約束の休みの日。俺たちは部屋の模よう替えをした。ルカは、丁寧に図面を引いていたので、俺はその図面に従って家具を動かせば良いだけになっていた。俺に心配や余計な事をさせないというルカの心使いが嬉しかった。そして、ルカがメジャーないかと聞いてきた日の事を思い出した。
「ねぇ、純、メジャーある?」 「メジャー?あの寸法とか測るやつ?」 「そう、それ、あるかなぁ?」 「さあ、ここにはないと思うけど・・・何に使うの?洋裁でもする気」 「ううん、違う。ないなら良いわ」 「気になるな。教えろよ」 「ふふ、ナイショ」 「秘密か?」 「そう、ヒ・ミ・ツ」 「う~ん、教えて、お願い」 「だめ。その時までお預けよ」 「コイツ!」 俺が、仕事の間、ルカはひとりでこの日の為に頑張ったのだろう。俺は、ルカがますます愛しくなった。 寝室だった部屋は、ルカの部屋にしたつもりだったのだが、図面では中央を本棚で仕切りを作り、ふたりのベッドが置けるようになっていた。 「これなら、どちら側からでも本が取れるでしょう」 とルカが説明した。 今までリビングにあったソファを寝室へ運んだ。ソファベッドの後には、大きなクッションが2つ並んだ。 キッチンにも工夫が凝らされ、作業のしやすいカウンターが作られた。何処かのリサイクルショップで手に入れてきたものだと言う。そのカウンターとテーブルを付け、今風の感じに仕上がっている。食器棚の位置も変え、より作業がしやすくなっている。 寝室は狭くなったが、リビングは本棚とソファベッドが移動したおかげで広くなり、機能的になった。テレビ台も低くなり、カーテンを明るい色に変えたので威圧感のない仕上がりだ。 俺はルカの才能を認めた。こういう部分を見ると26と言うのも疑問に思えてきた。が、今日はこの作業を終わらせなければならない。思考は後回し。昼は、冷凍庫で凍らせておいたご飯とパンで空腹を満たし作業を続けた。 寝室のクローゼットにもよう々な工夫が見られた。収納が少ない古いつくりだから大変だったと思うが、ルカは事も無げにやって見せた。会社努めの俺に気を使い、俺をクローゼット側にしてくれ、機能的な収納技術で何が何処にあるのかをひと目で解るようにしてくれていた。慣れない場所に変えるのだ。俺がいちいち探さなくても済むようになっているのだった。 ルカは頭が良い。俺はそう思った。そして、ルカが偉いと思うのはそれをひけらかしたりしない点に有ると俺は感じた。 16時頃、夕立が来た。その音で俺たちは手を休め珈琲タイムにした。 「ルカ、ありがとう。レイアウトは変わったけど俺の好みの感じだよ」 俺は素直に言った。 「そう言ってもらえて嬉しいわ」 「向こうの生活が長いせいなのかな、所々にリサイクル品が入っているのにそれを感じさせない。こういう仕事をしていたのかと思うよ」 「海外では当たり前のことよ。郊外の方は日曜大工で作るのよ。都市部に近いアパルトマンの人たちは、リサイクル品を上手に活用しているわ。私も市場には随分お世話になったもの」 「そうか、日本より向こうは徹底しているな」 「う~ん、徹底って言うのとは違うかもしれないけれど、価値観なのかな?海外の人は、結構質素に暮らしているの。でも、心のゆとりの持ち方が上手なの。日本はそう言う所、下手だと思うのよ」 「心のゆとりか。解る気がするな」 窓に目を映すと雨は上がり虹が出ていた。 「ルカ、虹だ」 俺たちはベランダへ出た。空には、くっきりとした大きな虹がかかっていた。俺たちはまた何も言わなかった。そっと手を繋ぐと虹を見ていた。虹が茜色の空に隠れるまで見続けた。虹が隠れた瞬間「ふー」っと息を漏らした。感嘆の表現には充分だった。そしてそれが俺たちの会話だと思った。 俺は、普段やりなれないことをしたせいか、休憩が長すぎたせいか片付ける気が失せていた・・・ 「なあ、今日は、外へ食べに行かないか?