましたよ。よろしく」
 「こちらこそ、よろしくお願いします」
 俺たちは、学生時代に食べていたマーコママ特製のオムライスをほおばりながら、暫く他愛のない話をした。その後、マーコママが淹れてくれた珈琲を飲み、肝心の話を切り出した。
 「実は、ルカが狙われていてね」
 「おいおい、穏やかじゃないな」
 「そうじゃないの。狙われているという表現は違うわ。純平、誤解させちゃだめよ。ルカは、私の妹なのね。ルカ、意に染まない縁談を持ちかけられていて困っているのよ。いつ、実家から、連れ戻されるかって怯えているのよ」
 「そうなんだ」
 「なんだ、脅かすなよ。で、俺にどうしろって言うだ?」
 「今、俺のマンション、オートロックに変えるところだ。だが、それだけじゃ不安でな。他に良い方法がないかと思って・・・・・ずっと家にいるのも、ストレス溜まるだろう?」
 「家にいるって、純平と暮らしているのか?」
 「ああ」
 「籍はまだ入れていないのか?」
 「ああ、まだだ」
 「とりあえず、籍だけ入れちゃえよ。そうすれば、いくら親でも無理矢理は連れ戻せないだろう」
 「そうね、その手があったわね」
美里は、ひとり盛り上がった。
 「そうしなさいよ、籍入れちゃえば、お父様だって何も手出しできないから、ね、ルカ」
 「本当にそうかしら?」
 「言えないようにしてあげるわ。私に任せなさい。明日、役所で紙を貰ってきてあげるわ」
 「でも、美里姉、明日、役所は休みじゃないの?」
 「確か、婚姻とか出産等は、休みでも受け付けるんじゃなかったかしら?」
 「さあ・・・・」
 「まあ、良いわ。明後日でも。保証人みたいなのがいるなら、尊に頼みなさいよ。ね。月曜日は、尊の店休みでしょう。私、尊にも電話しておくから、マンションに来てもらうわ。その方が早いわよ」
 「ああ」
 「あのね、純平、ああだけじゃ駄目よ。意気込みはどうしたの?」
 「いや、籍を入れてしまうという考えが思いつかなかったから・・・・・」
 「しょうがないわね」
 「いや、硬派と言うか純情派の純平らしいと俺は思うよ。こいつが、ナンパ師だった事が間違いなんだから」
 「まあねぇ・・・ちょっと待てていて。善は急げ。尊に電話してくるわ」
そう言うと、美里は電話を掛けに行ってしまった。
 「純平、お前大変だな。まあ、見回りは強化出来るか判らないが、お前の住んでいる所に、誰か知り合いが居ないか、探してみるよ。越権行ためにならないようにな」
 「悪い、峻」
 「良いよ。気にするな。お前が本気で惚れた人だろう。色々、世話なっている礼だよ。ルカさん、頑張りな。俺たち、応援するから」
 「ありがとうございます」
そこへ美里が戻って来ると、
 「尊、これから来るって」
 「此処に?」
 「ううん、純平のマンション。だから、マンションに行こう」
 「待ってくれよ、そんな急に」
 「何を怖気づいているのよ、純平。ほら、行くわよ」
 俺は、怖気づくというより、俺やルカの意思を通り越し、物事が進められそうな事が、内心嫌だと思っていた。ルカも、戸惑っているようだった。だが、美里の剣幕に、圧倒され、マンションへ行くことにした。
 「ママ、ありがとう。また来るわ」
 「あら、もう帰っちゃうの。淋しいわね」
 「今度は、もっと大勢で来るわ。昔みたいにね」
 「待っているわよ」
 「じゃあね、マーコママ」
[PR]
by karura1204 | 2004-12-01 01:33 | 第五章 時の狭間

