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8月2日 金曜日 2

 俺は軽く手を上げると桜木町駅へ急いだ。ほろ酔い加減に夜風が気持ち良かった。ルカとの約束が有るので、酒は控えたつもりだったが結構飲んでいたようだった。駅の売店でスポーツドリンクを買い、俺は一気に飲み干した。電車がホームに入線するアナウンスが聞こえた。慌てて階段を駆け上がる。発車を知らせるベルが鳴る。俺はすんでの所で電車に飛び乗った。
 流れる景色。MM21の観覧車が光を放つ。桟橋に続く道をライトが彩っている。『ああ、この景色をルカにも見せてやりたい』俺は思った。光のページェントが遠のくと街の明かりだけになり、暗闇も所々現れてくる。俺は目をつぶり、ドアに背もたれウトウトした。ふいに光を感じて目を開けた。電車は品川駅に入っていた。と言うより、ドアが閉まりかけている。俺はドアに手を掛けた。ドアが軋んだ音を出す。笛の音が鳴りドアが開く。俺は身体を滑り込ませるように降りた。危うく乗り過ごす所だった。
 山手線のホームへ行くと、タイミングよく電車が入線した。今度は余裕で乗れた。乗り過ごすのは嫌なので、俺は目をつぶらず車内を見渡した。すると、新型車両で有る事がわかった。行き先掲示板はテレビ型で、現在何処へ向かっているのかを表示していない時は、CMが動画で映されている。これは飽きない。満員電車で見るのは辛いかもしれないが、昼間なら結構時間つぶしには良い。これを開発したのは何処の会社だろう?と思った。ここに食い込めれば、また大きな仕事になる、うつらうつら考えていたら、渋谷に着いた。ハチ公まで走った。時計を見ると、21時25分。俺はあたりを見渡した。ルカは・・・・いた。
 「純!」
 ルカは、俺を見つけたようで手を振りながら駆け寄ってきた。
 「ジャスト!私も今着いたのよ」
 ルカは白のノースリーブシャツに赤のサブリナパンツ、同系色のミュールを履いていた。小さめのショルダーバックは、少し光沢のある感じだ。そして、ふと気付く事があった。俺は「アッ!」と声に出した。
 「フフ、暑いから切っちゃった。似合う?」
 「勿論、ショートも良いよ」
 ルカの長かった髪は、なんと言うのか解らないが、品の良いショートになっていた。顔立ちがハッキリして、大人っぽい雰囲気になっている。薄っすらとした化粧が色っぽい。アクセサリーは、左手のリングだけ。
 「今日は、一段と綺麗だ」
 俺は素直に、いや酒の力を充分借りて言った。
 「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいわ」
 ルカは、俺の腕に絡みついた。
 「行こう」
 俺たちは、丸9の信号を渡りライブハウスまでの道をそぞろ歩きした。
 ライブハウスに着くと、信を呼んでもらった。店内は若者で埋め尽くされ、アマチュアバンドが演奏していた。親衛隊らしき集団が見える。アマチュアでも人気のバンドなのだろう。
 「よう、純平、よく来たな」
 「おう」
 信は、俺に耳打ちした。
 「この人か、彼女。良いじゃん。何処で知り合ったんだ?」
 「ああ、紹介するよ。佐伯ルカさんだ」
 「よろしく」
 「よろしく。お綺麗ですね。純平には勿体ない」
 「良いから案内しろよ」
 俺は今にもルカの手を取りそうな信に言った。
 「まあ、せかすなよ。席2つリザーブして有るから」
 バンドの演奏が終わった。人の流れが外へと向かう。俺たちは流れに逆らって席へ着いた。ステージに近い良い席だった。
 「ロックバンドは今の連中で最後だ、ゆっくり俺の演奏聴いて行ってくれよ。じゃあ、また後でな」
信は楽屋へ引っ込んだ。ボーイが来てメニューを置いてゆく。
 「ルカ、何飲む?」
 「う~ん、どうしようかな」
 「酔っ払っても良いぞ、俺が担いで行ってやるから」
 「嫌ね、そんなにはなりません。でも、お言葉に甘えて、ブラディマリーをいただきましょうか」
 「お、いけるんじゃん。俺はマティーニだ。つまみは?」
 「ソーセージの盛り合わせとコロッケが良いな」
 「コロッケ?」
 「ええ、おつまみに合うのよ」
 「ふ~ん」
俺はボーイを呼んだ。
 「ブラディマリーとマティーニ。ソーセージの盛り合わせとコロッケ、あと、シーフードサラダもね」
メニューを閉じボーイに渡す。
 「夕飯、ちゃんと食ったのか?」
 「ええ、軽く」
 「軽く?食いしん坊のルカが?」
 「もう、純ったら。私だって食べてばっかりじゃありませんよ~だ」
 子供のようにふくれ面をしたルカ。俺は可笑しくてからかおうとしたとき、ドリンクが運ばれてきた。俺たちは、グラスを合わせた。
 「良い雰囲気のお店ね」
 「そうだな」
 暫くすると、ステージの明かりが点きバンドが入って来る。ステージ衣装に着替えた信が最後に派手な振りで入ってきた。すぐに、軽快なJAZZが演奏された。俺は良く解らないが良い感じの曲だ。
 ルカが曲名を教えてくれる。そして、JAZZの音に身を任せている。途中途中、ソロパートが入ったり、オールデイズの曲をジャズ風にアレンジした曲があったりと飽きさせない。なかなか楽しいと思った。たまには生で音楽を聴きながら酒を飲むのも悪くない。
 「ルカ、時々は、こうして飲みに来るのも良いな」
 「そうね、時々、来ましょう」
 「ああ、そうしよう。ところで、ルカ、生徒さんはどうだい?授業の方は順調?」
 「まだ、今は説明で終わっているの。本格的に出来るようになるのはもう少し先になりそうだわ」
 「そうか、良く話を聞いた方が長続きするし、相性も有るからな」
 「相性ねぇ。やっぱり有るのかしら?」
 「そりゃ、あるよ。仕事をしていても、コイツとは合わないなって思うヤツはいるよ。まあ、選り好みは出来ないがね」
 「ええ、選り好みはいけないと思うから、本人がどうやる気が有るのかを聞いているわ」
 「やる気は大事だ。親が言ったから、言われたからと言うのは駄目だ」
 「ええ、ただ、主婦の方はやる気があっても、小さいお子さん連れはお断りしたわ。他の方に迷惑が掛かるでしょう」
 「そうだな。難しい所だ」
ルカは頷いた。
 「でも、私の時間のある時、個人的にと言うなら構いませんって言っておいたわ。本人のやる気を無駄にしたくないから」
 「ルカは、やっぱり優しいな」
 俺はルカの瞳を見詰めた。薄暗い店内、周りの喧騒が俺には聞こえなかった。ただ、黙って、ルカを見詰めたのだった。ルカの瞳も俺を見詰め返していた。一分、二分、三分・・・・俺は息苦しくなって視線を外した。ステージから信の声が聞こえ、
 「え~、これからスタンダードナンバーをお送りします。ご自由にチークダンスでも踊って下さい。では、サマータイムから」
 それまでの曲調が変わった。昔、ディスコで聞いたような甘ったるい雰囲気だった。こんな音楽に乗って、女を口説いていたり、逆ナンされたりしていた事を思い出した。ルカが不意に席を立った。
 「ごめん、ちょっと」
俺はルカに目で、『行っておいで』と言った。
 ステージへ目を移すと、信と目が合った。その目は、
『バーカ、折角ムードの良い曲をやっているのに、何で誘わないんだ』
と言っていた。が、俺は無視して酒の注文をした。
 ルカは戻ってくると「背広貸して」と言うが早いか、ふたりのバックに掛け、俺の腕を取った。驚く俺を尻目に「踊りましょう」とフロアに出た。
 信がニヤニヤしている。ルカは、信のメッセージを受信したらしい。俺の肩に頭をもたせ、身体をあずけている。ルカとの、こんなシーンは何度かあった筈なのに、俺はドキドキと心臓が高鳴っていた。音が聞こえてしまうのではないかと思うほどだ。体が熱い。ルカの顔は見えない。それが救いのような気がした。
 酒を飲んでもあまり顔に出ない俺だが、真っ赤になっているに違いない。この俺が、昔の俺を知っている女どもが見たら、笑っちゃうだろうと思った。それ程俺は動揺していた。信のヤツも調子に乗って、長いことスタンダードやらを演奏している。早く終われと思う気持ちと、このままでいたいと思う心の余裕が生まれた頃、演奏が終わった。
 そして、信の声が聞こえた。
「10分間の休憩をいただきます。その後、歌姫YUKIMIの登場です。暫くお待ち下さい」
ステージ上の信はおどけて言った。
 俺たちは席に戻った。ルカが悪戯っ子ぽく瞳を輝かせ俺の目を覗き込んだ。
 「驚いた」
 「ああ、驚いたよ」
 「向こうじゃ、おじいちゃんもおばあちゃんも陽気に歌って踊って、仲良くチークを踊るのよ」
 「そうか。まあ、俺もディスコ全盛の頃は踊っていたからな」
そこへ信がやってきた。
 「よう、朴念仁。彼女の方が察し良いぞ」
 「悪かったな。彼女は俺なんかと違って、海外が長いんだよ」
 「へー、何処にいたの?」
 「NYとパリにいました」
 「NYに居たの。俺も居たんだ。どの辺りに居たの?俺は、ハーレムに近いところ。金がないからボロボロな格好でいたよ。現地人みたいにね。そうしないと危なくて」信は早口に喋った。
 「そうね。でも、私パリの方が長いの。NYは3ヶ月ぐらいかな。セントラルパークに近いところよ」
 「じゃあ、ルカはもしかして、テロの時NYに居たのかい?」
 「いいえ、その時はパリに居たわ。今年になってNYへ行って、それから日本に戻ったの」
 「な、俺たちと違うだろう」
 「それが、何で純平と付き合っているんだ?お、その指に光っているのは、ベリドットじゃないか。お前がプレゼントしたのか?」
 「まあな、でも、お前、良く石の名前知っているな。俺、美里に聞いて始めて知ったくらいだ」
 「美里のところで買ったのか」
 「ああ」
 「そうか、美里も8月生まれだよ。昔あいつが言っていたよ」
 「なんだ、お前ら付き合っていたのか?」
 「昔だよ。俺の事は良いよ。それより、お前結婚するのか?」
ストレートに聞いてくる。言葉に詰まっていると、
 「そうか、そうか、尊から聞いていたけど、お前に合うまでは信じられなかった。でも、ルカさんを見て、お前の態度を見たら確信したよ。で、式は何時だ?ペット吹いてやるよ」
 「あのなー」
 「良いじゃない」
ふいにルカが言った。
 「まだ先のことはわからないの。でも、今、純一さんが、私を大事にしてくれているから、いずれは結婚するかもしれません」
俺はルカを見た。
 「熱いねぇ、純平、お前もう実権彼女に握られているぞ。まあ、頑張れや」
 ステージでは、信が歌姫だと言った、YUKIMIと言う女性ボーカルの歌が始まった。
 「あいつ、歌上手いだろう。俺、あいつを口説いている最中なんだ。上手く行くよう祈ってくれよな。じゃあ、俺行くわ。もうワンステージ残っている。ゆっくりしてゆけよ」
信は楽屋へ行った。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:54 | 第二章 鬼灯

