「食後の珈琲は明日からよ。今日は胃を休めなさいだって」
「大丈夫。飲まないから。気分はもう、大分良いけどね。それよりルカ、君の方が疲れているんじゃないのか?」 「私は平気よ。何て言っていっても、純より10も若いのよ」 「ハハー御見それいたしました」 「エッヘン!」 俺は眩しい思いでルカを見詰めた。 「でも、無理するなよ。ルカが倒れたら、俺どうして良いか分からなくなるから」 「ええ、無理はしないわ。昼間、純がいない時、お昼寝するから大丈夫」 「明日は月曜日だぞ」 「今晩ゆっくり寝れば平気よ。ごちそうさま」 「ごちそうさま。美味しかったよ」 「ありがとう。じゃあ、純、お皿洗って。生活を元に戻すために動きましょう。私は洗濯物をするから」 「はいはい、何でもルカの言う通りにするよ」 俺は流しに皿を運ぶと洗い始めた。ルカは衣類等の洗濯物を干し始めた。それが済むと、朝洗ったタオルケットや汗取りシーツをさわり、乾き具合を見ている。汗取りシーツは既にふかふかになっているらしく、部屋に取り入れた。直ぐにはたたまず、部屋に椅子を並べた所に掛けている。 「何でたたまないの?」 と聞くと、 「熱がこもるから。このままたたんでしまうと、押入れが熱で水蒸気が発生して、カビの原因になるのよ」 また、ベランダに出ると、ソファベッドを触っている。乾き具合を見て寝転ぶと、満足気な笑みを浮べ寝室へ運んだ。そして、また次の洗濯物を始める。 次から次へと、手際よく作業してゆくルカ。洗車場へ行った時から見ると、えらい変わりようだ。俺は、食器を洗い終えると、見飽きることなくルカの動きを目で追った。本当に良く動く。その細い身体に、よく力があるものだと半ば感動していた。 風邪とは言え、倒れた俺をベッドまで運び着替えさせる。相当の力が必要だった筈。元は俺の不注意からなのに、愚痴1つ言わず作業をしている。ルカは、もはや俺にとって大切と言うより、もっと大きな存在になっている。ルカが側にいない生活はもはや考えられないと痛感した。 だが、ルカから見れば、俺は同居人で、助けられたという負い目がある。行くあても無ければ、仕事もない。それがここにいられて、なおかつ仕事場としても使えるのだから、必死で俺のために働いているのだと、穿(うが)った見方も出来る。しかし、ルカを見ている限り、そんな風に考えることの方がおかしいと思える。それ程、ルカは俺に尽くしてくれていると思えた。 「純、ボンヤリして大丈夫?疲れたかな」 「ん、いや、大丈夫だよ。ちょっと考え事をしていた」 「仕事のことなら、少し忘れないと駄目よ。心労もあったみたいだし、さっきも夢にうなされていたでしょう」 「いや、仕事じゃない」 「じゃあ、何を考えていたの?」 「言わなきゃ駄目?」 「ええ、心配だもの」 ルカの瞳は、じっと俺を見詰めている。俺はどうしようと思ったが、心配そうに見詰めるルカが愛しくて、正直に言った。 「ルカのこと」 「え?私のこと?」 「そう、ルカのこと」 「何で?」 「何でって、良く動くな~と思ってね。細いくせして力持ちだな~とか、ご飯美味しかったな~とか、夜は何を作ってくれるのだろう?ってルカのことを考えていた」 ルカの顔がポッと赤くなった。 「もう、純ったらー、恥ずかしいじゃない」 「俺も言って恥ずかしいよ。だから言いたくなかった」 そう言うと、ルカを見詰めた。ルカも俺を見詰める。俺 がルカを抱きしめようと思った時、ルカはそれをかわす様に言った。 「そうだ、少し散歩したら、パジャマばかりでいるとかえって良くないわよ。さあ、さあ」 パジャマを脱がせてゆく。トランクス一枚にさせられ「着替えてきて」と寝室へ追いやられてしまった。