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小説について

この小説もどきは、二ヶ月に及ぶ、入院生活の中で、暇に任せ書いたものです。
ずっと、暖めておりましたが、今回リニュにあたり、これもみなさんに読んでいただけたらと思いました。
が、アップするにあたって、どういう表示が良いのか、色々考えました。
もともとの章立てが、日記のような形で進んで行くことから、日記の形式を利用し、こういう形にしてみることにしました。
また、かなり、無駄に長くなった作品なので、一気にアップするよりは、少しずつ読んでいただいたほうが良いかと思いましたので、この形に決めました。

では、みなさん、どうか、ごゆっくりお楽しみ下さいませ。
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by karura1204 | 2004-12-01 02:08 | はじめに

プロローグ

時の狭間の中に 漂(たゆと)うふたつの魂(こころ) 
何故出逢ってしまったのだろう お前と
月の磁力に導かれ 惹かれあった魂
永遠に結ばれる事のない魂は
共鳴しあい 哀しい旋律を奏でる
引き裂かれ 嘆きの海に沈む運命
夏の嵐に翻弄される 小船のように

神の手が返した砂時計 残酷な時
逆流する事叶わず 最後へ向かうだけ
砂が落ちる瞬間(とき) 別れることが運命(さだめ) 
呼び合うように 惹かれあった魂 
峻烈なるがゆえ 奏でる調べ切なく
無垢ゆえ傷深く 果て無き絶望の淵
暗き海をひとり彷徨う 難破船のように
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by karura1204 | 2004-12-01 02:07 | プロローグ

夏の嵐

嵐の夜に舞い降りた天使
ブルートパーズの瞳輝かせ
妖しい微笑み投げかける
サマーストームストーリー
恋の炎燃やして
幕開けの扉開く

嵐の夜に拾った恋は
珈琲の香りに包まれ
切ない夜へと落ちてゆく
サマーストームストーリー
傷ついた天使
羽をたたみ怯える

その羽を羽ばたかせないで
ここにいておくれ
僕の天使 ルカ・・・・
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by karura1204 | 2004-12-01 02:06 | 第一章 夏の嵐

7月19日 金曜日

 昼から降り出した雨は、台風の影響で激しくなっていた。部下を早めに返した俺は、ひとりオフィスで決済しなければならない幾つかの書類に目を通していた。
 最後の企画書に判を押し、煙草に火をつける。灯った仄(ほの)かな明かりの先に、最終電車が発車するのが見えた。『やはり、車で帰るしかないな』ひとり呟くと、俺は帰り支度をした。雨は更に激しく降っていた。
 エンジンをかけ、台風情報を聞くためにラジオをつけると、0時45分の時刻を告げた。俺は、判っていながら、『今日も午前様か・・・』そう、呟いてしまっていた。
 やがて、やたら喧(やかま)しいDJの声が飛び込んで来た。俺も学生時代には、このDJに耳を傾けていた。だが就職してからは、聞く機会もあまり無くなっていった。それ程仕事が忙しくなっていたのだ。だから今日も、と言うか、連日の残業にいささかうんざりし、判っていながら呟きが声になったのだ。決して、嫌いな仕事ではない。だが、このままで良いのだろうかと思い始めていた。

 高速に乗り、家路を急いだ。ワイパーは役に立っていない。慎重に運転する。アーチ橋に差し掛かった時、人影らしきものを目に止めた。台風で故障でもしたのか、チカチカと点滅している街灯の下だ。最初は、事故かと思い、スピードを緩めハザードを点け進む。近くに来た時、ヘッドライトに映し出され、女がひとり佇んでいることが判った。こんな嵐の高速で何をしているのだ?と怒鳴ろうと思った時、ブルーに輝く瞳が俺を捕らえた。不思議な輝きだった。俺は、出会った瞳に魅入られ、導かれ反射的に助手席のドアを開け、その女を手招いてた。
 黙って滑るように乗り込む女。
 「早く閉めろ」
 手が悴(かじか)んでいるのか、ドアを閉めようとしない。俺は、素早くドアを閉めるとハザードを消し車を発進させた。もたもたしていたら、こっちの車が追突されてしまう。女は、
 「ごめんなさい」
 凍えた声で呟いた。
 暫くの沈黙が続き、その沈黙に耐えられなくなった俺は、軽口を叩いた。
 「バスでも待っていたのか?この辺は、来ないぜ、路線バス。まあ、来たとしてももう、終わった」
 「関係ないわ」
 窓の外に目を向けたままポツリと返してきた。
 「まあ、そりゃあそうだ」
 また沈黙が車内を支配した。
 その空気に、今度は女が耐えられなくなったのか、
 「名前は聞かないの?」
 と聞いてきた。俺は女を真似て、
 「関係ないね」
 と返した。

 女は少し安心したようになった。しかし、俺の好奇心はどんどんと膨らんでいった。大体、捨てられた小猫みたいに震えながら青ざめた頬を濡らして立っていたんだ。男物のトレントコートに赤いハイヒールと言う不釣り合いな格好で・・・・・それなのに『関係ないね』だって、そんなことは嘘だ。本音は質問攻めにしたい。なのに、格好つけて『関係ない』なんて言っている。『何でこんな所に居たの?』『嵐だって言うのに、どうやって此処に来られたの?』『彼氏と喧嘩して降ろされちゃったの?』『随分アンバランスな格好だね、何で男物のトレンチ?』『年はいくつ?』『何をしているの?』下衆の勘繰りの如く、次から次へと疑問が湧いてくる。だって、そうだろう。こんな真夜中に、しかも嵐のハイウエィだ。一歩間違えれば車に轢かれていたっておかしくはない。いや、今まで轢かれなかった事の方が奇跡なのだ。俺が拾って車に乗せたのだって・・・・・・隣で、青紫に変色した唇を震わせながら、何も見えないであろう外をじっと見据えている女を観察しながら俺は考えていた。
 「随分嵐の中に居たみたいなだ。体温が下がっている。唇で解る」
 俺はヒーターを点けた。夏の夜、嵐だから蒸し暑いのだが、今はそんな事は言っていられない。暫くすると、女は、少し温まってきた様子で、唇に赤みが戻りつつあった。それと同時に疲れも手伝ったのだろう、ウトウトし始めた。

 俺の家まで、夜の時間なら車を飛ばせば15分ぐらいで着く距離だ。しかし、ワイパーも役に立たない雨と風。そして、隣の女。意識が集中しない。いや、集中しろというほうが無理だ。結局、1時間以上掛かって家に辿りついた。この不思議な状況の中で事故を起さなかった事も奇跡かも知れない。
 俺は、女を車に残し、ヒーターをかけっぱなしにして、風呂を沸かしに行った。兎に角早く暖めなければと思った。それにしても風呂を沸かすのは何年ぶりだろう。男ひとりシャワーで充分だった。それが、拾ってきた女の為に風呂を沸かしている。それに「そうだ、着替え、着替え」と言いながらクローゼットを探している自分に気付き、何だか奇妙な感覚になった。
 とりあえず、着替えを用意し、女を起こしに行った。寝ていると思っていた女は起きて車の外に出ていた。濡れたシートが気持ち悪かったのだろう。だが俺は内心『お気に入りのシートが・・・』と思っていた。『晴れたらしっかり乾燥させよう』とも。
 女を部屋へ連れて行く。
 「マンションとは名前ばっかりのオンボロアパートだから気にするな」
 チョット自嘲気味に言った。まあ、オンボロはオンボロだから仕方ないが、見栄を張りたかった自分に気付いて胃液が上がるのを感じた。そんな俺の意に反し、女は
 「素敵なマンションよ」
 と世辞とも本音ともつかぬ事を言った。
 「そっか、それは良かった。ありがとう」
心にもない事が口から滑り出す。『何が良かったんだ?』心の中では疑問を投げていた。
 「あ、これ着替え、そのまんまじゃ風邪引いちまう。風呂は直ぐに沸く。それだけが取り柄さ。風呂は玄関の左隣、トイレはその反対だ。ゆっくり温めろよ」
女に着替えを差し出すと俺はキッチンへ行った。女は少し戸惑った顔をしたが「ありがとう」と言って風呂へ行った。