8月2日 金曜日 3

 全くルカは、俺の度肝を抜かす事を平気で言ってのける。俺が何処かで期待していることを見透かしたかのような言動を自然にやってくれる。
 「ごめんなさい、余計な事言っちゃったね」
 「いや、良いよ。あいつの性格だ。あれくらい言わないと納得しないだろう」
 ルカのそういった、相手の元みたいな部分を見抜く力は、天性のものなのだろう。
 俺たちはまた酒を注文し、歌姫の歌に耳を傾けた。信が言った通り澄んだ歌声は聞く者の心を捉えた。
 「確かに上手いな」
 「ええ」
 店内は静かになっていた。声高に話す者は居なかった。皆ひそやかに話している。今この時間ここに来ている人間は、この歌姫が目当てなのだろうと思った。
 歌い終わった時、割れんばかりの拍手が起こった。売れるに違いない。いずれ、テレビを賑わす存在になるだろうと思った。
 やがて店内はざわめき始めた。俺は時計を見た。針は0時を指している。
 「ルカ、終電に間に合わなくなると困るから、もう出よう」
 「お友達のステージは良いの?」
 「ああ、構わないよ。あいつに付き合っていたら何時になるか分からないよ。電車がなくなったら、そこのホテルくらいしか眠れる所はないし、途中で降ろされたら駅で寝るか、歩くかだ。それでも良いか?」
ルカは何時もの考えるポーズを取り、
 「じゃあ、帰りましょう」
と言った。
 レジへ行き会計をしようとしたらボーイが、
「信さんから先にいただいていますので、御代は結構です」
と言われた。
 レジで押し問答をするのも嫌なので、伝言を書くと店を出た。
 「信、サンキュー。最後までいられなくてごめん。また、ルカと一緒に来るよ。今度は俺が奢る。じゃあ、純一」

 「悪かったわね、奢らせちゃって」
 「良いのさ。俺たちは昔から奢ったり奢られたりしている。だから、ルカが気にすることはない」
 「純の友達って、皆良い人なのね」
 「まあな。自分でいうのも変だけれど、あいつらみんな良い奴等だよ。だから、今でも付き合っていられる」
俺はちょっと自慢げに言った。
 「男の人って、そう言う所羨ましいと思うわ。私、何で男に生まれてこなかったのかなー」
 「それは困る」
 「え?!」
 「ルカが男なら、きっとマブダチになれたと思うよ。俺。だけど、女であるルカだから俺たちは出会えた。さっき、信に言ってくれた言葉、嬉しかったよ、俺・・・・」
突然歩みを止めた。俺の目をルカは覗き込んでキョトンとした。
 「好きだ。ひとりの女性として、俺はルカの事を愛しいと思っている」
 俺は、ルカを抱き寄せると囁いた。ルカの瞳が揺れる。だが、俺の手を取ると、「ありがとう」とそっと呟き、黙って駅までの道をルカは、俺の手を引いて歩いた。
券売機へ行こうとすると、財布から切符を取り出し手渡してくれた。
 「買っておいてくれたんだ。ありがとう」
 俺は受け取ると改札を通ろうとした。ところが、自動改札は大きな音を立てた。駅員が飛んでくる。後から入ろうとしたルカは、俺にぶつかる格好になった。不思議そうにする俺たち。駅員に切符を見せると、買った時間が昨日だったので通れないと言われた。正規に買っているのだから駄目なのか?と聞くと、自動改札ではなく、駅員のいる所を通ってくれと言われた。機会は、馬鹿なのか利口なのか分からない所がある。融通が利かない。仕方なく、駅員の所を通ってホームに行った。そんなアクシデントもあったが、俺たちは、それすらも楽しんだ。

 電車に乗ると、ルカは、チークを踊った時みたいに、俺の肩に身体を持たせかけている。ルカの温もりが伝わってくる。幸せな気分だったが、俺の心は複雑な押し問答をしていた。答えが出せないまま、駅に着いた。いつもなら私鉄線に乗り換えるのだが、俺たちはマンションまでぶらぶらと歩いて帰った。何を話すわけでもなく、ただ、手を繋いで歩いた。手から伝わる温もりが心地良かったから、マンションの玄関まで手を繋いだままだった。鍵を開ける時、ようやく手を離した。
 「ただいま」
 「ただいま」
 ふたりして言うと風呂を湧かし、珈琲で一息ついた。風呂が沸く音がした。
 「先に入って良いよ」
 「ありがとう」
 俺はルカを先に入らせた。
 ルカが風呂に入っている時、いや、渋谷で好きだと告げた時から、自分の気持ちはもう抑え切れないと思っていた。あの時、戻ってでもホテルへつれて行きたかった。此処へ歩いて来る間にだってホテルはあるのだから、引っ張ってゆくことも出来た。しかし、出来なかった。繋いだ手が、俺の邪まな心をかろうじて押し留めていたのだ。
 「あー、気持ち良い。歩いていたから、足がパンパンね。お風呂でマッサージしてきたわ」
 陽気にルカが言う。
 「髪を短くしたから楽だわ」
 バスタオルで髪を拭き椅子に座った。
 「純も入っておいでよ。気持ち良いわよ」
 「ああ」
ぶっきらぼうに言った。
 「珈琲、サーバーに入っているから、好きに飲んでいな」
 俺は、風呂へ行き、シャワーを勢い良く出す。熱い湯が身体を打つ。シャンプーを取り、頭をごしごしと洗う。ボディーブラシで身体も洗う。シャワーの湯は俺を打ち続けている。泡を流しながら、自分の想いも流そうとしていた。俺はシャワーを水に変え、頭からかけた。ルカを抱きたい。その想いを冷たい水をかけることで冷ましたかった。ルカが来て2週間目。持て余した気持ちを、俺はどうして良いのか分からなくなっていたのだ。水のシャワーを浴び暫く立ち尽くしていた。身体が冷え、くしゃみが出た。慌ててシャワーを止めると、湯に浸かった。が、すぐ上がった。寝てしまおうと思ったのだ。風呂から上がり、
 「ルカ、先に寝るよ」
声を掛けた。

