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8月7日 水曜日 1

 昨日は、歩き疲れて眠った。が、気分がどこかHighで、早くに目が覚めた。俺は、隣で眠るルカに目をやった。幸せそうに寝息を立てている。その天使の様な寝顔を暫く見詰めていた。そして、昨夜のルカの言葉を思い出していた。『私を裏切った人』一体何があったのだろう・・・?俺の心に、また疑問が浮んでは消えた。俺は、ルカの過去を何一つ知らない。知らないでいたい気持ちと、知りたい気持ちがない交ぜになっている。複雑すぎるこの想い。『君は、一体何処の誰?どうして俺の目の前に現れた?』過去などどうでも良いじゃないか。思っては見るが、やはり気になる。開けてはいけないパンドラの箱がルカの過去だと思った。思えば思うほど、あけてみたい衝動に駆られた。今、こうして、俺の目の前にいるルカでは駄目なのか?いや、そんなことはない。俺の目の前にいる、ルカで充分なのだ。そうだ。そうなのだ。充分なのだ。自分の気持ちを押し込めようとした。しかし・・・・・パンドラの箱は、意外な所から開けられることになるのだった。

 ルカが目を覚まして、見詰めていた俺と目が合った。
 「純、嫌だ、見ていたの?」
 「うん、ルカの寝顔が可愛いな~と思って見ていた」
 「何時から?」
 「ちょっと前」
 「恥ずかしいよ」
 「どうして?」
 「恥ずかしいの」
 ルカは、そう言うと俺の胸に顔を埋めた。俺は、そんなルカの仕草が可愛くて、抱きしめるとキスをした。あの日以来、キスには抵抗がなくなってきたのか、キスは受け入れてくれる。それが嬉しい俺。単純だな。さっきまでルカの過去を考えていたのに、目覚めのキスで、どうでも良くなってきた。
 「今日からまた、仕事だ。頑張るよ」
 そう言うと俺はベッドから起き上がり、仕事の準備を始めた。ルカも起きてくると、食事の支度に取り掛かった。その後姿を見て、俺は不思議に感じた。ルカは、ここへ来てから、料理を覚えたと言ったが、多分嘘だ。素養はあった。最初出来ない振りをしたと俺は思う。手際の良さと勘の良さは、やっていたことを物語っている。また、パンドラの箱の迷路に入り込みそうになった。しかし、今は、仕事モードに切り替えようと思っていた。
 「純、出来たわよ」
ルカが、声を掛けた。
 「わかった」
俺は、テーブルについた。
 「美味そうじゃん。いただきます」
 「いただきます」
 「美味い!腕、上がったよな」
 「そう?」
 「うん。短期間で良く出来たよ。やっぱり、仕事の成果かな」
 「そうね。主婦の人たちから、色々教えてもらっているもの」
 「良かったな」
 「ええ」
 ジャーマンポテトにフレンチトースト、バナナミルクと、消化に良い食事に俺は満足した。
「珈琲、何時でも飲めるように淹れておくからな」
俺は、キッチンに立った。ルカが、後ろで俺を見詰めている。その視線を感じた時、
 「純が、キッチンに立っている姿、良いね。私、好きだな」
ルカは、テーブルに頬杖を付きながら言った。
 「何を言い出すんだ」
 「だって、そうなんだもの。男の人が、キッチンに立っているのが嫌だって言う人いるけれど、私は、素敵だと思うの。純似合うよ」
 「そうか。似合うか」
 「ええ」
 俺は、淹れたての珈琲をルカとゆっくり飲んだ。
 「ルカとこうしていたいよ、俺」
 ルカは微笑んだ。目覚ましがけたたましい音を出した。
 「いけねぇ。目覚まし止めるの、忘れていた」
 俺は慌てて止めに行った。その音を合図に、ルカは、キッチンへ行き洗いものを始めた。俺は、珈琲を飲みながら、キッチンのルカを見ていた。洗い物が終わる頃、俺は立った。
 「ルカ、早いけど行くよ。君を見ていたいけれど、会社へ行きたくなくなるからね」
 「わかったわ」
 俺は鞄を持って玄関へ行った。
 「純、気をつけてね。行ってらっしゃい」
 「ああ、行ってくるよ」
 俺は、ルカにキスをして出かけた。

 会社に着くと、デスクの鍵を開け、書類を出す。そして、デスクの上に並べてある書類に目を通す。判の必要なものと、そうでないものに分ける。判が必要でも、やり直しの書類ははじいて付箋を付ける。これらの作業を1時間あまりで終わらせた。
9時、全員が揃った。俺は、臨時のチーム会を始めた。
 「早速休みを取らせてもらって、昨日は、ありがとう。皆も、早めに取って欲しい」
 「チーフ、昨日はデートでしたか?」
 「篠田君、チーム会で言うことじゃないでしょう」
 「高橋、良い。そうだ。デートだ。彼女の誕生日だった。君たちも、彼女や彼氏と過ごす時間を大事にしてくれ。そのことが気になって、仕事に身が入らないより、デートを楽しんで、次の日は仕事をする方が良いだろう」
 「そうですよね」
 「ああ、それで、業務効率が図れたら良いだろう」
 「はい」
 「ちゃんと、会社側には話をしてあるし、他のセクションとの連携も取ってある。だから、気にしないで欲しい。だからと言って、しなくて良い残業や休日出勤をすることもないからな。今日は、そのお願いだ。業務効率を図るように仕ことをして欲しい。無理・無駄のなように」
 「はい」
 「先ず、書類だが、かなりのミスが目立つ。付箋のついているものは、全てやり直しだ。基本的なミスが多い」
 俺は、机に書類を出した。
 「これから1時間以内に、再度提出して欲しい。良いね。じゃあ、他に連絡は?」
皆黙っていた。
 「特にないなら、これで終わりにする」
俺は、チーム会を解散した。

 その日の昼、統括部長からお誘いがあった。久しぶりに飲みたいとの申し出。二つ返ことで引き受けた。ルカにメールをする。
 「今日は、上司と話があるので、遅くなる、先に寝ていて欲しい。純一」
直ぐ返事が来る。
 「わかったわ。ルカ」
この辺がルカの良い所だ。
 昼からは、顧客の所へ出向き、最終的な打ち合わせと、次期計画への打診をした。今は、契約が取れたからといって、次の契約に結びつくという保証がな時代になった。それまでは、一連の流れとして契約が続いて行ったが、秒進日歩の世界、何時、他の新しいシステム計画が食い込んでくるか判らないのである。それだけに、ミスは少ない方が良い。他業者に取って代わられるケースはざらにあるのだから。
 今期契約は、年末までに稼動させることになっている。クリスマス辺りが勝負になりそうな気配だ。せめてクリスマス前には、終わらせておきたい。俺の中に、ルカと過ごしたいという気持ちが大きく働いている。が、部下たちにも、クリスマスぐらいのんびりさせてやりたいし、正月返上なんてことにはさせたくないのだ。