 俺は、珈琲を淹れた。特に趣味らしいものはないが、珈琲には拘っていた。好きな味はモカ、あの酸味が良い。苦味の強いものは好まない。酸味と苦味のバランスがないと駄目だ。口に苦味だけ残る珈琲は嫌いだった。珈琲も人間も、俺はバランスだと思っている。変に偏りの激しいものは疲れる。まあ、勿論憧れもある。それに、学生時代は、俺も偏りの激しい生活だった。その中から俺が出した結論のようなものがあったのだ。自分と言う存在が周りと合わなくなると摩擦が大きくなる。無理して合わせる必要はないが、八方美人だ、蝙蝠(こうもり)だと言われても、あまり突飛な行動は避けたいと思っていた。そんな俺の唯一の拘りが、珈琲だった。淹れ方から豆選びまで全てに拘る。なのに、わざわざ人を招いて淹れてやることはしなかった。これは、俺が俺の為に入れる珈琲だ。人から不味いと言われるのが嫌なのかも知れないが、自分へのご褒美でもある楽しみを人に供する事はないと思っていた。 
 「あら、良い香り」
 その言葉で振り返ると、俺の目に映った女は、肌を上気させ、唇も頬もピンクに染まっていた。雨風にかき乱された髪も綺麗に纏め上げられている。
 「珈琲の香りって良いわね。心が落ち着くわ。私にも頂けるかしら?」
 女の態度は、風呂で温められ、部屋中に広がった珈琲の香りに寄って落ち着きを取り戻したかのように見えた。
 「ああ、良いよ。ただし高いよ、この珈琲は」
 女は一瞬ビクっと身構えた。
 しかし、体勢を立て直すと「良いわ」と言い俺の目を見返した。そのブルーに輝く瞳、その目だ。その目が俺にこの女を車へと誘ったのだ。普段なら決して馬鹿げたことなどしない俺の心に女を乗せろと命じたのだ。 俺はゆっくりとカップを女に渡した。
 「今まで、俺が淹れた珈琲を飲んだ奴は居ない。あんたが最初の客だ。どうだ、美味いか?」
女はカップの中を凝視し一口喉へ運んだ。
 「ええ、美味しい。心に染みるわ」
 「そうか、それは良かった」
 俺は嬉しかった。俺の淹れた珈琲を美味しいといってくれた事が。世辞かも知れない。しかし、世辞でも嬉しかった。不思議な出逢いの女に、初めて人に出したものに美味しいと言ってもらえた事が俺の心の不安を消してくれた気がするのだ。しかし、照れくさかった。だから、女に背を向け窓の外に目をやった。
 女は、両手でカップを押し抱き珈琲を飲んでいる。部屋には珈琲の香りと、喉を静かに通る音が響いていた。どれほどの時間だったのだろう。長いようなそれでいて、一瞬であったかのような沈黙を破ったのは雷だった。青白い光を放った後何処かへ落ちた。夜中である。人々は深い眠りに落ちている。その眠りを覚ます爆音だった。その音にはじかれたように女は立ち上がり、怯(おび)えた瞳を俺に向けた。まだ光っている青白い炎が女の瞳の中に映った。
 「雷、嫌いなの、ここ・・・」
 次の言葉を止めるため、珈琲を女に口移し、唇を塞いだ。女の瞳は驚きと困惑に彩られていた。そっと唇を離し、
 「此処は大丈夫だ。心配するな。雷より俺のほうが心配になったか?だが、今、外に出るのは危険だ。朝までもう少しだ。寝ちゃいな」
 女の瞳は不安の色を濃くした。
 「何も、しやしない。ベッドは隣の部屋だ。俺は此処にいるよ」
 そう言うとソファにもたれ寝転んだ。女は小さく首をかしげ考えた後「お借りするわ」とベッドルームに入ろうとドアに手をかけた。と、その時、俺は、自分でも何故そんな言葉が出たのか判らないが・・・・・
 「なあ、お前、行く所がないんだろ?いいぞ、此処に居て。出て行きたくなるまで、居たいだけ居ろよ。俺は構わない。その部屋、好きに使えよ」
 と、女の背中に向かって言っていた。
 女は、驚きの表情を浮かべ俺を見た。だが、俺がその後何も言わないので、小さく頭を下げると部屋へ消えた。  
 しかし、俺は自分が言った言葉に驚いていた。そして、少しの後悔が頭をもたげていた。『何であんな事言っちまった?俺の珈琲を美味しいと言ってくれたからか?何時でも抱けると思ったからか・・・』さまざまな思いが脳裏を過ぎる。しかしどれも合っているようでどれも違う気がした。最後に辿りついた答えは、『まさか恋?・・・・まさかな、この俺が?』ひとり可笑しくなって笑った。その笑いは声になっていたらしく、女が顔を出した。不思議そうに俺を見ている。
 「なんでもないよ。チョット思い出し笑いをした。起しちまったか?悪かった。俺ももう寝るよ」
と言って電気を消し、目を閉じたが女は立ち去る気配がない。
 「何か用か?」
 俺は少し苛立ち聞いた。
 躊躇(ためら)いがちに、女は、
 「眠れないの」
 と消え入るような声で呟いた。俺は、意味が解らず、
「身体持たないぞ、横になるだけでも違う、あっち行けよ」
 「隣に・・・隣にいてくれませんか?」
 「え?!」今度は俺が面食らった。さっきの態度とは180度違う女の心が俺には解らなかった。これは、俺に暗に『抱いてくれ』と言っているのかと疑った。
 「違うの。そうじゃないの・・・・・・ごめんなさい。おやすみなさい」
 女は踵を返し、部屋へと戻った。俺は女の言葉の意味を考えたが、俺には理解できなかった。だが、妙に気になって部屋へ行った。女は、ベッドに蹲る(うずくま)ようにして、肩を震わせていた。
 「泣いているのか・・・?」
 女の肩が大きく揺れた。俺は傍へ寄ると、女の肩を抱きしめた。
 「解った、朝が来るまでこうしていてやる。だから、安心して眠れ。良いな。何も考えるな」
 女は俺の腕に身を任せ頷いた。俺は子供をあやす親のように女の背中をトントンと叩いてやった。女は、俺の腕まくらに安心して眠りについた。その様子を見ながら俺は、この女が愛しいと感じた。何故だか解らないが、そう感じたのだ。
 月明かりに照らされ、女の顔が青白く映し出されていた。その瞳には涙の跡が滲んでいた。俺は、女の瞳・頬にそっと触れ、暫く見詰めていたが、俺も何時しか眠っていた。
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by karura1204 | 2004-12-01 02:05 | 第一章 夏の嵐

7月20日 土曜日 1

 朝の日差しが眩しく光り、窓からは抜けるような青空が広がっていた。
俺は眩しさと腕に感じた重みで目を覚ます。重みの原因を隣に発見、苦笑いを一つする。女の頭をそっと外すと目覚めの珈琲を淹れに、キッチンへ向かった。
 サーバーの残りをアイス用のボトルに移し変えていると、夕べのアクシデントが俺の心に蘇った。女の唇の感触を思い出し手が止まる。窓の外へ目をやると、太陽が照りつけ蝉の鳴く声が聞こえた。俺はその声で現実に引き戻され、手早くリビングを片付けながら朝食の支度に取り掛かろうと、パンストックを開けた。しかし、パンは無かった。『シマッタ、切らしたか・・・・』時計を見る。時刻は十一時を指していた。この時間だと、お気に入りのパンが焼き上がる頃だ。俺は火を消すと家を飛び出した。
 気持ちのよい天気の道には、所々水溜りが出来ていた。日差しを受けキラキラと輝いている水面を跳ね返しながらパン屋まで走った。ドアを開け店内に入る。おばさんの元気の良い声が響く。
「いらっしゃーい。焼きたて出来ていますよ」
 俺は、お気に入りのパンと食パンを一斤と調理パンを適当に見繕いレジへ急いだ。早々に支払いを済ませ、今来た道を取って返すと、一目散にマンションへ駆け戻った。『俺は何を急いでいるのだろうか?』そう思ったが、走らずにはいられない俺がいた。
 玄関前に着いた時、鍵を閉め忘れた事に気付く。胸を過ぎる、言いようのない不安。何かがキリリと痛みを連れて来た。そっとドアを開け、パンをテーブルに置く。女が寝ている部屋のノブに手をかける。空けるのが怖いと感じていた。出て行っていたら・・・複雑な気持ちでノブを回す。細くあけたドアからストーカー行為でもするようにベッドを見た。実際そんな気分だったのだ。女は微かな寝息をたて、まだそこに存在していてくれた。俺はホッとしていた。と同時に、『俺は何を考えていたのだ?』と思った。モヤモヤした気分だった。そして、胸の奥がまた、キリリと痛みを感じた。持て余した想いをどうする事も出来ないまま、ボンヤリと遅い朝食と昼食の支度を再開した。
 何時もはひとりのテーブルに、カップと皿を2つずつ並べた。飾り気のないテーブルが、それだけで華やいだ。何時しか、モヤモヤは消え、浮き立つ気分で食事の用意をしている俺がいた。
 皿に盛られたプレーンオムレツとレタスのロールサラダ。近所の家庭菜園をやっているおばちゃんに貰ったフルーツトマト。手作りの苺ジャムを添えたフレンチトースト。それ自体で美味しいお気に入りのパンをスライスしてパンバスケットに盛った。
 仕上げに、モーニングアメリカンをカップに注ぐ。すると、珈琲の香りは食欲をそそるように立ち上(のぼ)った。その瞬間、俺の腹は、珈琲によってスイッチが入り鳴り出した。用意をしている間、女が起きて来ないか心配だったが、今は早く起きて欲しい。兎に角、腹に何か詰め込みたい心境なのだ。腹の虫が鳴り、テーブルに目を落とすと、ナイフもフォークも出していなかった事に気付いた。慌てて、ふたり分のナイフとフォークを探しているとドアの開く音がした。振り返ると女がシャツのまま出てきた。
 俺は、探し終えた物を持ってテーブルに着き、
 「おはよう、ゆっくり寝られた?食事出来ているよ。もう、お昼だからブランチとも呼べないけど・・・・あ、まだ、眠い?なら先に食べるけど、どうする?」
と早口で問いかけた。
 女は眠そうに目を擦りながら首を振ると、テーブルに着いた。寝ぼけ眼で「おはようございます」と返し、テーブルに並んだ料理を見て驚きの声を上げた。
 「凄い!これ、あなたが・・・・?」
信じられないとでも言いたげに俺を見ている。
 「そうだよ、何せしがないサラリーマン。ひとり暮らしが長いと色々やる。仕事も不規則だから、朝ぐらいしっかり食べないと身体が持たない。それより、冷めないうちに食べないか。味は保証しないけどね」
 俺は一気に喋りパンにかぶりついた。女は暫く俺とテーブルを交互に見ていたが空腹を覚えたのだろう。一口、口へ運び込んだ。「美味しい!」そう言うと、少しずつ料理を試して行った。そして、その都度「美味しい」を連発していてくれた。