 ルカは深夜のお笑いを見ていた。俺が上がったことに気付かないのか、テレビに夢中だったのか返事が無かった。仕方がないので、ルカの肩を叩き、
 「先に寝るよ」
ともう一度言った。
 「あ、ごめん。気がつかなくて。これ、面白いわよ」
 「そう、見ていて良いよ」
俺のよう子が少し違うことを感じたのか
 「何か変。私、何か気に入らないこと言った?」
 「いいや、違うよ。俺、ちょっと疲れているだけだ」
 「本当?」
 「ああ、本当だ」
 「じゃ、私も寝るわ」
 「いいよ、ルカはテレビ観ていなよ。面白いんだろう」
 「でも・・・・純の方が心配」
 ルカの心配顔が俺の顔を覗き込んだ。ブルーの瞳に見詰められた俺は、コントロール不能に陥り、シャワーに流してきたはずの思いは溢れ出し、ルカを抱きしめていた。
 「ルカ、俺はお前が好きだ。だから、大事にしたいと思っている。さっき、渋谷でも言ったが俺は、ドンドンお前に惹かれている。昔の俺なら、出会ったその日に抱いて終わりさ。だが、どうしてだか分からないが、そうはしたくなかった。お前を抱いてしまったら、何か大事なものが壊れてしまいそうな気がして、抱きたいのに抱けない。この気持ちをどうして良いのか分からないんだ」
 理性は感情に屈した。激情のままに喋った。
 「昔の俺を知っている奴が今の俺を見たら信じられないというよ。俺だってそうだ。お前の笑顔は、俺に今まで欠けていたもの全てを与え、輝かせてくれている。その上お前を抱きたいと思うのは、俺の業だ。男としての本能だなんて言い訳さ」
 俺はルカを突き放し、背を向けベッドルームへ行くと布団を頭からかぶった。まるで駄々子だ。
 暫くしてルカが入ってくる気配がした。布団を被ったままそっぽを向いた。

 「純、純一」
 「用は明日にしてくれ」
 「純、お願い、私を見て」
 「嫌だ」
 「私を困らせないで」
 「困らせるつもりはない」
 俺は駄々っ子のように言った。
 「だったら・・・・」
 そう言うと、ルカは黙ったままになった。俺は不安になりルカを見ようとした。その時、ルカは俺のソファベッドに潜り込むと、唇を重ねてきた。俺は驚いてルカを離す。
 「駄目、さっき見てくれなかった。だから」
身体を寄せてくる。
 俺は、反射的に抱きしめた。ルカのふくよかな膨らみ、しなやかな身体のラインがダイレクトに伝わってくる。ルカは何もつけていないのだ。
 俺の身体は反応しルカを求めた。抱きしめると、欲望のままキスを何度も交わし、膨らみを愛しむ。無造作にパジャマを脱ぎ捨てると、ルカの肢体に手を這わせる。薄暗い部屋に月明かりが柔らかく差し込んで、ルカの顔を照らした。その瞬間、俺の手は止まった。ルカの身体が小刻みに震えているのを感じたからだ。閉じた瞳には涙が滲んでいる。
 「ルカ、やっぱりよそう」
俺の理性がルカの涙で戻った。
 「純、ごめんなさい・・・・・」
消え入る声で言った。
 「いや、俺が焦りすぎた。謝るのは俺だ。ゴメンな」
俺はルカをそっと抱き寄せ頭をなでた。
 「ルカ、今夜はこのまま眠ろう。駄目かな?」
 「良いわ」
 「ありがとう」
 俺はルカの額にキスをした。ルカは俺の胸の中で静かに眠った。俺もルカの心の中に抱かれ眠りについた。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:53 | 第二章 鬼灯

黒点



やわらかな風
心 ゆらぐ

君からそよぐ風は
やわらかな日差し運ぶ
あたたかく



凪の海
穏やかな 時

軋ませた胸の痛み
記憶の底さえ吹き消した
君の微笑み



きらめく朝
心 はずむ

歌声が 木霊する
木漏れ日の中に揺れる
君の後ろ姿



そっと 君を
抱きしめる ずっと

君に出会えたこと
僕は 全て 感謝するよ
大好きな 君
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by karura1204 | 2004-12-01 01:52 | 第三章 黒点

8月3日 土曜日

 夏の日差しが部屋を照らしている。暑いはずなのに、俺は寒気がした。隣にいたルカがいない。寝ぼすけのルカは?ボーっとした頭で起きると、パジャマを着た。昨夜は裸で寝たせいか冷たすぎるシャワーを浴びたせいか、それとも両方なのか・・・ドアを開けた。ルカはパソコンに向かっていた。
 「おはよう」
 「あ、おはよう。もう、11時過ぎているわよ。簡単だけど、食事もあるわ」
 「食欲ないわ。悪い」
 「珍しいわね、純が寝坊するなんて。でも、土曜日だから、良いか」
 俺は、ルカの声を背中で聞き欠伸をしながら洗面所へ言った。そう、トイレに入って用を足したまでの記憶はあったのだが、顔を洗おうとしてドアに手をかけ、俺は倒れた。物凄い音がしたらしい。
 「純?どうしたの?純、純一!」
 遠のく意識の中でルカの声だけが響いていた。
 俺が気付いた時は、ベッドの上だった。頭には氷まくら、両脇と両足の付け根にはブロックアイスがあった。
 「良かった、気がついた」
 何か喋ろうとしたが声にならない。
 「喋らないで。風邪だって。少し疲れも有ったみたい。 緊急だったから、パソコンに入っていた住所録を見て、純のお友達に電話したわ。勝手に見てごめんなさい。でも、直ぐにお医者様を連れて来てくれたの。もう、ビックリ。純をベッドに運ぶの、ひとりだったの。身体が熱かったから心配しちゃった。何か食べられそう?」
 ルカは興奮気味に喋った。余程心配し、慌てていたのだろう。だが、俺は首を横に振っただけだった。
 「じゃあ、水分だけでも取ってね。マズイだろうけれど、冷やして有るから、気持ちサッパリしていると思うわ」
 スポーツドリンクにストローを付けてルカが持って来た。零れないようになっている。吸い飲みの感じで飲ませてくれた。熱で火照った身体には冷たくて美味しい気がした。
 「汗が出ているから着替えましょう」
 パジャマを着替えさせてくれた。着替えると、気持ちが良くて俺はまた眠った。
 2時間位経つと目が覚める。その都度ルカは氷を変え、パジャマを変え、水分を補給してくれる。0時を回った頃、解熱剤が効き始め、ぐっすりと眠った。
 しかし、その間もルカは小まめに汗を拭き、リンパ線を冷やしてくれていたらしい。俺は知らずに眠っていたが、ルカは一睡もせず看病していてくれた。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:51 | 第三章 黒点