 俺が、この部署に来た頃は、IT景気で、仕ことが腐るほどあったし、SEは花形の職業として人気もあり、人手が足りない程だった。勢い残業も今の比ではなかった。だが、今回は20億の商談だ。休日返上は必至だ。俺は、会社への帰り道、いかに効率良く仕事を回転させるかを考えていた。そのためには、勤怠やその他の細々した事務処理の時間を短縮しておかなければ成らない。この勤怠や総務に提出する事務書類と言うのは、結構面倒なのだ。総務にも面倒をかける。2度手間、3度手間と掛けさせてしまうことになる。そうなると、仕事にも少なからず影響が出る。
 俺は、ひとり、誰かこの事務処理担当を決めようと思った。以前は、事務担当の人間を雇っていたのだが、人員削減で事務処理担当の人間はいなくなった。その代わり、イントラネットでの業務効率化を図るはずなのだが、上手く行かない。人間がやるところを、機械(システム)が肩代わりするのだが、機械は万全ではない。故障がつき物なのだ。それに、人間のミスを機械はチェックしきれないのだ。そうなると、機械もミスをするのである。部内秘書の役割を担える適任者を早急に探し出す必要があった。
 高橋嬢は、適任と言えば適任なのだが、彼女のこれからを思うと、そうそう、こういった仕事ばかりを頼むことは出来ない。俺は考えた。新人では、ある意味荷が重い仕事だ。俺の脳裏にルカの顔が浮ぶ。ルカは、適任だ。しかし、彼女は会社の人間でもなければ、派遣に登録しているわけでもない。それに、何より、英語の家庭教師を始めたばかりだ。無理は言えない。ルカのように機転が利いて、迅速に対応できる人間・・・・・後で統括部長に相談しようと思った。が、その前に高橋嬢に聞いてみることにした。事前リサーチである。デスクに戻り、高橋嬢を呼ぶと、俺は切り出した。

 「ちょっと知恵を借りたい」
 「何でしょうか?」
 「君が推薦するなら、この人物と言う人間を教えてもらいたい。今回、部内秘書的な役割を誰かにやってもらおうと思う。今までは、珠樹君がいたが、会社の方針で部内秘書制度は廃止になっただろう」
 「はあ・・・・そうですねぇ」
 「君のお眼鏡に敵う様な人物はいないだろうか?」
 「私じゃ駄目ですか?」
 「それも考えた。しかし、君にはこれからSEとして頑張ってもらいたい。新人では荷が重いと思う。2年目以降の人物で誰かいないだろうか?君がサポートしてくれても構わない」
 「ありがとうございます。少し、考えさせていただけませんでしょうか?」
 「少しとは、どれくらいかな?」
 「定時までには」
 「わかった。頼む」
 俺は、そう言うと、ブラインド越しに、桜木町の街を見下ろした。この辺りは、博覧会の会場になり、かなり開けた。横浜や関内より、人の出入りが激しくなった。そう、あの博覧会の開発システムの導入の時だ。俺は、ライバル会社に仕事を取られた。あの時の悔しさが、今の俺に繋がっているのだと思う。今回、同じライバル会社に競り勝った商談なのだ。思い入れが違う。『次期計画も、絶対に落とす』俺は、想いを新たにしていた。

 定時の鐘が鳴る頃、高橋嬢は数枚の紙を持ってやって来た。
 「チーフ、お待たせしてすみません。私の所見をここ にメモしておきました。それで、申し訳ありませんが、この後、美和との約束がありますので、今日はこれで失礼させていただきます」
 「わかった、ありがとう。参考にさせてもらうよ。そうだ、今度、計画の今井を誘ってやってくれないか?俺が言ったとは言わないでくれよ。あいつ、美和さんにお熱だからな」
 「分かりました。フフ、チーフもやりますねって言うか、チーフ雰囲気が変わりましたよね」
 「そうかな?」
 「ええ、彼女が出来たせいでしょうか?柔らかくなって、良い感じですよ。皆で時々話しています」
 「そうか。そうかもしれないな」
 「ごちそうさまです。じゃあ、私はこれで失礼します」
 「ああ、ありがとう」
 俺は、高橋嬢のメモを直ぐに読んだ。高橋嬢の所見が仔細に書いてある。メモとは思えないほどだった。部内の人間関係から性格までを良く把握している。俺などよりも、人間関係形成という点では上かもしれないと思わせた。それだけ長所短所が微に入り細に入り書かれていた。
 俺は、その中で、ひとり注目すべき人間を発見した。最後のコメントで高橋嬢が最も押した「神保薫」と言う女性だ。彼女のことは、おとなしいがミスの少ないイメージとして映っていた。高橋嬢曰く「物事に対する取り組み方が真面目。石橋を叩いても渡らず、壊してしまう所がある。でも、計画性、実行性は部内ナンバーワン」とあった。俺は、このメモを読んで、「神保」しかいないなと思った。今まで、あまり目立ったことはしていない。しかし、書類の記入ミスのな人物である。俺はそのことは認めていた。だが、積極性に欠けている部分があり、伸び悩んでいた人物でもあった。俺は、この仕事が、彼女にとって、新しい可能性を引き出してくれたらと、期待した。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:47 | 第三章 黒点

8月7日 水曜日 2



 19時前、家田統括部長からの電話があり、MM21内の割烹居酒屋で食事をした。俺は、酒が進む前に、部内秘書の件を切り出した。
 「家田統括部長、お願いと言うか、ご承諾願いたいのです。一方的に言いますが、今度のプロジェクトで部内秘書を置きたいのです。会社側としては、廃止した制度です。しかし、俺は、部内秘書と言うのは重要な役を持っていて、必要性を高く感じているのです。SEの仕事をしながらでも、個々のこと務能力を高めるには、サポートしてくれる人間も必要ですし、専門知識を持ち、サポートしてくれる人間がいることは、こちら側でも心強いのです。如何でしょうか?」
 「で、誰を考えているのかな?」
 「はい。神保薫と言う女性です」
 「高橋君じゃないのか?」
 「ええ、彼女のことも考えました。しかし、彼女以外で今回はやってみたいのです。珠樹君がいなくなってから、高橋君は、細々と面倒を見てくれましたが、SEとしての仕事をこのプロジェクトで発揮して欲しいのです。彼女のキャリアを伸ばしたい。今のまま高橋君におんぶに抱っこ状態では彼女が可哀想だと思うのです。それに、神保君のことは、高橋君からの推薦でもあります。このメモを見て下さい。高橋君が書きました」
 俺は、メモを家田統括部長に見せた。統括部長は、黙って読んでいたが、感心したように
 「ほー、これは凄いね。この観察眼は、私も見習わないといけないな」
と言った。俺は。すかさず、
 「そうでしょう。俺も思いました。こういう眼をプロジェクトで発揮して、次期計画のメンバーに入って欲しいと思います。今回は、三枝のある意味奇抜なアイディアを先方が気に入ってくれましたが、次回も同じ手は使えません。そうなった時には、相手の手の内を見極められる目を持った会社が有利だと思います。その点、高橋君は適任だと想いますからね」
 「そうだな。SEサポートとして、神保君を育ててみるか」
 「はい」
 「同じ人間が、同じ役回りだけをやっていると、驕りや満も出て来る。ひとつ、改革をやってみるか」
 「ありがとう御座います」
 家田統括部長は、本当に打てば響く人で、俺としては助かる。総務の堅物国見部長とは偉い違いだ。その後、俺たちは、仕事を離れ、他愛のな話しをしていた。が、突然変なことを言われた。
 「そうそう、佐藤君、君、昨日、西園寺財閥のご令嬢とご一緒だったそうだね。君たちを見かけたという人がいてね。まるでデートだったと言っていたよ」