 食事の最中俺は女に質問しなかった。黙々と美味しそうに、俺の作った物を食べる姿を目で追っていた。日の光を浴びながら、美味しそうに食べる目の前の女に、俺は不思議と満足感が広がって行くのを感じていた。
 IT産業などと持て囃され、ただ忙しいだけの毎日が、目の前の女のおかげで、癒(いや)されてゆくのだった。
 女が珈琲を飲み終えたのを見計らって「お替りは?」とサーバーを上げ、自分のカップに注ぎながら聞いた。「頂くわ」の言葉を合図に俺は名前を聞いた。他にも聞きたい事は有ったが、今はそれだけで充分だと思った。
 「一つだけ教えて欲しい」
 俺はカップを持ち窓辺へ行くと女に向き直ってそう言った。女は躊躇ったが、食事のお礼のつもりだろう「何?」と少し高圧的に答えた。
 「俺の名前は、佐藤(さとう)純一(じゅんいち)、通称、ジュンペイだ。君の名前を教えて欲しい。質問はそれだけだ」
 女は考え込んだ。沈黙があった。俺はその沈黙が怖くて、
 「本名じゃなくても良い。呼ばれ慣れたあだ名、通称で構わない。俺の事は、ジュンでもジュンペイでも良いから、そう呼んでくれ。俺は、君の名前を聞いたからって、何もしない。どう君を呼んだら良いのかだけだ」
暫く考えていたが、やがて、
 「ルカ・・・佐伯(さえき)ルカ」
女は搾(しぼ)り出すように名乗った。きっと、偽名だろうと思ったが、
 「ルカ、良い名前だ。じゃあルカ、早速で済まないが、車を洗うのを手伝ってくれないか。昨日の雨でドロドロだ」
 俺は笑顔でルカと名乗った女に言った。
 「そうだ、車を綺麗にする前に、君の服も何とかしなきゃ。その格好じゃ外にも出られない」
彼女は自分の格好に気付きシャツの裾を今更ながらに押さえると「そうね」と笑った。
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by karura1204 | 2004-12-01 02:05 | 第一章 夏の嵐

7月20日 土曜日 2

 俺は細めのジーンズを探し貸した。ダボダボのジーンズの裾を幾重にも折り返し、シャツの裾を縛ったスタイルは、彼女を幼く見せた。髪をポニーテールにしたうなじがキュートだった。
 近くのコイン洗車場に行く。既に何組かの車があった。やはり昨夜の嵐で車が汚れてしまった人達だろう。ルカと言う名の女は、コイン洗車場が初めてだったと見えて、珍しそうにしていた。そして、何も出来ない事が判った。俺は、『もしかすると、何処かのお嬢様なのかも知れない』と思いながら車を洗っていた。
 外側が終り内部の床を掃除しようとドアを開ける。此処へ来る時、助手席に座ろうとして「冷たい」とシートに手を当てていたっけ。結局、助手席を諦めてリアシートに移ったのだった。何もする事がなくて、キョロキョロとしている彼女に声を掛けた。
 「ルカ、ほら、バスタオル。これで、シートの水気を取って。この専用ドライヤーで乾かしてくれ」
バスタオルを投げる。
 「は~い!でも、ドライヤーって何処にさすの?」
と甘えた声を出した。
 そこに居た数人の人間がその声に振り向いた。しかし、シートに頭を突っ込んでいる。外から見えるのは、細く長い足と小さなお尻だけ。それを見ていた者と、声の主が見当たらず元の作業に精を出す者とに分かれた。まあ、細い足は俺のダボダボのジーンズで隠れてはいるのだが、俺は、スケベ心で見られる気がして、嫌な気分になり、咳払いをした。勘違いした彼女は、「風邪引いたんじゃない?大丈夫、私のせいね」と殊勝(しゅしょう)な事を言った。俺はそんな態度が可笑しくて笑いをかみ締めた。
 「大丈夫だよ、俺はそんなに柔じゃない。ドライヤーは、此処からコンセントを取る。判るか。此処はルカ、君が座る場所だからな」
 「判りましたー」
彼女はおどけて言った。
 「そっか、よしよし」
顔を見合わせて俺たちは笑った。

