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9月22日 日曜日 1

俺はルカの声で起こされた。
 「純、もう時間よ、起きて。遅れるわよ」
 「ああ、何時だ」
 「8時よ。ご飯食べて行かないと、困るでしょう」
ちょっと頭が痛かった。
 「悪い、ルカ。水をくれないか。頭が痛い」
 「二日酔いね。しょうがないわね。お父様とお母様悲しむわよ」
俺は、首を振り振り、リビングへ行った。
 「顔洗って。はい、お水」
 「ありがとう」
 完全にルカのペースだった。ただ、頭が痛いのは、酒のせいだけではなかった。昨夜の話が俺の頭にこびりついているのだ。ルカの顔を見るのは、正直辛かった。
 「ご飯、食べられる?」
 「何とか食べるよ。ルカが作ったんだろう」
俺は欠伸をしながらテーブルに着いた。
 「胃に負担の掛からない物にしておいたからね」
 「重ね重ねすみません」
 「良いのよ」
お粥に、中華スープだった。胃が生き返る気がした。しかし、頭は冴えない。
 「ありがとう。美味しいよ」
 ルカの笑顔が眩しすぎる。俺は食べることに専念しようとしたが、思ったほど食は進まなかった。
 「ルカ、ゴメン。飲みすぎだ。あんまり食べられない」
 「いいわよ、気にしないで、もう少し横になっていたら?喪服は、そこに用意してあるからね。片付けたら行きましょう」
 「ああ」
 俺は、橋を置くとクッションを枕に横になった。横になりながら、眠るでもなく何をするわけでもなく、ただぼんやりルカを見つめ、ルカの生きてきた人生を思っていた。すると何だか、今日はルカを人目に晒したくない気持になった。
 「ああ、そうだ。車で行こう」
 「え、良いの?みんな飲むんでしょう」
 「良いよ、昨日飲んだし」
 「じゃあ、帰りは、私が運転するわ」
 「出来るのか?」
 「出来ますよ、運転ぐらい」
 「怪しい~?」
 「酷い」
ルカは口を尖らせた。
 「はい、はい、じゃあ、後で頼みますよ」
 「任せておいて」
 ルカは、胸を叩いた。俺が、車で行きたかったのは、ルカのことを誰かが、どこかで見ている気がしたのだ。その事が不気味だったのだ。着替えを済ませ、車に乗り込んだ。
 「車、久しぶりだろ」
 「そうね。出逢った時以来よね」
 「もう、あれから2ヶ月か」
 「何だか早いわね」
 「そうだな」
 俺たちは、少し感傷的な気分になったが、ルカは、久しぶりの車に何も知らずはしゃいでいた。俺が、事実を知っているとわかったら・・・・俺は昨夜の事が頭から離れず、平静を保つのに何処か精一杯だった。
鎌倉まで二時間。昼には着いた。法要まで、少し時間がある。俺たちは、海岸へ行ってみた。穏やかな海が目の前に広がった。いつ来ても海は、その雄大な姿で迎えてくれる。風が気持ちよく頬を撫でた。潮の香りが心地良い。
 海を見ていたら、少し心にゆとりが生まれた。この広さや深さに比べたら、俺がいくら考えてもなるようにしかならない。ただ、目の前のルカを幸せにしてやれる事を考えようと思った。
 ひとしきり、海を眺めたあと、ルカが作ってくれたおにぎりを車の中で食べ、寺へ向かった。

 「此処が、俺の家の菩提寺だ。名前は『清(せい)龍寺(りょうじ)』。確か真言宗だった」
門前で説明した。
 「日本のお寺って良いわよね。心が落ち着く。私、クリスチャンだけど、本当は仏教の方が好きよ」
俺は、その言葉を聞き、以外だと思った。
 「そうなんだ」
 ルカは、寺の静けさと言うか、荘厳な佇まいの中に溶け込んでいた。俺は、またひとつルカの魅力を発見した気がした。寺に吹く、清浄な風を感じながら俺たちは、庫裏へ行き、和尚へ、今日のお礼とお布施を渡した。
 「今日は、お願いします」
 「おや?奥様かね?」
 「はあ、まだですが、婚約しました」
 「そうか、今日は、ご両親への報告も兼ねているわけだな」
ルカが、隣で頭を下げる。
 「よろしくお願いします」
 「結構、結構。良い方を見つけなさった」
そう言うと、豪快に笑い奥へ引っ込んだ。と思ったら、直ぐに出てきて、
 「これは、わしからの贈り物じゃ。ふたりが上手く行くようにな」
そう言って、掛け軸の様なものをくれた。
 「これには、真言が書いてある。大事にしなさい。み仏さまが必ず守ってくれる」
 「嬉しい。ありがとうございます。大事にしますわ」
 と、ルカがそつなく言ったものだから、和尚はまた、満足気に笑った。『普段は少し偏屈な和尚が笑っている』その姿を見て、俺はルカの不思議さを感じた。『ルカは本当に、誰でも味方にしてしまう・・・・』

 俺たちが、本道に行くと、もう何人かが来ていた。次々仲間に声を掛けられ、その度に短く言葉を交わした。ルカの事を冷やかすやつばかりだったが、久しぶりに会う仲間の顔が、俺を学生時代へ戻して行った。と同時に心が少し軽くなった。
 定刻、五分前、美里を残して全員が揃った。和尚の息子さんが、司会をしてくれた。
 「それでは皆さま、席にご着座下さい。ただいまから、導師様がご入道なさいます」
と厳かに言った。
 俺たちは、神妙な顔をして本道に並べられた椅子に座った。鐘の音と共に、和尚が入ってくる。導師席に着座すると、低音を響かせながら読経を始めた。
 俺は、和尚の読経する声を聞きながら、親父とお袋に、ルカの事を報告した。そして、俺たちの事を守ってくれるように頼んだ。迷惑を掛けてばかりの俺、親父たちが死んでも、願い事をしている自分が情けないが、くじけてしまいそうな心に渇を入れて欲しかったのだ。
 和尚の読経は、高く低く、俺の心に響きわたり、不覚にも涙が零れ落ちた。そっとルカがハンカチを差し出した。その光景を見ていた奴等から、後で冷やかされる事になるのだが、素直に受け取ると涙を拭いた。
 読経が終わり、息子さんの司会で焼香を済ませると、和尚は、退道した。
 俺は、前に出ると、挨拶した。

 「みんな、今日はありがとう。親父もお袋も、きっと喜んでいるよ。ホント、サンキューな」
 「おいおい、堅苦しい事言うなよ」
 「そうだ、そんな間柄じゃないだろう」
尊が前に来て、
 「じゃあ、早速俺の店に行くか。美味いもん用意してあるからな」
 歓声が上がり、それぞれ、車に分乗すると、尊の店に行った。俺は、和尚と奥さん、息子さんを一緒の車に乗せて向かった。
 尊の店に着くと、美紀ちゃんが、塩を持って待って出迎えてくれた。みんなに塩を振り、陽気な笑顔で、
 「おかえり、みんな。さあ、席に着いてね。純平さん、今日はそっちに行かれなくて、ごめんなさいね。まだ、生まれたばかりのがいるから」
と言った。
 「良いよ、こうやって俺たちを出迎えてくれているんだから」
いつの間にか尊は、着替えて、厨房にいた。
 「純平、手伝え!」
 「おお、今行く」
俺は、ルカに和尚の相手を任せ厨房に行った。
 「美紀、来いや」
 「何?」
 「ルカさんを頼むぞ。あいつらの肴にされないように」
 「わかったわ」
 「ありがとな、尊。美紀ちゃんも悪いね」
 「気にしないで。可愛い人見つけたわね。純平さん」
 「こら、美紀」
 俺たちは、料理に手を加え温めなおすと、テーブルに並べた。その頃には、ルカも美紀ちゃんも、手伝いに来た。料理が並び、酒が注がれ俺は再び挨拶に立とうとした。ところが、
 「純平、早く紹介しろ!」
 「そうだ、そっちの方が気になって仕方がない」
やじが飛んだ。
 「参ったな・・・・」
照れる俺だったが、ルカはクスクス笑い、すっと立った。
 「始めまして。ルカです」
 「ヨォ!良いね~」
 「早く、結婚して赤ちゃん産めよ」
 「純平には勿体ないぞ」
 「お前らな~」
 「良いじゃない。どうぞよろしくお願いします」
ぴょこっと、ルカが頭を下げた。
 「可愛い~」
 「俺んちと取り替えようぜ」
 「嫌だよ」
 「本音吐いたな」
拍手が起こった。その時、美里が入ってきた。
 「ゴメン、遅くなって。契約が中々決まらなくて」
 「遅いぞ、美里」
 「今、純平の彼女を紹介してもらった所だ」
 「そう、始めまして、西園寺美里です。よろしく」
 「こちらこそよろしくお願いします。ルカと言います」
 俺は、ふたりの会話にちょっと白けた。『お前ら、良く白々しく言えるな~』美里を見た。目が合ってしまった。『演技しなさいよ』そう、美里の目が言っていたので、『はい、はい。わかりました』と返しておいた。
 その日は、ルカの事で、俺は質問攻めにあった。その都度、ルカの機転と美里のフォローに助けられて、笑いの中に、親父たちの13回忌は無事に終わった。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:39 | 第四章 パンドラ