俺は、一瞬何のことだか分からなかった。
 「美里のことですか?美里となら、昨日は会っていませんが・・・・」
 「美里さんとおっしゃったかな?いや、名前までは良く知らないが、違う名前だったような気がするのだが」
 「俺の知っている西園寺財閥の令嬢は、美里です。大学の同期です。彼女は、経済学部、俺は、工学部でした。天文学同好会で知り合いました。彼女、鉱物に興味を持ち、今では、銀座の裏通りで宝石店のオーナーをやっていますよ」
 「そうだったか?直接お会いしたことがないので良くは知らないのだが、昨日、君のデートの相手が西園寺財閥のご令嬢だと聞いて、驚いていた所だよ」
 「いえ、西園寺財閥の令嬢ではないです。大学時代、美里は天文学同好会のマドンナ的存在でした。友達として今でも付き合いはありますが、俺の相手ではありません」
 「そうか、じゃあ、ヤツの見間違いだな」
 「何処で、俺たちを見かけたのだろう?その方は、誰でしょうか?」
 俺は不安になって聞いた。
 「常務だよ。蛭田常務。京浜東北線の車内だそうだよ。君の顔を見たので声を掛けようと思ったら、何時もの君らしくない顔で、女性と一緒だったという。で、相手の顔を見て、また驚いた。西園寺財閥のご令嬢だと興奮して私の所に電話をよこしたと言う訳だ。きっと、慌てたのだろう。君の顔が、とても優しく良い顔だったと言っていた。あれは、絶対恋していると、野次馬みたいなことを言っていた」
 「参ったなー」
 「いや、参ることはない。誰でも、恋をすればそう言う顔になる。それに、最近の君は、仕事が取れたこともあるだろうが、雰囲気が変わったと評判だぞ」
 「ハー」
俺は、照れた。
 「恋も仕事も充実している時が良い。確かに、君の顔は、今、良い顔だよ。大事にしなさい」
 「ありがとう御座います」
 それから、俺たちは、かなり遅くまで飲み、楽しく話をした。しかし、俺の心の中に、小さな雲が発生していた。その雲はやがて、暗雲となって俺とルカに襲い掛かってくるのだった。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:46 | 第三章 黒点

8月8日 木曜日 

 次の日、俺は午後一番で、内線電話で神保嬢を呼んだ。
 「神保君。ちょっと時間、良いかな?」
 「はい」
 「じゃあ、総務の小会議室へ来てくれ」
 「はい。5分で伺います」
 電話は切れた。自分で時間を指定する人間も珍しい。こういう几帳面さを高橋嬢は買っているのだろう。確かに約束通り5分で小会議室に神保嬢は現れた。
 「チーフ、どんなご用件でしょうか?」
 単刀直入に聞いてくる。俺はおかしくなって、笑ってしまった。
 「何か変なことを言いましたか?」
 「いや、そうじゃない。まあ、掛けて」
 「はい」
 「コレを見て欲しい」
俺は、高橋嬢のメモを見せた。
 「実はね、今度の仕事で、君に是非やって欲しい仕事があるんだ」
 「はぁ・・・どんな?」
 「部内秘書。珠樹君のやっていた仕事だ。会社側としては廃止した制度だが、今回のプロジェクトでは、部内秘書が欲しい。家田統括部長に了解済みだ。誰が良いか決めかねていたが、そのメモにあるように、君を強く推薦してくれた人がいてね。君の仕事振りを高く評価してくれた。どうだろうか、引き受けてくれないか?」
 「それは、私にSEの素養がなと言うことなのでしょうか?」
と、不安そうに聞いた。
 「いや、違う。SEとしての専門知識があって初めて、この仕事が出来る。俺はそう思っている。確かに雑用になってしまうかも知れない。しかし、顧客からのクレーム、フィールド部門からの質問に正確に答えられなくてはならないと思う。そのためには、しっかりしたSEとしての素養のある人間で無ければならないと思う。そう言う意味から言って、神保君、君が適任だとね」
 「そうですか」
 「誤解しないで欲しい。君を推薦してくれた人間は、最初、自分がやろうと言ってくれた。それを俺が断った。君に代わる、確かな人材を育てないと、君も駄目になると言ってね。だから、俺は、神保君、君に期待して部内秘書を任せたい。前々から、君の仕事の正確さには感心していた。君の書類にはミスがない」
 「高橋先輩でしょう、私を推薦したのは。字を見れば解ります」
 「そうか、解るかやっぱり」
 「ええ」
 「即答が無理なら、考える時間を取るよ」
 「いいえ、是非させて下さい。お引き受けします」
 「ありがとう」
 「実は、高橋先輩には、良くしてもらっていますし、私、高橋先輩に憧れています。素敵な女性でしょう。私にはない所が沢山あって、見習わなくちゃなぁと思っています。その、高橋先輩からの推薦とあっては、引き受けなくちゃ勿体なですよ、ねぇチーフ」
 「そうだな。それじゃあ、緊急チーム会を開いて、このことを伝える。社内にいる人間に声を掛けてきてくれ。俺は此処で待っている」
 「わかりました」
三々五々、会議室に人が集まった。俺は、その間に、伝達こと項を纏め部内秘書の件を話した。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:45 | 第三章 黒点

パンドラ

あなたの優しい眼差しが 
私にそっと向けられる時
私の心は 高鳴り 
あなたを愛しいと強く思う

あなたのやわらかな唇に 
そっと触れるとき
私の心は 至福を感じ 
あなたへの愛しさで溢れる

あなたの滑らかな肌の温もりで 
私の肌が高揚する時
私の心は 熱くなり 
あなたの愛しさに溺れる



あなたの両の手が春の息吹で
私の手を包み込む時
私の心は 雪のよに溶かされ 
あなたへの愛しさに酔いしれる

あなたの心が トックントックン
私に流れ込んでくる時
私の心は 穏やかな海
あなたの愛しさ深く感じる

愛しい あなた
ずっと私の側に・・・・・・・
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by karura1204 | 2004-12-01 01:43 | 第四章 パンドラ

9月2日 月曜日 



 ルカの誕生日をふたりで過ごして以来、俺たちの会話は、メールが多くなっていった。家に帰る時間と、出かける時間がルカと合わない。ある程度までは、ルカも起きているようだったが、流石に、2時、3時までが続くと、毎日が大変のようだった。だが、俺は仕事に充実感を感じ、毎日があっという間に過ぎていった。
 言い訳になるのかも知れないが、ルカに俺は甘え、ルカの辛さを思いやる余裕がなくなっていた。だから、ルカに襲い掛かった魔の手を俺は見逃したのだった。 
 ルカのメールからは、実際、辛さまでは読み取れなかった。ただ、統括部長から出た話しを、忙しさにかまけて、ルカにしないでいた。それは、次第に俺の中でわだかまりとなり、最初は小さな黒点だったものが、次第に広がってゆく気配は感じていた。その気配を解決しないまま、秋の風を迎えた。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:43 | 第四章 パンドラ