 洗車場に来てからは物珍しさも手伝ったのだろう、少し心を開いていると感じた。だから、今みたいに自然に笑みが零(こぼ)れたのだろう。夕べの不安と怖さに満ちた表情が消え、本来持っていると思われる明るさが出てきたのだと思った。
 俺がマットの埃(ほこり)を払っていると、ふいに、 「どうかな、これで?」 と声をかけてきた。俺は、「どれどれ・・・」 と言いながらシートに身体を滑り込ませた。まだ少しヒンヤリしていた。
 「う~ん・・・もう少しだ、頑張れ」
 「え~、まだ駄目?」
口を少し突き出して甘え声になる。
 「駄目なものは駄目だ。あと5分位ドライヤーかけろよ、そしたら自然乾燥だ」
その表情は明らかに不満顔である。少し恨めしそうな目で俺を見た。
 「お前、読解力ないねぇ~。自然乾燥って言ったら、窓全開でドライブだよ。風が乾かしてくれる」
言うが速いが俺の言葉を聞く間もなく
「時間ちゃんと言ってよね。5分よ、5分。約束よ!」
身を翻すとシートに顔を突っ込んでドライヤーをかけ始めた。今までとは打って変わった真剣な表情であった。その態度が可笑しくて、俺は声をあげて笑ってしまった。
 「何が可笑しいの?」
 キッと彼女の瞳が俺を見上げる。少し非難の思いが込められていた。
 「ごめん、ごめん。君の態度の変化が可笑しくてね、悪気はない。謝るよ、ごめんな」
 俺の言葉に仕方ないかと言った表情でまたルカは作業を続けた。俺も、自分の作業を始めた。だが、直ぐにルカは「まだ?後どれくらい?」と声をかけてきた。俺は、ちょっと呆れて、 「まだだよ、始めたばっかりでしょうに」と言った。
 「う~ん、意地悪」
 「ぼやかないの」
 「ハァー」溜息をひとつついた後、諦めたのか、ルカは、せっせと乾かしていった。俺は、そんなルカの事をぼんやりと見つめていた。
 「ねぇ、まだ?」
 「後、1分だね」
 「1分か」
 俺は、時計を見ながら、
 「カウントダウンしてやるよ。15秒前、10秒前、5、4、3、2、1、終了!」
フーッと溜息を吐いた彼女の額には、薄っすらと汗が滲んでいた。
 「バケツに道具をぶち込んで後ろに入れておいてくれよ」
 「え、あなたは?」
と、不安げに聞いた。
 「俺は飲み物を買ってくる。すぐ戻るよ」
 俺は彼女を残し自販機へ向かった。自販機の前に来て俺は、はたと気が付いた。『何が良いか聞かなかったな・・・』暫く自販機の前で考え込んでしまった。後から来たふたり連れに催促され、やっと気が付いた程ボンヤリ考えていた。ふたりに先を譲り、俺は諦めたように同じ物を買った。彼女が嫌いな物だったらと考え、小さなサイズにした。急いで車に戻ると
 「遅いじゃないの。何していたの?」
 と詰(なじ)った。
 「自販機が一台しかなくて混んでいたんだ、待たせて悪かった」
 この一言で俺の心はキリキリと痛み出した。
 「聞くのを忘れたから、ルカ、君が好きかどうか解らないけど、これ」
 そう言ってオレンジジュースの缶を差し出した。彼女は照れた顔で
 「ありがとう、オレンジジュース好きよ、私も怒鳴って悪かったわ」
 気まずい空気が一瞬流れた。その流れを変えるように俺は、努めて明るく
 「じゃあ、出発だ。海にでも行こう。明日も休みだからゆっくり出来るぞ。さあ、乗った、乗った」
 後ろのドアを開け彼女を乗せた。俺は運転席に乗り込むと慣れた動作で車を発進させ、音楽を無意識にかける。バックミラーでリアシートの彼女を見ながら、
 「窓全開だから、寒かったら自分で調整してくれ。後ろにタオルケットもあるから掛けて良いぞ」
 声を掛けたがダンマリで、じっと外を見ている。強い語調で俺に言った事を気にしているのか?それとも・・・さっき見せたあの屈託のない態度は嘘だったのか?俺は、車を走らせながら色々な事を考えては不安な気持ちになった。だが、あの一点の曇りもない笑顔や明るさが彼女の本来の姿なのだと思う。何か、人には言えない事を体験した、そのせいで明るさに翳(かげ)りが生じてしまったのだろうと。
 「ねぇ、海って何処まで行くの?」
窓の外を見ていたと思ったルカが、ポツリと聞いてきた。
 「別に決めてないよ。何処にでも行ける。海に拘る必要もない。ルカ、君が行きたい場所があるならそこを言ってくれ。俺は構わないから」
小首を傾げ考えている彼女が見えた。このルカと言う女は思索する時首を傾げる癖が有るらしい。夕べも・・・・ふいにニッコリ笑うと、身を乗り出して俺の肩越しに言った。
 「江ノ島が良いわ。江ノ島から海沿いの道を走りたいの。駄目かしら?」
 「構わないよ。この時間だと江ノ島に付くのは夕方だ。夕日が綺麗だよ、きっと」
彼女の顔は輝いた。その笑顔に俺は見取れた。綺麗な笑顔だ。夕日に染まる海と・・・・・・俺はアクセルを踏む足が軽やかになっていた。

 「ただなあ、海沿いの道を走るのは夜になるがそれでも良いか?何も見えないぞ」
彼女は暗い表情になった。そして、「そう・・・」と言ったきり、また黙った。
 「江ノ島で泊まるか?七夕は終ったけど、星も綺麗でロマンチックだぞ。日の出も見られるし、朝日の道を走ってゆける。どうする?車で寝たって良い。この車、シートがフラットになるタイプだからゆっくり出来る。海を見ながら食事したって良い」
 だが、答えは返ってこなかった。ただ外を見ている。俺は、軽やかな気分になったばかりだというのにイラついてきた。あの笑顔は一体何だったんだ?江ノ島を見ながら走る海沿いの道。きっと彼女にとって楽しい思い出のある場所なのだろう。と同時に嫌な思い出でもあるのか?まあ良い。黙っているなら俺も黙っていよう。根競べだと思った。

 それにしてもと思う。このルカと言う女は俺が付き合ってきた女達と全く違うと。出逢いが衝撃的過ぎたからかも知れないが、それだけじゃないと感じる。上手い表現方法が見つからないが、ルカには俺自身を変えてしまいそうな何かが、心を突き動かされるものを持っていると感じるのだ。今までの俺に無かった、そう欠けていたものを埋めてくれる何かが・・・。
 中高の時の俺は、不良少年と言う名前をほしいままにしてきた。毎日が喧嘩三昧(ざんまい)の硬派だった。まあ、好きな女の子はいたし、興味は多いにあったのだが、哀しい事にどう接して良いのかが解らなかった。毎日、毎日痣(あざ)や傷を作っては、それが男の勲章とばかりに思っていた。
 中学を卒業と同時に、4月生まれの俺は、直ぐ原チャリの免許を取った。その後、次々と二輪免許を取得して、ナナハンを乗り回す日々が始まった。スピードを感じて走るのは気分がHighになれた。喧嘩よりも楽しかった。俺より早い奴など居ないと自惚(うぬぼれ)れていた。そんな時、俺は自損事故を起した。バイクはめちゃくちゃだった。最初にバイクを見たおまわりは駄目だと思ったし、両親も即死だと覚悟していた。しかし俺は、ぐしゃぐしゃになったバイクの横でメットを持って立っていた。現場に来て俺を見た時、幽霊だと思って叫び声を上げたのはお袋だった。引き攣(つ)ったオヤジの顔が可笑しくて笑ったら、ボコボコに殴られた。それから俺は、バイクとオサラバした。
 だが、懲りない性分は治らず、今度は車の免許を取った。大学に入ってからは車を乗り回し、女と寝る事しかないくらいに遊び回った。それまでの硬派な生活は一変、ナンパ人生の4年間になった。4年で卒業できたのが不思議だと仲間からよく言われた。就職も誰より先に決まった。しかし、俺の中の言い知れぬ不安は拭えなかった。めちゃめちゃだった中学からの10年間。喧嘩、バイク、車、女・・・・人殺しと薬以外は何でもやってきた俺だった。
 大学の卒業旅行を終えてからの俺は、また生活を変えた。真面目なサラリーマン道まっしぐらに進んだ。だが・・・・いや、この時は変えざるを得ない事が、俺の身に降りかかったのだ。就職して半年経った辺りから、仕事関係の付き合いを極力避けるようになった。学生時代と違い、仕事が絡んだ付き合いは疲れた。だから、心のバランスを保つためにのめり込まない付き合いに気を使った。考えてみれば馬鹿な話かも知れないが、それでなんの不自由なく生き、家で淹れた自分の為の珈琲に安らぎもあった。仕事場で知り合った女と恋らしきものもした。でも、俺の中にずっとある、しこりのような不安を解消してくれることにはならなかった。
 次第に仕事に夢中になっていった。バランス感覚なんて偉そうな事を言っていたが、毎夜帰り着くのは深夜1時、2時。休日返上で、有給も毎年会社が買っている状況だ。
 そう、昨日だって、連日の徹夜が終ったばかりだったのだ。神経が高ぶっていたのは確かだった。が、そればかりでは説明の付かない何かが俺にこの女を拾わせたのだ。
 そんな事をぼんやり考えていると、左手に江ノ島が見えてきた。空と時計を交互に見る。思ったより早く着いた。彼女も気付いている筈だ。特徴のある島が見えているのだから。 
 俺は、バックミラーをチラッと見て、近くの駐車場に車を止めた。

 「着いたぞ、此処から先、江ノ島まで歩こう」
俺は車を降りた。彼女は遠い目をして江ノ島を見ている。俺は、伸びをした。流石に腰が疲れた。『睡眠不足だったからな』欠伸をしながら、ドアを開けてやった。
 「疲れたか?」
 はじかれたように俺を見ながら、
 「ごめんなさい。考え事していたの」
 そう言うと車をゆっくり降りた。俺は彼女に笑いかけ
 思ったより早く着いたよ。あの橋を歩いて行こう」
 半ば強引に彼女の手を取り歩き出した。俯きがちに手を引かれ歩く。自分から行きたいと言い出した場所なのに、何かに怯えている感じさえ伺える。江ノ島への橋を渡り終えた辺りで、空がほんのりと茜色の薄墨を流した具合になってきた。
 「急ごう、展望台に着く頃には綺麗な夕焼けになる」
俺は手を強く握り締め駆け出した。彼女の瞳に映った夕日を感じながら・・
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by karura1204 | 2004-12-01 02:04 | 第一章 夏の嵐