9月28日 木曜日 2

 俺たちは、マンションへ行く間、誰ひとり言葉を発しなかった。と言うより、発したら何を言い出すか解らない気がしたのだ。ルカは俺の腕をしっかりと掴み、何かをじっと考えているようだった。
マンションへ着くと、俺はルカに頼んで、お茶を入れてもらった。とりあえず、皆の気持を落ち着かせたいと思った。
 籍を入れる。紙に記入して役所に出す。たったそれだけの事だが、俺には、もっと重大な事のように思えていたのだ。甘チャンかも知れないが、やはりルカの両親に報告しないまま勝手にしてしまうことに躊躇いを感じた。だったら、一緒に暮らす事だって同じだと言われてしまえばそれまでなのだが・・・・・
 マンションへ着いてからの美里は、さっきまでの剣幕は消え、勢いで言ってしまった事を少し後悔しているように思えた。だが、それは、尊が来るまでの間だとわかった。一時間後、尊がバイクを飛ばしてやって来た。
 「どうなっているんだ?純平!」
挨拶抜きで、尊は言った。
 「悪かったな、まだ、仕事だったろう。それに、明日だって」
 「そんなことは良い。それより、お前、美里が電話で言った事は本当なのか?」
 「ああ、本当だよ」
 「それで、籍だけ入れてしまうのか?」
 「解らない」
 「解らないって、どういうことよ、純平は、ルカを守るって言ったでしょう。私はその言葉を信じたから、全てを話したのよ。そうでなければ、話さないわ。ルカをもっと早く、ここから連れ出しているわ」
 「守るよ。それは本当だ。嘘じゃない。だけど、勝手に籍だけ入れるなんて・・・・・」
 「尊も、美里も落ち着けよ。純平だって、ルカさんだって籍を入れることは、嫌だと思っていない筈だと思うよ。だけど、そんなに急かしたら、ふたりが戸惑うのは当然だよ」
 「何よ、峻、あんたが言いだしっぺでしょう」
 「それはそうだけど・・・純平の性格を考えると、性急過ぎたかな?と思うよ。悪かった。純平は、ここでの生活をしながら、ルカさんの両親に認めてもらいたいんだろう?」
 「ああ、そうだな」
 「無理よ。それは出来ない話だわ。ルカだって解るでしょう」
 「それは・・・・・」
 「あんたたち、そんなんじゃ、何時まで経っても、逃げているだけになるわよ」
 「純平、俺は、保証人になる事は構わん。だが、お前、どうして俺に言ってくれなかった?一緒に暮らしていることも、複雑な事情が有ることも・・・・・・」
 「尊さん、ごめんなさい。私たち、隠すつもりはなかったの。私が・・・・・」
 「いや、俺が悪かった。何処かで、俺がルカに甘えていたからなんだ。尊、頼むよ、保証人になってくれ。美里、お前にもとばっちりが行くかも知れないけれどな、頼むよ」
俺は、頭を下げた。ルカもそれに倣(なら)った。
 「解った。俺に任せな。美里、入籍するって言うのは、簡単な様で面倒なんだ。まず、ルカさんの戸籍を移す準備をする。それには、ルカさんの現在の戸籍謄本・住民票、その他諸々必要なんだ。美里、取って来てくれるか?ご両親にばれないようにだ」
 「ええ、いいわ」
 「それから、入籍したら、会社にも届けを出さないと、扶養控除だのの書類に不備が出る。純平、その辺上手くやれるか?」
 「ああ」
 「全て、ばれないようにするんだ。すぐに届けを出して下手にばれたら元も子もない。美里、良いな、焦り過ぎるなよ」
 「解ったわ」
 「じゃあ、月曜日から行動開始だ。良いな?純平、ルカさん」
 「ああ」
 「ええ」
 「そうだ、美里、お前の家が所有している車のNoと車種を全部教えてくれ」
 峻が言った。
 「どうして?」
 「その車がこの変をうろついていたら、報告してもらうようにするよ」
 「わかったわ。明日峻の所へFAXしておくわ」
こうして、俺たちの入籍プロジェクト?は始動した。