9月6日 金曜日

 9月に入り、仕事で帰れない日が続いていた時、家の電話が珍しく鳴っていた。
 「はい、佐藤です」
 「元気、ルカ」
 「美里姉」
 「純平の所は、い心地良さそうだね」
 「ええ、とても」
 「そう・・・・。でも、何時までもいられる訳じゃないよ。解っているでしょう」
 「勿論それは解っているわよ。美里姉に言われなくても。でも、美里姉、指輪作ったの、美里姉でしょう。 何で断らなかったの」
 「それは、純平の顔を見ればねぇ。それに、あんただって、尊達の前で、純平に色々言って、あいつをのぼせ上がらせちゃっているでしょう」
 「だって・・・・・」
私は言葉に詰まった・・・・。
 「まあ、良いよ。それでね、言いたくないけれど、ルカが純平の所にいる事、ばれたからね。加納が近いうち行くと思うから覚悟はしておきなよ」
恐れていた日が来た。私の心は乱れはじめた。

 「加納、ひとりで来るかな?」
 「さあ・・・お母様も一緒だとは思うけれどね」
 「いい加減、私を放って置いてくれれば良いのに」
 「それは無理だね。お父様はあんたを探し続けるよ。それに、お母様は、あんたを不憫だと思うから、手元に置いておきたと思っているのだから」
 「それが困るのに」
 「まあ、仕方ないよ」
 「そうだ、この間は、ありがとうね。純が倒れた時、美里姉しか頼れなくて。御礼も言えずにいたわ」
私は、話を変えたくて、明るく言ったけれど、
 「礼なんて良いのよ。純平は、めちゃくちゃ良い奴だから、私としては、あいつなんか早く忘れて欲しいのよ。本当は純平と幸せになってもらいたいのよ」
 「ありがとう。私もそうだったらどんなに良いか・・・・でも、無理よ。お父様は、私に勝手な縁談を持って来ているのだし、家に帰れば、嫌でも杏子お姉さまと仁の姿を見るわ」
 「お父様の悪趣味にも困ったものね」
 「美里姉は良いわ。ひとりで勝手に何をやってもお父様は何も言わない。放任主義そのものですもの」
 「そうなんだよね。私とあんたが、逆の立場だったら良かったのにね」
 「美里姉・・・・・」
 「ごめん。言っても始まらないことだけどね」
 「そうね。仕方ないわ」
 「じゃあ、気をつけてね。私には、それくらいしか言えないけれど、何かあったら、何時でも電話しておいでよ」
 「解った。ありがとう、美里姉」

『見つかった。加納とお母様が来る。純、私どうしたら良い・・・・・・』
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by karura1204 | 2004-12-01 01:42 | 第四章 パンドラ

9月13日 金曜日 1

 ルカの不安を知らぬまま、幾日か過ぎた頃、珍しく美里からの電話を貰った。
 「純平、久しぶり。その後どう、彼女とは上手くいっているの?」
 「まあね。でも、此処の所忙しくて、家にも帰っていないよ」
 「そう、じゃあ、寂しがっているんじゃない?」
 「ああ、きっとな」
 「まあ、ごちそうさま。でも、そんなに忙しいんじゃ、会うのは無理かな?」
 「美里と?」
 「そうよ。全く、会うのは、彼女だけだと思っているところが凄いわね。かつてのマドンナを差し置いて」
電話の向こうで美里が笑った。
 「わかったよ。ちょっと待って」
俺はスケジュール帳を開き
 「うーん、昼でも良いかな?」
 「昼は、ちょっと無理だわ。夜にゆっくり話したい事があるのよ」
 「じゃあ、来週の土曜日は?何とか空けるよ」
 「良いわ。来週の土曜日。20時にお店に来てくれる?」
 「20時だね。解った。じゃあ、その時に」
 「ええ。じゃあ」

 俺は、電話を切った。だが、妙な胸騒ぎを覚えた。まるで、パンドラの箱が開かれる鍵を美里が握っているような、とでも言ったら良いのだろうか。電話の向こうで美里の声は笑っていた。しかし、断れない気迫を持って俺に迫って響いてきたのだった。『何故だろう?』
 俺は、窓の外に目を向けMM21の街を見下ろした。眼下には、親子連れや観光客の姿が・・・・・ふと、遊園地が目に留まる。ルカの笑顔が浮んだ。『楽しかったな・・・・』俺は、ルカの誕生日を祝った日を思い出していた。だが、同時に頭の中のスクリーンには夢の映像がリアルに浮んだ。俺の心は、不安に押し潰されそうになった。迷宮へ落ち込み、田中の「チーフ」と言う呼びかけにも、気付かないほど考え込んでいた。

 「チーフ、大丈夫ですか?」
 「ああ、田中か。悪い。考え事をしていた。どうした」
 「すみません、セキュリティーの事で、ご意見を伺いたいのです。今、三島と冴島とソフトハウスの連中とで意見が食い違っているのです」
 「何処のソフトハウスだ?」
 「ミューズです」
 「すると、うちのリーダーは冴島か」
 「はい」
 「わかった。行こう」
 「お願いします。第二会議室です」
俺は、システム計画書を持つと、田中と一緒に会議室へ向かった。
 日本のシステムは、海外に比べて引けを取らないと俺は思っている。しかし、セキュリュティの意識レベルは低い。どんなにセキュリュティを強化しても足りないのが事実なのに、島国と言う安心感なのか?その意識レベルは笑ってしまうほどだ。ハッカーと呼ばれる連中は、2重、3重のセキュリティシステムを平気で突破してくる。だから、俺たちSEは、それに対応するシステムを構築しなければならない。俺は、このシステム予算の大半をセキュリティシステムの強化に費やして顧客に提案した。
会議室に入ると、男4人が渋い顔をして睨み合っていた。