7月20日 土曜日 3

 展望台に辿りついた時、息が切れた。『そう言えば俺、朝飯のパンを買いに走ったんっだっけ・・・』呼吸を整えると、
 「ルカ、間に合ったよ。夕焼け綺麗だな。月並みだけど、綺麗なものは綺麗だよな」
 俺は、柄にもない事を口走った。『小学生の作文だな』とは思ったが素直な感想だった。彼女は俺の言葉に呆れたのか、傍を離れていた。だが、その事に俺は気付かなかった。

 空が変化してゆく様をゆっくり見られたのは、大学以来だった。日々の忙しさに紛れ、こんなにゆったりとした気分になれたことを俺は感謝した。『素敵な時間をありがとう』と言いたかったのだ。
 日が翳り、頬を風が撫でてゆくまで、俺は夕焼けに見とれていた。一瞬海風が潮の香りを強く運んだ。
 「ルカ、そろそろ行こうか。風が強くなった」
 声を掛けたが返事がない。周りを見渡すと、無数の鍵が掛かっていた。嬉しそうに鍵を掛けている幾組かのふたり連れが視界に入った。手近な鍵を見ると、相合傘に名前が書き込まれている。俺は不安に駆られ、名前を呼んだ。
 「ルカ?ルカ、何処だ!」
 展望台を必死で探す。『返事をしてくれ、頼む』祈る思いで彼女の名前を呼んだ。『ひとりで帰ってしまったのか?』失望感に押し潰されそうになった時、見覚えのあるシルエットが目に入った。『ルカ!』傍へ駆け寄る。俺は、怒りと不安に任せ思い切り、振り向かせようとして手を止めた。彼女は声を殺し、止めどない涙を流していた。その手元には、さっき見た鍵と同じ物が握られていた。相合傘には、仁&伽瑠羅の文字が読み取れた。瞬間迷わず俺は彼女を抱きしめていた。掛ける言葉が見つからなかったのだ。ただ、温もりで包んでやりたいと思った。そして俺は、彼女の翳りの欠片を見た気がした。ここに書かれた、仁と伽瑠羅、きっとルカの本名は『伽瑠羅』そう確信した。気が済むまで泣けば良い。俺がお前の涙を受け止めてやる。言葉にしない分、強くルカの細い肩を抱いた。潮風が俺達を優しく包んでいた。

 どれくらいそうしていたのだろう。周りには人影も無くなっている。ルカは、
 「ありがとう。もう大丈夫」
 と言った。
 俺は回していた手をルカの手に合わせ、ギュッと握った。そうして静かに歩き出した。その時、ふたりの腹時計が鳴った。
 「どんな状況でもお腹って空いちゃうのね。人間って不思議」
 「そうだな」
 昼から何も食べていなかったのだから当然なのだが・・・俺達は、繋いだ手をそのままに、空いている手をお互いのお腹にどちらからとも無く当て笑い出した。笑うと余計腹の虫が鳴った。
 「よし!飯だ、飯」
 「オー、飯だ!」
 「何が良い?チョット戻るけど、美味しいフレンチの店を知っている」
 「フレンチ?」
 「ああ、フレンチと言っても堅苦しいヤツじゃない。気軽に食えるビストロだ」
 「私、フレンチ好きだけど、今日は、純、あなたの車で星を見ながら食べたいわ、駄目かしら?」
 『さっきの話、聞いていたのか』俺の心は熱くなった。
 「駄目じゃないよ。ただし、コンビニ弁だぞ」
 「構わないわ」
 「じゃあ、急いでコンビニに直行!」
 俺達は車まで走った。40に手が届きそうな身体には、この走りはきつかった。足がガクガクしていたが、ルカの前ではそんな姿は見せたくないと見栄を張った。
 車に乗り込むと24時間営業のコンビニを探して入った。時計を見ると21時を過ぎていた。『この時間じゃ、あんまり良いものはないかも知れない』と思ったが、意外にも品揃えは良かった。営業車の為か休日のドライブを当て込んだか、店内も客が多かった。
 俺は、サンドイッチと若鶏の何とかと書かれたスープスパ、それにパックの紅茶を買った。ルカは、おにぎりとサラダ寿司のパックにお茶とあっさり系を選んだ。そして、「おやつに食べましょう」とスナック菓子やガム、チョコと遠足みたいなものを何点も籠に放り込んだ。
レジで金を払う時、スープスパを温めてもらっていると、ルカはいたずらっ子の笑顔で俺を見た。俺は『?』と言う顔をルカに返す。『今にわかるわよ』とでも言いたげな顔をしたルカ。店員から袋を渡され店を出ると、俺は気になって直ぐに聞いた。
 「さっきの笑いは何?」
 「さあ、何でしょう?フフ、後で教える、ううん、解るわよ」
 そういったルカの瞳がクルクルと回った。
 星が良く見えそうな場所を探して、江ノ電沿いを七里ガ浜辺りまで走らせ、駐車場に入れた。先ずは腹ごしらえと、シートを倒して机を作る。出来上がった机にルカは大喜び。
 「へ~、便利なのね」
 「今、こんなのは常識だよ」
 「そうなの?」
 やけにはしゃぐ。なんて不思議な世間知らずのルカ。俺は呆れた。

 シート机に買ってきたものを並べる。その時だ。俺の買ったスープスパのスープが振動で滲み出ていたものだから、シートがスープの油まみれになった。折角綺麗にした車が汚れたのだった。呆れている俺を尻目にルカはクスクス笑った。
 「そんなに笑うな。買った時に気付いたなら言えば良いのに、お前変な所に気付くよなぁ」
 俺はチョット愚痴をこぼした。ルカと言えば、『そんな事に気が付かない方が可笑しいんじゃない』とでも言いたげに俺を見ながら、おにぎりをぱくついている。俺は、ベタベタになったスープスパと格闘しながら食事を終えた。その時ルカが不思議そうに言った。
 「ねぇ、どうして珈琲買わなかったの?」
 「ん?!ああ、偏屈な拘りだよ」
 「拘り?」
 「そう、自販機やコンビニで売っている珈琲は俺の好みに合わない。サ店でも気に入った所しか行かない。偏屈な拘りだよ。特に缶珈琲は口に缶臭さが残るだろう」
 言いながら俺は、珈琲をポットに淹れてこなかったのを後悔していた。
 「そろそろ、星、見よっか?」
 「ええ」
 ルカが頷く。
 ルカにゴミを纏めさせている間に俺は、シートを雑巾で拭き、前後のシートを倒してフラットな状態にした。すると、
 「うわースゴーイ!」
 ルカはまた、感激している。『調子狂うなぁ』
 「ほら、寝っ転がれよ。靴は後ろにでも投げときな」
 俺はルーフと前後左右の窓を開けた。大きいとは言えない窓だが天井からは満点の星が広がる。フロントガラスからも星が降ってくる。プラネタリュウムの世界が、現実の世界として映し出された。俺達は、何かお互いに言おうと思って言葉を捜したが見つからなかった。目の前に広がった世界と一つになり、言葉も無意味だと知った。そして、手を繋ぎ沈黙を言葉として心を響かせあった。ルカはそれが出来る女だった。以前、学生の頃ナンパした女や会社の女を同じように連れてきた事があった。しかしどの女もただ、五月蝿(うるさ)く騒ぐだけだった。だから、その言葉を塞ぐように女達を抱いていた俺。
 しかし、ルカは違った。180度見渡せそうな世界と一つになれる。俺は繋いだ手の温もりに、俺の中の不安がまた少し溶かされていくのを感じていた。ルカと名乗る、伽瑠羅と言う謎のだらけの女によって。
その夜、俺たちは満天の星空の下、そのまま眠りについた。夏の海風が優しく包んでいてくれた。
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by karura1204 | 2004-12-01 02:03 | 第一章 夏の嵐