明日も片付けるだろう。少し休まないか?」 「そうね。それも良いわね」 「あ、そうだ、ラーメン食いに行かないか?今ならまだ混んでいない時間だ。結構有名な所で、1時間待ちもざらなんだ」 「良いわね。そこ行きましょう」 財布と鍵を掴むと俺たちは夕焼けの街へ飛び出した。 「餃子も頼もう。春巻きも良いよ」 「私シュウマイが良い」 「ああ、それも良い。ザーサイチャーハンもつけよう」 「ええ、楽しみ」 俺たちは食い意地が張っているのか、食べ物のことになるとテンションが変わる。それに、労働の後の飯は何よりも美味い。 だが、ラーメン屋にはもう人が並んでいた。30分待ちだと言う。『どうする?』お互い目で話し合って『待とう』の結論に達した。他へ行く時間があるなら待っていても同じだと思ったからだ。30分ぐらいなら直ぐ順番が来る。俺たちは最後尾に並んだ。その後も次々と人が並ぶ。 「本当、人気なのね」 ルカが耳元で囁いた。 「ああ、人気だね。ここ一年ぐらいで急成長した所だよ」 そうこうしているうちに順番が来た。カウンターに腰掛けると、 「半チャンラーメン、ザーサイでね。それから餃子と春巻き」 「私も半チャンラーメンとシュウマイ」 「ザーサイは入れますか?」 「お願いします」 次々に運ばれる品。ルカはその大きさに驚いたようだがペロっと食べてしまった。店の人が、 「良い食べっぷりだね。またおいで」 とルカに割引券をくれた。ルカは喜んでポケットに仕舞った。 俺たちは腹ごなしに散歩をした。夏の風物鬼灯の鉢や朝顔の鉢が置いてある家があった。 「鬼灯か・・・市は終わっているか。ルカ、今から鬼灯買いに行かないか?」 「鬼灯?」 「ルカ知らないの?」 「ええ、知らないわ」 「ほら、これだよ」 と鉢を指差した。 「これはまだ青いけど、だけど、こっちは赤いだろう。こうなったら、中に有る実を潰して遊ぶんだ。買いに行こう。ルカに日本の事教えたい」 「ええ」 鬼灯を求め、花屋を探して歩いた。だが、なかなか鉢で置いてあるところが無かった。切り取られたものだけが売っている所ばかりだった。 店の人に聞きまくり、ディスカウントセンターの園芸コーナーならあるのではないかと教えてもらった。その情報を頼りに国道沿いのディスカウントセンターへ行く。園芸コーナーには、大小の鉢が並んでいた。目指す鬼灯の鉢もあった。俺たちは、実の沢山付いた鉢を2鉢買い込むと、大急ぎで帰った。 家に帰ると、一鉢をベランダに置いて、もう一鉢をリビングに置いた。そして、早速と遊び方をルカに教えた。 鬼灯の実をゆっくりと揉み、種を出す。袋が割れたり、破けたりしないように種を出さないと音が出ない。夢中になって種を出した。幾つかの失敗の後、やっと綺麗に取り出せたもので音を出す。しかし、上手く音が出ない。試行錯誤の後、少しずつ音が出せるようになった。 「子供の頃は、綺麗に音が出せたんだけど、出来なくなっている。駄目だな~」 「駄目じゃないわ。とても面白い。こういう遊びがあったのね」 「ああ、昔よくやったのは、笹笛もあるよ。笹の葉をクチビルに当てて音を出す。上手なやつがいたっけな~。誰だったかな?そうだ、ミッチーだ。光彦って言う奴で、高校の時、北海道に転校したんだ。アイツどうしてるかな~?」 「純は、友達が多いのね」 「まあな」 その時、ルカの鬼灯が、綺麗な音色を出した。 「お、良いね」 「そう?」 「ああ、上手いよ」 俺は、ルカの肩に寄りかかり、その音色に聞き入った。ルカが奏でた鬼灯は、静かに夏風と共に響き渡り、ベランダに出した鬼灯が、小さく揺れた。
by karura1204
| 2004-12-01 01:59
| 第二章 鬼灯
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