8月4日 日曜日 1

 翌朝、俺はキッチンからの良い匂いで目覚めた。まだ、ふらつくが、トイレへ立った。
 「おはよう」
 「純、おはよう。もう熱は下がっているわ」
 キッチンから声がする。トイレから出ると俺はクッションの所へ横になろうとした。すると
 「純、辛いだろうけれど、顔を洗って。口ゆすいできて。少しで良いから食べてね」
 「食欲ないよ」
 「しょうがないわね。じゃあ、着替えてベッドに行っていて。ソファベッドは駄目よ。お日様に干すから」
 俺は言われた通りにした。ベッドに横になると、ルカの香りがした。俺はルカの香りに包まれ、一昨日の夜を思い出し反応してしまった。何もこんな時にとも思うのだが・・・・身体は正直だ。
 「純、ちゃんと寝た?」
 ルカが熱いタオルと水の入ったコップに洗面器を持ってきた。俺は、慌てた。
 「はい、身体拭いてね。顔もよ。コップ置いておくから口もゆすいで、ここに出してね」
 そう言うとキッチンへ行った。俺は、ホッとして、また言われた通りにした。熱いタオルのおかげで身体は元に戻った。
 次にルカが入ってきた時は、お盆におじやと野菜スープが乗っていた。
 「少しベッドに腰掛けて待っていてね」
 使い終わったタオルやコップを下げに行った。俺はベッドに座り、ルカを待った。
 「お待たせ」
 取り皿と蓮華を持って来て、よそってくれた。
 「はい、あ~んして」
 「おいおい、子供じゃないんだからひとりで食えるよ」
 「駄目よ。ひとりじゃ、ひと口ふた口しか食べないでしょう。はい、口開けて」
 俺は、ちょっと困った顔をした。しかし、ルカに見つめられ覚悟を決めた。『もう、こうなったら自棄(やけ)だ』ルカの言う通りにするしかない。俺はルカに食べさせてもらった。気恥ずかしかったが、何も食べなかった胃に、おじやが染み入るように入って行った。野菜も柔らかく煮てあって美味しい。なんだかんだ言って、半分以上食べてしまった。
 「ルカは、良い奥さんになるな」
俺はボソッと言った。
 「そうかな?」
 「ああ、俺が保証する」
 「じゃあ、純のところへ行くわ」
ニッコリ笑った。
 「頼むよ」
 俺はマジに言った。嘘や冗談なんかじゃなく、ルカが側にいてくれることで俺は安心していられたのだ。見守られているという安心感に俺は酔っていた。
 「さあ、少し眠って。眠れなくても、横になっていてね」
 「わかった」
 ルカは、食事を下げると、ソファベッドをベランダへ運んで行った。ここの最上階はテラスタイプのベランダだから、余裕でソファベッドが置ける。今日の日差しもきつそうだ。これなら半日も干せばふかふかになる。布団は丸洗いできるタイプだから、今頃は洗濯されている頃だろう。
 俺は、隣で細々働くルカのことをあれこれと思い巡らせていた。だが、余程疲れていたのだろう。考えている間に俺は眠っていた。
 そして、俺はまた夢を見ていた。この間見た、不思議な夢とそっくりだった。海辺を散歩していた。ルカの腕には、また赤ちゃんが抱かれている。微笑みながら俺に手渡そうとした瞬間、ルカは赤ちゃんと共に闇に消えたのだ。俺は、必死でルカの名前を何度も叫んだ。俺のうなされた声に、ルカが驚いて来てくれていた。俺の名を呼び揺り起こした。
 「純、純?どうしたの?起きて・・・純」
 「ああ、ルカ・・・・・」
 「嫌な夢でも見たの?うなされていたみたいだけど」
 「大丈夫だよ」
 「そう、ならいいけれど・・・・」
 まさか、ルカが消える夢だとは言えない。俺は、笑顔を作ると
 「仕ことの夢だ。システムが上手く行かなくて青くなっていたよ。気を引き締めろってことだろうな」
 と嘘を付いた。ルカは、不安げな表情を見せたが、
 「ちょうど良いわ。もう、お昼だし、夜きちんと寝るために、今からは起きていないと駄目なのだってお医者言っていたから、起きましょうね」
と、キッチンへ行った。
 俺は、ホッとしたが、ルカに嘘を付いたことが引っ掛かった。それにしても、ご丁寧な医者が来てくれた。生活面まで指示していったとは・・・・・
 「ところで、誰に聞いた?」
 寝ぼけ顔でリビングへ行くと聞いた。
 「え~っと、安東さん。安東誠さん。一番上にあったから」
 「そっか。誠か。でも、あいつよく家にいたな」
 「何でも、ショーが終わって、丁度家に帰った所だったんですって。私、どうしようと思ったけれど、純のことが心配で、上から順番に掛けるしかないと思っていたのよ」
 「それは迷惑掛けたな」
 「ううん、それは良いのよ。それより、安東さん、私のことを奥さんだと思っているわ。説明していると長くなるから、家内ですって言っちゃった。で、当直明けのお医者様を連れて来てくれたの」
 俺は、目を丸くした。とっさに家内ですだなんてよく言えたと思う。何か言おうかと思ったが、ルカのことだ。言っても無駄だと思い、言うのをやめた。
 「誰かな・・・?後で礼を言わなきゃ」
 「今日は家にいないそうよ。何か有れば携帯にしてくれって言っていたわ」
 「わかった」
 俺は席についた。テーブルには薬膳粥の具が並び始めていた。
 「栄養取らないと駄目よ」
 白粥がテーブルに置かれた。
 「苦い物が有るかも知れないけれど、食べてね。お医者様が、今日のレシピをFAXで送ってくれたから色々 作れたわ。夜も期待していてね」
 「ありがとう。何度礼を行っても言い足りないくらいだ」
 「良いのよ。さあ、冷めないうちに食べて」
 「ああ、いただきます」
 「いただきます」
 俺たちは、白粥にトッピングの具をあれこれ入れて食べた。
 「粥も、こう具が多いと楽しめるな。粥って言ったら、七草か梅干やオカカがポピュラーだけれど、これなら食欲も刺激される」
 「ええ、お医者様もそう言っていたわ。中国では白粥ではなく、漢方薬入りですって。でも、それだと日本人には馴染めないから、白粥で構わないって」
 「成る程ね」
 「干し椎茸を戻して甘く煮たり、白子(しらす)に刻みねぎを混ぜたものにお醤油や味噌を加えたり、朝鮮人参の代わりに、人参をすりおろしてそこへ、粉末のウコンを混ぜても良いそうよ。勿論、たらこやシャケ、サッパリした梅干も。梅干には、オカカや紫蘇の葉を混ぜても美味しいんですって。今度作ってみるわ」
 ルカは楽しそうに話している。俺はルカの話を聞きながらいつしか元気になってゆくのを感じていた。そして、ただ元気が出ると言う単純なことではなく、心に暖かいものを感じていた。ルカからもたらされるあたたかさ・・・・穏やかな気持でいられる自分が不思議でもあった。何か張り詰めていた様々なものが癒されている。俺は、ルカに感謝してもしきれない想いが溢れた。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:51 | 第三章 黒点

8月4日 日曜日 2

 「食後の珈琲は明日からよ。今日は胃を休めなさいだって」
 「大丈夫。飲まないから。気分はもう、大分良いけどね。それよりルカ、君の方が疲れているんじゃないのか?」
 「私は平気よ。何て言っていっても、純より10も若いのよ」
 「ハハー御見それいたしました」
 「エッヘン!」
 俺は眩しい思いでルカを見詰めた。
 「でも、無理するなよ。ルカが倒れたら、俺どうして良いか分からなくなるから」
 「ええ、無理はしないわ。昼間、純がいない時、お昼寝するから大丈夫」
 「明日は月曜日だぞ」
 「今晩ゆっくり寝れば平気よ。ごちそうさま」
 「ごちそうさま。美味しかったよ」
 「ありがとう。じゃあ、純、お皿洗って。生活を元に戻すために動きましょう。私は洗濯物をするから」
 「はいはい、何でもルカの言う通りにするよ」
 俺は流しに皿を運ぶと洗い始めた。ルカは衣類等の洗濯物を干し始めた。それが済むと、朝洗ったタオルケットや汗取りシーツをさわり、乾き具合を見ている。汗取りシーツは既にふかふかになっているらしく、部屋に取り入れた。直ぐにはたたまず、部屋に椅子を並べた所に掛けている。
 「何でたたまないの?」
と聞くと、
 「熱がこもるから。このままたたんでしまうと、押入れが熱で水蒸気が発生して、カビの原因になるのよ」
また、ベランダに出ると、ソファベッドを触っている。乾き具合を見て寝転ぶと、満足気な笑みを浮べ寝室へ運んだ。そして、また次の洗濯物を始める。
 次から次へと、手際よく作業してゆくルカ。洗車場へ行った時から見ると、えらい変わりようだ。俺は、食器を洗い終えると、見飽きることなくルカの動きを目で追った。本当に良く動く。その細い身体に、よく力があるものだと半ば感動していた。
 風邪とは言え、倒れた俺をベッドまで運び着替えさせる。相当の力が必要だった筈。元は俺の不注意からなのに、愚痴1つ言わず作業をしている。ルカは、もはや俺にとって大切と言うより、もっと大きな存在になっている。ルカが側にいない生活はもはや考えられないと痛感した。
 だが、ルカから見れば、俺は同居人で、助けられたという負い目がある。行くあても無ければ、仕事もない。それがここにいられて、なおかつ仕事場としても使えるのだから、必死で俺のために働いているのだと、穿(うが)った見方も出来る。しかし、ルカを見ている限り、そんな風に考えることの方がおかしいと思える。それ程、ルカは俺に尽くしてくれていると思えた。
 「純、ボンヤリして大丈夫?疲れたかな」
 「ん、いや、大丈夫だよ。ちょっと考え事をしていた」
 「仕事のことなら、少し忘れないと駄目よ。心労もあったみたいだし、さっきも夢にうなされていたでしょう」
 「いや、仕事じゃない」
 「じゃあ、何を考えていたの?」
 「言わなきゃ駄目?」
 「ええ、心配だもの」
 ルカの瞳は、じっと俺を見詰めている。俺はどうしようと思ったが、心配そうに見詰めるルカが愛しくて、正直に言った。
 「ルカのこと」
 「え?私のこと?」
 「そう、ルカのこと」
 「何で?」
 「何でって、良く動くな~と思ってね。細いくせして力持ちだな~とか、ご飯美味しかったな~とか、夜は何を作ってくれるのだろう?ってルカのことを考えていた」
 ルカの顔がポッと赤くなった。
 「もう、純ったらー、恥ずかしいじゃない」
 「俺も言って恥ずかしいよ。だから言いたくなかった」
 そう言うと、ルカを見詰めた。ルカも俺を見詰める。俺 がルカを抱きしめようと思った時、ルカはそれをかわす様に言った。
 「そうだ、少し散歩したら、パジャマばかりでいるとかえって良くないわよ。さあ、さあ」
 パジャマを脱がせてゆく。トランクス一枚にさせられ「着替えてきて」と寝室へ追いやられてしまった。ルカは、今まで来ていたパジャマも、鼻歌交じりに洗濯を始めた。俺はTシャツと短パンに着替えてリビングへ行った。
 「ルカ、これで良いか?」
 ルカは俺の格好を見ると、
 「靴下も履いてね。暑いからって靴下を履かないのは駄目なのよ」
 まるで母親のように言う。俺は叱られた子供のように、
 「はいはい、仰せの通りに致します」
と靴下を履きに行った。白い棉の靴下を履いて、
 「ルカ、これで良いだろう?」
と声をかける。
 「よく出来ました。はい、帽子」
用意の良いことこの上ない。
 「長時間は駄目よ。その辺を少し歩いてきて。そうだわ、パン屋さんに寄って、食パンと米粉のパンを買ってきて。お願いね」
 「分かりました」
俺は、おどけて言うと、財布と携帯を持ち外へ出た。