7月21日 日曜日 1

 翌朝、光のVEILが開け放たれた窓から差し込んでいた。俺は、「眩しい」と言うルカの声で目覚めた。外は、やわらかな朝日が海面をキラキラ照らしている。犬の散歩やジョギングをする人々の声も聞こえてきた。
 「気持ち良いわね」
 「ああ、気持ち良いな」
 伸びをしながら朝の空気を胸いっぱいに吸い込む。朝がこんなに気持ち良いのは何年ぶりだろう。ルカに目をやれば、同じように感じているのであろう。ふたりで笑った。俺は、ルカといると笑顔になれる。楽しいと感じる。そう思った。まだ出逢ったばかりなのに、ずっと前からいるような錯覚に陥った。実際は、お互いの事は何も知らなくて、一瞬、一瞬新しい発見をしているのだが・・・。そして、俺たちは、いつの間にか名前で呼んでいることに気付いた。
 ルカは、素足のまま浜へ歩き出した。下ろした髪が光に透け溶け合う。眩しそうに手をかざしている姿は、どことなくヴィーナスだと思った。
 ルカが浜へ行っている間に俺はシートを直した。
やがて、駆け足でルカが戻ってきた。何かと思っていると、
 「お腹空いちゃった」
 と子供のように言う。
 「お前、食いしん坊だな」
 「ふふ、でも空いちゃうものは仕方ないでしょう。何でかな?」
 「しょうがない、それが人間さ。この先に結構イケルモーニングを出す所がある。そこで良いか?」
 「勿論!でも、純は色々なこと知っているのね」
 「いや、知っているって程じゃない。昔この辺に住んでいただけさ。突っ張っていたガキの頃に」
 車を発進させると俺は続けた。
 「その頃のダチがやっている店だ。夜はビストロ、昼は定食、そして、朝は喫茶店でモーニング。オヤジの跡を継いで手広くやっている。そこなら俺が飲める珈琲も置いてある」
 「そう、じゃあ楽しみだわ」

 店には直ぐに着いた。店内は此処のモーニング目当ての客で一杯だった。
 「よお!尊、繁盛しているな」
 「おお、純平、久しぶり、で、悪いけど」
 「解ったよ」
 俺はルカを連れて厨房へ行くと、珈琲を注ぎ始めた。 ルカは、驚いて、
 「何をしているの?」
 と、聞いた。
 「手伝いだよ」
 俺は、詳しい説明もせず、伝票を見ながら次々に客の珈琲を注ぎ入れる。そして、俺とルカの分も。
 「飲んでなよ、尊が淹れた珈琲もイケルだろ」
 30分あまり経った頃から客が減り始め、1時間後には最後の客が帰った。尊は、クローズドの札を下げると、
 「悪いな、何時も。でも、随分と久しぶりじゃないか、純平。あれ、彼女?」
 と小指を立てる。
 「違うよ。まだだよ。それより美紀ちゃんは?」
 「あいつ、3人目の出産で実家だ」
 口と手が一緒に動き、あっという間に、3人分の食事を厨房のテーブルに並べた。俺は、珈琲サーバーを持ち、席につく。
 「紹介するよ。こいつが、俺の悪友、林(はやし)尊(たける)、今は居ないけど、美紀ちゃんって奥さんがいる。もう直ぐ3人目が生まれるそうだ」
 「俺の事は良いよ、それより・・・」
 「悪い、こちらは、佐伯ルカさん」
 「ルカ、珍しい名前ですねぇ、純平とは何処で?」
 「おい、尊、腹が減っているんだ、先に食わせろ」
 俺は食べ始めた。
 「ルカさんも、冷めないうちにどうぞ、食べて下さい」
 ルカは、テーブルに並んだ食事をみて
 「これ、純一先輩が作ってくれた朝食と同じですよね?」
 「ああ、俺が此処でバイトしていた時、コイツのオヤジさんから教わった」
 「純平は、俺よりコックの資質があった。センスが違う。なのに、お前さっさと就職しやがって。オヤジお前に期待していたんだぞ」
 「そうだったのか?!」
 「な~にが、そうだったのかだ、この大歩危が」
 尊との久しぶりの会話。ガキの頃から、一緒に馬鹿をやってきた奴とは、心を一瞬で通わせる事が出来る。特に尊はその中でも一番だ。そして、尊の能天気とも言える性格は、俺が躊躇(ちゅうちょ)してルカに聞けないでいる事をさり気なく聞いてしまうのではないかと期待していた。
 「ところで、純平、お前、ルカさんに飯を作ってやったのか。それも朝食を。お前、彼女じゃないなんて言いやがって、この野郎」
 「いや、本当に違うんだ・・・」
 俺は、どう言って良いのか判らずルカを見た。すると、ルカが
 「私、3ヶ月前にNYから戻って来て、今、純一先輩の会社で英語と仏蘭西語のマニュアル本を訳しています。日本に居た事が少ないから、無理を言って案内をして貰っているんです」
 と言ってくれた。
 「そうなのか?純平。それにしちゃあ、お前が朝飯を作ってやるか?それに、ルカさんが着ている服は純平のじゃないか」
 「参ったな、尊には敵わないよ。確かに、俺の服だ。だが、あんまり勘繰るなよ」
 「あら、純一先輩、私の事、嫌いですか?」
 「ルカ・・・」
 「照れるな、照れるな、純平。ルカさんはお前を気に入っているんだぞ」
 「いや、あのな、参ったな・・・」
 俺は狼狽した。ルカがドキっとさせる事を言うから言葉に詰まってしまった。
 「あ、ほら、俺の部屋の隣のオバハン、お前も知っているだろう」
 珈琲を注ぎながら苦し紛れに言った。
 「ああ、あのサザエさん頭のオバンか?」
 「そう、そのオバンが、朝も早くから水をやっていた。朝の4時だぜ、それでルカ頭から水浸しになったんだ」
 「そう、酷かったわよねぇ。謝りもしないのよ、その人」
 と、ルカは話しを合わせてきた。
 「だから、俺の服を貸した」
 「お前が迎えに行ってやれば良かったんじゃないの?」
 「残業で、爆睡しているんだぜ。何か有ったら大変だろう。また昔の繰り返しは嫌だからな。俺ひとりならまだしも、人を乗せるんだ」
 「まあ、そう言えばそうだ」
 俺たちの会話に入りながら、ルカはクスクスと笑っていた。本当は大笑いをしたいのだろうが、堪えているのが判った。
 「可笑しかった?詰まらなかったんじゃない?」
 商売人らしい気遣いで尊はルカに聞いた。
 「いいえ、つまらなくも可笑しくもないですよ。ただ、良いな~って思って聞いていました。男の方って、幾つになっても子供みたいに話が出来るんだって。おふたりが羨ましいです」
 男ふたり、顔を見合わせ、照れた。
 「それより、あのー、昔の繰り返しって、事故か何かを?」
 「ああ、コイツね、高校の頃、バイクで壁と相撲を取ったんですよ。バイクはグシャグシャ、投げ出されたコイツは海へドボン。バイクを見た人は全員コイツの黒枠写真を思い浮かべた。ところが、コイツはピンピンしていやがった。その後、純平のオヤジと俺のオヤジふたりで、延々と説教です。それ以後、バイクとは縁を切っちゃったんだよね。勿体ない気はするけどなー」
 「そんな事があったんですか・・・」
 ルカは俺を心配したような表情で見詰めた。
 「尊、ペラペラ喋るな。お前、昔から放送局だからな、男のくせに」
 「うるせぇ、ところで、ルカさん、女の人に年を聞くなって言うけど、聞いても良いかな?」
 「馬鹿、尊」
 「構いませんよ。もう、結構行っちゃって、30になります」
 「え?!」
 「おかしいですか?」
 「いえ、まだ25~6に見えた。うちの美紀と同じ年だと思うけど、えらい違いだ」
 「結婚できないから、ひとり気侭なんです。私の友達も後輩も結婚している人は落ち着いていますよ。私ぐらいかな、浮ついているの」
 俺は、ルカの言葉には真実味が感じられなかった。と言うよりも〝何か〟を隠すために嘘をついていると思えた。30と言う年が本当かどうか疑わしかった。ただ、海外が長いと言うのは信じられる気がしていた。ルカの不思議な感覚は、現在の日本文化を知らない事から頷けた。
 「それにしても、硬派から一転、華麗にナンパ師へ変身したお前が、IT産業界の最先端で仕事している有望株だ、ルカさんコイツ離しちゃ駄目だよ。コイツが朝食を作ってやった女は、絶対ルカさんだけだから」
 「おい、尊、俺だって誰かに何かしてやりたいって思う事だってあるんだ。尊、お前だって美紀ちゃんに対してそう思ったから結婚したんだろう?」
 「ま、そうだけど、お前の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。やっぱり、決まりだな。ルカさんを大事にしろよ。結婚式には友人代表で悪事全部ばらしてやるから」
 「おい、俺たちは・・・」
 「良いじゃない、先輩。先輩の淹れる珈琲をずっと飲めたら幸せでしょうねぇ」
 『え?今なんて?』俺の頭は混乱した。顔が紅くなる。身体が熱い。尊の冷やかし顔がニタニタと『熱いねぇ~』と言っていた。俺は、諦めた。明日にはこのニュースが仲間内に広まっている。複雑な思いでルカを見ると、いたずらっ子の瞳をクルクルとさせていた。
話は、尊の好奇心と思い込みによって思わぬ方向に展開していた。
 「お、9時半過ぎた。悪い、昼の仕込みが少しあるんだ。また、来てくれよ」
 「ああ、解った」
 「尊さん、またね」
 俺たちは店を出た。尊の日焼けした笑顔が夏の陽に照らされていた。
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by karura1204 | 2004-12-01 02:03 | 第一章 夏の嵐