9月22日 日曜日 2

 ルカが、和尚たちを寺まで送り届けてくれている間に、俺は尊と片付け物をした。
 「純平、お前、ルカさんと結婚するのか?」
 「ああ、決めたよ」
 「そうか」
 「何でだ?」
 「いや、めでたい。俺は嬉しいよ。ちょっとばかり感慨ひとしおって感じなんだ」
 「何だ、そりゃあ?」
 「お前が、結婚もせずひとりでいたろ。気侭なお前が羨ましかったが、やはり落ち着いた暮らしをして欲しかったんだよ」
 「そうか、俺は、尊、お前が羨ましかったぞ」
 「ない物ねだりだな。で、何時結婚式するんだ」
 「わからん。俺はいつでも良い。そうだ、此処でやらせてくれないか?あいつの家複雑だから、親族は来ないと思うんだ」
 「ふ~ん。別に構わないが、良いのか?」
 「何が?」
 「女って生き物は、結婚式とか披露宴とかに異常に固執というか憧れがあって大変だぞ」
 「ルカに聞いてみるよ。でも、俺の方は、親戚らしい親戚も居ないから、会社の連中とお前らだけだ。出来れば、大袈裟にしたくない」
 「何か理由でもあるのか?」
 「いや、そう言うわけじゃないが・・・・・」
 俺は口ごもった。どう話して良いかわからなかった事もあるが、尊に対して素直に言えなかった後ろめたさみたいなものも感じたのだった。
 「言いたくないなら無理するな。言いたくなったら言えよ」
 「ああ」
 尊の気遣いが嬉しかった。俺も、出来る事なら、ルカに結婚式や披露宴をやってやりたい、だが、許されないだろう。親が決めた相手ならば、それこそ盛大な結婚披露宴になるだろう。ルカが望むと望まざるとは関係なく・・・・
 「ただいま」
ルカが帰って来た。
 「ルカさん、お帰り、純平さん、厨房よ」
 「ありがとうございます」
俺は厨房から顔を出すと声を掛けた。
 「お帰り、珈琲入っているよ。美紀ちゃんもおいで」
 「純平さん、ごめんなさい。今母乳をやっているから珈琲は飲めないの。ココアを牛乳で入れてくれます?」
 「良いですよ」
 「美紀さん、赤ちゃん抱っこして良いですか?」
 「ええ、良いわよ」
 「名前、なんて言うんですか?」
 「龍哉よ、良い名前でしょう」
 「ええ」
厨房に、ルカが赤ちゃんを抱っこして来た。
 「純平さん、早くあなたたちの赤ちゃんをルカさんに抱かせてあげてね」
 「可愛い、ねぇ、純」
ルカの笑顔は、天使のように輝いていた。
 「ああ」
俺は、突然
 「ルカ、此処で結婚式と披露宴しないか?」
と聞いた。
驚いたのは尊と美紀ちゃんだった。
 「純平、いきなりこんな所で」と尊は俺に言ったが、「良いわね」とルカがあっさり言ったので、ふたりは更に驚いた。だが、俺にはルカが『良いわよ』と言う気がしていた。
 「お前たち、良いコンビだ。俺は何にも言えん。まあ、此処は好きに使え。なあ、美紀」
 「ええ、いつでもどうぞ」
 「ありがとう」
ルカも頭を下げた。
 そして、俺たちは珈琲を飲み、親父やお袋の思い出話をした。夕飯を一緒にと勧められたが、俺たちは帰る事にした。
 「また、来るよ。今度は、俺の所へも来てくれ」
 「そうだ、お正月に、パーティーしましょう」
美紀ちゃんが言った。
 「それ、良いな。純平、みんなを集めて正月にパーティーやろうぜ」
 「ああ、そうだな。俺も久しぶりに、本格的な料理をしたいところだ。お前と一緒に作るよ」
 「楽しみにしている。みんなには、俺から連絡しておくよ」
 「ああ、頼む」
 「じゃあ、お邪魔しました」
 「いえいえ、何のお構いも出来なくて」
 「じゃあ、また」
俺たちは、尊の家を後にした。

 「さあ、ルカの走り、見せて頂きましょうか」
 「任せておいて」
 ルカは、車を走らせた。
 「ねぇ、上手でしょう」
 「そうだな」
ルカは、車の運転が楽しいようで、鼻歌交じりに転がしている。
 「日本で免許取ったのか?」
 「ええ、高校の時に取ったわ」
 「国際免許も持っているのか?」
 「ええ、向こうで免許がないと不便でしょう。大学の時に向こうへ行って直ぐに取得したわ」
 「じゃあ、ベテランなんだな」
 「そんな事はないわ。日本ではあまり運転していないから、ちょっと怖いわ。でも、運転するのは好き」
 「そっか・・・じゃあ、明日も休みだから、ドライブ行かないか?好きなだけ運転して良いぞ」
 「え、ホント?」
 「ああ」
 「でも、この服じゃ・・・」
 「それもそうだな。一度家に帰って着替えるか」
 「そうしましょう」
 「じゃあ、一気に高速で帰ろう。次の交差点、右折して二つ目を斜め左に入れば高速の入り口への近道だ」
 「OK!」
 ルカの運転は、安心だった。俺は、ここ数日の疲れも手伝い、少しウトウトとしていた。考えてみれば、そりゃあそうだ、仕事で残業続きの上、美里から聞かされた話に、俺の頭はパニック寸前だったのだから。気付くと、車は、知らない間に高速に乗っていた。
 「ああ、寝ちゃったな」
 「気持ち良さそうだったから、起こさなかったわ」
 「ありがとう。でも、道、良くわかったね」
 「標識見ればわかるわ」
 「そうか、まあそれもそうだよな」
俺は笑った。

 「ねぇ、ベイブリッジって、何処を走れば良いの?」
 「えーっと、ああ、次のところ、左側走っていて、分かれ道に来たら、そのまま左に行って」
 「通って見たかったんだ」
 「じゃあ、パーキング入る?」
 「良いの?」
 「ああ、構わないよ」
 「嬉しい」
ルカは、スピードを上げた。結構スピードを出し走る。
 「ルカ、スピード出すね」
 「そう?」
 「ああ」
 「だって、気持ち良いじゃない」
 「安全運転で頼むよ」
 「大丈夫よ、無茶はしないわ」
 俺の予想を遥かに超えたドライビングテクニックで、ベイブリッジの大黒パーキングに着いた。
 「早かったね。ルカは、スピード狂みたいだ。俺のバイクと良い勝負だよ。何だか、ルカを乗せて走りたい気分だよ」
 「もう乗っていないんでしょう?」
 「まあね。でも、ルカを乗せたい」
 「ありがとう。あ、ちょっと待っていて」
ルカは、バッグからルージュを取り出すと、きゅっと唇に引いた。
 「さあ、行きましょう。お腹空いちゃったわ」
 「何だ、そう言う事か」
 「純だって、空いているくせに」
 「はい、はい」
 俺はおかしくて、笑った。ルカもつられて笑った。昼間、仲間といてあまり食べられなかったのだろう。ルカは、気を使いすぎるところがあるから、昼間は疲れたはずだ。それに、何と言っても夕飯がまだだったからな。
 「何食べる?」
そう言いながら、俺の腕に絡みついた。
 「そうだな、何が良いかな・・・上のレストランに行って見よう」
俺たちはエスカレーターを昇り、レストランのショーケースを見た。
 「色々あるな」
 「そうね。あ、私このハイカラ丼って食べてみたい。サラダバーとハイカラ丼にアイスティーにするわ」
 「じゃあ、俺もサラダバー、あとチキンステーキにジンジャーエールにしよう」
中に入ると混んでいて、30分ぐらい待つといわれた。
 「30分か、どうする?下の方にするか?」
 「う~ん、そうね。下に行きましょうか?」
 「お腹空いているもんな」
 「ええ、でも、このハイカラ丼は、捨てがたいな~」
 「下にもあるかもよ、見てみよう」
 「そうね、行って見ましょう」
下に降り、売店を回ってみた。
 「あ、あった。純、ハイカラ丼、あったわよ。私、これね」
 「俺も、それにするよ。待っていて、食券買ってくる。他には何か食べる?」
 「お好み焼きかたこ焼が良いな」
 「わかった。ルカ、飲み物、買っておいてくれる?」
 「何が良い?」
 「アイスティー」
 「わかった」
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by karura1204 | 2004-12-01 01:38 | 第四章 パンドラ