ルカは、今まで来ていたパジャマも、鼻歌交じりに洗濯を始めた。俺はTシャツと短パンに着替えてリビングへ行った。 「ルカ、これで良いか?」 ルカは俺の格好を見ると、 「靴下も履いてね。暑いからって靴下を履かないのは駄目なのよ」 まるで母親のように言う。俺は叱られた子供のように、 「はいはい、仰せの通りに致します」 と靴下を履きに行った。白い棉の靴下を履いて、 「ルカ、これで良いだろう?」 と声をかける。 「よく出来ました。はい、帽子」 用意の良いことこの上ない。 「長時間は駄目よ。その辺を少し歩いてきて。そうだわ、パン屋さんに寄って、食パンと米粉のパンを買ってきて。お願いね」 「分かりました」 俺は、おどけて言うと、財布と携帯を持ち外へ出た。 プラプラと散歩をする。日差しは少し柔らかくなっていた。日差しまでも計算して散歩をさせていると思った。医者から言われているのだとしても、細かい所まで気を配り、計算が出来る。そんなルカを俺は尊敬してしまう。会社の人間に、ここまでの気配りが出来る者はいない。秘書課の人間も敵わないと俺は思った。 俺は、近くの公園へ行くと、ベンチに腰を下ろした。公園に来ている親子連れをぼんやり見詰めながら、俺は夢のことが頭に浮んだ。『これで二度目だ。ルカが消えた夢は・・・・・・』 俺は、ルカが本当に俺の前から消えてしまうのではないか不安になってきた。俺は、ルカがいない生活など考えられなくなっていた。だから、夢のことが気になって仕方がない。夢のことをぼんやり考えていたその時、誰かの携帯が鳴った。その音に反応し『あ、そうだ、誠に電話をしよう』と思い立ち電話をした。誠は直ぐに出た。 「安東です」 「おう、俺だ」 「純平、大丈夫か?」 「ああ、大丈夫だ。迷惑掛けたな」 「気にするな」 「お前、医者連れて来てくれたんだってな」 「ああ」 「誰だ?」 「碧だよ」 「ミドリ?」 「女じゃないぞ、紺碧の碧だ」 「紺碧のミドリ・・・ああ、あいつか!」 「そうだ。あいつん家、医者だろう。嫌だ、嫌だって言っていた碧が、今じゃ跡継ぎで頑張っているよ。まだ、大学病院にもいるがな」 「そうか、碧か。懐かしいよ。今度会おうぜ」 「ああ、言っておくよ。それより、純平、お前、彼女と暮らしているのか?尊から電話を貰った時に、お前に彼女が出来たって喜んでいたから、ビックリしていたんだ。まさか、その人から電話がかかるとは思わないから、二度ビックリだったぜ」 「そうだよな」 「そうだよ、表札を見たら、連盟になっているし、それに、佐藤の家内ですって言ったんだから」 「ああ、ルカも言っていた。何て言えば説明できるか分からなかったから、そう言ったって」 「頭の良い人だな」 「ああ、それで、まだ皆には、一緒に暮らしていることは言っていない。暫く内緒にしておいてくれないか」 「良いよ。確約は出来ないかもしれないけどな」 「頼んだぜ」 電話の向こうで誰かの声がした。 「忙しいだろう。また電話するよ。じゃあ、また」 「おう、またな」 俺は電話を仕舞った。 誠の良い所は、余計なことを言わない所だ。尊のようにお節介はしない。だが、いざと言う時は頼りになるやつだ。ふと、ルカは、尊と誠の良い部分を共に持っていると思った。どうしても思考がそこへ向かう。『そうだ、パン屋だ』ルカのことを考えていたら、頼まれていたことを思い出した。慌ててパン屋へ行き、頼まれたパンを買って帰った。
by karura1204
| 2004-12-01 01:50
| 第三章 黒点
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