7月21日 日曜日 2



 俺はルカに『どういうつもりだ?』と言おうとしたが、ルカが先手を打った。
 「私、上手くやったでしょう。純の恋人に見えたよね」
 「頼んでないぞ」
 「言うと思った」
 「ん?」
 「頼んでないぞって言うと思ったの。でも、私の純に対するお礼の気持ち。何処の誰だか解らない私を拾ってくれたし、我侭にも付き合ってくれた。それに、涙が乾くまで抱きしめてくれたでしょう。そのお礼」
 「礼が欲しくてやったんじゃないぞ。俺はただ、俺がそうしたくてやったんだ、そんな・・・」
 「ねぇ、小田原まで行って蒲鉾買って帰りませんか?明日はもう仕事でしょう」
 俺は、ルカの顔を見た。その顔は、無邪気に笑っている。
 「ああ、そうだな。そうしよう」
 俺は、何を言っても無駄な気がして、ルカの意見に従った。そして、心を切り替え、この幸運に自分の気持ちを乗せて今日を楽しもうと決めた。 
 今日のルカは黙り込む事もなく、はしゃいでいる。俺は、ほっとしていた。
 小田原に着くと、俺たちは、食べ切れない程の蒲鉾を買い込んだ。鯵、秋刀魚、鰈等の干物に貝類や瓶詰めまで買った。一週間は食材には困らないだろう。魚介類三昧の一週間だ。
 買い物をしている時のルカは、また別人だなと思う。店のオヤジに上手い口調で値切って行く。親父もルカの口車に乗せられたのか、表情に乗せられたのか、値を下げてゆく。車に戻ってその事を言うと、
 「向こうじゃ当たり前よ。値切らない方がおかしいわ」
と事も無げに言ってのけた。
 その後、ランチは、帰り道、名前と雰囲気に惹かれステーキの店に入った。ルカはよく食べる。気持ちの良い食べっぷりだ。なのに、細い。
 「なあ、体型を維持するのに何かしているのか?」
 「何もしていなわ。元々、身体を動かす事が好きだし、それに、褐色何とかって言う細胞が人より多いみたいで、効率良く脂肪を燃焼させているらしいわ」
 「便利な身体だな」
 「そうね」
と、笑った。
 「そうだ、ルカ、洋服買わなきゃ。着替えがないと不便だろう」
 「ええ、そうね。困るわね」
 「何か好きなもの買ってやるよ」
 「嬉しいわ、ありがとう。でも、良いわ、自分で買う。悪いもの、それに純に買ってもらう筋合いはないし・・・・」
 「バ~カ、全部俺が買うとは言ってないぞ。お前が一番気に入ったものを一枚買ってやる。似合う奴な」
 「ありがとう。でも、本当に良いの?」
 「ああ、俺が良いって言っているんだ、受け取れよ、な」
 「ありがとう」
 「礼は言うな。俺の方が礼を言いたいくらいなんだ」
 「何で?」
 「さあ、何でなんだろうな。そうと決まれば早く食っちまおうぜ」
 「ええ」
 それから黙々と食べた。腹を満たし、店をあとにした。
 「何処で買うか?って言ってもルカは海外にいたんじゃ分からないよな」
 「何処でも良いわ。向こうにいた頃だって、市場みたいな所で安いのを買っていたの。所謂フリマとかガレージセールよ」
 「じゃあ、安心だ」
 俺たちは笑いあっていた。
 俺はこうして笑い合える人が隣にいる事に感謝していた。会社に入ってからは苦味を噛み潰した顔で仕事をしていた。その姿勢は崩れないだろう。しかし、今までとは明らかに違う気持ちでいられるのだろうと思うのだ。それも、このルカと名乗る女が俺にもたらしてくれたのだ。
 俺は、一気に家の近くまで車を飛ばした。此処なら、駅ビルが3つあって便利だし、今流行の量販店もあった。駅の駐車場に入れると、ルカに
 「此処は値切れない、その代わりセールをやっているし、店によっては纏めると安くなる」
と教え、値切らない事を約束させた。
 3つの駅ビルを一つずつ見て行く。歩くのも大変だなと思ったが、苦もなく歩いてゆくルカの後をゆっくり付いて行った。
 ルカは、瞳を輝かせ、店を見て行く。その姿はどう見ても30と言うイメージからは程遠かった。渋谷辺りを歩いている少女と変わらない気がした。
 全ての店を丹念に見終わった後、ここぞと思った店に逆戻りして行く。買う順番を決めていたかのように、効率よく回り、ジーンズから帽子・下着に至るまで気に入った物を買っていった。いずれもセール品で500円・1000円・2000円といった感じで、買い物が上手いと感心した。いつの間にか両手の荷物は膨れ上がった。
 「俺が持つよ」
 ルカの手から袋を受け取ると、小さな袋は、大きな方へ入れた。
 「ありがとう」
 「まだ、買うの?」
 「ええ、後一軒」
 ルカはすまなそうに、両手を胸の前で合わせた。
 「荷物、車に置いてきて良いかな?」
 「あ、ごめんね。お願いするわ。改札の所にあった、ファーストフードの前で待っているわ」
 「はいはい、お姫様」
 俺は、駐車場に荷物を置くと、ルカの所に戻った。
 「お待たせ、で、何処へ行くのかな」
 「こっち」
 ルカは俺の腕を取り、ずんずん歩いてゆく。東口側の駅ビルの一軒のお店だった。ルカは俺の手を離すと決めてあったようなワンピースを何着か手に持って、鏡の前で当て始めた。そこに俺がいるのさえ忘れ、何度も同じ動作を繰り返す。尊が、女の買い物は長くて嫌だと愚痴を零していたが、確かに長いと感じた。イキナリ、
 「ねぇ、純どれが良い?」
 ルカが声を掛けた。
 「え?」
 ふいを突かれ戸惑っていると、
 「この中で、どれが良いかしら?純、あなたにプレゼントしてもらうの」
 俺はその時初めて服をみた。どれも夏らしい色の、涼しそうなものだった。
 「試着してみれば?見ているだけじゃ解らないと思うよ」
 「そうね」
 ルカは、店員に何か言って試着室に入って行った。俺は、その前で待つ。着替えたルカが出てくる。それを何度か繰り返した。どれもルカに似合っている。ルカと言う女の魅力を充分に引き出していた。服に負けていない。逆に、服を着こなしている。俺もどれが良いのか決めかね迷った。ルカとしては、全部欲しいのだろうと思った。俺は、思わず
 「ルカ、全部買ってやるよ」
と言っていた。ルカの瞳が輝く。
 「本当?」
 「ああ、良いよ」
 「でも、一枚だけでしょう?」
 「俺、そんな事言ったか?」
 「ええ」
 「じゃあ、前言撤回。ルカに一番似合っている服だから、全部OKだよ」
 俺はまたしても、柄にもない事を言った。「貸して」とルカから服を取ると俺はレジへ行き「プレゼントにして下さい」と頼んだ。合計で5千円強。ルカの為ならこれくらい安いものだと思った。
 レジでメンバーズカードと言うポイントの溜まるカードをわざわざ作ってくれた。最近、この手のものが大流行で、街のスーパーからネット上に至るまで、ポイントがつく。ネットはまだしも、店で買ってまでカードをくれると、財布がかさばってしまう。普段は貰わないのだが、ルカにやれば良いと思って、作ってもらった。
 そして俺は、ルカが負担にならない理由を考えていた。一枚と言った服が増えた。俺はルカが喜ぶ顔が見たいだけなのだが、ルカは気にするに違いない。
 「ルカ、帰ろうか。夕飯作らなきゃならないからな。それとも、もう少し何か見て行くか?夕飯、此処で食べたって良いんだ」
 「ううん、帰りましょう。私も、ちょっと疲れたわ」
 「わかったよ」
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by karura1204 | 2004-12-01 02:02 | 第一章 夏の嵐