9月22日 日曜日 3

 俺は、食券を買いに行き、カウンターに出した。その間に、ルカは、2本のペットボトルを買ってきて座っていた。
 「純、こっち、こっち」
俺に手を振ったルカ。席へ行き
 「71・72番だって、呼ばれるのを待っていて」
 「お腹空きすぎちゃったよ」
 「おやおや、今日のルカはお子様みたいですねぇ」
 「あら、嫌だ。私ったら」
 「良いよ、たまには、そう言うルカも」
 「そう?」
アナウンスが入り、俺たちの番号が呼ばれた。
 「良いよ、ルカ、そこに居て、俺が取ってくるから」
 「ありがとう」
トレイに、どんぶりとたこ焼・お好み焼きを乗せて、ルカの元へ行く。
 「わ~、美味しそう、いただきます」
 目の前で、美味しそうに、無邪気に食べているルカを見ていると、俺の胸は締め付けられた。心の中は、辛い事を経験して、ぐちゃぐちゃなはず。しかし、明るく振舞っている。俺は、ルカが、健気だと思った。
 「純、食べないの?」
俺は、ルカをボンヤリみていたので、どんぶりに箸をつけていなかったのだ。
 「ああ、食べるよ。ルカが食べるのを見ていたら、面白いな~と思ってね」
 「何それ?」
 「え、美味しそうに食べるだろう、ルカは。俺、ルカがそうやって美味しそうに食事をしている姿が好きなんだよ」
 「変なの」
 「変でも良い。俺、ルカが俺の珈琲を褒めてくれた事が嬉しかったし、俺の作った食事を美味そうに食べてくれた事がめちゃくちゃ嬉しかったよ」
 「だって、純の料理は美味しいもの」
 「ありがとう」
 「どうしたの?何だか変」
 「まあ、良いじゃないか」
 俺は、気をそらすように言うと、どんぶりをかき込むようにして食べた。結構美味い味だった。でも、これなら、家でも作れそうな気がした。食事を終えると、俺は展望台にルカを誘った。
 展望台からは、ライトアップされた橋。夜の海、沖を走る船、街の明かりが見えた。幻想的な世界が目の前に広がっていた。それぞれに照らす灯りは違っているが、目の前に見える世界が、一枚の絵のように調和していた。ライトは星のように輝き、まるでスターダスト。風が潮風を仄かに運んで香った。俺は、ルカの肩を抱いて、その風景を眺めた。永遠に時が止まったかに思えた。俺たち自身が、絵の中の風景のように。
 暫くそうしていた。風が強くひと吹きしたのを合図に、俺たちは下へ降りた。
 「綺麗だったね」
ルカがポツリと言った。俺は、強くルカの肩を抱いて車に戻った。

 「ルカ、運転変わるよ、少し休め。今日は色々気を使っただろう。ルカは、気を使いすぎる所あるから」
 「ありがとう。でも、別に嫌じゃないし、純の事を考えたら、自然にそうした方が良いかな?って、思えるだけだよ」
 「評判、良すぎだな、ルカ」
 「そんな事はないと思うけど」
 「いや、みんな、俺に言って行ったよ。お前のこと。良い人を見つけたって。大事にしろ、お前には勿体ないとな」
 「純の友達、良い人だね。羨ましい」
ルカは少し遠い目をした。
 「ルカも、もう、あいつらの仲間だ。俺だけの仲間じゃない」
 俺は、ルカの瞳を見て言った。ルカも俺を見詰めながら、「そうだよね」と言った。俺はしっかりと頷いた。
 「ルカ、少し寝て良いよ」
 「ありがとう、眠くなったら寝るわ」
俺は、家まで走らせた。連休の中日と言う事もあり、30分足らずで家に着いた。
 その間、ルカは、何かを考え込んだように外を見ていた。さっきの夜景を惜しんでいたのかもしれない。だが、俺は、綺麗さとは裏腹に、儚さをみていた。ルカが、いつか俺の前から消えてしまうのではないかと言った不安と共に、風景がルカと重なっていた。