 「おい、どうしたというのだ」
声を掛けると冴島が、
 「チーフ。すみません。ミューズさん側が」
 「冴島、ちょっと待て。新藤さん、何時もありがとうございます。で、どうしました?打ち合わせの時から何か疑問点や問題、変更等がありましたか?」
 「佐藤さん、良い所へ来てくれました。いやね、打ち合わせの時、私が来られなくて、この三木本を寄こしていたのです。その時点では、問題がなさそう見思えたのです。ところが、今日来て見て、計画書を見たら、セキュリティーがいまひとつ足りないのではないかと思いまして、それで、その辺はどうお考えなのかを冴島さんに伺っていた所です。折角、コレだけのセキュリティシステムです。もう一歩踏み込んだ強化をかけたらと言っていたのです」
 「具体的にはどう言った形でしょうか?」
俺は、計画書を広げて聞いた。
 「それはですね・・・・・」
 俺は、じっくりと新藤の話を聞いた。新藤の説明はもっともだった。ただ、冴島が危惧したのは、特許権の問題だろうと思った。
 「ですから、このセキュリティシステムでは、特許も取得済みです。三木本が開発したセキュリティシステムは、ハッカーの侵入を防ぐだけではなく、侵入経路を突き止め、逆にハッカー側のシステムを攻撃します。是非、コレを採用して頂きたいのですよ。他には売りません。このシステムは佐藤さんならと思いましてね」
 「成る程、お話は解りました。確かに、そこまで徹底したシステムなら顧客は安心ですね。しかし、今直ぐ、ここの話だけで即答は出来ませんので、暫くお時間をいただけませんか?福永部長や家田統括部長とも相談の上、採用させていただくか、見送るかを決定させてください。予算の建て直しや、特許料の話も検討しなければなりませんのでね。それで宜しいでしょうか?」
 「はあ、前向きにご検討願えるのであれば、佐藤さんの顔を立ててそうします」
 「ありがとうございます。では、そちらのシステム計画書を何部か頂きたいのですが、今、お持ちですか?」
新藤の隣にいた三木本が鞄から角封筒を出し、
 「此処にあります。是非、よろしくお願いします」
と深々と頭を下げた。俺は、その封筒を受け取ると、
 「では新藤さん、失礼します。冴島、ちょっと」
 冴島を部屋から出し、指示を与え、その足で家田統括部長の所へ行った。新藤との話をし、俺は一番大事な事を、告げた。
 「家田統括部長、すみません、お彼岸の連休なのですが、3連休取らせていただいてよろしいでしょうか?」
 「どうした?」
 「今年、両親の13回忌を迎えます。3回忌も7回忌も何もしてやれませんでしたので、今年ぐらいはと・・・」
 「いいぞ、気にするな。何か有ったら、私が陣頭指揮を取る。ご両親の所へ行ってやりなさい」
 「ありがとうございます」
 「少し、気負いすぎているぞ。ゆったり構えんと、精神が持たん。新藤の話は、私も直接話を聞いてみよう。それからでも遅くは無かろう。常務とも相談したいし」
 「はい」
 「明日からの連休も休んで良いぞ。私も、最近現場に行くのが楽しくてね」
 「ありがとうございます。でも、今週は出ます」
 「ほらほら、そう言う生真面目さは、時として辛いぞ。無理はするな。良いな」
 「はい」
 「じゃあ、これは預かっておくよ」
 俺は頭を下げた。

 その頃、家には、招かれざる客がふたり、パンドラの箱から沸いてきたようにやってきていた。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:41 | 第四章 パンドラ

9月13日 金曜日 2

ブザーが鳴った。
 「はーい。何方?」
 私はマジックアイを覗き込んだ。その先に写った人影に、うんざりする。一番逢いたくない人がとうとう、やって来た。『純、助けて』心の中で呟く。返事をしてしまった手前開けない訳にはいかない。チェーンロックを掛けたまま、ドアを開ける。
 「伽瑠羅、良かった。いたのね」
 「帰って。私は家には帰らないのだから。いくらお母様たちが来ても無駄よ。また、場所を変えるわ」
 「いいえ、伽瑠羅お嬢様、何処まででも探して帰っていただきます。旦那様がお待ちです」
 「伽瑠羅、兎に角中へ入れてちょうだい」
 「嫌よ」
 「お嬢様」
 「大声を出さないで。警察を呼ぶわ」
 「なんて言う事を言うの」
 「本気よ」
 私のいつもとは違うきつい一言に言葉を失うふたりの訪問者。暫く沈黙が続く。沈黙に耐えられなかったのは母だった。
 「加納、今日のところは帰りましょう。伽瑠羅のい場所がわかったのだから、無理する事はないわ」
 「奥様」
 「良いのよ」
 「はい、では帰りましょう。伽瑠羅お嬢様、今日のところは帰ります。でも、何度でも参りますからね」
 「二度と来ないで。来たら、私ここから飛び降りるから」
 「お嬢様、困らせないで下さい」
 「さあ、加納、帰りましょう。伽瑠羅、また来ます。その時は、中へ入れてちょうだいね」
 ふたりが帰る足音を聞きながら、ドアを閉め、鍵を掛けると、私はその場に崩れるようにしゃがみこみ、暫く呆然としていた。涙が一筋伝う・・・・『次の場所を探さなきゃ』純に迷惑を掛ける。純を巻き込みたくない。必死で寝室に這いつくばって行くと、荷物を纏めようとした。でも・・・・・溢れる涙は、純の笑顔を想い焦がれ、胸の痛みに押し潰されそうで、私は声を上げて泣いた。純のベッドに顔を伏せ、泣いた。ただ、自分の運命を呪うように泣く事しか出来なかった。
 どれくらいそうしていただろう。声を出して泣いたおかげで、心に落ち着きが取り戻せたような気がした。私は、自分の意思を確認したくて、美里姉に電話を掛けた。ダイアルを押す指がかすかに震えているのが解った。
 「はい、西園寺」
 「美里姉」
 「ああ、ルカ。どうした?」
 「今、来たわ」
 「そう、それで」
 「門前払いにした。また来るって言ったけど、来たら飛び降りるって言っておいたわ」
 「また、過激な事を言ったわね。お母様ビックリしていたでしょう」
 「良いのよ。私の中には過激な血が流れているのですもの」
 「ルカ」
 「ごめん。でも、本当の事よ。普段、お母様は何もおっしゃらないけれど、あの人の心の中には、炎が渦巻いているの。私にも、あの人と同じ血が流れている。美里姉、私、ここにいるわ。もう、逃げない。お父様と戦うわ」
 「そう、あんたは、一度言い出したら聞かないからね、昔から。好きにしなさいよ。出来るだけの応援はするから」
 「ありがとう、美里姉」
 「良いのよ、ルカが気にすることはないわ。それより、何時でも電話してきなさいね。思いつめて変な事しないうちに」
 「ええ」

 美里姉と話した事で、私の中の何かがはじけた気がした。過激な情熱。何故、仁の時にその情熱が出なかったのだろうと思った。そして、取り乱した部屋を片付けながら考えた。そうだ、仁に裏切られたと知った時は、お父様のやりそうな事だと怒りの方が先に立ったのだわ。けれど、純と別れる事は、辛さの方が大きい。純の優しさが、それまでの痛みを癒してくれた。その分、私は純に甘える事が出来ていた。短いけれど、楽しい純との暮らし。私は、この生活を守りたいと願っている。なら、逃げる事はやめよう。負けるなら負けるでも良い。とことん戦おうと私は決めた。