7月21日 土曜日 3

 車に戻った時、俺は良い事を思いつき言った。
 「そうだ、また質問するけど、誕生日って何時だ?」
 キョトンとするルカ。俺の突然の質問にビックリしていた。
 「俺は、4月13日、おひつじ座だ。13日なんて縁起悪いだろう。金曜日に重なる年は最悪だ」
 「私は8月6日、しし座よ。日本に初めて原爆が落とされた日だわ。でも、急にどうしたの?」
 「いや、別に、8月6日、まだだな。じゃあ、バースデープレゼントもプラスされていると思って、心おきなく受け取ってくれよ」
 簡単なリボンのついたプレゼント用の袋に入った服をルカに渡した。
 「純、ありがとう、嬉しいわ。大事にするからね」
 俺は、くすぐったい気持ちになった。
 「さあ、帰ったら早速料理作るぞ。ルカも手伝えよ」
 「ええ。でも、期待しないでね」
 「お前もしかして、料理苦手なのか?」
 「あんまり得意じゃないわ」
ペロッと舌を出すルカ。
 「まあ、お手並み拝見と行きますか」
 車は、直ぐマンションへと着いた。
 荷物をキッチンに運び入れると、ルカはベッドルームに服を仕舞いに行った。暫く出てこないと思ったら、プレゼントした服を一着着てきた。
 「どう?似合う」
 髪をアップにして淡い色の口紅をつけている。俺は、ドキっとした。
 「似合うよ。さっき見た時と印象も違うしね。綺麗だよ」
 言って、俺は照れた。フフフ、とルカが笑う。『抱きたい』と思った。手を伸ばせば届く距離なのだ、抱きしめて・・・・・だが、今は抱けない。危うい、この不安定な関係が、俺の気持ちをいつもと違う気持ちに駆り立てているだけかもしれないが、ルカにずっと此処に居て欲しいと思っている俺がいるのだった。だから、その確信が持てるまでは、この想いは封印しようと何故だかわからないがそう思ったのだ・・・・・
 「着替えておいで、料理したら汚れるよ」
 俺は冷蔵庫に首を突っ込んで、食材を入れる振りをして頭を冷やした。動きやすい服に着替えて来たルカが、
 「純、電話光っているわ。何かメッセージ入っているみたい。どうする?」
 「再生してくれ、構わないから」
 ピーっと音がして、〔純平、俺だ、俺、お前やっと結婚する気になったのだって。尊から聞いたよ。幸せにな!〕〔オイ!純平、やったな、俺も来月にはふたり目のオヤジだ。お前も頑張れよ〕〔純平、聞いたぞ、何だよ、水臭いな。俺の所にも寄ってくれよ。彼女に合わせろ。じゃあな〕
 自分の名前など言う奴は誰ひとりも居ない。しかし言わなくても解る。馬鹿をやっていた頃の仲間だ。尊の話でこうやってメッセージを入れてくれる気持ちが嬉しかった。
 冷やかしややっかみも入っている。でも、硬派時代の仲間はこしてメッセージを残してくれる。俺は胸が熱くなった。
 だが、俺とルカは何も始まってはいない。それどころか、どうなるかさえ解ってはいない、先の見えない関係なのだ。
 「あいつら・・・・・」
 「良い人達ね。羨ましいわ。私には、こんな風に喜んでくる人はいないもの」
 「どうして?」
 言葉に詰まるルカ。
 「そんなことより、魚焦げてない?」
 「ア!」
 慌ててコンロを引く。
 「あ~あ、皮が焦げた。身は・・・身は大丈夫だ。食えるぞ。そこの皿取ってくれ」
 「これ?」
 「そう、それ」
 2枚の干物を皿に乗せ、
 「大根おろし作ってくれる?」
 剥いて水に晒しておいた大根とおろし金を渡す。
 「これくらい私にだって出来るわよ。子供じゃないのだから」
 拗ねたようにおろし始めたルカ。だが、力任せにおろしてゆく、手が滑って指を擦ってしまった。
 「痛ッ」
 「大丈夫か?そんな力入れるからだ。水で流しておいで」
 俺は絆創膏をとりだしルカの指に貼ってやろうと、
 「どれ、どの指?」
 ルカが中指を出す。
 「これで大丈夫。大根は力任せにおろすと辛味が出るから、こうして円を描くように擦るんだ。これなら指をする事もない」
 俺は、もう一度ルカに渡した。
 「へー、本当に色々知っているのね」
 感心したように声を出すルカ。そして不思議そうに、
 「ねぇ、純、どうしてお店をやらないの?あんなに美味しい珈琲を淹れられるし、ご飯も美味しいのに」
 と聞いて聞いてきた。
 俺は、テーブルに料理を並べながら、素直な思いを言った。
 「俺、料理を作るのは好きだよ。だけど、自分や自分の家族の為に作りたいと思っている。俺にとっての料理は趣味で良い。仕事にしたいとは思わないし、俺の淹れる珈琲を飲んで欲しいのはこの人って決めた人で良い」
 ルカの手が止まった。考え込んでしまいそうな気配を感じ「貸して」と、明るく言った。すりおろされた大根の搾り汁を味噌汁に入れ、手に残った大根を魚の隣に置いた。
 「ルカ、出来たよ。冷めないうちに食べよう」
 ルカが座り俺はご飯をよそった。
 「あ、そうだ、ルカ、箸を買うのを忘れたな。割り箸でごめんな」
 「良いのよ、気にしないで」
 「いっただきま~す。さあ、食うぞ!」
 「いただきます」
 「うん、美味い!やっぱりスーパーで買う魚より美味いな」
 「そうね」
 「この練り梅をおろしに混ぜて魚食ってみな。醤油かけなくてもイケル」
 俺は自慢の食べ方をルカに教えた。
 「なぁ、ルカ、休みの日に、料理教えてやろうか?お前が嫌でなければの話しだけど」
 「ええ、教えて。料理ぐらい出来なきゃ」
 「よし、じゃあ俺がみっちり教えてやる。何処へ行っても恥ずかしくないように」
 何気なく言った言葉にルカは強く反応した。
 「私、何処へも行きたくない・・・・・ここにずっと居たい」
ルカの瞳から雫が零れ落ちた。俺は慌てた。
 「いや、そう言う意味じゃなくて、あ、その、良いんだ、ここにずっと居ていいんだ。ルカが居たいだけ居て。俺は、俺はルカにどこへも行って欲しくない。ここに居てくれ」
 ルカの顔が泣き笑いになった。それから俺は何を食べているのか解らない状態になった。料理を丸呑みしているようで、胃がおかしい。  
 早々に後片付けを済ませ珈琲を淹れた。一刻も早く気分を落ち着かせたかった。ルカに出逢ってから、自分のペースがつかめない。ルカに振り回されている。決して悪い気分ではないのだが・・・・・
ルカの珈琲も淹れ渡す。突然ルカが、
 「ねぇ、バイクで事故起したのって高校の時なの?」
と聴いた。
 「ああ、高3。もう、20年近くにもなるよ」
 「ふ~ん、じゃあ、純は38歳ぐらいなのかな?」
 「いや、まだ36だよ」
 「でも、四捨五入したら40じゃない。へ~、おじさんなんだ」
 「おいおい、おじさんはないだろう。ルカだって30だろう?」
 「違うよ」
 「え?だって、さっき」
 「あれは嘘。四捨五入したら30だけどね」
 「やっぱりな」
 「何で驚かないの?」
 「何でって、30だって言う方が信じられないからね。で、本当は幾つなの?」
 「26」
 「まあ、そんな所か、でも、俺は22ぐらいだと思ったよ」
 「どのへんで思ったの?」
 「う~ん、ルカの態度かな。妙に子供っぽいところがあったから、おじさんの目に狂いは無かったわけだ」
 「御見それいたしました」
 「調子に乗るな」
 「フフフフフ・・・・」
 ルカは、子供みたいに笑った。俺もつられて笑った。その笑いが切れた時ルカの瞳と出合った。俺は、抱きたい衝動にかられた。しかしその思いを封じ込めるように言った。
 「ルカ、悪いが、明日は仕事だ。俺は寝るよ。あっちの部屋はルカ、君に進呈する。好きに使ってくれ。休みの日にレイアウトを変えよう。良いね?」
 「はい」
 「じゃあ、おやすみ」
 「おやすみなさい」
 ルカがドアから見えなくなると、俺は珈琲を口に含んでソファに寝転んだ。月明かりが淡い光を放っている。ルカとは10年離れているのか・・・今時、10や20の歳の差は珍しくもない。だが、何かが引っ掛かった。小さな棘が刺さったそんな気分だった。しかし、ルカがここに居たいと言ったことに安心した。安心すると俺は眠くなってきた。目覚ましを何時もより30分早くセットすると、俺は夢の住人になった。
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by karura1204 | 2004-12-01 02:01 | 第一章 夏の嵐