 「ルカ、早く、着替えて行こうぜ」
 「ええ。あ、そうだわ、ねぇ、珈琲淹れて行きましょうよ」
 「おお、そうだな。俺淹れるから、着替え用意してくれ」
 「わかったわ」
それから、俺たちはバタバタと用意をし、再び車に乗った。
 「何処へ行こうか?」
 「そういえば、決めていなかったね」
 「ルカ、行きたい所ある?」
 「う~ん・・・・・富士山が見たい」
 「富士山か」
 「駄目?」
 「いや、駄目じゃない。この時間だと、何も見えないから、日が昇ったら河口湖辺りで、のんびり富士山を見よう」
 「ええ」
 俺は地図を広げた。高速は何処を通っても暗い。東名を使って行く事にした。帰りは、中央高速で紅葉が見られたら良いと俺は思った。
 「よし、出発だ」
 一気に、川口湖畔まで走り、その日は、そこで眠ることに決めた。車を走らせたところで、俺は気になっていた事を聞いてみた。俺の中では漠然とだが、ルカが結婚披露の話をOKする確信があった。だが、あまりにも唐突な言い方だし、正式なプロポーズさえしていないのだから、俺のひとりよがりなのではないかと不安だったのだ。それに・・・・・・
 「ルカ、さっき尊の所で言った事だけど・・・」
 「何?」
 「尊のところで、結婚披露して良いのか?本当に」
 「良いわよ」
 「でも、俺たちはまだ」
 「純、私の事嫌いになった?」
 「馬鹿な、益々惹かれているよ」
 「なら、問題はないでしょう?それに、何処で披露宴をしようと結婚式をしようと、関係はないわ」
 「ああ、ごめんよ」
 「純があやまることはないのに、何だか、昨日からの純は、少し変よ」
 「そうかな?」
 「うん。変。何かあったの?」
 「いや、ないよ」
 俺は、口でそう言ったものの、美里の話が気になっていたのだった。だから、ルカの名前を俺の名前にしてしまいたかったし、なにより西園寺の家から解き放ってやりたかった。どこかで佐伯と言う男に対する嫉妬と、父親から俺が守ってやると言う焦りがあるのだった。
 「ごめんよ、仕事の事を考えていた。今回は、大きなプロジェクトだろう。俺ひとりで仕事をしているわけではないが色々気負う事があってね・・・
 実は、この仕事がうまく行けば、俺は部長に昇進する予定なんだ。そんな事もあって、今までは、俺ひとりで抱えてきたことも、ルカに甘えているようだ。時々、変な言動を取るかも知れない。その時は、黙って見守ってくれるかい?」
 俺は、今の気持ちを誤魔化すため、半分は本当で半分は言い訳を言った。
 ルカにとっては、自分の事で精一杯だというのに・・・・ルカは、俺の手に、白く柔らかい手を重ね、ギュッと握りしめた。その手のぬくもりは、無言の返事だと、俺は勝手に理解した。
 「ありがとう」
 「ねぇ、湖でボートに乗らない?」
 「良いねぇ、乗ろう。そうだ、河口湖に、お猿さんのショーをやっているところがある。観て行くか?」
 「観たい」
 「決まり!明日は、ボートに乗って、猿のショーを観る」
 「何か、美味しいものはないの?」
 「食い気か」
 「へへへ」
 「わかったよ、明日地元の人に聞いてみよう」
 「嬉しい」
 俺たちは、笑い合った。ルカの気持ちに俺は何時も助けられている。この明るさが、俺には何にも変えがたいものだ。
 河口湖畔に車を留めた。シートを倒していると、
 「車で寝るの、2回目だね」
ルカが声を掛けてきた。
 「そうだな」
 「今日も、星が綺麗だぞ。秋の星座だ」
ルカは、空を見上げた。
 「出来たぞ。ルーフ、開けようか?」
 「ええ」
俺は、ルーフを開けた。ルカは車に乗り込むと、すぐ、寝転んだ。
 「綺麗。夏とは微妙に違うのね」
 「ああ、冬に向かうに従って、星座は綺麗に見える。ほら、あれはペガサスの大四辺形。天馬ペガサスを象った星座だよ。こっちにゆくと、アンドロメダ座、そして、ペルセウス座にくじら座がある」
 「純、詳しいのね」
 「大学の時、天文学同好会にいたんだ」
 「そう、ロマンチックなのね」
 「まあね。俺、昔から神秘的な物事に関心があったんだ。そう、星座には神話が沢山ある。星占いとかあるだろう」
 「ええ」
 「その星占いも、神話の世界からの要素が大きいんだ」
 「そうなの?」
 「ああ、俺、牡羊座だろう。牡羊の神話から考えると、牡羊座の性格そのものなんだ」
 「どんな神話なの?」
 「うん、昔、継母に殺されそうになったテッサリアの王子プリクソスと、その妹ヘレの助けを大神ゼウスに兄妹の産みの母親ネペレーが求めた。ゼウスはヘルメスにいいつけ金色に輝く牡羊を兄妹のところにやった。兄妹がこの羊の背にのると牡羊は空高く舞い上がり、コーカサスの山に近いコルキスの国を目指して飛び続けた。所が、途中牡羊があまり速く駆けるので、ヘレは目がくらみ、ヨーロッパとアジアを隔てている海峡に落ちて死んでしまった。それでこの海はヘレースポントスと呼ばれたそうだ。兄のプリクソスは無事にコルキスに運ばれその国の王に保護されることになった。この牡羊はコルキスに着いたとき生け贄としてゼウスに捧げられ、その金色の皮はコルキスの神殿に飾られ、決して眠る事がない竜に守られることになった。で、この賢く勇敢な牡羊が星に変身した姿が牡羊座になった。と言われている。牡羊は、ヘレが海に落ちてしまった事を悲しんで、後ろを振り返り振り返り、コルキス国へ戻った。牡羊の星座は、後ろを振り返りながらも、前に進む事しか出来ない部分がある。俺も、迷いながらも前に進んでいる。考えて行動するよりも、行動しながら考えている方だ」
 「ふ~~ん。じゃあ、しし座は?」
 「しし座は、夏の星じゃないんだ。知っていた?」
 「え?そうなの?」
 「うん。実は、星座と実際の星が昇るのは違っていね。暦が出来た時はそうなのかも知れない。けれど、違うんだ。7月半ばから8月の半ばまでがしし座だけれど、天球でよく見える時期は春なんだ」
 「面白いのね」
 「ああ、それとね、昔は、獅子(ライオン)はギリシアにはいなかった。しし座も他の黄道星座とともに5000年以上も昔にバビロニアで生まれ、そこから伝わってきたものと考えられる。しし座のアルファ星レグルスは21個ある1等星の中で唯一、黄道の上にある星だよ。レグルスというのは『小さな王』という意味があって、昔から王者の星とされ、古代の星占いではこの星で王の運命を占ったと言われている。しし座が気高いのは、その為かな」
 「そんなに気高くないけれどね。私は」
 「そうかな?俺は、ルカ、気高いと思うよ。心がね」
 「え、それって、嫌な女みたいじゃない?」
 「違うよ。どんな事があっても、自分の誇りを失わない強さ。良い事だと思うよ」
 「強いかな?」
 「ああ、良い意味でね。しし座は、太陽を守護星にしているから、人々を照らす明るさがある。牡羊座は、火星だ。獅子も牡羊も、同じ火の宮と言う中に属している仲間だよ」
 「そうなの?」
 「ああ」
 「嬉しい。純と一緒で」
 「おいで」

俺は、ルカを抱き寄せ、夜空を彩る星座を見ながら、悠久の星の話しを続けた。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:37 | 第四章 パンドラ

時の狭間

時は残酷に刻まれ
君との想い出は深く
地上に残される者の悲しみを
知ってか知らずか
天は巡る 休む事無く
漆黒の闇に宝石を散りばめ

悠久の時を刻む天宮
君との想い出もまた
そのひとつの物語のように
空に輝くのか
ゼウスによって星へと
昇華した者たちとともに

夜の帳を引き裂いて
明けの明星輝く時
新しい物語が始まる
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by karura1204 | 2004-12-01 01:35 | 第五章 時の狭間

9月23日 月曜日 1

 俺たちは、冷気を感じて目を覚ました。車に積んであった毛布はかけていたが、ルーフを開けっ放しで寝てしまったのだった。俺は、ルーフを閉め、エンジンをかけヒーターを点ける。すると、直ぐに窓が曇った。ルカは、窓を手で拭いたが、良く見えなかったようで、それが気に入らなかったのか、車を降りた。
 「寒いだろう」
声を掛け俺も車を降りる。
 「ええ、でも気持ち良いわ。あ、見て、富士山」
 ルカの声に目をやれば、朝日を浴びて輝く富士山が目の前に迫っていた。吹く風が清々しく澄み渡り、初秋の河口湖は、その面に富士の山を映し、鏡の如き清らかさをもって存在していた。
 俺たちは、寒さは感じたが、富士の霊気を受けたように厳かな気分になった。
 「来られて良かった」
ルカはポツリと呟き俺の肩にもたれた。
 「ああ」
 俺も同じ思いでルカの肩を抱いた。そうして暫く、富士を仰ぎ見ていた。やがて、朝の風が少し強く吹き過ぎて行き、水の面を波立たせていった。ルカの身体が微かに震えたのを感じ、俺は、毛布を取り出すと、ルカをくるんだ。そうして、シートを直した。
 「ルカ、風邪引くから、中へ入りな」
 「ええ、でも、もう少しだけ、此処でこうして見ていたいの」
 「わかった。じゃあ、俺も、入れて」
 エンジンが温まる間、俺たちは毛布に包まって、富士山を見ていた。暫くすると、俺の腹が鳴って、次にルカの腹が鳴った。
 「嫌ね、私たちったら、折角素敵なものを見ていたのに」
 「そうだな、でも、富士山を見ていても腹はいっぱいにならないからな」
 「しょうがないか」
 「ああ、来る途中にあったファミレス行こう。24時間だったと思うから」
 「そうね」
こうして、連休最後の一日が始まった。
 この日俺たちは、予定通りボートに乗り、猿のショーを観て、地元で評判の料理の店で食事をして帰途に着いた。
 その時、俺は不審な車を発見した。ルカには言わなかったが、小型のベンツが、ずっと俺たちのゆく所に現れていた。色は白。最初は、偶然かと思った。しかし、俺たちが行く先々に、その車が見え隠れしているのだ。俺は、ナンバーをルカに気付かれないようにメモした。後で、峻に調べてもらおうと思った。峻は、刑事になっていた。
 ルカは、紅葉の中央高速を走るのが気にいって、かなりのスピードを出していた。
 「おいおい、気をつけろよ。免停になったら困るだろう」
 「大丈夫よ。100キロぐらいだもん」
 「嘘付け、140は出ているぞ」
 「え?本当?」
 「白々しい奴だな」
 「ばれたか」
 「ばれたかじゃないの。少しは、紅葉も楽しんだらどうだ」
 「は~い」
首をすくめるルカだったが、相変わらず気持ちよく車を飛ばしていた。
 「そうだ、談合坂のサービスエリアへ寄って、おみあげを買って帰ろう。果物とか置いてあるし、美味しいソフトクリームもある」
 「わかったわ」
 そう言うと、ルカはニッコリ微笑み、またスピードを上げた。俺は、言うのも馬鹿らしくなったので、そのままにした。だが、そのお陰で、小ベンツの姿は見えなくなった。もしかすると、ルカは、その車を知っていて、巻きたかったのかも知れないと思えた。 
 談合坂に入ると、売店を見て回り、葡萄や梨等の果物にワイン、葡萄で出来たお菓子に生そば、信玄餅までも買い込んだ。そして、巨峰ソフト舌包みを打ちつつ車に戻ったルカ。
 「俺が運転するよ。ソフト食べていて良いから」
 「ありがとう」
 俺は、車を出した。ルカは確かに運転が上手だ。だが、荒っぽい。このまま運転して、事故でも起こされたら・・・・俺は内心、ヒヤヒヤしていたのだった。ふとルカを見ると、ソフトを舐めながらご満悦の顔だった。俺は思わずその顔を見て笑ってしまった。
 「良いねぇ、ルカのそう言う顔」
 「え?」
 「ついてるよ、ソフト」
全く子供みたいに、鼻の頭にソフトをくっつけている。
 「感じなかったの?冷たいでしょうに」
 「テヘヘ・・・・」
 ルカは笑った。俺もつられて笑ったが、内心は複雑だった。ルカは、どうしてこんなに無邪気でいられるのだろうかと。俺なら、きっと耐えられないだろう。やはり、強い。この強さは、何処から湧いてくるものなのだろう?俺は、その源を知りたいと思った。ルカの強さの元。
 「ねぇ、純、夕べから何を考えているの?」
ルカが突然聞いた。
 「え?あ、いや」
俺は口ごもった。
 「何だか、ずっと変だわ、純。私の事、邪魔?」
 「いや、違う。そんな事は絶対にない。昨日も言ったけれど、俺はルカの事を真剣に考えていて、ルカのために何をしてやる事が一番良いのかな?って」
 「何もしてくれなくて良いよ。純が側にいてくれさえすれば、私は良いのに・・・今の純は、私を見ているようで見ていない・・・・・」
俺は、はっとした。
 「ねぇ、何か隠している事があるんじゃない?」
 ルカの問い掛けに、俺は何を言って良いのかわからなくなって黙り込んでしまった。心と頭は思考が空回りしていた。ルカに隠し事をしている事はとても心苦しかった。しかし、言ってしまったら・・・・言わずに抱えるか・・・・全部話して一緒に悩んだ方が良いのか?隣のルカを見ると、しょんぼりとして外をじっと見つめている。何かを考えているようだった。やがて、独り言のように
 「言いたくないなら、仕方ないけれど、何だか淋しいわ、私」
と呟いた。その言葉に触発されたように俺は心を決めた。『全て話そう・・・・』
 「ごめん、俺、一昨日飲みに行っただろう」
 「ええ」
力なくルカは答えた。
 「あの時、美里と飲んでいた」
ルカの表情が変わった。
 「全部聞いたよ」
 「それで?」
 「それでって?」
 「やっぱり、嫌になった・・・・・」
 「馬鹿な!俺は、美里に約束してきた。俺が、お前を守ると。どんな事があっても、ルカを離さないと」
 「本当?」
 「嘘で言えるかよ、こんな大事なこと」
 「ありがとう」
 ルカの瞳からは、大粒の雫が溢れ出しそれ以上、声にならなかった。俺はルカの涙が納まるのを待って言った。
 「悪かった、美里と会った事黙っていて。でも、隠すつもりはなかった。結果的に、ルカに心配かけただけったけどな。美里、心配しているぞ」
 「そうね、美里姉には、いつも心配かけちゃっているわ」
 「頼りないかもしれないが、俺について来いよ。良いな」
 「ええ。ありがとう・・・嬉しいわ・・・」
 それから、俺たちは暫く黙った。 ルカは、想いが溢れてまた涙を零した。俺も何を言って良いのか、判らなくなっていた。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:35 | 第五章 時の狭間