 尊たちが帰ったあと、俺たちは、ベランダで月を見ていた。眠れそうになかったのだ。ルカは、俺の肩に寄りかかり、「これで本当に良いのかな?」と呟いた。
 俺は、頷くとルカの肩を抱いた。だが、俺の中でも、ルカと同じ呟きがあった。皆の気持が嬉しくて、そう言ってしまったが、内心は戸惑いのほうが大きかったのだった。
 「ルカ、そろそろ寝よう」
 「ええ」
 俺たちは、寝る支度をしてベッドに入った。仕事の日は、別々のベッドで寝るが、ふたりでいられる時は、同じベッドで寝ようと決めていた。ルカを抱き寄せながら、俺はもう、何も考えまい、前に進む事を考えようと、ふたりの時間を楽しむことにした。
[PR]
by karura1204 | 2004-12-01 01:32 | 第五章 時の狭間

9月30日 月曜日

 美里達は早速、色々と動いてくれていた。そして、この日の夜、美里が婚姻届を持ってきた。
 「ヤッホー。来たわよ。はい、ワイン。それから、一番大事なもの。婚姻届よ」
 「美里、嬉しそうだな」
 「当たり前よ」
 「美里姉、いらっしゃい」
 「ああ、ルカ、ちょっと机空けて。ほら早く」
 「姉さん、気が早いわ」
 「早い方が良いのよ。書いたら祝杯だからね」
 「美里、まるでお前が婚姻届を書くみたいだな」
 「良いじゃない。私は嬉しいのよ。もしルカが仁と結婚したいってこんな事をしようとしたら、私はきっと猛反対したと思うけれど、純平とですもの。こんな良い奴は居ないわ。でしょう」
 「買いかぶりすぎだよ、美里」
 「あら、純。嬉しくないの?美里姉、ありがとう。褒めてくれて」
 「おいおい、俺だってそりゃあ、嬉しいけど・・・・」
俺は、照れた。ふたりの女は、そんな俺を見て笑った。
 「尊と美紀ちゃんは、署名捺印してくれているわ。後は、あんたたちふたりよ。書いたら、私が預かっておくわ」
そう言うと、書類をテーブルに広げた。
 先ず俺が書き、判を押した。続いてルカが書き判を押す。書き上がった用紙を俺たちは、眩しい思いで見詰めた。
 「おめでとう。さあ、乾杯しましょう」
美里は、自分ごとのように喜び、陽気に騒いで帰って行った。
 俺たちにとって、この日の出来事は、忘れられないものになったし、役所に届けを出さないまでも、覚悟を決めるためには効果大であった。
[PR]
by karura1204 | 2004-12-01 01:31 | 第五章 時の狭間

10月1日 火曜日

 今日、工事の見積もりが上がってきた。それによると、俺の思っていた金額で、納期も11月半ばだと言う。だったら問題はない。ルカに、直ぐ返事をして欲しいとメールを出した。その結果、金曜日から工事を始めるという。
 その日からルカは、全戸の住民と近所の家に「工事でご迷惑をお掛けします」とタオルを配り挨拶に歩いていた。俺が出来ない所をカバーしてくれていた。頭の下がる思いだ。

 俺の仕事も、小さな障害はあるものの、順調に行っていた。そして、連日遅くなる日々が始まった。それでも、土日のどちらかは、家にいるよう努力をした。俺が居なくてもフォローできる体制を作り上げたかった事もある。そうして、10月、が過ぎた。
 あれから幸い、加納の車は見えないし、今のところ不審な車も見当たらなかった。峻が手配してくれたに違いないと俺は思い込んで
[PR]
by karura1204 | 2004-12-01 01:31 | 第五章 時の狭間