 その夜、俺は遅くに帰宅した。明日から、いや、今日から世間は3連休。しかも二週続きの3連休だった。今週は仕事だが、来週は法事も兼ねて、ルカと久しぶりにゆっくりする。勝手に予定をあれこれ考えながらエレベーターを上がった。玄関を開けると、リビングに灯りが付いていた。ドアを開けると、ルカは起きていた。
 「何だ、寝ていなかったのか?」
 「純、お帰り」
ルカは、そう言うと俺に抱きついた。俺は、ビックリした。こんな事は今までに一度もない。
 「何かあったのか?」
心配になって聞いた。
 「ううん、そうじゃない。純の顔をちゃんと見て話がしたかったからかな」
ルカの微笑が、俺の疲れた心と身体をいっぺんに元気にした。
 「そうか・・・俺もだ」
そう言うと、ルカにキスをする。
 「私、寂しかったの。最近、純とちゃんと話をしていないでしょう」
 「そうだな」
俺は、愛しさで溢れた。だが、ルカの温もりの中に、言い知れぬ不安がよぎった。
 「こうしていると安心するわ」
 「俺もだよ」
 「本当?」
 「ああ、本当だよ。あ、そうだ、ルカ、来週の連休、俺に付き合ってくれないか。両親の13回忌法要を鎌倉で行うんだ。尊達も来てくれる事になっている。出来れば、皆に紹介したいと思っているんだ。駄目かな?」
ルカの返事を聞きたくて、顔を向けて俺はハッとした。
 「どうした?」
 「嬉しいのよ、だって、皆に紹介してくれるのでしょう。勿論、一緒に行くわ」
 「ルカ、泣き虫になった?」
 「そうね。ちょっとだけ」
俺は、ルカの涙を拭うと、少し長いキスをした。
 「ルカ、シャワー浴びてくるよ」
 俺はルカの身体を離した。その時、ルカの瞳が俺を誘っているように感じた。今まで見せたことのない表情だった。どうしたのだろう?俺はその事が気になった。が、聞くことは出来ない雰囲気があった。
 「お風呂も沸いているからね。良かったら入って。その方が疲れ取れるでしょう。着替え用意してあげるから、シャワー行って良いわよ」
 「ありがとう」
 俺は、ルカの言葉に逆らわず、風呂に行った。やはり今日のルカは何処かおかしいと思った。不安は募った。だが、そぶりは見せないようにした。そして、 「ルカ、良かったら一緒に風呂に入らないか?」
と誘ってみた。
 「どうしようかな、一回入っちゃっているから・・・・・」
 「無理は言わないよ」
 「ええ・・・・」
 声が聞こえなくなった。どうしたのかと思い、声を掛けようとした時、ドアが開いて、ルカが入ってきた。
 「温まって寝ようと思って、来ちゃった」
 「ああ、良いよ。おいで」
ふたりで、湯船に浸かった。並んで入ると、少し窮屈だけれど、入れないことはない。
 「リフォームしたら、ふたりでゆっくり入れる風呂にしよう、な」
 ルカは黙って頷いた。俺は、ルカの肩を抱いた。俺の肩にもたれかかったルカだが、すぐ顔を上げた。ルカの唇が何かを言いかけた。俺は、どうしようもない不安に襲われ、ルカの唇に、指を当てた。瞳が出逢う。どちらからともなくキスを交わす。ルカのしなやかな曲線が、俺の理性を超えた瞬間、俺はもう、止まれない。ルカを抱き上げ、ベッドに運ぶ。部屋もベッドもびしょびしょになった。しかし、今の頭には、どうでも良い事だった。ただ、ルカの肢体に俺の身体が吸い寄せられてゆくだけだ。ふくよかな胸のふくらみも、緩いカーブ描く腰の線も、俺を虜にして離さない。消化不良だった胃が、物凄いスピードで消化されてゆく感じだ。ルカの吐息は俺の耳をかすめ、くすぐってゆく。潤んだ、ルカの瞳は、俺の中心を更に興奮させた。絡みつくようにしがみつくルカ。俺は舞い上がり、全ての不安も何もかも、この至福の前には敵わないと悟った。上言のように俺の名前を何度も呼ぶルカ。いつしか、シーツの海に、ふたりは溺れる難破船になった。その波の中に、幾度ももぐり、浮上し、頂点に達すると、やがて潮が引くように静かになった。お互いの身体を愛しんだ後の心地良い疲れは、不安を安心に変え、静かな凪の海は、俺たちに眠りをもたらした。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:41 | 第四章 パンドラ

9月21日 土曜日 1

 今週は、俺も3連休。久しぶりにルカと、ゆったりとした時間を朝から過ごした。ベッドで楽しみ、食事を作り、散歩をし、穏やかな日常がそこにあった。
 ただ、気になる事がひとつ増えた事を除けば・・・・・・
先週、俺たちは、ひとつに結ばれた。あの日、俺が居ない間、ルカの中で、何かしら変化があった筈なのだ。その変化が、俺とひとつになる事で、あの不安に満ちた瞳が消え、それまでと何ら変わらないように見えるようになった。
 いや、正確に言えば、一切の不安が取り払われたように落ち着きが増した。と言った表現が当てはまる。何故だろう。俺の心には、家田統括部長が言った、西園寺財閥令嬢の事と、美里の電話によって生じた黒点とがごちゃ混ぜになっていた。
ルカと、ベッドでの楽しみを共有できる事は、幸せな事なのだが・・・・・・
 「ルカ、じゃあ出かけてくるよ。明日は、法事よろしくな」
 「ええ、行ってらっしゃい。久しぶりのお友達と楽しんできてね」
 「なるべく早く帰るよ」
 「いいわよ、ゆっくりしてきて」
 「ありがとう。でも、明日の事があるから、遅くはなりたくないよ」
 「そうね。じゃあ、明日に響かない所で帰って来て下さい」
 「ああ」
玄関でキスをして俺は出かけた。

 5分前に着くよう調整をしながら出掛けて行った。途中、タイピンのお礼に花束を買った。店に着くと、美里はもう、店じまいをして、シャッターの前にいた。
 「早いじゃない。流石ね」
 「いや、そんなことはない。あいつが、時間に間に合うよう送り出してくれたからね」
 「まあ、ごちそうさま」
俺は、ちょっと照れて頭をかいた。
 「あ、これ、タイピンのお礼」
 「良いのに。でも、ありがとう。嬉しいわ」
 「何処へ行く?」
 「私の馴染みの店があるのよ。小さいけれど、良い店よ」