9月23日 月曜日 2



 
 車が、東京都に入った時、またあの小ベンツの姿が見えた。俺は、一瞬躊躇ったが、もう隠し事は嫌だと思い
 「なぁ、ルカ、白の小ベンツが、さっきからうろちょろ、俺たちの車にまとわりついている。言うのは、やめようと思っていたけれど、あの車、西園寺家のものか?」
と素直に聞いた。
 「え?」
 「キョロキョロ見るな。ちょっと待っていろ」
俺は、車を環七方向ではなく、新宿方向に車を走らせた。
 「何処へ行くの?」
 「新宿」
 「何しに?」
 「後ろを着いて来る小ベンツを引き寄せる」
 俺は、都庁近くのホテルへ車を入れ、シートを斜めに倒すと、ルカにも同じようにさせた。暫くすると、俺の後から着いて来た小ベンツが、怪しい動きでホテルの駐車場に入ってきた。
 「ほら、あれだよ」
言われた先を見たルカは、顔色を変え、言った。
 「加納だわ」
 「やっぱり、西園寺家の人だね」
 「ええ、加納と言う、執事。西園寺家の事なら、あの人が一番良く知っているの」
 不安そうにルカ外に目をやり「純、どうしようか、これから?」と俺を申し訳なさそうに見つめた。俺は、ルカの心配顔を安心させてやりたくて
 「別にどうすることもないさ。どうせ、向こうは、俺の家も知っているのだろう」
と明るく言った。
 「ええ、この間、母と加納が来たもの」
 「なら、逃げ隠れしてもしょうがない。仲良く帰ろう。そうだ、ちょっと、見せ付けてやろうか」
俺は、シートを戻すと、加納と言う男が此方を見ていることを確認して、ルカにキスをした。
 「慌てているわ」
 俺たちは、いたずらっ子のように笑い、車を発進させると、そのまま家に帰った。そして、いつものように食事を済ませ、珈琲を淹れて飲んだ。が、ルカは、ベランダから外を気にしていた。

 「加納、居ないわ」
 「今日は、もう来ないだろう。俺たちが、何処かへ逃げる事を恐れたんじゃないか」
 「そうね・・・でも、監視されているのは嫌よね」
 「そうだな。その辺は何か考えなくちゃいけない」
 「純、ごめんなさい」
 「謝ることはない。気にするな」
 「でも」
ルカの声は、沈んだ。見る間に、涙が零れ落ちる。
 「ルカ、泣くな。泣かなくて良い」
 「でも・・・・」
 「しょうがないな。おいで」
俺は、カップを置くと、クッションにルカを座らせた。
 「なあ、ルカ、俺、美里から話を聞いた時は、正直言って驚いた。迷いもしたよ。だけど、ルカはルカ。ルカでしかない。西園寺家の人間だから好きになったんじゃない。そのことだけは忘れないで欲しい。良いね」
ルカは涙で潤んだ瞳で俺を見た。
 「じゃあ、涙はなしだ。俺は、笑顔のルカが一番綺麗だと思う。どんなに辛くても、明るく振舞うルカの姿に俺は勇気を貰っている。会社での俺は変わったと、みんなから言われるようになった。それもルカのお陰だ。ありがとう。俺は、ルカが居ないと、もう駄目だ。俺は、ルカを守る。ずっと一緒だ。だから、さあ、笑って」
 「無理だよ」
 「どうして?」
 「だって、純・・・・私、嬉しくて・・・」
 「笑えない?」
ルカは言葉にならず、頷いた。
 「じゃあ、こうしちゃおうかな」
俺は、ルカの事をくすぐった。
 「きゃ、ずるい、もう」
 「ずるくても良い、笑わないと・・・」
ルカが、反撃してきた。
 「やめろ、そこは俺も弱い。つつくな、こら」
 「純が先にやったんだよ」
 「よーし、ここはどうだ?」
俺は、ルカの脚の裏をくすぐった。
 「あ~、駄目。ぞわ~っとする」
 「ハハハハハハ・・・・・」
 「純の意地悪」
そっぽを向いてしまった。
 「あ、ごめん」
 俺は、ルカを振り向かせると謝った。そこには、泣き笑いのルカの顔があった。その時、風呂の沸く音がした。
 「ルカ、一緒に、風呂に入ろう。背中洗ってやる」
 「パジャマ取ってくるわ」
 「良いよ、後で、バスタオル巻いて取りに行けば良いさ、おいで」
 強引に風呂場へルカを誘い、じゃれあいながら服を脱がせた。ルカの気持ちは少しずつほぐれているようだった。背中を流し合い、ふたりで少しきつい湯船に浸かった。そして俺は、前から気になっていたことを少しずつ質問した。
 「なあ、ルカ、聞いてはいけないことかもしれないけれど・・・良いかな? 」
 「良いわよ、聞いて。本当の事、純に聞いてもらいたいわ」
 「ありがとう、ルカの本当のお父さんは、日本人なのか?」
 「半分ね。父は、フランス人と日本人のハーフ。だから、私はクォーターになるわ。瞳がブルーなのはその為。西園寺の父が、私を嫌うのは、私がブルーの瞳を持って生まれてしまったからだわ」
 「そうか。ルカのお母さんは、何故、西園寺家にいるのかなぁ?」
 「弟の事もあるし、怖いのよ。西園寺の父は、母を殴るから・・・・・」
 「ドメステックバイオレンスか・・・・」
 「警察は取り合わないわ。卑しくも西園寺家の頭首が・・・って。美里姉、何か言っていなかった?」
 「性格異常者だとは言っていたよ。でも、DVとは、はっきり言わなかった」
 ルカは淋しげに笑うと「そうね、言えないわね。実の父ですもの」と言った。俺は、ルカの辛さが心に広がった気がして、そっと肩を抱いた。少し語気が荒くなりながら、ルカは言葉をつないだ。
 「母は・・・・・・母は、私を守ってくれているわ。でも、私はもう、そう言う守られ方が嫌。あの人は、何かにすがる事で、私を守っている気になっているの。逃げれば良いのに、逃げ出せないの。同じことの繰り返しは嫌だと言って、いつも不満を抱え義父が死ぬのを待ちながら、西園寺家にいるわ。でも、私は違う。母の様にはなりたくないの。好きでもない人の所へ無理やり嫁がされるのはごめんだわ」
 「わかった」
俺は、強くルカを抱きしめた。
 「大丈夫だ、俺がいるから。そうだ、ここのマンション、ちょっと手を加えよう」
 「どうするの?」
 「前々から言われていた事なんだが、マンションの入り口をオートロックに変えようと思う。オートロックにして、テレビインターフォンにする。どうかな?」
 「良いわね。防犯上も、良い事だと思うわ」
 「明日、管理会社に電話してみるよ。俺が居ない間に、ルカがさらわれたら困るからな」
 「でも、出費はかなりでしょう?」
 「そのために、管理費とか積み立てているんだ。文句は言わせないよ。もし、工事が入る時は、ルカが色々面倒を見てやってくれな、悪いけれど」
 「ええ、任せておいて」
 「頼むよ。そうだ、買い物だけれど、俺が居ないときは、生協とかの宅配を頼めよ。ちょっとストレスは溜まるかも知れないけれど、下手に外に出るよりは良い。ここのマンションでも取っている人はいると思うし、主婦の人達に聴いてみると良いよ」
 「ええ、そうするわ。純、ありがとう」
 「のぼせたな~。あがるか?」
 「ええ」
 俺の頭の中は、ルカを守ることでいっぱいになっていた。オートロックにしたからといって完全ではない。そうだ、バイクを買おう。車では小回りが利かないが、バイクなら露地にも入れる。
 「ルカ、バイク買うよ」
 「どうして?」
 「ルカを乗せてやりたいから」
 「私を?」
 「ああ、ルカの走りを見ていたら、乗せて走りたくなったよ」
 「大丈夫?」
 「大丈夫だよ。無茶な走りはしないよ。ルカは乗りたくないのかい?」
 「ううん、乗りたいわ」
 「決まりだな。良いのを探してくるよ」
 「楽しみにしているわ」
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by karura1204 | 2004-12-01 01:34 | 第五章 時の狭間