 プラプラと散歩をする。日差しは少し柔らかくなっていた。日差しまでも計算して散歩をさせていると思った。医者から言われているのだとしても、細かい所まで気を配り、計算が出来る。そんなルカを俺は尊敬してしまう。会社の人間に、ここまでの気配りが出来る者はいない。秘書課の人間も敵わないと俺は思った。
 俺は、近くの公園へ行くと、ベンチに腰を下ろした。公園に来ている親子連れをぼんやり見詰めながら、俺は夢のことが頭に浮んだ。『これで二度目だ。ルカが消えた夢は・・・・・・』
 俺は、ルカが本当に俺の前から消えてしまうのではないか不安になってきた。俺は、ルカがいない生活など考えられなくなっていた。だから、夢のことが気になって仕方がない。夢のことをぼんやり考えていたその時、誰かの携帯が鳴った。その音に反応し『あ、そうだ、誠に電話をしよう』と思い立ち電話をした。誠は直ぐに出た。
 「安東です」
 「おう、俺だ」
 「純平、大丈夫か?」
 「ああ、大丈夫だ。迷惑掛けたな」
 「気にするな」
 「お前、医者連れて来てくれたんだってな」
 「ああ」
 「誰だ?」
 「碧だよ」
 「ミドリ?」
 「女じゃないぞ、紺碧の碧だ」
 「紺碧のミドリ・・・ああ、あいつか!」
 「そうだ。あいつん家、医者だろう。嫌だ、嫌だって言っていた碧が、今じゃ跡継ぎで頑張っているよ。まだ、大学病院にもいるがな」
 「そうか、碧か。懐かしいよ。今度会おうぜ」
 「ああ、言っておくよ。それより、純平、お前、彼女と暮らしているのか?尊から電話を貰った時に、お前に彼女が出来たって喜んでいたから、ビックリしていたんだ。まさか、その人から電話がかかるとは思わないから、二度ビックリだったぜ」
 「そうだよな」
 「そうだよ、表札を見たら、連盟になっているし、それに、佐藤の家内ですって言ったんだから」
 「ああ、ルカも言っていた。何て言えば説明できるか分からなかったから、そう言ったって」
 「頭の良い人だな」
 「ああ、それで、まだ皆には、一緒に暮らしていることは言っていない。暫く内緒にしておいてくれないか」
 「良いよ。確約は出来ないかもしれないけどな」
 「頼んだぜ」
 電話の向こうで誰かの声がした。
 「忙しいだろう。また電話するよ。じゃあ、また」
 「おう、またな」
 俺は電話を仕舞った。
 誠の良い所は、余計なことを言わない所だ。尊のようにお節介はしない。だが、いざと言う時は頼りになるやつだ。ふと、ルカは、尊と誠の良い部分を共に持っていると思った。どうしても思考がそこへ向かう。『そうだ、パン屋だ』ルカのことを考えていたら、頼まれていたことを思い出した。慌ててパン屋へ行き、頼まれたパンを買って帰った。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:50 | 第三章 黒点

8月4日 日曜日 3

 玄関のノブを回すと鍵がかかっていた。ポケットを探したが、鍵を忘れたことに気付き、俺はブザーを押した。鍵の開く音がして、
 「お帰り。早かったわね。もう少しゆっくりでも良かったのに」
 と言われた。『折角焼きたてのパンだから早く帰って来たのに、そりゃあなよな』と思い、
 「それは悪うございました。ご期待に添えなくてすみませんね」
 と言ってしまった。ルカの表情が曇った。
 「そんなつもりで言ったんじゃないの。ごめんなさいね」
 ルカは微笑みながらパンの袋を受け取るとキッチンへ行ってしまった。俺の心臓はチクチクと痛みだした。 ルカは、俺のことを気遣って、昨日から大変な想いをしていた。ろくに寝ていない筈だ。明日からの仕事のことを考え、散歩にもと言ってくれたのだ。それに、自分の身体を休める時間だって必要だった筈だ。俺は情けなかった。ルカの気持ちを無視して嫌味を言ったのだから。俺は・・・・・
 しょんぼりとクッションに寝転んだ。何か言わなきゃと思うのだが、上手く言葉に出来ないでいた。
 俺は仕方なくテレビを点けた。日曜と言うのは、何も面白いものはならしい。何処がおかしいのか理解に苦しむ若手の笑い人たちが、ブラウン管の中でドタバタとやっていた。そういえば、大学時代、演劇部だった実に誘われ、地下劇場に行ったことがあった。スラップスティックとか何とか言っていた気がする。やたら動き回る舞台だった。実は、「凄いだろう」を連発。翌朝まで講釈に付き合わされた。が、俺には理解不能の世界だ。

 チャンネルを変え、あれこれとサーチしていたら、馬鹿っぽいふたり組みの笑い人と、子供からおばさんまでも人気が有るという男性タレントが出ている番組をやっていた。俺はチラッと見てテレビを消した。すると、ルカがキッチンから声を掛けた。
 「ねぇ、その後に放送する、笑点って番組知っている?」
 「笑点?」
 「そう。落語家さんが大喜利って言うのをやっていて、座布団を獲得すると、どうしようもない商品がもらえる番組」
 そういえば親父が見ていた記憶があった。
 「三遊亭とか、桂とか言う人が出ている番組か?」
 「そう、そう」
 「俺はあんまり見ないけれど、親父が好きで観ていたよ」
 「そうなんだ。残念。お父様がいらっしゃったら、話が合ったのに」
 「海外でもやっているのか?」
 俺は馬鹿な質問をした。
 「まさか、やっていないわよ。母がね、ビデオで送ってくれていたの。日本の文化だからって」
 「ふ~ん」
 「母は、日本の伝統文化を海外に紹介していたの。歌舞伎とか文楽とかね。だからなのかな、文化的なものは洋の東西を問わず好きだし、興味が有るわ」
 「落語、生で聴いたことあるの?」
 「まだなの。一度寄席に行きたいと思っているわ」
 「じゃあ、調べておいてやるよ。誰か好きな人はいる?」
 「桂歌丸さん、とか小三さん、が好きよ」
 「小三さんは、この間亡くなったよ」
 「そう、残念ね。あとは・・三遊亭一門の人も好き。立川一門の人も良いわ。色々聴いてみたいしね」
 「わかった」
 俺はまた、所在無げにテレビを点けた。
 「ご飯できたわよ」
ルカが声を掛けた。
 「ああ」
 俺は起き上がるとテーブルに着いた。テーブルには野菜と肉団子のスープ。チーズ入りオムレツ。パングラタンが並んでいた。
 「冷めないうちに食べましょう」
 「いただきます」
 「いただきます」
 その時テレビから、お馴染みの曲が聞こえてきた。♪チャンチャカチャカチャカチャン、プー~。
 「始まったわね」
 ルカの視線はテレビに注がれた。俺はモヤモヤした気持ちを抱え、食事をする。が、腹に入らない。ルカの視線はテレビとテーブルの間を行ったり来たりしていたが、俺があまり食べていないことに気づいてしまった。
 「食欲ないわね。不味かったかな?やっぱり」
 「そんなことはない。とっても美味しいよ」
言ってはみたが、やはり箸はすすまなかった。
 「まだ、調子が戻らないか。しょうがないわよ。あれだけ高い熱出たんだもの。無理をしないで食べられる分だけ食べてね」
 ルカがニッコリ微笑む。俺は、ルカの微笑が辛くガーッとスープを掻き込んで食べた。そして、案の定むせた。
 「純、そんな食べ方して」
 背中を叩き、タオルを取りに行くルカ。俺の目には涙が滲んだ。
 「大丈夫。気管に入っちゃった?苦しいでしょう」
 水とタオルを差し出し、背中をさすってくれる。俺はむせたことより、モヤモヤが解決されない自分に腹が立っていた。何事も無かったように接してくれるルカ。なのに、俺は、気持ちを切り替えることが出来ず、また迷惑を掛けている。情けない。タオルで顔を覆い涙を隠す。
 「無理に食べなくても栄養は取れるから。純、ちょっと横になろう。疲れているの。ご飯はもう、良いから、ね」