 美里は先に立って歩き出した。俺は後からくっついて行く格好になった。美里が案内してくれた店は、地下にあった。確かに小さいが、雰囲気が良く、俺好みだった。
 「ね、良いでしょう」
 「ああ」
 「如何いたしましょう」
店の雰囲気にマッチしたマスターが注文を取りにきた。
 「私は、ソルティードッグをお願い。純平は?」
 「俺は、ジンライム」
 「マスター、つまみは適当に頂戴」
無口そうなマスターが、承知ですと言わんばかりに頷いた。
 「で、話って何?」
 「そんなに急かさなくても良いでしょう」
 「まあな。そう、明日来てくれるだろう?親父たちの13回忌」
 「ええ、ちょっと遅れるかもしれないけれど行くわ。みんな来るんでしょう?」
 「ああ、殆ど来てくれる予定だよ。あいつら、義理堅いからな」
 「ホント、ちょっと時代遅れの連中だからね」
 「まあな」
 飲み物が目の前にスッと置かれた。俺らは、グラスを傾けた。ひと口飲むと、俺はどうしても早く聞きたくて、急かすように言った。
 「なあ、いきなりで悪いんだけど、聞きたい事が有るんだ」
 「何かしら?」
 「西園寺財閥のお嬢さんだったよな、美里は」
 「お嬢さんと呼べるかどうか分からないけれど、まあ一族の人間だわ。それがどうかしたの?」
 「ああ」
いざ、聞くとなると躊躇いが生じた。それに、何をどう聞いて良いのか、言葉を捜していた。
 「どうしたの?」
 「いやね、家田統括部長から変な事を言われてね・・・」
 「変な事?」
 「ああ」
 俺は、心を落ち着けるためにグラスをあけ、一呼吸おいてから言葉を発した。
 「実は、うちの常務が、俺とルカがデートしている所を見たと言うんだが・・・その相手が、君だとね」
 「え、私?ありえっこないじゃない」
 「ああ、俺もそう言っておいた。だが、西園寺財閥のお嬢さんだったと確信を持って言ったそうだ。君とルカでは、雰囲気が違いすぎるだろう」
美里は、思案する目を宙に向け、独り言のように言った。
 「ふ~ん、それでか、それで居場所が解っちゃったのね」
 「え?何それ?」
 「うーん・・・・」
 「何だよ、はっきり言えよ」
 「私とルカ、血は繋がっていないけれど姉妹なのよ」
ゥヘーと、俺は口に含んだ酒を吐き出してしまった。美里は、平然とダスターでカウンターを拭き、ハンカチを俺に渡した。
 「マスター、ごめん、もう1枚ダスターくれる」
 「良いですよ」
 「何なんだよ、それ」
俺は、声を荒げていた。他の客がビックリした目を向けた。
 「ごめんなさい。隠すつもりは無かったの……でも、私も驚いているのよ。あの子があなたの所にいたこと」
 「いや、そうじゃなくて、何でお前たちが姉妹なんだ?」
 「ややこしい話なの。今日、純平を呼び出したのは、実はその事でね・・・・」
 「話せよ、早く」
俺は少しきつく言った。だが、美里はそれをかわす様に聞いた。
 「純平、ルカの事、どう思っているの?」
 「何だよ、いきなり」
 「聞かせて」
 「それが、お前たちが姉妹だって事と何の関係があるんだ?」
 「あるのよ。ルカの事どうなの?」
美里の物言いに不満を感じながら、
 「好きだよ。大事だと想っている」
美里は、満足気に頷き、
 「西園寺の家には、父しか跡継ぎが居なかったのね」
 「は?それが?」
俺は苛立った。
 「まあ、待ちなさいよ。落ち着いてって言っても難しいかもしれないけれど、ちゃんと話すから」
 「ああ」
俺は、無理に落ち着こうとした。
 「父は、自分の跡継ぎがどうしても欲しかったのだけれど、私の母は、女の子しか産めなかったの。病弱でね、私と、直ぐ下の杏子を産むと亡くなったわ」
 「え、お前そんなに姉妹がいたの?」
 「そう、杏子は母に似て繊細で病弱だから、あまり外には出ないのよ。だから、杏子の事を知っている人は少ないわ」
 「そうか、それで?」
 「父は、仕方なく養子を取る事にした。それが、恭一兄貴よ」
 「恭一さんは、養子だったのか」
 「ええ、私がまだ幼稚園の頃だったわ」
 「確かにややこしそうだな」
俺の頭は混乱し始めた。
 「そうでしょう。でね、ルカは、父の再婚相手の子なのだけれど、父の血は入っていないの」
ますます訳が解らない。俺が不思議そうな顔をしていると、
 「私も、何をどう話して良いのか考えながらだから、質問はあとにしてね」
 「ああ」
 「ルカの母親は、パリで日本文化を紹介する仕事をしていて、向こうで父と出会ったの。父は一目ぼれをしたそうよ。でも、ルカの母親には付き合っている人がいたから、父の事は何とも思っていなかった。いくら父がアプローチしても知らん顔だったらしいわ」
 「もしかして、君のお父さんは、ルカの母親を無理矢理?」
 「そうみたい。情けないけどね。ルカの母親は、それでも良いと言ってくれる相手と、逃げたそうよ、父からね」
 「勇気あるな」
 「そう、強い人だった」
 「だった?」
 「ええ、今は父の言いなりだもの」
 「何で?」
 「さあ、ルカを守っているつもりだとは思うけれどね」
美里は、グラスを開けると、次を注文した。
 「ねぇ純平、もう一度確認しておきたいの、良いかな?」
 「ああ」
美里は、俺の眼を見て。
 「あんたの決意はどうなの?ルカを幸せにする気持ちある。どんな事が起こっても守れる?その決意がないなら、これ以上の話はしない。今、少しでも揺らいでいる気持ちがあるなら、あの子をあなたの所から追い出して欲しいの。これは、あの子の姉としての想いよ。純平に迷いがあるなら、あの子のためにもそうして欲しい」

 俺は、先週ルカが取った態度の意味を理解した。ルカはあの時、決意したのだ。俺と生きることを、母親の二の舞にならないように、逃げない事を・・・・・俺の胸は熱くなった。
 「美里、話してくれ。ルカはもう決心している。俺だけが逃げたのなら・・・・ほら、硬派の俺としては逃げるわけには行かないだろう」
 「ありがとう。でも、硬派の俺ってのは言い草としては変ね」
 「そうかな?」
美里は、笑った。だが、俺には笑って話せるゆとりなどは微塵もなかった。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:40 | 第四章 パンドラ