9月24日 火曜日

 目覚ましが鳴った。ルカの声が聞こえる。朝の匂いが鼻と腹を刺激していた。
 「おはよう。朝ですよ~」
俺は、目を擦りながら、キッチンへ行った。
「おはよう。最近は、ルカに起こされてばかりだな」
「そうね。でも、良いじゃない」
「ああ。悪くない」
「さあ、着替えて、ご飯ですよ」
いつの間にか、ルカはしっかりして、俺に起こされることがなくなった。今朝も、鼻歌交じりに、食事の支度や俺の支度をしていてくれる。逆に、俺が、ルカに甘えている。そんな気がする。
「今日は、純の好きな蜆の味噌汁だからね」
「良いね」
「いただきます」
「いただきます」
「うん、美味しい。また、上手くなったよ、ルカ」
「本当?」
「ああ。今日、管理会社に電話しておくから、後は、ルカがやっておいてくれ」
「わかったわ」
「美里にも電話しておくよ。ルカを連れ去られないようにな。アイツの店、確か、今日は休みだろう」
「そうね、でも、美里姉に迷惑じゃないかな?」
「大丈夫だよ。アイツはそんな事気にする奴じゃないだろう」
「ええ、そうね。私からも電話してみるわ」
「それが良い。ごちそうさま。珈琲淹れて置くよ」
「ごちそうさま。頼むわ」
ルカは、食器を片付けに行った。俺は、珈琲を淹れると、ビジネススーツに着替えた。そこには、いつもの朝の風景がそこにあった。俺は、この風景がいつまでも続くことを願った。ルカも同じ想いだと思ってやまなかった。
 「じゃあ、行って来るよ。くれぐれも注意して欲しい」
 「ええ、大丈夫、充分注意するわ」
 「頼むよ、後で電話する、じゃあ、いってきます」
 「いってらっしゃい」

 俺は、会社に着くと、机にある書類を確認し、管理会社に電話をしオートロックの件を話した。そして、土曜の昼に来てもらうことに決め、ルカに、すべてを任せたい旨を話した。
俺は、電話を切ると、直ぐルカに電話をした。
「はい、佐藤です」
「ルカ、俺だ」
「ああ、純」
「今週の土曜日、業者と会うことにしたよ。ルカも一緒にいて欲しいと言うので、土曜日の昼、俺と、会社に来てくれ」
「28日の土曜日ね」
「ああ、そうだ」
「わかったわ。予定に書いておくわ」
「頼むよ。業者としても、最初は俺が一緒じゃないと駄目みたいだ」
「それは、そうよね」
「仕方ないな」
「ええ、もう、お仕事でしょう」
「ああ、じゃあ、何かあったらメールするよ」
「わかった、じゃあね」
「うん」

俺は、名残惜しみながら電話を切ると、美里にも電話をした。
 「おはよう、美里」
 「あら、こんな早くから、どうしたの?」
 「いや、ちょっとね、法事、ありがとう」
 「いいのよ、それより、何か良くないこと?」
 「まあ、良くはない」
 「ルカ、そこを出たとか?」
 「まさか、そうじゃない。昨日、加納とか言う執事が、俺たちの車をつけていたんだ。たぶん、法事に出掛けた時から、俺たちの後をつけていたのだと思う。気付いたのは、昨日。河口湖からの帰りだ。家に帰ったら、加納の車はいなくなっていた」
「そう・・・・・とうとう動き出したのね」
「ああ、でも、俺たちが何処かへ逃げると思ったんじゃないかな?」
「多分ね」
「ルカの事、頼むよ。俺、仕事空ける訳にいかないし、何かあれば、家にも帰れないからな」
「わかったわ。後で、ルカに電話してみる。それで、あの子、どう?」
「ああ、ちょっと落ち込んでいるけれど、頑張っている。今は、気が張っているから、そう見えるのかも知れないけれどな」
「強がりだから、あの子。私に似て・・・・・血、繋がってないのに」
「血は、関係ないよ。じゃあ、頼んだぜ」
「わかった。何かあったら直ぐ電話してね」
「ああ」

 俺は、その後、出社してきた連中からの報告を受けると、家田統括部長に休みの礼を言いに行った。
「統括部長、おはようございます」
「やあ、おはよう。法事はどうだった?」
「はい、おかげさまで、みんな集まってくれまして良い法事になりました。ありがとうございます」
「それは良かった。システムの方も、無事進んでいるよ」
「はい」
「そう、それで、この間のミューズの件だがね」
「どうなりましたか?」
「うん、全面採用とは行かないが、一部取り入れようと言うことになってね、君や向こうの連中と話し合いをしたいと思っているよ」
「そうですか。で、どの辺りを・・・・・」
「まあ、そんなに急がなくても良い。ミューズ側には連絡してある。金曜日に打ち合わせだ。その前に、こちら側の最終決定をしたい。木曜の午後、会議室を押さえておいてもらった。資料は神保君に渡してある。受け取っておいてくれ」
「はい、わかりました」
「神保君、頑張っているようだね」
「そうですね。高橋君の目は確かです」
「ああ、そのようだ。すまんが、私は、これから蛭田常務のお供で、九州の事業所へ行って来る。木曜の会議までには戻る予定だ」
「わかりました。お気をつけて」
「ああ、じゃあ、失礼する」
俺は、頭をさげ、家田統括部長を見送った。