 俺は深呼吸をすると、素直に言う通りにした。ふかふかのベッドに身体を横たえると少し落ち着いた。ルカが薬と水を持ってきた。
 「3日間だけ薬を飲んで欲しいそうよ。倒れた時は注射してくださったの。仕事に出るときからで良いって言われたけれど、食欲ないみたいだから、今から飲んでね」
 ルカは、薬を置くと出て行った。テレビを消す音と、テーブルを片付ける音が聞こえた。 
 俺のために一生懸命作ったのだろうに・・・俺が無駄にしてしまった。何て大人気ないことを・・・俺は一体どうしたかったんだ。
 薬を飲む気にもなれず、ただ、天上を見詰めた。キッチンで水の流れる音がした。食器を洗っているルカの姿が浮んだ。涙を水と共に流しているのだろうか?俺との共同生活を後悔しているのだろうか?
 俺は、ルカが、出て行ってしまう不安にかられた。モヤモヤは不安と言う正体を現してきた。『疲れているのよ』ルカの声が、耳に蘇る。そうだ、疲れているんだ。この半月あまりの出来ことが俺に何らかのストレスをもたらしているのだ。大きなプロジェクトのリーダーとしての不安も有る。部下からの相談を受け、人間として仕事以外の付き合いもした。そう言う変化をもたらしてくれたルカに、俺は甘え八つ当たりをしたのだ。なんと情けなく大人気ない。そんな自分にまた、苛立った。
 思考は、堂々巡りを繰り返していた。耳を澄ますと、水の音は消え、レンジのチンという音が聞こえた。やがて、パソコンのキーを叩く軽やかな音が聞こえた。ルカは、パソコンも上手い。キーの音を聞きそう思った。きっと明日の資料を作っているのだろう。俺が倒れ、色々遅れているに違いない。妙に冴えてしまった頭は、ルカの行動から、あれこれ想像を逞しくしていった。
 
 どれくらい経ったのだろう。キーの音が止まり、印刷している様子だ。ふいにドアが開き、
 「珈琲飲む?本当は、暫く飲ませるなって・・・純、薬飲んでないの?」
 突然ルカの声が変化し、俺をみた。
 「しょうがないわねぇー」
 ルカかは水を口に含むと、薬を俺の口に押し込み、そして、口移しで水を俺に流し込んだ。舌先から水と薬が喉へ流れ込んでゆく。俺はルカの行動に驚きながらも、うれしさを隠し切れないでいた。
 「純、罰として、珈琲は3日間飲んじゃ駄目よ」
 そういい残すと部屋を出て行った。ルカは俺の子供じみた行動から、全てを察しているのだった。言葉であれこれ言わないだけ。だから、俺のことはとっくに許しているのだと思った。安心感が広がってゆく。安心感と同時に眠気もやってきた。ルカの唇を想いながら、俺は眠りについていた。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:49 | 第三章 黒点

8月5日 月曜日 

 翌朝、俺は爽快な気分で起きた。ベッドに腰掛け、背伸びをする。俺は『ルカに謝ろう』心に決め、隣のベッドを見ると、ルカの姿がない。俺の心臓は早鐘のように鳴った。急いでリビングへ飛び込む。すると、キッチンにルカはいた。
 「どうしたの?あ、おはよう。何を慌てていたの?ビックリした」
 「ごめん、驚かせて。あ、おはよう。ルカ、いなくなっちゃったかと思って」
ルカが不思議そうに俺を見た。
 「あ、ほら、昨日、俺、ルカを傷つけること言っちゃっただろう。なのに、俺、謝りもしないで・・・ごめん。俺・・・」
 「な~んだ、気にしていないのに。私もあれこれ、言い過ぎたかなとは思ったけど、でも、だからといって出てゆくほどのこともないでしょう」
 「ありがとう」
 俺は、嬉しさのあまり、ルカを抱きしめていた。
 「大丈夫よ。私はここにいるから」
ルカは囁き、
 「ほら、早くしないと遅れるわよ」
と元気に言った。
 俺は、このままルカを抱きしめていたいと思った。が、ルカに促され出かける準備を始めた。そして、ルカの作ってくれたご飯を大事にかみ締めながら、食べた。誰かが俺のために食ことを作ったり、親身になって看病してくれることが、これほどありがたいことだとは思わなかった。10年以上気侭なひとり暮らしを、さしたる不自由も感じずに過ごして来たし、病気もせずに来た。俺は、ルカの優しさと大きさに前に己の狭さを痛感していた。歳は俺の方が、大分行っているのに。

 「明日は、ルカの誕生日だな」
 「そうね。また1つ歳を重ねるんだわ」
 「え?年って、取るんじゃないのか?」
 「そうとも言うわね。でも、私は60歳までは、歳を重ねて行くものだと思っているの。人としての積み重ね。女の子から女性へ、そして、母として、人間として成長を続けて行くのだと。60歳で折り返し。61歳になったら、それこそ1つずつ逆戻りよ。歳は、増えるけどね」
 「なるほど」
 「60歳になったら、可愛いおばあちゃんの道を歩きたいのよ。人間味のある。それでいて年寄り臭くない、可愛いおばあちゃん」
 「ルカなら、きっとなれるよ。俺は、俺はどうかな?どんなじいさんになれるのかな?」
 「そうねぇ・・・・・頑固じじいかもよ」
 「何だよ、それ」
 「うそうそ、素敵なおじいちゃまよ。きっと」
 「そうか?それも嘘臭くないか?」
 俺は、思わず笑った。ルカもつられて笑いながら
 「どうかな?ふたりで、可愛いおじいちゃんとおばあちゃんになれたら良いわね」
 「ああ、そうだな。そうなりたいな。ごちそうさま、美味しかったよ」
 俺は、ドキッとした。ルカが俺との未来を語った・・・・・そのことが嬉しくもあり驚きでもあった。俺の我侭も受け入れてくれたルカ、そして、未来を見てくれた。『大事にしたい』俺は心を新たにした。
 出がけ、玄関に来たルカは
 「はい、今日は、お弁当を作ったから持って行ってね。それと、薬飲むのを忘れないでね」
と微笑んだ。
 「ありがとう。めちゃくちゃ嬉しいよ」
 俺は、ルカの頬にキスをし、ルカの作った弁当を抱えるように持ち、何時ものように出社した。

 その日の昼は、ちょっとした騒ぎだった。俺が手作りの弁当を広げて食べていたのだから、当然と言えば当然なのだが・・・・冷やかされる、冷やかされる。夕方には、俺の知っている奴の殆どからやっかみの声を聞かされた。いちいち説明するのも面倒なので、言われるままにしておいた。
 そして、俺は、何年間かに渡って捨ててきた有給を取得するべく、ある方法を思いついた。明日は、ルカの誕生日。俺は、一緒に過ごしたかった。仕事に忙殺される日々は目に見えて迫っている。その前に、ゆっくりルカと過ごしたいと思ったのだ。