9月21日 土曜日 2

 「ルカ、決心しているって、あなたに何か話したの?」
 「いや、何も話さないよ。ただ、態度がね。微妙に違っている。おどおどした感じが無くなった」
 「ふ~ん。と言う事は、やっと結ばれたんだ。純平にしちゃ、時間掛かったわね」
 「おい、そんな言い方するなよ」
 「そうじゃないわ。ありがとう。大事にしてくれて。嬉しいわ」
美里は、まるで自分がルカの母親のように言い、頭を下げた。俺は、照れ隠しにグラスを開けた。
 「それで、話の続きは?」
 「そうね、マスターお代わり」
 「俺も」
 「ルカの母親は、逃げたけれど、半年後、父に連れ戻されてしまったわ。その頃母のお腹にはルカがいたの。父は、激怒した。私、その時の父の異常な行動を見ていたのよ。父は、人前では紳士面しているから、他の人は知らないけれどね。でも、父は、ルカを自分の子供として結婚したの。だから、戸籍上はれっきとした西園寺家の人間よ。内情を知っているのは、家族だけ。西園寺家に出入りする人は、ルカの事を父の本当の娘だと思っているわ。不思議な家族よ」
 「じゃあ、ルカの本名は、西園寺 伽瑠羅だね」
 「ええ、そうよ。でも、何で伽瑠羅の名前を知っているの?」
 「知っているわけじゃない。出逢った時、江ノ島へ行きたいと言うので連れて行った。そこにあった鍵に、仁&伽瑠羅の文字があった。ルカは、その鍵を見詰めて泣いていてね・・・・」
 「そう、アイツと決別しに行ったのね」
 「仁って奴は、ルカを裏切ったのか?」
 「ええ、見事にね。でも、アレは最初から仕組まれていたのではないかとも思えるわ。佐伯 仁(じん)、父の秘書のひとりよ」
 「佐伯?」
 「そう、ルカ、アイツの苗字名乗ったでしょう。尊から電話貰って驚いたのよ。ルカって、あの子の愛称だったしね・・・・辛いところね」
 俺は、胃の辺りがムカムカした。出会った日、ルカが流した涙の訳や、言葉の意味が俺の中でひとつに繋がった。だが、それは、繋がって欲しくない事だった。
 「マスター、ウォッカある?」
 「ありますよ」
 「じゃあ、それ」
美里は、横目で俺を見ていた。
 「母親の後を継いで、海外で生活していたルカに、仁は近づいたの。西園寺家の一員になりたくて。実力はあるけれど野心家で手に負えないわ。あの子じゃあね。でも、好きになったのよ。この気持ちばかりはどうしようもないわ」
 「そいつが、何故ルカを裏切った?」
 「杏子に乗り換えたからよ。まあ、乗り換えさせたのはお父様だけれどね。仁よりお父様の方が役者は上だもの。来年早々、杏子と仁は結婚するの。でもね、もっと酷いのは、ルカが生まれた2年後に、父とルカの母親の間に男の子が生まれた事よ。彼の名前は秀樹」
 「俺、会った事ないぞ」
 「そうね、アメリカで小さい頃から英才教育されていて、日本には居ないもの」
 「で、その秀樹君が後を継ぐって事?」
 「ええ、そう。父は、恭一兄貴を秀樹の後見人にする気よ。そして、ルカの夫にね。それを知ったルカは、家を飛び出したって訳。まあ、元々海外での暮らしが長いから、ひとりで暮らす事に抵抗はないみたいだけれど」
 「何て事だ!」
 そう呟き真っ白に成った頭を整理したかった。俺の頭は爆発寸前だった。ともすると、怒りでどうにかなってしまいそうな気もした。理解とかのレベルではなく、出来すぎたドラマが目の前に『現実だよ』と突きつけられている感じだった。
 「でも、美里の親父さんは、何だってそこまでルカに辛く当たる?自分の子供じゃないからって・・・・」
 「それが、あの人の異常性格者なところよ。伽瑠羅って名前だって、仏教のカルマから取っているのよ。母親が、自分に振りむかず、他の男と逃げて出来た子供だから、母親をそうやってなじっているの。私は、そんな父親に愛想つかして、早々と家を出たわ。
 もともと私は、昔から父親の言いなりにならない子供だったから、手を焼いていたんでしょうね。それに、私とルカは、昔から気が合って仲が良かったの。それも父には気に入らなかったのかもしれない」

俺は、酒を煽った。煽る事しか出来ない気分だった。
 「これで、純も、西園寺家のお家騒動に巻き込まれた一員よ、覚悟が揺らぎましたでは、ルカをまた辛い目にあわせるだけだから、頼んだわよ」
 「ああ」
 それから、美里は西園寺家の事をいろいろ話してくれた。だが、何一つ耳には届いていなかった。ただ、相槌を打つことで精一杯だった。だから、俺は、何杯もウォッカを煽った。酔えない酒を流し込んで・・・・。
結局、何だかんだ言って、店のラストまで美里と飲んだ。ルカに早く帰ると言っておきながら・・・店を出た所で俺はふらついた。今頃酒が効いて来た。
 「純平、大丈夫?」
 「大丈夫だよ」
 「でも、足元ふらついているわよ」
 「平気さ」
俺は強がって言ったが、平衡感覚を失ってまたよろけた。
 「心配だな。送ってゆくわ。大丈夫、マンションの前までにするから」
 こうして、俺は美里に送られて、マンションに帰り着いた。美里に送られながら、俺の頭の中は少しずつ落ち着いてきた。送ってもらえなければ俺は、家には帰らずに居ただろう。
 美里は、帰り際、俺の心を見透かしたように言った。
 「純平、ルカや私の事を可哀想だとは思わないでね。それはそれで仕方のない事だし、その中で好き放題やっているのだから」
 「ああ、それより、悪かったな。今度埋め合わせするよ」
 「いいわよ。ルカが世話になっていることだしね。本当は会って行きたいけれど、ルカ、嫌がるでしょうから、此処で帰るわ」
 「電車有るのか?」
 「ええ、まだ大丈夫。無かったら、碧を呼ぶから」
 「え、アイツと付き合っているのか?」
 「ええ、あ、そうそう、純平、あんたが倒れた時、私、碧と一緒だったのよ。ルカったら、慌てて私に電話してきたの。だから、誠の電話を教えて、碧と一緒に行くようにしたのよ」
 「そうか、誠の奴何も言わないから」
 「誠らしいでしょう」
 「そうだな」
 「じゃあね」
 「ああ、じゃあ」

 俺は、玄関前の廊下で、煙草を1本吸った。吸いながら、考えていた。美里には、偉そうに言ったが、ルカの置かれた立場を考えると、俺は、ルカにどうしてやれるのだろうかと思っていた。それに、俺は、美里と会っていた事をルカに言って居ないし、まさか、美里から事実を聞いているとは思ってはいないルカの顔を見るのが辛かった。
 最後の煙を吐き出すと、空を見上げた。月が綺麗だった。『そうだ、今日は15夜だ』俺は、酔い覚ましと後ろめたさを隠すために、ルカと散歩でもしようと、玄関のドアを開けた。
 「ただいま」
 「あ、おかえり。どうだった、楽しかった?」
 「楽しかったよ、月が綺麗だから散歩しないか?今日は、15夜なんだ」
 「良いわね。でも、まず、着替えたら、そこの椅子に掛けてあるでしょう」
 「ああ、ありがとう」
 俺は、洗面所で着替えると、鏡を見た。動揺が顔に出ていないか心配だったのだ。水で顔を叩くようにしてリビングに行った。ルカはキッチンで何かをしていた。
 「何しているの?」
 「うん、明日の朝の準備」
 「いい心がけだね」
 「でしょう」
 「ああ」
俺もキッチンへ行く。ルカの姿が儚げで、愛しくて抱きついた。
 「あ、危ない、包丁持っているのに」
 「ゴメン、でも、こうしたい」
 「あら、月見の散歩は?」
 「それは、もういい。ルカ」
 「何?」
 俺は、ルカを抱きたくなった。美里との話が気になっていた。俺は、仁と言う男をルカから追い出してしまいたいと言う衝動に駆られたのだ。ルカが、相手の男の苗字を名乗ったことを知った事で、見えないもの対する嫉妬が生まれた。酔えない酔いに任せ、求めた。
 「ルカ、君を抱きたい」
 キスをし、腕を取ると、そのままベッドへ行った。そして、貪るようにルカの身体を求めた。求めながら、俺は何故か泣いていた。
 「純、どうしたの?」
 「わからない。わからないが、泣けてくるんだ」
 「そう」
いつしか、俺のほうがルカに抱かれていた。優しく、温かく、俺は包み込まれて・・・・
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by karura1204 | 2004-12-01 01:40 | 第四章 パンドラ