 デスクに戻り、神保君から書類を受け取ると、ざっと目を通し、ミューズ関連の人数分、コピーをとり冴島たちに渡して置くように頼むと、峻の所へ電話をした。
「はい、高木」
「よお、峻」
「純平」
「元気か?」
「ああ、元気だよ。そうだ、法事行かれなくて、すまんな」
「良いよ、お前の仕事は休むの大変だろう」
「まあな、それよりどうしたんだ。純平が電話掛けてよこすなんて」
「いや、お前にちょっと頼みたい事があるんだ。会えないか?」
「構わないぞ、それで何時だ」
「なるべく早い方が良いんだ。いつ非番だ?」
「土曜だな」
「ああ、解った」
「じゃあ、夕飯でも食いながら、どうだ?」
「そうだな、20時、横浜のチャオは?」
「良いね、久しぶりにマーコの顔も見たいしな」
「それで、美里も一緒に連れてゆくかもしれない」
「美里?」
「ああ、アイツの予定次第だが」
「何で美里もなんだ?」
「会った時話すよ」
「ああ、わかった」
「じゃあ、土曜日」
「OK!」

電話を切ると、直ぐ美里にまた電話をした。
「美里」
「どうしたの?」
「土曜の晩、チャオに来られないか?峻と会う」
「峻に?」
「ああ、アイツにちょっと聞いてみようと思って」
「まさか、護衛?」
「その、まさかだ」
「う~ん・・・・・・そこまでしなくても、命を取る訳じゃないのよ」
「それは判っている。でも、心配なんだ。家に帰ったとき、ルカがいなくなっていることが」
「まあ、判らなくはないけど・・・・・・」
「俺、ルカに約束したし、美里とも約束したろう。ルカを守るって」
美里は、電話の向こうで何か考えているようだったが
「まあ、いいわ。ゆくわよ。で、何時?」
「20時。チャオ」
「判った」
「悪い、我侭言って」

 その後、俺は事務処理を済ませ、顧客の所へ行った。だが、心のどこかにルカの事が引っ掛かっていた。仕事をしているのだが、時折上の空になっている事があった。また、何かに追われるような不安な気持ちで心が急いていた。ちょっとしたことに苛つき、部下を責めてしまっていた。これではいけないと思うのだが・・・・・この手に初めて感じた幸福を、どんなことがあっても離したくない。その思いだけで俺の胸はいっぱいになっていた。だが、頭の片隅にチラチラと浮かんでは消える夢のことが気になって仕方がなかった。
それでも、木曜、金曜の会議を無事に終え、ミューズ側の一部採用と、新たな契約書を交わし、次の作業に移った。計画変更に伴う仕様書を金曜の晩に作り終え、帰宅した。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:33 | 第五章 時の狭間

9月28日 木曜日 1

 今日は、会社で管理会社に会う予定にしていたが、夜、峻と会う約束も出来たので、家に来てもらうことに変えた。10時、管理会社の人間が、施工会社の人間を伴ってやってきた。俺は、ルカを紹介し、今後一切を任せたと説明をした。そして、直ぐにでも工事を始めて欲しいと頼んだ。オートロックとオートロックに伴う鍵の変更、テレビインターフォン、宅配ボックスの設置を積み立ててきた管理費で賄う。それ以上になる時は、俺が負担することに決め、来週の火曜までには、見積もりと、工期予定計画を持ってこさせることにした。
 それと、隣の部屋が出てゆくことになったと言うので、この部屋を広げてもらう計画も立てた。隣が空けば、ルカの仕事場にしても良いと思ったし、ふたりでゆっくり入れる風呂だけでもリフォームしてもらえればと思ったのだった。その計画を含めて、大体500万を俺は見ていた。もし、それ以上であれば、他の施工業者をあたるか、別な会社を呼んで、比較検討しようと思っていた。

 昼前には、管理会社と施工業者が帰った。俺は、ルカに、夜、美里や峻に会うことを告げた。
 「横浜で、美里達に会う事になっていてね、ルカも良かったら来ないか?」
 「美里姉に?何で?」
 「いや、美里って言うより、峻って言う奴に会いに行くんだ。そいつ、刑事やっている。まだ、新米だけれどな。交番勤務が終わって、刑事を希望したんだ。そいつに、身を守る方法とか教えてもらおうと思ってな」
 「そう・・・・・どうしようかな?」
 「無理しなくて良い。来たかったらおいで。ルカだってたまには美里と会うのも良いだろう?」
 「そうね、ここのところ、ずっと家に居たから、それもいいかもしれないわね」
 「じゃあ、決まりだ。早いけれど、横浜でぶらぶらしながら、何か食べよう」
 「それ、良いわね」
 俺たちは、用意をすると横浜に出た。大手デパートを見て回り、美味しい紅茶の店でお茶をしながら楽しんだ。

 20時、約束の店に行った。美里は、先に来て、店のママ、マーコと話していた。
 「ママ、久しぶり」
 「あら、純平ちゃん、いらっしゃい」そう言うなりマーコママは俺に抱きつき、早口で喋った。
 「峻ちゃんも来るんですって。ミサっチャンから聞いたわよ、懐かしいわね。タケちゃんは元気?」
よほど、俺たちに会うことが嬉しかったようだ。
 「ああ、峻ももう直ぐ来るよ。尊、元気だよ。3人目の男の子が生まれたよ。女の子が出来るまで頑張るつもりじゃないかな?」
 「そう、あら、純平ちゃん、そちらさんは?」
 「ああ、紹介するよママ、俺の婚約者で、ルカ」
 「ルカです。よろしくお願いします」
 「そうなの、まあー、それは良かったわ。おめでとう」
 「ありがとう」
 「素敵なお嬢さんじゃない」
 「純平、ちょっと」
美里が俺をつついた。
 「何でルカを連れて来たの?」
 「連れて来ちゃまずかった?」
 「まずくはないけれど、大丈夫なの?」
 「ああ」
そこへ峻がやってきた。
 「なんだ、ふたりとも早いな」
 「お前が遅いんだよ。10分は過ぎているぞ」
 「そうか?」
 「ああ、時計見てみろよ」
 「ん?あ、悪い、時計止まっていたよ」
 「峻、あんた刑事でしょう。そんな事で刑事務まるの?」
 「相変わらず、マドンナ殿は厳しいね」
 「峻ちゃん、いらっしゃい」
 「お、マーコママ、久しぶり。元気だった?」
 「元気よ。今日は、あんた達に会えて、嬉しいわ」
 マーコママは、峻にも抱きついて再会を喜んでいた。
 「ママ、いつもの頼むよ。で、ちょっと話があるから、隅を使わせてもらうよ」
 「良いわよ、純平ちゃん。何かの相談なんでしょう。仕切り作ってあげるから、ゆっくり話しなさい」
 「ありがとう。マーコママ」
俺たちは、隅に陣取った。
 「峻、紹介するよ。俺の婚約者、ルカだ」
 「あなたが、ルカさん。尊から噂は聞いていましたよ。よろしく」
 「こちらこそ、よろしくお願いします」
 俺たちは、学生時代に食べていたマーコママ特製のオムライスをほおばりながら、暫く他愛のない話をした。その後、マーコママが淹れてくれた珈琲を飲み、肝心の話を切り出した。
 「実は、ルカが狙われていてね」
 「おいおい、穏やかじゃないな」
 「そうじゃないの。狙われているという表現は違うわ。純平、誤解させちゃだめよ。ルカは、私の妹なのね。ルカ、意に染まない縁談を持ちかけられていて困っているのよ。いつ、実家から、連れ戻されるかって怯えているのよ」
 「そうなんだ」
 「なんだ、脅かすなよ。で、俺にどうしろって言うだ?」
 「今、俺のマンション、オートロックに変えるところだ。だが、それだけじゃ不安でな。他に良い方法がないかと思って・・・・・ずっと家にいるのも、ストレス溜まるだろう?」
 「家にいるって、純平と暮らしているのか?」
 「ああ」
 「籍はまだ入れていないのか?」
 「ああ、まだだ」
 「とりあえず、籍だけ入れちゃえよ。そうすれば、いくら親でも無理矢理は連れ戻せないだろう」
 「そうね、その手があったわね」
美里は、ひとり盛り上がった。
 「そうしなさいよ、籍入れちゃえば、お父様だって何も手出しできないから、ね、ルカ」
 「本当にそうかしら?」
 「言えないようにしてあげるわ。私に任せなさい。明日、役所で紙を貰ってきてあげるわ」
 「でも、美里姉、明日、役所は休みじゃないの?」
 「確か、婚姻とか出産等は、休みでも受け付けるんじゃなかったかしら?」
 「さあ・・・・」
 「まあ、良いわ。明後日でも。保証人みたいなのがいるなら、尊に頼みなさいよ。ね。月曜日は、尊の店休みでしょう。私、尊にも電話しておくから、マンションに来てもらうわ。その方が早いわよ」
 「ああ」
 「あのね、純平、ああだけじゃ駄目よ。意気込みはどうしたの?」
 「いや、籍を入れてしまうという考えが思いつかなかったから・・・・・」
 「しょうがないわね」
 「いや、硬派と言うか純情派の純平らしいと俺は思うよ。こいつが、ナンパ師だった事が間違いなんだから」
 「まあねぇ・・・ちょっと待てていて。善は急げ。尊に電話してくるわ」
そう言うと、美里は電話を掛けに行ってしまった。
 「純平、お前大変だな。まあ、見回りは強化出来るか判らないが、お前の住んでいる所に、誰か知り合いが居ないか、探してみるよ。越権行ためにならないようにな」
 「悪い、峻」
 「良いよ。気にするな。お前が本気で惚れた人だろう。色々、世話なっている礼だよ。ルカさん、頑張りな。俺たち、応援するから」
 「ありがとうございます」
そこへ美里が戻って来ると、
 「尊、これから来るって」
 「此処に?」
 「ううん、純平のマンション。だから、マンションに行こう」
 「待ってくれよ、そんな急に」
 「何を怖気づいているのよ、純平。ほら、行くわよ」
 俺は、怖気づくというより、俺やルカの意思を通り越し、物事が進められそうな事が、内心嫌だと思っていた。ルカも、戸惑っているようだった。だが、美里の剣幕に、圧倒され、マンションへ行くことにした。
 「ママ、ありがとう。また来るわ」
 「あら、もう帰っちゃうの。淋しいわね」
 「今度は、もっと大勢で来るわ。昔みたいにね」
 「待っているわよ」
 「じゃあね、マーコママ」
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by karura1204 | 2004-12-01 01:33 | 第五章 時の狭間