11月21日 木曜日

 オートロック扉は完成した。その前日、ルカは、業者と一緒に鍵の引渡しに参加した。そして、指定日に取りに来られない人のために、1日中待機して、鍵を渡してくれていた。俺も、そう言う中のひとりだった。
夜、出来立てのオートロック扉の部屋番号を、俺はドキドキしながら押した。
 「ただいま」
 「開けるわね」
 自動ドアがスーッと開く。俺は、安堵の思いで出来たての自動ドアをくぐり、部屋へと向かった。玄関の前には、ルカが待っていた。
 「どうだった?」
 「うん、感動したな」
 「私も。はい、これ鍵。これで最後だわ」
 「遅くまで大変だったろう、ありがとう」
 「良いのよ。ねぇ、下に行って見ない?」
 「ああ」
 俺たちは、エントランスへ行き、オートロック扉や宅配ボックスを暫く眺めた。月明かりに照らされ、エントランスは光っていた。俺は、完全とは言えないかも知れないが、これで、少しは安心できると思っていた。
 「部屋、帰ろう」
 俺は、ルカの肩を抱き、渡された鍵でロックを開けた。エレベーターで最上階の俺たちの部屋へ向かう中、ルカは興奮気味に言った。
 「そうそう、お隣の部屋との壁にドアがついたの。次回から、そのお部屋でお教室開くわね。純との部屋は、大事にしたいものね」
 「ああ」
 俺はルカを抱きしめた。部屋に入ると、ルカは、新しくなった風呂や教室にする部屋を嬉しそうに案内した。余程嬉しく、安心したのだろう。案内し終わると、ルカは、
 「ね、お祝いにワイン用意しておいたの、軽く飲みましょう」
と俺の腕を引いて、部屋に戻った。テーブルにはワインと料理が並んでいた。
 「豪勢だね」
 「ええ、頑張っちゃいました」
俺は早速ワインを開け、グラスに注いだ。
 「それでは、オートロック完成を祝して、乾杯」
 「乾杯」
 俺たちは、ワインを楽しみ、リフォームした風呂に浸かり、ベッドでじゃれあい眠りに着いた。

 だが俺は、オートロック扉を設置したその事で、少し安心し過ぎていた。ルカも同じだった。だから、俺たちに襲いかかってくる魔物の正体に気付く事が出来なかった。それほど魔物は、俺たちより深く静かに進攻していたのだった。
[PR]
by karura1204 | 2004-12-01 01:30 | 第五章 時の狭間

12月6日 金曜日

 魔物の正体に気付かぬまま、季節は、12月に入り、クリスマスムード一色になった。俺の仕事も佳境を向かえ、家に帰れない日が続いた。ただ、美里達が、隠密裏でずっと動いていてくれたお陰で、クリスマスイブの日に、婚姻届を提出する予定になった。ルカは喜んでいた。入籍もさることながら、キリスト縁の日に重なる事が嬉しかったようだ。俺は、やはりクリスチャンなのだなと思っていた。

 俺は、会議室に皆を集めていた。稼動日に向け、気を引き締めようと思った。
 「みんな、12月26日の稼働日まで、あともう少しだ。ここからの追い込みがきついが、フォローしあっていこう」
 「はい」
 「新人のみんなは、どうだったかな?研修や何かと違って、大変だったと思うが、誰か感想を言ってくれ」
中西と言う新人が挙手をし、話し始めた。
 「チーフ、今回は良い勉強でした」
 「そうか。でも、勉強だと思っておしまいにするなよ。次期システムも、あと一歩で、落とせる。そうしたら、それこそ実践して、また更に次のシステムへ繋げて欲しい」
 「はい」
 「他には?」
誰も言わなかった。
 「まあ、良い。だが、こういう場でも発言ができる様にならないと、次のステップに進めないぞ。ところで、クリスマスの予定は、みんなどうなっている?」
 「チーフったら、仕事でしょう?」
その時、おずおずと手を上げ、新人が言いにくそうに
 「すみません。僕、一年前から、彼女と約束してあって・・・・」
 「良いよ、三橋。彼女とゆっくり過ごせ」
 「本当ですか?」
三橋と飛ばれた新人は目を輝かせた。
 「ああ、他にも、彼女や彼氏との約束があるものは、ちゃんと申告しろ。神保君に言っておけ。スケジュールの調整をするから」
 「チーフ、話がわかる」
 「チーフも、デートでしょう?」
 「だからか」
 「こら伊藤チャチャを入れるな。まあ、デートはするが、仕事には支障のないようにちゃんとするよ。だから、その時期、障害が出ないように、祈っていろよ」
 「はい」
 「よし、今週は終りだ。来週もまた頑張ろう。じゃあ解散」
 俺は、冗談交じりに言うと、顧客の所へ行き、次期システムの最終打診をしてきた。良い感じの手応えに満足しながら、帰途に着いた。