 「福永部長、ご相談が有るのですが、お時間宜しいでしょうか?」
 「何だ、構わんぞ」
 デスク横の会議用テーブルに座る。
 「珍しいな。お前から相談とは。で、一体何だね?」
 「今度のプロジェクトでの休暇のことなのです」
 「休みか」
 「ええ、もう直ぐ、連日連夜の作業は確実だと思うのです」
 「そうだろうな」
 「そこで、今の内に一日か二日、お盆休みを避けて、順繰りに取っておきたいのです。代休を取れと、総務や組合から言って来るでしょう。しかし、現実には無理です。なら、お盆休みの期間、名前だけの休みにするよりも、今の内に取った方が良いと思うのです」
 「それもそうだな」
 「セクションごとの連携が取れるように、毎回連絡網は作成していますが、同時に公平に休みが取れるように今から始めたいのです」
 「良い考えだな。構わんよ、手配してくれ」
 「ありがとうございます。今日中に行います。で、申し訳ありませんが、私が明日、先頭を切って休みます。そうすれば、皆も取得しやすいと思います」
 「わかった。明日は、ゆっくり休みたまえ。報告は、休み明けで良いぞ」
 「はい」
 俺は、福永部長と別れ、自分のデスクに戻ると、高橋嬢を呼んだ。福永部長との話を伝え、
 「スケジュール調整を頼む。新人ひとりと後ひとり、君がコイツだと思う3人で、他のセクション、総務への手続きをしてくれ。新人は必ず入れるように。良いね」
 「わかりました」
 キビキビとした答えが返ってくる。
 「俺は、明日、先頭を切って休みを取る。今日中に大まかなものを作って欲しい。各セクションはリーダーに頼めば良いだろう。念のために依頼レポートは書いておく」
 「はい。新人は、生方君、もうひとりは4年目の神保さんにしたいと思います」
即座に答えた。
 「わかった。じゃあ、頼んだよ」
 高橋嬢は、スケジュール調整の為の行動を起こした。俺は、依頼レポートを作り、ルカにメールを入れた。
 「ルカ、今日は遅くなる。ひとりで夕飯を食べて、先に寝ていて欲しい。明日は、休暇が取れたから、ルカの誕生日を一緒に祝おう。君に見せたいものが有る。純一」
直ぐに返事が来た。
 「わかったわ。そうする。純、ありがとう。楽しみにしているわ。ルカ」

 俺は、横浜MM21の夜景を見せてやりたいと思った時のことを実行に移すべく、計画を立て、店の予約も行った。そして、明日、俺がいない間、滞りなく動くように手配をした。高橋嬢は、晩くまで駆けずり回って各セクションに説明をしてくれた。25時過ぎ、今現在の状況を報告に来た。俺は目を通すと、質問をした。
 「ソフトハウスへは確認したか?」
 「まだです。すみません」
 「いや、良い、明日やっておいて欲しい。総務の担当者は誰だ?」
 「飯島係長です」
 「あいつか、うん。今日は遅くまでありがとう。だがもう、電車はないだろう。大丈夫か?」
 「お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫です。同期の美和がこの近くにマンション借りているので、今日は、そこに泊めてもらいます」
 「美和さんと言うと、受付の綿野さんのことかな?」
 「ええ、そうです。チーフご存知でしたか?」
 「いや、知っていると言っても名前だけだ。計画に同期がいてね、そいつが話していた。前に、受付に美人が入社した。今もって高値の華だとね」
 「そうなんですか?言っちゃえば良いのに。美和フリーですよ。彼氏募集中です」
 「そうか、ヤツに言っておくよ。今日は、ありがとう」
 俺は書類を引き出しにしまい鍵をかけた。
 「君も早く帰って休むと良い。じゃあ、失礼」
 「お疲れ様です」
 家に帰るとテーブルに書置きがあった。
 「純、おかえりなさい。お仕ことご苦労様。疲れていて珈琲が飲みたいだろうけれど、我慢してね。薬が効かなくなるから。夜食に何か食べたかったら冷蔵庫に夕飯の残りが有るから食べて下さい。明日、楽しみにしています。ルカ」
 俺はキッチンへ行くと、水を一杯飲み、弁当箱を洗い桶の中に水を張って入れた。冷蔵庫を開けてみる。肉ジャガが入っていた。俺は取り出すと、コロッケを作った。保温器を覗く。ご飯は無かった。冷凍庫を開ける。ご飯があった。『よし』と呟く。そこで、ひき肉を発見。冷蔵庫へ移す。人参、玉葱を取り出し、みじん切りにして炒め、冷蔵庫へ入れた。俺はそこまでやるとシャワーを浴び、ベッドに潜り込んだ。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:49 | 第三章 黒点

8月6日 火曜日 1

 俺は、昨夜寝たのが遅かったにも関わらず、予定より早く目覚めた。疲れを感じていない。爽快な気分だ。
早速、夜中にこしらえておいた材料でお弁当作りを始めた。
 先ず、解凍したご飯を型にいれ、薄めのおにぎりを作る。それを表面がカリカリに成るまでフライパンに押し付けながら焼く。カリカリに成ったら、醤油に砂糖を溶かした甘タレを付けて焼きおにぎりにする。中へジャガコロッケを挟んで、キャベツの千切りをのせ、ウスターソースをかける。これで、ライスコロッケサンドの出来上がり。 
 次に、解凍した挽肉と、炒めておいた野菜と合わせハンバーグを作る。両面を焼いたら一度取り出す。火を細くして、そこへケチャップと中濃ソース、醤油、塩コショウ、日本酒少々を入れソースを作る。これは、好みなのでなんとも言えないが、ケチャップ3に中濃ソース1、隠し味に醤油をいれ、塩と胡椒で味を調える感じが俺は好きだ。後、日本酒の代わりにワインを入れても良い。入れすぎるとしつこくなるので、最初に入れてアルコールを飛ばしておいた方が良いと思う。ソースが出来たら、取り出しておいた肉を戻して、蒸し煮にする。火が通り過ぎないように火加減は中火ぐらいが良い。
 その間に、バンズパンでも食パンでも良い、少しチンしてふかふかにしておくと、ソースがパンに染みて美味しい。今日は、バンズパンにした。ハンバーガーには、レタスや、トマト、チーズ、ピクルス等を入れた。かなりのボリュームになった。テーブルにバスケット、コーヒーを入れたポットを用意したところに、ルカが起きてきた。

 「やあ、おはよう」
 「おはよう。早いわね」
 「ああ、ピクニック気分でお弁当を作っていたよ」
 「ワー嬉しい!中身は何?」
ルカが覗き込もうとするのを
 「駄目、後のお楽しみ。支度しておいで」
と俺は言った。ルカは、首をすくめ
 「ハーイ」
とおどけて言った。
 ルカは、70年代っぽいジーンズに白のメンズシャツの裾を結んでいた。軽い朝食を用意し、俺も着替えた。ルカに合わせ、ジーンズとシャツにした。テーブルの上のバスケットに帽子が2つ並んでいた。黒の皮っぽいキャップ型だ。
 「どうしたの、これ?」
 「良いでしょう。この間、散歩していたらガレージセールをやっていたの。リサイクルだから、2つで500円。本当は、1つ300円で売っていたの。2つ買うから500円にしてよって、ね、良いでしょう」
 「そうか、それは良い」
俺は笑いたいのを堪えていた。
 「それより、純、何で、バスケットなんか持っているの?男の人で持っているなんて珍しいわ」
 「ああ、別に俺のじゃないんだ。だいぶ前に、尊たちとドライブに行った時、誰かの彼女が持って来ていたんだが、俺の車に忘れてね。で、そいつ等その後直ぐに別れてしまった。返そうと思ったが、いらないと言われて、そのままさ」
 「勿体ないものね」
 「だろ」
食べながらそんな話をしていた。
 「そろそろ出かけようか?」
 「ちょっと待って、日焼け止め塗らなきゃ。純も塗ってね」
 「俺は良いよ」
 「駄目よ、皮膚ガンになるわ」
 「気にしないよ」
 「子供に遺伝するのよ。はい、手を出して。顔だけじゃなくて手も首も塗るのよ」
俺は言われるまま日焼け止めを塗った。
 「これで良いのか?」
 俺は、聞いた。だが、所々ムラになっていたようで、ルカに思い切り笑われた。
 「そんなに笑うなよ。初めてなんだぞ」
 「ごめん、ごめん。ちょっと座って」
 ルカが、顔のムラを塗り直してくれた。胸元から甘い香りがほのかに香ってきている。香水だろうか?
 「はい、お仕舞い。手は自分でよく伸ばしてね」
 「良い香りだね。香水?」
 「違うわ。ハーブよ。ハーブオイル。私、香水の強いにおいが苦手なの」
 「あ、俺も」
 「純もつける?私が調合した物だから、香水の苦手な人でも大丈夫よ」
 「俺、俺は良いよ」
 「そう・・・・」
 ルカの瞳がクルリと動いた。何か企んでいる。俺は直感した。
 「ルカ、何を考えている?」
 「何も、どうして?」
 「いや、君の瞳がクルクル動く時は、悪戯をする時だから」
 「何、それ?」
 「判らないだろう、ルカは、無意識だから」
 「変なの」
 「良い、良い、出かけよう」
 俺は、ルカの悪戯心が芽生えないうちにと思い、飛び出すように家を出発した。
 だが、駅まで歩き、切符を買ったその時だ。首筋にルカの香りとヒンヤリとした感触を感じた。隣にいたと思ったルカが、背中からヒョコっと顔を出した。
 「ルカ、何をした?」
 「別に、ただ、オイルを耳の後ろにちょっと付けてあげただけよ」
 「あのなー」
 俺は言いかけたが、ルカのブルーの瞳に出会いドキドキして次の言葉を失った。
 「怒った?」
 「しょうがないな。怒ってないよ」
 「ごめんね」
 ニッコリと笑うルカ。俺は、外人がする仕草のように両手を挙げ、ルカの首に手を回しながら切符を渡した。