9月28日 木曜日 2

 俺たちは、マンションへ行く間、誰ひとり言葉を発しなかった。と言うより、発したら何を言い出すか解らない気がしたのだ。ルカは俺の腕をしっかりと掴み、何かをじっと考えているようだった。
マンションへ着くと、俺はルカに頼んで、お茶を入れてもらった。とりあえず、皆の気持を落ち着かせたいと思った。
 籍を入れる。紙に記入して役所に出す。たったそれだけの事だが、俺には、もっと重大な事のように思えていたのだ。甘チャンかも知れないが、やはりルカの両親に報告しないまま勝手にしてしまうことに躊躇いを感じた。だったら、一緒に暮らす事だって同じだと言われてしまえばそれまでなのだが・・・・・
 マンションへ着いてからの美里は、さっきまでの剣幕は消え、勢いで言ってしまった事を少し後悔しているように思えた。だが、それは、尊が来るまでの間だとわかった。一時間後、尊がバイクを飛ばしてやって来た。
 「どうなっているんだ?純平!」
挨拶抜きで、尊は言った。
 「悪かったな、まだ、仕事だったろう。それに、明日だって」
 「そんなことは良い。それより、お前、美里が電話で言った事は本当なのか?」
 「ああ、本当だよ」
 「それで、籍だけ入れてしまうのか?」
 「解らない」
 「解らないって、どういうことよ、純平は、ルカを守るって言ったでしょう。私はその言葉を信じたから、全てを話したのよ。そうでなければ、話さないわ。ルカをもっと早く、ここから連れ出しているわ」
 「守るよ。それは本当だ。嘘じゃない。だけど、勝手に籍だけ入れるなんて・・・・・」
 「尊も、美里も落ち着けよ。純平だって、ルカさんだって籍を入れることは、嫌だと思っていない筈だと思うよ。だけど、そんなに急かしたら、ふたりが戸惑うのは当然だよ」
 「何よ、峻、あんたが言いだしっぺでしょう」
 「それはそうだけど・・・純平の性格を考えると、性急過ぎたかな?と思うよ。悪かった。純平は、ここでの生活をしながら、ルカさんの両親に認めてもらいたいんだろう?」
 「ああ、そうだな」
 「無理よ。それは出来ない話だわ。ルカだって解るでしょう」
 「それは・・・・・」
 「あんたたち、そんなんじゃ、何時まで経っても、逃げているだけになるわよ」
 「純平、俺は、保証人になる事は構わん。だが、お前、どうして俺に言ってくれなかった?一緒に暮らしていることも、複雑な事情が有ることも・・・・・・」
 「尊さん、ごめんなさい。私たち、隠すつもりはなかったの。私が・・・・・」
 「いや、俺が悪かった。何処かで、俺がルカに甘えていたからなんだ。尊、頼むよ、保証人になってくれ。美里、お前にもとばっちりが行くかも知れないけれどな、頼むよ」
俺は、頭を下げた。ルカもそれに倣(なら)った。
 「解った。俺に任せな。美里、入籍するって言うのは、簡単な様で面倒なんだ。まず、ルカさんの戸籍を移す準備をする。それには、ルカさんの現在の戸籍謄本・住民票、その他諸々必要なんだ。美里、取って来てくれるか?ご両親にばれないようにだ」
 「ええ、いいわ」
 「それから、入籍したら、会社にも届けを出さないと、扶養控除だのの書類に不備が出る。純平、その辺上手くやれるか?」
 「ああ」
 「全て、ばれないようにするんだ。すぐに届けを出して下手にばれたら元も子もない。美里、良いな、焦り過ぎるなよ」
 「解ったわ」
 「じゃあ、月曜日から行動開始だ。良いな?純平、ルカさん」
 「ああ」
 「ええ」
 「そうだ、美里、お前の家が所有している車のNoと車種を全部教えてくれ」
 峻が言った。
 「どうして?」
 「その車がこの変をうろついていたら、報告してもらうようにするよ」
 「わかったわ。明日峻の所へFAXしておくわ」
こうして、俺たちの入籍プロジェクト?は始動した。

 尊たちが帰ったあと、俺たちは、ベランダで月を見ていた。眠れそうになかったのだ。ルカは、俺の肩に寄りかかり、「これで本当に良いのかな?」と呟いた。
 俺は、頷くとルカの肩を抱いた。だが、俺の中でも、ルカと同じ呟きがあった。皆の気持が嬉しくて、そう言ってしまったが、内心は戸惑いのほうが大きかったのだった。
 「ルカ、そろそろ寝よう」
 「ええ」
 俺たちは、寝る支度をしてベッドに入った。仕事の日は、別々のベッドで寝るが、ふたりでいられる時は、同じベッドで寝ようと決めていた。ルカを抱き寄せながら、俺はもう、何も考えまい、前に進む事を考えようと、ふたりの時間を楽しむことにした。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:32 | 第五章 時の狭間

9月30日 月曜日

 美里達は早速、色々と動いてくれていた。そして、この日の夜、美里が婚姻届を持ってきた。
 「ヤッホー。来たわよ。はい、ワイン。それから、一番大事なもの。婚姻届よ」
 「美里、嬉しそうだな」
 「当たり前よ」
 「美里姉、いらっしゃい」
 「ああ、ルカ、ちょっと机空けて。ほら早く」
 「姉さん、気が早いわ」
 「早い方が良いのよ。書いたら祝杯だからね」
 「美里、まるでお前が婚姻届を書くみたいだな」
 「良いじゃない。私は嬉しいのよ。もしルカが仁と結婚したいってこんな事をしようとしたら、私はきっと猛反対したと思うけれど、純平とですもの。こんな良い奴は居ないわ。でしょう」
 「買いかぶりすぎだよ、美里」
 「あら、純。嬉しくないの?美里姉、ありがとう。褒めてくれて」
 「おいおい、俺だってそりゃあ、嬉しいけど・・・・」
俺は、照れた。ふたりの女は、そんな俺を見て笑った。
 「尊と美紀ちゃんは、署名捺印してくれているわ。後は、あんたたちふたりよ。書いたら、私が預かっておくわ」
そう言うと、書類をテーブルに広げた。
 先ず俺が書き、判を押した。続いてルカが書き判を押す。書き上がった用紙を俺たちは、眩しい思いで見詰めた。
 「おめでとう。さあ、乾杯しましょう」
美里は、自分ごとのように喜び、陽気に騒いで帰って行った。
 俺たちにとって、この日の出来事は、忘れられないものになったし、役所に届けを出さないまでも、覚悟を決めるためには効果大であった。
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by karura1204 | 2004-12-01 01:31 | 第五章 時の狭間