 「ただいま」
 「おかえりなさい。寒かったでしょう?」
 「そうだね。でも、心は暖かだよ」
 「何か良い事あったの?」
 「ああ、次期システムも契約が取れそうなんだ」
 「それは良かったわね。そうそう、昼間、尊さんから電話があったわ」
 「何だって?」
 「元気か?ですって」
 「それだけか?」
 「ええ、それだけ」
 「何なんだ、それは・・・・」
 「心配してくれているのよ。変わったことはないかって」
 「そうか、まあアイツらしいか」
 「ええ、ご飯出来たわよ。今日はお鍋です」
 「良いねぇー」
 「日本酒、飲む?」
 「飲む、ルカも付き合えよ」
 「ええ」
 「いただきます」
 「どうぞ、めしあがれ」
 「ルカも、日本的な言葉使うようになったね」
 「そうかな?」
 「ああ」
 「美味いなー。鍋は最高だね」
 俺は、鍋と酒に舌包みを打っていた。ところが、ルカは、箸も付けず俺をじっと見ていた。
 「どうした?食べないのか?」
 「食べるわよ。純が美味しそうに食べるのを見ていたら、出会った頃を思い出したの。ほら、純は、私が食べる所を良く見ていたでしょう。だから」
 「そうだったな。ルカの食べっぷりは気持が良かった。今でもだけどな」
 「そう?」
 「ああ。ルカの食べている姿は良いよ」
 「ふふ・・・・・。幸せだな。こうして純とご飯食べるの」
 「そうだな」
 俺は、ルカの杯に酒を注いだ。本当にそうだ。ルカとこうして食事が出来る。何気ないことかも知れない。その何気ない幸せが、俺たちには何にもかえがたいものだった。何時までもこの平穏無事な生活が続く事を信じていた。だが、その生活が根底から脅かされる日が、足音を忍ばせ近づいていることをまだ知らなかった。
 「明日は、休みだから、少し夜更かししようか」
 「夜更かし?」
 「うん、夜更かし」
 「いいよ。でも、何をするの?」
 「何でも良いよ。ルカと一緒なら。あー、食った。食った。美味しかった。ごちそうさま」
 「良かった。ごちそうさま」
 「よし、珈琲淹れよう」
 「何だか、純の珈琲久しぶりって気がするわ」
 「そうだな。ここ2週間まともに帰っていなかったから淹れてないしな」
俺は、珈琲を淹れにキッチンへ立った。ルカは、食べ終わった食器を流しに入れている。
 「あ、俺が洗い物するよ。流しに入れて置くだけで良いよ」
 「ありがとう」
 「ゆっくり座っていな」
 「うん」
俺は、珈琲が落ちる間、急いで洗い物を済ませた。
 「お待たせ。はい」
 「ありがとう」
ルカは、カップを大事そうに抱えひと口飲むとしみじみ言った。
 「う~ん、純の珈琲美味しい。やっぱり、純の珈琲は良いわ」
 「そうか?」
 「ええ。どんな珈琲も敵わないわ」
 「お褒めにあずかり、光栄です」
 珈琲の香りは、心までゆったりさせてくれた。それから俺たちは、笑い合い、時間を忘れて夜更かしを楽しんだ。
[PR]
by karura1204 | 2004-12-01 01:30 | 第五章 時の狭間