 ルカは、出かける先、出逢う人がいるかいないかで、さまざまな対応をする。今日のルカは子供みたいだ。はしゃぐルカを見ていると、俺も子供になれる。さっきの様な悪戯さえ受け入れられた。
 電車の中で、周りの若い奴等に触発されたように、俺はルカの肩や腰に手を回した。何時もは、そう言う奴等を見ていると、一体どうなっているのだろう?こいつ等恥ずかしくないのか?公衆の面前で何を考えているのだ?と思っていた。ナンパしていた頃も俺からベタベタとくっ付いたことはしなかった。相手の女からくっついてきた。流石にキスはしなかったが、俺はルカを守るように体を寄せていた。ルカも俺に身体を預けていてくれる。俺の心は充足感で満ち溢れていた。
 山下公園・海の見える丘公園・外人墓地・元町と俺たちは散歩して歩いた。海の見える丘公園でお昼にした。兎に角良く歩いた。そして、疲れを知らぬ子供のように、じゃれあった。MM21の遊園地にも行った。風船を買い、ポップコーンやソフトクリームを食べ、様々な乗り物に乗った。ルカは、ジェットコースターが嫌いだと、乗る前に大騒ぎだったが、乗ってしまったら、誰より楽しんでいた。そのことをからかって言うと、
 「それは違うわ。怖くて仕方がなかったの」
と膨れた。俺は、そんなルカが可愛くて仕方がない。
 ジェットコースターを降りたところに、写真がパソコン画面で表示されていた。俺たちは一枚ずつ記念に買った。何でも、今月のベストショット、と言うのが有って、2ヶ月分を貼り出していた。ルカは、
 「貼られたらどうしよう?」
 と今から貼られる気でいるように思えた。だが、その物言いは、どこか期待というより不安気だった。貼られると困ることでもあるのだろうか?俺の心に小さな棘が刺さった。その棘を俺は隠し笑顔を作った。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:48 | 第三章 黒点

8月6日 火曜日 2

 夕暮れ時、予約していたビストロで食事を取った。窓際の海が見える場所だ。ワインを傾けながら、ゆったりとした食事をした。
 「ルカ、27歳の誕生日、おめでとう」
 「ありがとう、純」
 海を見ながらの食事にルカは感激していた。最後に、バースデーケーキを出してもらった。蝋燭の灯ったケーキ。プレートにはHAPPYBIRTHDAYの文字。思わずルカは、
 「純、私、こんなに良くしてもらって・・・本当にありがとう・・・私」
言葉を詰まらせた。
 「気にしなくて良い。君の誕生日だろう」
 「でも・・・」
 「ルカらしくないな。大食漢のルカだから、食事足りなかったかな?」
 俺はちょっと茶化すように言った。
 「ひどーい。もう充分食べました」
 「じゃあ、このケーキは俺が貰おう」
 「純の意地悪。食べますよ」
 「じゃあ、蝋燭の炎、消して」
 俺は笑いながら言った。ルカは一気に蝋燭を吹き消すと、嬉しそうに笑った。俺は、切り分けると、皿に盛り、ルカに渡す。ルカは満面の笑みを浮かべ、ケーキにぱくついた。
 「いいねぇ。ルカは、そうじゃなきゃ」
 俺は、ルカが食べている顔を見ているのが好きだった。俺も笑顔になる。この笑顔を、俺は一生見ていたいと願った。ルカの笑顔がみられるなら、俺はなんだってしてやりたいと思っていた。

 俺があんまり見詰めているものだから、ルカは、
 「純、食べないの?食べちゃうよ」
と声を掛けた。
 「食べるよ。でも、食いしん坊のルカを見ているのが楽しくてね。それに、残りは、テイクアウトするから、今無理に食べなくて良いよ」
 ルカは、フフフと笑った。ケーキを堪能しながら、俺は、
 「ルカ、最後に、俺が一番プレゼントしたかったものを見せるよ」
と言った。
 「何?」
 「きっと気に入るよ」
 「何かしら?楽しみだわ」

 店を出ると、京浜東北線に乗る。わざと、反対方向の電車に乗り、途中で引き返す。不思議そうにしているルカ。丁度桜木町駅に入る頃、進行方向右側の窓際へ、俺はルカを連れて行った。
 「見てごらん」
 俺はルカを窓にむけた。目の前には、光が織り成す世界が広がっていた。
 「綺麗・・・・」
 それきりルカは黙った。ただ、ただ目の前の世界に浸っている。
 東神奈川に入線した時。ホーっと溜息をつき、俺の肩に寄りかかり
 「純、ありがとう」
ルカは囁いた。
 それから、俺たちは家までの道程を、無言の言葉で会話をした。手を繋ぎ、温もりで会話する。俺の一番好きな時・・・・・・・

 こうして、ルカの誕生日は終わった。
 この先は、忙しい日々になる。家についてから、俺は珈琲を淹れながらルカにそう言った。
 「今日みたいに、ふたりで過ごす時間は中々取れない。残念だけど」
 「仕事だもの、気にしないでね」
 「ああ」
 「ねぇ、純」
 「何?」
 「今日は、楽しかった。本当にありがとうね。私・・・」
 「ほらほら、また。俺は、ルカが喜んでくれたらそれで良い。もう、言わない」
 ルカは、黙って頷いたが、何か言いたそうだった。
 「じゃあ、明日早いから、俺はシャワー浴びて寝るよ。ケーキ、冷蔵庫に入れて置いて。頼むよ」
 「わかったわ」
 俺は、シャワーを浴びた。浴びながら、『ルカ、また気にしちゃったかな?』と思った。ルカが気にしない方法を考えたが、良い考えが見つからなかった。風呂から上がりルカに声を掛けた。
 「ルカ、君もシャワー浴びたら?」
 「ええ」
 「俺は、寝るよ。おやすみ」
 「おやすみなさい」
 俺は、ベッドに横になった。横になりながら考えた。ルカが、気にしない方法。考え付かなくて、起きたり、寝返りを打ったりしながら、ルカのベッドを見た時、ふっと閃いたことが有った。そうだ、この間の・・・。ルカが、シャワーを浴びてきた。俺は、声を掛けようと思っていたが、ルカの方が、先に声を掛けた。
 「純、寝ちゃった?」
 「いや、まだ寝ていないよ。ルカ、ちょっとここに来て」
ルカをベッドサイドに呼ぶと、
 「ルカ、今日のことは、俺がこの間風を引いた時に迷惑をかけた御礼だよ。だからルカ、気にしないで欲しい。ルカに気にされると、俺が困る」
 「でも、私、純の優しさに甘えてばかりいる。こんな、何処の人間か判らない女を置いてくれるだけじゃなくて、我侭を聞いてくれる」
 「良いんだ。俺が、そうしたいからしているし、俺は、君が愛しい。こういう気持ちは初めてだよ。ただ、君が重荷に感じるなら、もう」
ルカは、首を横に振った。
 「私、純のこと、好きだと思うの。でも、怖いの」
 「鍵の人を忘れることが、かな?」
 「ううん。あの人のことは良いの。私を裏切って行った人だから。そうじゃなくて・・・」
 「無理しなくて良い。俺は、君の今の言葉で充分だから。もう、おやすみ。いいね」
ルカは、動こうとしなかった。
 「しょうがないな。じゃあ、俺のお願いを聞いてくれるかな?」
ルカの瞳が俺を見詰めた。
 「ここで、一緒に寝てくれるかな?あ、今日は裸じゃなくて良いから。その、また風邪を引くと困るしね」
ルカは、微笑んだ。
 「よし、決まり」
 俺は、ルカを布団に入れ、キスをするとそのまま眠った。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:47 | 第三章 黒点